24.のえるちゃんに会いに行こう!①
タイトルのことわざは、ネタ切れのためひとまずお休みです。
またいいものが思い付いたら、タイトル変更します。
土曜日の十時半、千晶は家の前に立っていた。今日は親友の楓の娘、のえるに会いに行くため、公一が迎えに来てくれる予定だ。
そういえば、日本に帰ってきて以来、男の人と二人で出掛けるなんて初めてかも。何だか緊張してきた……。モモちゃんから公一先生の家族の事情を聞いたことも、話しておかないとだし。
公一と夕飯を食べてきたという、弟の百太の言葉を思い出す。
教習後、生みの親が亡くなって叔父夫婦に引き取られた事実を公一から告げられた千晶は、話のきっかけを作った自分を少し責めていた。
『公一から、姉ちゃんが気にしてるんじゃないかって連絡が来たよ。あいつ、実の両親と年に数回しか会わなくて、元々愛情が薄かったんだ。それよりも、よっぽど親らしく世話をしてくれた良和さんと悦子さん、本当は従妹の理子ちゃんや叔父さんの正和さんたちが、公一にとって大切な家族なんだって』
その話を聞いて、カフェ「アプテノディテス」での出来事が思い浮ぶ。公一と悦子たちのやり取りは、とても自然で仲が良さそうだった。家族にはその数だけ色んな形がある。公一にとってそれが普通なら、気まずく思う方が逆に失礼なのかもしれない。
そんな結論に至った千晶の前に、一台の青い車がゆっくり横付けされる。
「お待たせしました、千晶さん」
公一が運転席から爽やかに現れた。ネイビーのロングカーディガンの中に白のタンガリーシャツを合わせ、首元のマフラーとパンツはグレーでまとめている。清潔感あふれるシンプルコーデは、彼の実際の年齢よりも落ち着きを感じさせた。
初めて見る公一の私服姿は、千晶の好みそのものだった。ぼうっと見惚れそうになるも、慌てて頭を下げる。
「おはようございます。迎えに来てもらって、すみませ……あの、どうかされました?」
「千晶さんの今日の服……」
「な、何か変ですか!?」
真顔でこちらを凝視する公一に、千晶は慌てて自分におかしなところがないか見回す。
教習のときは、動きやすさ重視でジーンズとパーカーにスニーカーを合わせることが多い。しかし今回はのえるから電話があり、「おうちでピアノのはっぴょうかいするから、おしゃれしてきてね!」と念押しされていたのだ。
一年前の失恋や父の死や退職など、色んなストレスでヤケ買いした洋服たちは、反省した後にほとんどネットで売り払ってしまった。手元に残っているのは厳選したもので、その中でも一番のお気に入りを着てきたつもりなのだが、公一の反応に自信がみるみるなくなっていく。
「いえ、すごくかわいいです。ついみとれちゃいました。いつものカジュアルな服装もお似合いですが、今日の薄い水色のコートとチェックのロングスカート、とても素敵です 」
それに何だかお揃いですねと、千晶の首元の白いストールに目をやり、それから自分のマフラーの位置を直した公一が、照れたようにふにゃりと笑った。
千晶の心臓が、ドキリと跳ねる。
いつもの営業爽やかスマイルではない、何だか見覚えのある自然な笑い方。千晶は顔に熱が集まるのを感じる。
「あっ、ありがとう、ございます! もう、公一先生ったらいつも誉め上手ですねぇ! お返しじゃないですけど、公一先生もいつもの仕事着じゃなくて新鮮で、とてもかっこいいですよっ!」
「……今日、会えるのが楽しみでしょうがなくて、張り切って新しい服を買ってきたって言ったら、信じてくれますか?」
「はい! 私ものえるちゃんに会えるのが楽しみですから!」
「……そう、ですよね。では、そろそろ、行きましょうか」
早口でまくしたてると、公一は何故か眉を下げて苦笑いする。エスコートされて助手席に乗り込んだ千晶は、気付かれないように息を深く吐く。胸の鼓動はいまやバクバクと激しい。
もう、「今日会えるのが楽しみでしょうがなくて」って……あんな甘い笑顔で言われたら、私のことかなって勘違いしちゃいそう。公一先生って、一途なくせに女たらしなのかな。罪作りな男は女性の敵よっ!
助手席側のドアを静かに閉めてから運転席に乗り込む公一を、思わずじとっと冷たい目で見てしまう。
「まずは、のえるちゃんの好きなケーキを買いに行きましょうか。千晶さん、安全運転でいきますが、気分が悪くなったら遠慮なくすぐに教えてくださいね。休憩しながら行きましょう」
「あ、はい……ありがとうございます」
教習の事前カウンセリングで、車酔いがひどいことを伝えていたのだが、公一はしっかり覚えていたようだ。失礼なことを考えていただけに、その優しさに恐縮するしかなかった。
約二十分後、目当てのパティスリーに到着した。
駐車スペースに停めた公一が、笑いかける。
「体調はいかがですか?」
「全然酔いませんでした! 本当に快適で、ずっと乗っていたくなるくらいです!」
千晶は興奮気味に公一を褒め称える。
スムーズな発進や停止は、さすが教習所の先生といったところだが、運転技術だけではない。
車酔いの原因のひとつである、消臭剤の香りや空調の臭いの換気で定期的に窓を少し開けたり、ヒーリングの曲を流したり、車内でリラックスできる空間を作ってくれたのだ。
「それは良かったです。でも、運転するときには、あんまり居心地が良すぎてもよくないと言われているんですよ。自分の部屋のように思えて、注意力が散漫になりかねないので。うちの社長や悦子先生からの教えですけどね」
「なるほど」
「実の両親はわき見運転に巻き込まれたので、叔父たちは車の事故にかなり過敏になっていました。ペーパードライバー専門の教習所を自分たちで立ち上げたのも、それがきっかけの一つだと聞いています。運転したいけど長年の経験不足から恐怖心がある人たちに、交通ルールに従って安全に走ってもらい、少しでも事故が減らせるようにと。家族を亡くした当事者だからこそ、その願いは強くて。だから僕も、叔父たちの手伝いができればと、この仕事に就いたんです」
公一の真剣な瞳には、確かな決意が見えた。言葉の節々に、叔父夫妻への敬愛と信頼の深さを感じる。仕事に対する真摯な姿勢にも、頭が下がる思いだ。自分はここまでの覚悟で仕事に取り組んでいただろうか。
それに、彼の言う「家族」には、情が薄いと聞いていた実の両親も含まれているように思えて。
千晶は穏やかに微笑み、素直な気持ちを口にする。
「家族思いなんですね。私、公一先生に運転を教えてもらえて、本当に良かったです。これからも頑張りますね」
「はい、千晶さんの力になりたいので、一緒に頑張りましょう。あはは、すみません、暑苦しく語っちゃって。ケーキを買いに行きましょうか」
公一が照れ隠しなのかさっさと車から降りる。
千晶は内心の落ち込みを気づかせないように、明るい表情を意識してドアを開けた。
年齢差とか、弟の友達とか、相手は仕事だからとか、自分は無職のアラサーなのにとか、いろんな理由を付けて、意識しないようにしてきたのに。
自然な笑顔、優しい心遣い、真剣な顔付き、そのどれもが、胸を高鳴らせる。苦くも懐かしいその気持ちの正体に、すぐ気付いた。
ああ、好きな人がいる人を好きになりたくなかったのになぁ。
次回、のえるちゃん登場です。




