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4.笑う門には福来る

タイトルの意味:いつもにこやかに笑っている人の家には、自然に幸福がやって来るということ。

 日当たりの良いリビングのソファーに座り、千晶はようやく人心地がついた。豊が飲み物の準備、楓がおやつのプリンを用意、のえるがダイニングテーブルを布巾で拭いている。その和気あいあいとした様子を眺めながら、内心ため息を吐く。


 いつ見ても笑顔の絶えない温かな家族。本当に、私の理想だよ。こんな家庭を持つ日が来るのかなあ。


 三十歳を越えてから、家族持ちの友人に会うといつも感じるこの気持ち。羨ましさ、焦り、寂しさ、孤独感。

 反面、同じ独身の人たちと遊ぶと、その気楽さや身軽さから、しばらくはこのままでもいいかと楽観視してしまう。


 年齢を考えると、次に付き合った人と結婚して、すぐに子供を生まないと体力的にも辛い。もしかしたら妊娠しにくい可能性だってある。市の補助制度で女性特有の病気の検診を受けたり、気にしてはいるものの、こればかりは授かり物だからどうなるかわからない。


 いや、まずはその前に働き口を見つけて自立することが先決か。結婚相手を見つける前に仕事探さなきゃ。地元の市役所だけじゃなくて、家から通える範囲の役所も調べないと。


 久しぶりの運転に精魂尽き果て、考えもまとまらない。クッションを抱え込み、内心プスプスと燻っていると、キッチンにいる楓から声をかけられる。


「あたしたちが一緒に免許合宿に行ったときから、十五年ぶりに運転したの? 頑張ったわねぇ」

「ここまで来るのに何度死ぬかと思ったか……今度乗ってみる……?」

「嫌。まだ死にたくないもの」

「ですよね……」


 はっきりと断られた千晶は、ソファーにだらしなく寝そべった。ははは、と豊が朗らかに笑う。


「まあはっきり言って、運転は慣れでしかないからなぁ。千晶ちゃんも乗り続けていけば、楽しくなると思うよ」

「その前に挫折しそうなんですけど……」

「チーちゃん、プリン、たべようよ。のえるがえらんだの。なまクリームのってて、おいしいんだよ」

「今行きます!」


 シャキンと手を上げて、千晶はいそいそとダイニングテーブルに移動した。のえるはこてんと首を傾げる。


「チーちゃん、くるまのれんしゅう、してるの?」

「そうなの。運転が下手だから、大変なんだ」

「そっかー、チーちゃんなら、じょうずになるよ。がんばって!」

「きゃー、のえるちゃんマジ天使! チーちゃんのお嫁さんになってー」


 感激する千晶に、生クリームを口元に付けたままののえるが首を横に振る。


「のえるね、ほいくえんのりきやくんと、けっこんのやくそく、してるの。ごめんね」

「ぎゃー、のえるちゃんのリア充! どうせこっちは職なし金なし彼氏なしの、ないないづくしですよー! こうなったらやけ食いだー!」


 ガツガツとプリンをかきこむ千晶を呆れたように見ていた楓だったが、くいくいと自分のシャツを引っ張る娘に気付いた。


「ママ、りあじゅーって、なあに?」

「のえるみたいに、保育園のお友達や大好きな人がいて、美味しいおやつを食べて、毎日笑顔で楽しくしている人のこと」

「そっかー、じゃあちーちゃんも、ほいくえん、くる? のえるとたくさんあそんで、りあじゅーになろっ!」


 のえるの無垢な笑みに、尊すぎて言葉を失う。


「……はーもー、この天使に課金したい」

「どうぞどうぞ。かわいい洋服でもおもちゃでも、いくらでも貢いでください」

「やっぱり、まずは働かないとだわ……」


 改めて、勤労意欲が湧く千晶だった。


 プリンセスや魔法少女にはまっているのえるの話を聞いていると、数分前に席を外していた豊がスマホ片手に戻ってきた。


「ディーラーから連絡があって、車、異常ないってさ。これから取りに行ってくるね。のえる、パパと一緒に来てくれる?」

「まったくもー、パパったら、さびしがりやさんなんだから。しょうがないから、いってあげるわ」

「では、お手をどうぞ。のえるプリンセス」


 わざとらしくため息を吐くのえるに、豊は笑いながら手を差し出す。


 玄関で二人を見送った後、千晶は思わず吹き出した。隣の楓が、不満げに口を尖らせていたからだ。


「さっきののえるちゃん、楓の言い方そっくり。よく聞いてるね」

「保育園でも真似してるみたい。いっつも先生たちから笑われてるわよ。まったくもう」

「あはは、やっぱり似てるー」


 リビングに戻り、千晶が使い終わった食器をシンクに運ぶと、楓が新しくお菓子を小皿に取り出す。小さめのブラウニーのようだ。


「食器ありがとう。これ、輸入雑貨店で味見したら美味しかったから、食べよう。はい、これは紅茶のお代わりね」

「ありがと。うわ、おいしっ。私も買いにいこう」

「さてと、パパからあと一時間は戻らないって連絡きたから、たっぷり話を聞かせてもらうからね。あれほど運転を避けてきたのに、何で急に乗ろうと思ったわけ? さっき勤労意欲とか言ってたけど再就職するの? そこが車の運転必須とか?」


 休日、楓に会いに行くと、豊はのえるを連れて遊びに行き、必ず何時間か楓と千晶を二人きりにしてくれる。妻の一番のストレス解消法が、親友とのおしゃべりだと熟知しているのだ。


 楓からの怒濤の質問に、千晶は苦笑する。


「さすが楓さん、鋭いなあ」

「まあね、千晶のことなら全部お見通しだから」


 大学生は、中高生に比べて格段に自由度が増す。アルバイトしたり、サークル活動したり、色恋沙汰に巻き込まれたり、中二病とはまた違った黒歴史が大量に生まれたりする。


 その時代を共に生き抜いてきた(大袈裟)友として、更にここまで付き合いがあると、阿吽あうんの呼吸で変化に気付くことができるのであった。


 昨晩弟の百太から結婚と妊娠の報告があったこと、そして自分の現状を振り返り、そろそろ動き出すべきなんじゃないかと思ったことを話した。

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