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3.地獄で仏に会う

タイトルの意味:危難や苦しみのときに、思いがけない助けにあったうれしさのたとえ。

 一台の車が県道を走っていた。

 平日の昼間、農作業に行く老人が自転車をゆっくりこいでいるくらいで、実にのどかな田園風景である。


 しかし、車を運転する千晶には、景色を楽しむ余裕は皆無だった。


「ぎゃーーぶつかるーー!! なんでこの自転車ふらふらしてるのよぅ!! こちとら十年越えのペーパードライバー様ぞ?! 決死の覚悟で練習中だぞ?! 控えおろう!!」


 千晶は口から唾を飛ばしてわめきちらした。

 目は血走り、手はハンドルを強く握りすぎて白くなり、冷や汗が滝のように流れ、体はガチガチに固まっている。


 助手席の百太ももたが大声で突っ込む。


「どこの殿様だよ! 姉ちゃん、じーさんの自転車抜かせよ! いくら他に車が来ないからって、時速40キロの道路で徐行してどうすんだ!」

「でもモモちゃんっ、もしかしたら転んじゃうかもって、心配で!」


 そうこうするうちに、自転車は脇道を曲がっていった。疲れきった様子の百太が前を指差す。


「……姉ちゃん、かえでさんの家に行く前に、そこのコンビニ寄ろう。まだ家を出てから五分くらいしか経ってないけど、休憩したほうがいいよ」

「でもっ、私車庫入れ、できないんだけどっ!?」

「県道沿いのコンビニの駐車場は広いから、周り気にしないで止めて平気だから。なんなら前から入っていいから」

「う、うん」


 左ウインカーを点滅させ、慎重に通行人がいないことを確認しながら、ガラガラに空いた駐車場に進入する。そろそろと前から駐車し、ギアをパーキングにしてサイドブレーキを下ろす。


 ようやくホッとした千晶は、シートベルトを外して外へ出た。強ばった体をほぐすために大きく伸びをする。


 事故らなかったのが奇跡だわ……。


 コンビニへ行っていた百太が戻ってきた。


「ほら、お茶でも飲んで落ち着きなよ」

「ありがと……はあ、やっぱり私は運転しちゃいけない人間だよ……」

「単純に乗る回数が少ないだけだろ。慣れれば平気だって」

「そういう問題かなぁ……」


 まるで自分が長距離を走ったくらいの疲労を感じている千晶は、百太の言葉を素直に受け取れなかった。





「はあっ、はあっ……やっと、到着、した……」


 千晶の自宅から楓の住むマンションまで、通常なら、車で十数分ほどの距離である。


「……なんで、三十分以上、かかったの……」

「姉ちゃんの、運転が、予想の斜め上を越えて、ひどかった、からだろ……」


 のろのろとマンション前のロータリーに車を停めた千晶は、もはや涙声だった。百太は座席にぐったりと沈みこんで、息も絶え絶えだ。

 親友の家までの楽しいドライブが、二人にとって地獄の恐怖体験となってしまった。


 トントン。


 窓を叩く音に目をやると、かわいらしい少女と、その母親と父親らしい男女が手を振っている。楓とその夫のゆたか、一人娘で六歳ののえるが、入口の前で待っていてくれたようだ。


「チーちゃん、モモくん! まってたよー」

「天使が、いる……」

「まさに地獄で天使に会う……」


 愛くるしい笑顔ののえるに出迎えられ、千晶と百太は疲れが吹き飛ぶ思いだ。千晶がドイツから帰国してから月に一度以上楓の家に遊びに行っているので、のえると仲良くなった。よく車で送迎してくれる百太とも、すっかり顔見知りである。


「どうしたの、遅かったわね。道でも渋滞してた? ……って、百太くんじゃなくて、千晶が運転してきたの?! 無茶しすぎでしょ!」

「ええっ?! 頑なに運転を拒絶していた千晶ちゃんが?!」


 楓と豊は、露骨に体をのけぞらせて驚いていた。

 千晶も含めた三人は、大学のサークルで出会った仲で、互いのことはよく理解していた。


 同期の楓は、見た目は小柄で童顔でとてもかわいらしいが、中身は姉御肌でしっかり者である。二学年上の先輩である豊は、整った顔立ちと人好きのする性格で、サークル内でとても人気があった。

 勢いで突っ走る傾向にある千晶を妹のように思っている二人(楓は同い年だが)は、八年前に結婚した。その後、千晶の家からさほど離れていないところに新築マンションを買ったので、こうして気軽に会うことができる。


「それじゃあ、俺は公一のところに行くから」

「モモちゃんありがとう。色々とごめんね」

「いや、俺もちょっと無理させ過ぎた。ごめん。迎えは何時くらいがいい?」


 千晶がよろよろと運転席から下りて、百太と代わった。豊がのえるを抱き上げながら口を開く。


「帰りは僕が送るから大丈夫だよ。朝一番に車を定期点検に出しているけど、そろそろディーラーから連絡があって取りに行くから」

「今度は百太くんも遊びに来てね」

「豊さん、楓さん、すみません。ありがとうございます。姉ちゃんをよろしくお願いします」


 ぺこりと頭を下げた百太は、デレデレと目尻を下げてのえるの頭をなでる。


「のえるちゃん、またね」

「モモくん、こんど、のえるとあそんでね!」

「うん、わかったよ」


 行きとは違い、百太を乗せた車は颯爽と走り去っていった。

次回、天使のえるの家に遊びに来たよ!

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