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シャープペンシル

「……えぇ、ですからぁ、ここでは環境税という仕組みがございましてぇ……我が国でも導入すれば、……つまりぃ、経済が……」


 俺のルーズリーフは真っ白だった。白紙の上にはシャープペンシルが一本置かれていて、俺はほおづえをついて退屈していた。


「……つまんねー……」


 これから大学生になる予定の高校生たちに是非伝えたいことは、大学がアルティメットハイパー退屈な場所である可能性大だと言うことだ。それはもう、興味が持てない授業がわんさかあって、そのくせバイトに明け暮れて自由時間が思ったほどない。


「せっかく大学生になったのになぁ……、奨学金なんて借金背負ってまで、なんでこんな退屈でしんどい授業を受けなきゃならないんだよ……」


 夢のキャンパスライフを信じているピュアな高校生たちに伝えたいことは、夢は夢のままにしておいたほうが良いということだ。俺は今20歳だが、一浪してようやく目標の国公立大学に進学して、入学から三ヶ月、すでに「これじゃない感」を覚えている。


 段々畑みたいに並ぶ長机の最後列で陽キャ集団が携帯をいじりながらアプリゲームに没頭している。最前列はものすごくまじめな学生たちが熱心にノートを取っており、俺はその中間地帯、普通の人間が盛りだくさんの、人生に退屈している残念な学生たちの集まりの中に座っている。


この授業を取っているのは仲間内では俺だけで、ひとりぼっちだった。小声でぶつぶつ文句を言いながら(ちょっとやばい奴だと思われていたかもしれない)、そして頭の中で、若者が考えがちな痛々しいことを思っていた。


(……このままぼんやり過ごして、卒業して、なんとか就職して、ときどき楽しいことはあるだろうけど、でも人生って……)


 こんなもんなのかな、と、また小声で言う。本当はみんな思っているんだろ? このままじゃダメな気がするんだけど、どうしようもないよなぁ、って。


「……」


 ルーズリーフの上で死んでいるように横たわっていたシャープペンシルが独りでに立ち上がり、カリカリと音を立てて筆記し始めた。


「……?」


 周囲を見回す。誰も気づいていない。もう一度目を戻す。シャーペンはものすごい早さで文章を綴って、書き終えると静かに元の位置に戻った。


「……え?」


 最近バイトで疲れていたから、ちょっと幻覚でもみてしまったのかな、と思った。ルーズリーフを見てみると一文だけ、俺のものではない綺麗な筆跡で書かれていた。


《おもんないんやろ、ほなやめたらええやん。》


 関西弁だった。


「……こんなの誰が書いたんだ」


 俺の知り合いには何人か関西弁の友達がいるが、しかし今は一人で授業を受けているんだから、いたずら書きをされたのだとしたら今日より以前だ。しかしいつの間に……


 すると藪から棒にまたシャーペンがよっこいしょと立ち上がり、俺は驚きすぎて息が詰まった。そしてまた書き始める。どうしよう、幻覚が止まらない。明日病院行こうかな。


《幻覚ちゃうわボケ。ワイは神や、拝聴せぇ。》


 思考を読まれている……。なんだ、どういうことだ。どうしちゃったんだ俺のクルトガよ! お前にそんな機能があるなんて聞いてないぞ!


《ええ加減にせぇ、クルトガてなんや、神様やてなんぼ言うたらわかんねん。ほら、聖書とかで有名やろ、「光あれ」で流行語大賞とった創造主、それがワイや。ちょっと説明めんどくなってったわ、おのれさっさと現実受け止めろや、ワイそんな暇ちゃうねん》


 俺は口をぱくぱくさせて、心の中で分かりましたと言った。


《ええか、一回しか言わんからよう聞けよ。お前にとりま啓示を授けるから、この国の救世主になってくれ。――あ、いま救世主って何だ、とかいらんこと考えたな、そんな難しいもんちゃうで、一日一回この世の悪をくじいたらノルマクリアや。ワイはなぁ、ちょうど二千年くらい前にも一回気まぐれでとある人間に啓示与えたんやけど、そいつ救世に失敗しよってな。ほんま不器用な奴やったんや、手から葡萄酒出したり十字切って宗教作ったり、ふざけたことばっかしよるから最後ははりつけにされて、「アーメン」が口癖やったんやけど、うーん、あいつ名前なんやったっけなぁ、まあええか。それよりお前、暇そうやし、頑張ってーな。なんや日本っていろいろ嫌な奴おるやろ? 啓示受けたら人間に隠された能力解放されるから、それで成敗すんねや、それが救世な。現代流で言えば「ざまぁ」とかなんとかいうらしいけど、なんでもええねん。――あ、話長いなとか思ったな貴様、ええやんルーズリーフ一枚くらい勝手に使われたからって、けちなこと言うなよ。ってかはよ教室出て行けや、退出自由やろ、なんで椅子にはりつけにされとんねん、おまえら人間はほんまにはりつけ大好きやな。まあええわ、ほなな》


 シャープペンシルが突然倒れ、それきり、もう二度と立ち上がることはなかった。俺は放心状態で固まっていて、気づけばチャイムが鳴っていた。


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