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第12話 俺がどうして妹と恋人のフリをするなんてあり得ない!

「お前いきなり何馬鹿な事言い出すんだよ。いくら普通のホテルだからって」


 俺は少し、いやかなり動揺して声を荒げてしまった。そりゃそうだろ。いくらストーカーらしき女子を捕まえる為とはいえ、その方法はあまりにも限度ってもんがあるだろ。


「馬鹿とは失礼ね。誰の為にやってあげてると思ってんのよ。そっちが私達に相談してきたんでしょ。感謝の一つもしてほしいくらいね」


 すみれは自分の食事を終えて、紙パックのトマトジュースを一気に飲み干す。イラッとしたのか、搾り取るように飲み干していく。


「そうだよ、赤坂君。せっかく可愛い妹が身を削ってお兄ちゃんを助けてあげようとしてるんだよ?」

「ちょっと朱里ってば、変な言い方しないでよ」


 自分が言った事に改めて恥ずかしくなったんだろう、すみれはぷいっと横を向いている。


 確かに昔の妹ならこんな事を相談しても無視する勢いだったろう。しかしVTuberとしての彼女を手伝ったり、俺自身がやってみたりして、最近接点が増えたと思う。


 だから協力する気になったんだろう。それと同時に竹中にも、よく絡まれたりするようにもなったが。


「そうだな。せっかく2人がこうやって俺のために助けてくれるんだ。ここは一つその方法で、この手紙の主を捕まえてみるか」

「そうこなっくっちゃ! 一体どんな子が赤坂君を付け狙っているのか今から楽しみだよ~」

「朱里は楽しんでるだけじゃない。まぁ良いけど、ちょっと兄貴に確認したい事があるんだけど」


 すみれは少し真面目な表情で俺に言ってきた。


「確認したいこと?」

「このストーカーもどきを捕まえたとして、その後どうするの。警察に突き出すのかって事よ」


 確かにそれは考えていなかった。男の俺がストーカーとか遭うのはあり得ないと思っていたからだ。つかそりゃそうだろう。イケメンでもないフツメンの俺が、そんな出来事に遭うと誰が思うよ?


 しかし実際いるっぽいから仕方ない。一体どんな人物かは気にはなるが、相手はここの生徒だしなぁ。


「警察とかは大袈裟だな。とりあえず大事(おおごと)にはしたくはないけど。本人と話してみて、どうするか決めるよ。ちゃんと分かってもらえる相手だと信じるよ」


 俺の考えは甘いかも知れない。でも同じ高校の女生徒を警察には突き出してたりはしたくないし、そんなにやばい奴だとはあまり思えないんだよな。


「うちの生徒だし、仕方ないか。それならまずは計画の話を進めるわよ」


 そうしてその日のお昼は詳しい日程などの計画を話して俺達は解散した。そして計画決行日の休みの日がやって来た。しかし本当にこんな方法で目的の女子生徒は来るのだろうか? 俺は一抹の不安をもってその日を迎える事になった。





 家から外に出ると蝉があちこちから鳴り響き、より暑さが増してきていると俺は思ってしまう。当日の昼過ぎの14時、俺達は別々の時間に家を出る事にして。一応尾行されているかも知れないので、俺が先に駅に向かい、すみれが後から来る算段となっている。


 俺が駅の南出口ですみれを待っている中で、先に竹中が到着していた。もちろん近すぎず、離れすぎない距離で来てくれている。


 だがその格好が問題だった。黒のハンチング帽子にサングラスに、マスクのフル装備だ。果たしてこれは誰が不審者か分からなくなるな。しかしよく暑くないな。もう夏だと言うのに。


 10分くらいしてすみれがやって来た。服装は白いカットソーに青い膝丈スカートで、割とおしゃれをしてくれている。


 家の中ではスウェットやTシャツなどの適当な服を着ているから、やはり新鮮だった。何せ妹は美人だからな。どんな服装でも着こなせている。いかん、いかん。だからシスコンって思われるのか。顔に出さないようにしないとな。


「兄貴お待たせ。どう、何か変化あった?」

「いや変化は特にないんだが、あれを見てみろよ」


 俺は小声で喋り、ちらりと目線をその人物に向けた。すみれもつられてそっちの方を向く。そこにはいかにも不審者ですと言わんばかりの竹中がこちらに手を振ってくれている。それを確認してすみれはちょっと引きつっているようだ。


