ガリバーの目
これが青だったら、ガリバーの目なのに。
タピオカ・ミルクティーを飲みながら、ミルクティーに溺れるタピオカという、数の暴力を眺める。
逃げるように走って店に入った。熱で火照った体には、アイスミルクティーは心地良い。
寒くなったというのに、外まで行列が続いている様子が目に入る。
ずずず。黒い粒を飲み下す。
……青い青い、ガリバーの目。
保育所のみんな、今、なにしてる?
まるやま保育所。
小さい頃、いた場所。
当時、まだ保育所の数が少ない時に、市内にできた、初めての無認可保育所。
(そう、後から親に聞いた。)
「なみちゃん、これは、ガリバーの目よ。」
ひまわり組の、はまのせんせい。
先生に、これなあに?って聞いたのは、公園の遊歩道に生えていた、青い草の実。
お散歩の時間に、少し遠い公園に行った日。
今日みたいに朝から少し肌寒くて、めずらしく霧がかかっていた。
あの頃、よく、ガリバーのお話を、はまの先生が読んでくれたんだっけ。
小人の国に、巨人の国に、迷い込むガリバー。
ずずずっ。
逃げ回るタピオカを吸い込む。
きゃあきゃあ言って、逃げ回る、追いかけっこの……ミナ、ちゃん。
「なーみちゃん、ミナをさかさにしたら、おなじだね。」
一番の、仲良しさん。
「なみちゃん、あの青い実の草の名は、竜のヒゲって言うのよ。」
「へんなの。はまのせんせい、こんなにあおくてきれいなのに、なまえがへんだよ。」
「なみちゃん、そうだねえ。この、青い実は、猫玉、ともいうのよ。それなら、納得する?」
「ねこだま? それなら、なっとく! だって、ねこも、がりばーも、ミナちゃんも。めのたまがぴかぴかで、きれいだもん!」
逃げ回る鬼ごっこ、霧がかかる公園。
あれ、いない、ミナちゃんがいない……。
竜のヒゲを、猫玉を握りしめて、ミナちゃん、ミナちゃーんと呼びかける……。
ずずず。タピオカを全て飲み込む。
思い出した、猫玉だ。
ガリバーの目。青い青い、丸い玉。
ミナちゃんは、どうしたかな?
はぐれてそのまま、霧の中。
保育所はしばらく閉鎖して、また、開始した。
その後は?
持ってるデバイスで検索をかける。
あったあった。施設紹介ページ。
うん、そうか。すっかり大きな認可園になって、そのあと、子ども園になったみたい。
ずずず。
最後のひと粒を飲み込んだ。
黒い黒い、なみの目玉。
ミイナちゃんのは、青い青い目玉。
ガリバーと同じ、猫玉の色。
綺麗な色は、狙われるのかな。
「みいな、でミナちゃん。
さかさにしたら、なみとおなじだね!」
同じじゃ無かった。ぜんぜん違ったね。
金髪巻き毛の青い目の。
笑顔の素敵なお友達。
もう、たまにこうして、寒くて、霧が出て。
そんなきっかけが無いと思い出せない。
あの頃の一番さん。
「なーみちゃん、あたしたち、ずっと、ともだちだよ!」
霧から逃げるように駆け込んだのに。
黒ぐろとしたタピオカが、こちらをじっと見つめてる気がして。
ーー小人の国に捕まってるの。なみちゃんの、代わりに。
タピオカは目玉みたいで、もう、飲まない。
思い出したりしない。
「さようなら、ミナちゃん。」
小さくおまじないの代わりに呟いて、プラスチックカップをゴミ箱へ捨てる。
急いで飲み干したタピオカにむせて、さっきより薄くなった霧の中に出て。
ーーミナちゃんが守ってくれたの。ずっと、ずっと。イヤなことから。
タピオカ祭りに参加しました。