人参
部屋に入った。
四畳半の部屋だ。
西側に窓があり、南側の壁には鏡が掛かっていた。
その下にA4サイズのノートと植木鉢があった。
植木鉢には土が入っている。
なんだこれは?
なぜこんなところに植木鉢がある。
このノートは何だ?
そう思い、ノートを開けた。
****
○月◯日
今日も人参の芽がでない。
畳の網目を数えよう。
一体いくらあるだろうか。
意味のない今日を過ごすのにちょうど良いではないか。
◯月△日
今日も人参の芽がでない。
昨日、畳の網目を数えようと考えたが、やるのが面倒になり、やめた。
夕日が眩しい。
明日、外にでよう。
◯月□日
今日も人参の芽がでない。
今日は悲しいことがあった。
道路中央に鳩の死骸があった。
頭蓋骨が割れた死骸だ。
何が悲しいってその鳩が死んでいても、誰も気に留めない。
むしろ自分は関係ないと反抗する。
そして、そう思う自分も大衆の中のひとりなのだ。
◯月×日
今日も人参の芽がでない。
今日は天井のシミを数えよう。
上を見れば昨日の嫌な気持ちもマシになるだろう。
ならなかった。
逆に自分が惨めになっていく。
四畳半の部屋で一人。
たった一人。
聞こえるのは自分の呼吸だけ。
△月◯日
今日も人参の芽がでない。
人間は一人で生きることはできないという。
しかし、死ぬ時は一人だ。
小学生の時、体育館で全員が体育座りしていた。
先生が何か忘れたみたいで全員にここにいるよう命令した。
体育館の扉が古かったのか、勝手に扉が開いていた。
私は扉は閉めるものと思っているもので、命令を無視して扉を締めると、周りから異様な目でみられた。
翌日『呪い』と呼ばれた。
世の中は『異物』に厳しい。
△月△日
今日も人参の芽がでない。
凡人は天才を羨ましがる。
しかし、劣等のことなど知りもしない。
見下し、愚弄し、罵倒する。
自分を上に上にと見せたがる。
マウントを取って、自分を気持ちよくする。
実に滑稽だ。
だが、羨ましい。
自分も一度は気持ちよくなりたいものだ。
△月□日
今日も人参の芽がでない。
妄想とは素晴らしいものだ。
劣等と見下す奴らを言い負かせる。
自分の意のままに望むことができる。
気持ちいい、あぁ、気持ちいい。
おい、あの時よくも見下しやがったな。
ごめんなさい? もう遅いんだよ。
私は二度とお前を許さない。
絶対にな!!
あぁ、気持ちいい。
△月×日
私はどんな謎も解決する人参探偵!
なに?
二股の人参にストッキングを履かせたい?
これは極めて難しい謎だ。
下から履かせるか、それとも上から履かせるか。
謎は深まるばかり。
いや、待て。
どっちが下なのだ?
下は根か? 上は葉っぱか?
それともその逆か?
だが、私にかかればお茶の子さいさい。
警官どもは役に立たない。
ストッキングは葉っぱから履かせればいい。
謎は解決!
さすが人参探偵、どんな謎も解決できる。
素晴らしいぞ人参探偵。
皆から称賛される。
今日は素晴らしい一日だ。
□月
今日も人参の芽がでない。
そもそも人参とはなんなのか。
存在しているのか?
目の前にある植木鉢からは何も生えない。
私はただその植木鉢を見つめているだけ。
何もしない。何も感じない。
ただこの部屋で一人いるだけ。
私は存在しているのだろうか。
いや、私は自分自身が存在しないことを望んでいる。
私が存在しないことで幸せになる人がいて、私はその幸せな人を見つめるだけなのだ。
友情もなく、愛や恋を経験せず、ただ一人で生きる。
世の中は不公平で不平等で絶対的な差が生まれる。
おぉ、神よ。
私が何をした?
これは何の罪だ? なんの罰だ?
知っているのはあなたなのに、なぜ聞こえない。
×月×日
今日も人参の芽がでない。
私は気づいていたのだ。
人参の芽は生えない。
なぜなら種を植えていないのだから。
種を植えること自体、億劫だったのだ。
何もかもが面倒臭い。
生きるのも死ぬのも面倒臭い。
夕日が眩しい。
目障りだ。
立ち上がると、壁に掛かっている鏡が私を映す。
夕日に照らされた私の顔が痩せこけている。
人参がそこにあった。
****
ノートにそう書かれていた。
誰が書いたのか。
何のために書いたのか。
全くわからない。
人が参っていくそのノートを見て、ふと思った。
書いた人は今、どこだ?
部屋でただ一人。
夕日が部屋を染めていく。
この作品は友達である流水山葵(https://mypage.syosetu.com/1037458/)と考えた作品でございます。