「朱里……。あれじゃ誰が不審者か分からないじゃないの、全く悪乗りし過ぎ。ちょっと連絡して注意しとくから待ってて」


 すみれは身に付けているショルダーポーチからスマホを取り出し、すぐに竹中に今の姿についてやめるように指示する文章を打ち送る。


 竹中がスマホの通知音に気付き、すぐに帽子とサングラスとマスクを取り、苦笑いしている。やれやれ、もっと自然で良いんだよ。怪しいセットを取ると、その姿はTシャツに短パンとラフな格好だ。普通に自然な方が良いんだよ。


「あー、じゃあ兄貴。とりあえず予定していた水族館にいきましょ」

「そうだな。まずは自然な振りで水族館デートだったな」


 俺とすみれ、後ろから竹中がこっそりと付いて来ている状態で、駅から電車で目的地の【アクア大自然の癒し水族館】へと到着した。


 入場してしばらく俺とすみれは水族館を楽しむ事にした。季節も暑いせいか親子連れや友達同士、カップルで来ている客が多く、水族館はそこそこ繁盛している。


「兄貴見てよ、ここイルカがいるよ」


 すみれに言われて、その巨大なブースにはイルカが3頭優雅に泳いでいる。アクリルガラス越しにイルカ達が戯れているのを鑑賞していると、とてもほっこりするな。


「イルカって本当にかわいいよなぁ」


 俺が一人イルカ達が遊んでいるのをぼんやり見ていると、中の一頭が不意に他の二頭と少し距離を取りだし一旦水上に出た。そしてまた潜り何かをする素振りをしだす。そのイルカに対しすみれがはしゃぎ気味で声を出す。


「あっ、見てよ。あのイルカ、バブルリング出すんじゃないのかな」


 予想通りイルカがぷくりと息を吐き、ふわふわ綺麗な丸い輪っかがこちらに向かって飛び出してきた。そのイルカにつられて、もう2頭のイルカも水上に出て潜り、バブルリングをぷかぷか吐き出す。それはとても神秘的で、イルカが俺達来ている観客にサービスをしているのだろうか。イルカは賢いからな。


「イルカのバブルリングってそんなに見れないんじゃなかったっけ。今日はついてるな」

「そうね。ちょっと来て良かったわ。私イルカのストラップ帰りに買おうかな」


 すみれは珍しい光景が鑑賞出来て満足したらしい。後ろから付いてきている竹中も興奮気味にイルカを見ていた。やっぱりみんなイルカが好きらしい。


 無論俺もイルカが好きだ。昔ガキの頃に直接触れれる事が出来た水族館に行った時の事だ。かわいいイルカの頭を触ると、とても表面がつるつる、すべすべで人懐っこく、ずっと触っていたかったなと思った記憶がある。あれは至福の瞬間だったな。


 それからしばらくして俺達は各々(おのおの)見たい魚を見て回っていたら、時間もそこそこ過ぎていた。その間に竹中とも話したが、ストーカーらしい女性は見つからず、もしかしたら今日の行動は無駄だったのかも知れないと思えた。


 それでも水族館を楽しめたし、決して悪い日ではない気がする。久しぶりに妹のすみれとも遊ぶなんて事は、こんな機会でなければないからな。


 俺がそろそろ水族館から出るかと考え2人に連絡するため、つい文章を打ちながらの歩きスマホをしていると、誰かとぶつかってしまった。


「きゃっ!」


 今の時間帯も人はまだ多く、ちょっと不注意だとすぐに思い、俺は即座に謝る。


「わっ! すいません。あの大丈夫ですか?」


 俺がぶつかってしまった相手の少女はちょっとびっくりした様子で、少し動揺している。顔を見ると少し頬が赤い。もしかして怒っているのか?


「あっ、いえ、こちらこそ不注意でしたの。お気になさらずとも大丈夫ですわ。ではわたくし失礼致しますの」


 その女性は金髪ロングでゆるふわウェーブヘアー。服装もゴシックなロリータワンピースを着ていた。少しこの場に似つかわしくない格好だ。どこかのお嬢様なのか、コスプレ好きな人なのかはわからない。


「ちょっと待っ」


 そんな彼女は俺が呼び止める事なく、そそくさとその場を離れてしまった。どこかに向かって急いでいたのだろうか。もしかしたら誰かと待ち合わせていたのだろうか。とにかく俺はすみれと竹中にそろそろ集合して、例の目的を遂行する事を伝えた。時刻は17時30分を過ぎていた。


「そろそろ最終目的地へと向かうか」


 俺がそう言うとすみれはもうどうでも良いのか口に手を当てて欠伸(あくび)をしている。


「な~んかさ、別に良いんじゃないの。どうせ兄貴の杞憂でしょ」


 すみれは水族館に満足して、当初の目的の関心を失っている。確かに今日こうやって水族館に来てそれらしい怪しい人物は見当たらなかったしな。それでも一応竹中にもどうだったか聞いてみるか。


「じゃあ竹中は怪しい人物は見つかったか?」

「う~ん、カップルや友達連ればっかだし、私も水族館楽しんでたから確証はないけど、あんましそれらしい人はいなかった気がするけどね~」


 どうも今日のところは不審者はいないのかも知れないな。はてさてこれからもう帰るか、それとも計画を実行するか迷うところだ。実際もう帰宅しても良いかもしれない。ホテルに行っても誰も現れず、無為な時間を過ごすだけなら、帰って寝た方がマシだ。


 無駄に2人を付き合わせるのも、これ以上は申しわけないしな。


「なら今日はもう帰るか。疲れたし、またの機会にして今日は見送るとするか」

「そうね。もう私疲れちゃったし、イルカのキーホルダーも買えたし、満足満足」

「赤坂君もすみれもそう言うなら、今日はお開きにしちゃおっか」


 俺達3人は帰宅する方向に決め、水族館を出て電車の駅へと歩き出した。しかし――突然天気が崩れ出した。予想だにしないゲリラ豪雨が降り始めたのだ。しかも、とてもじゃないが駅まで行くにはまだ距離が少しある。あっという間に服がびしょびしょに濡れ、どこかに避難しないとやばそうだ。


「ちょっと、最悪。天気予報では晴れだったじゃんか!」

「こればっかりは仕方ねーだろ。2人ともそこの建物まで走るぞ」


 俺達3人は急いで目についた建物の前までたどり着いた。そこは当初予定していた目的地のホテルへと、意図せず来てしまっていた。目に付いてたとは言え、まさか来てしまうとはな。


「ちょっとここ予定していたビジネスホテルじゃん!」

「仕方ねーだろ、一番近い場所がここだったんだから」

「まぁまぁ2人とも。結果的に目的を果たす事が出来るかも知れないし、よかったじゃないのさ」


 すみれはずぶ濡れになった服を自分のハンカチで拭き取る。このままだと全員風邪を引いてしまう。とにかくこの場をどうにか(しの)がなければ。


「あー、最悪。兄貴絶対こっち見ないでよね」

「見ないから安心しろ」


 言いながらすみれも竹中も濡れたせいで、少し寒そうにしている。やはり風邪を引くのはよくないし。ここは予定と少し違うが中に入って、服を乾かし雨が止むまで中でやり過ごした方が良いかも知れん。


「とにかく中に入って服を乾かして、止むまで待たないか。このままだと3人とも風邪を引くぞ」

「確かに私も風邪引きそうだよ。すみれここは中に入って、服を乾かすのが良いと思う」


 竹中に言われて渋々だが、すみれもコクリと小さく頷く。これは事故なのだ。仕方ない事なの。そんな心の声が表情で語っている。そうして俺達3人は入るふりではなく、ビジネスホテルの入り口へと入るため、扉を開けようとする。


「ちょっとーー!」


 しかし、どこからか大声で女性の声が聞こえてきた。とんでもない勢いで走って来て、彼女も傘を差さずに走ってくる。


「あ、あなた達はどこ入ろうとしていますのっ!?」


 その女性には俺は見覚えがあった。水族館ですれ違いにぶつかった、金髪のゆるふわのお嬢様みたいな女の子だ。格好が印象的だったのでよく覚えている。


「こ、こんな所に入ろうとするなんて破廉恥ですの! わたくしという女性がおりながら渉さん、どういう事ですの!?」


 彼女は俺に一直線に向かって来てもの凄い勢いで首を両手で掴み、ぶんぶんと揺らしてくる。そんな様子を目撃して、すみれも竹中も呆気に取られて言葉を失っている。


「どうして、どうしてなのですの!?」


 どうやらこのお嬢様みたいな女の子が、俺のストーカーもどきの正体だと判明したのだった。

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