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15.教習一日目②

 エンジンをかけた後は、サイドミラーやバックミラーの位置を調整する。

 公一が外に出て、車の周りをゆっくり歩く。


「僕がいる位置をサイドミラーで確認してみてください。これで、実際の歩行者や自転車、バイクとの距離感がわかると思います。サイドミラーの確認は、駐車や道路の合流などに非常に大切なのですが、何がどう映っているのかわからず、使いこなせないとお悩みではないですか?」

「その通りです……」


 サイドミラーに映る公一と、実際に目視で確認した公一の姿で、ようやく位置関係がわかり、千晶はサイドミラーの重要性に今更ながらに気付いた。


 当たり前だけど、車体の左右とか、前を向いて運転してたら見えないんだもんね。サイドミラーすごい。本当に、私は一体どうやって十五年前に免許を取ったんだろう……。


 至極当然な感想を抱いていると、公一が車の中に戻ってきた。


「さて続いては、サイドブレーキはそのまま、ブレーキペダルを踏みながら、ギアチェンジやハンドルやライトなど、色々動かしてみてください」

「え?」

「車を動かす前に、あらかじめどこを触ればどう動くかを知っていれば、運転中に気が散らなくなるかと思いますので」


 ペーパードライバー特有の感覚かもしれないが、下手に色んなところを触ったら、車が壊れてしまわないかという、ありえない妄想をしたことは一度や二度ではない。運転しながらハザードランプをつけるとき、ハンドルから手が離れて事故を起こしたらという、「もしも」の恐怖感もある。


 おそるおそる動かす千晶を見て、思うところがあったのか、公一が口を開く。


「以前お客様から、ハンドルは何回でも回すことができるのかと思っていたと言われたことがありました」

「あ、その感覚わかります」

「特に駐車のときは、右に左に切り返すことがあって、わからなくなるようですね。まっすぐにした状態で、左右それぞれ二回ずつ回せます」

「よいしょっと……本当だ」


 駐車のとき、右に左に切っているとどの状態がまっすぐがわからなくなる。それを弟の百太に言っても、全然わかってくれなかった。やはりプロの教官は違う。そして、ペーパードライバーはみんな同じことを考えているのだと、ここでも安堵した。


「今度はこの駐車場内を走ってみましょうか」

「は、はい!」

「結構広めですし、停まっている車の数も少ないので、練習には持ってこいです。あ、運転に集中したほうがいいので、慣れるまではラジオや音楽、雑談は控えたほうがいいですね」


 公一が先ほどから流れていた百太が好きなゲーム音楽を止めた。


「それでは、まずブレーキペダルを踏んだまま、ギアをパーキングからドライブに、そしてサイドブレーキを左足で踏んで解除してください」

「わかりました……よいしょっ、と」

「まずはブレーキペダルをゆっくり離してみてください。駐車場内なので、スピードはあまり出さなくて大丈夫です」


 そろそろと走り出したが、先日楓のマンションまで運転したときと比べ、恐怖感が嘘みたいに少なかった。隣に補助ブレーキを持つ教官がいて、車は触っただけでは壊れないことがわかったからかもしれない。


 しばらく周回していると、公一が明るい声を上げた。


「うん、いいですね。それじゃあ、あと三十分ほどで終わりなので、駅前まで行ってみましょうか。運転に慣れていないうちは、できるだけ細い道は避けることをオススメします。この辺りは住宅街で一方通行が多いので、遠回りでも大きい道の方が見通しもいいですから」

「わかりました」


 ゆっくり駐車場の出入口から、公道に出る。公一の道案内の指示をしっかり聞きながら、最初の信号に差し掛かった。赤になったので、ゆっくりブレーキペダルを踏み、しっかり止まる。千晶ははぁと息を吐く。


「ここまで歩行者がいなくて良かった……」

「歩行者もそうですが、自転車やバイクが突然横に現れても、驚かないように落ち着きましょうね」

「ああ、確かにこの前も恐かったです……」

「そういうときは落ち着いて、少しスピードを落としましょう。急にハンドルを切って避けると、対向車にぶつかる危険がありますから。先に行かせるのも手ですね。狭い道や歩行者が多いときは、歩行者を先に行かせたり、速度を落としてゆっくり通り抜ければ大丈夫ですよ」

「後ろから『のろのろ走ってんじゃねえよ!』って、あおられたりしませんかね……?」


 最近問題になっているあおり運転の映像を恐怖に感じていた。


「普通の人だったら、その道が狭かったり人が多ければ、ゆっくり走る理由はわかるはずです。よっぽどおかしい人じゃなければ、あおったりすることはありませんよ。よくニュースで見かけますから、心配になりますよね」

「ええ」

「後続車は先に行きたいのに行けないことにイライラしていますので、道を譲りましょう。一方通行などで場合によっては譲れないときもありますが、そのときは自分の運転に集中して、道幅に余裕ができたら、安全に端に停車して譲るなど、対処するのが最善かと」

「なるほど」

「あとは、必要のないところでゆっくり走る、急な車線変更をする、ゴミを窓から投げ捨てるなども、後続車を驚かせたり苛つかせたりする原因となって、その報復であおり運転を行うケースがあるようです。どんな理由であろうとも、あおり運転する車が一番悪いのは確かですが、自分本意な運転にならないよう気を付けるのも大切ですね。さあ、青になりましたよ。頑張りましょう」

「はいっ」


 落ち着いた公一の声に励まされ、千晶はさっと辺りに目を配ってからアクセルを踏んだ。





 数日後、千晶は助手席に母を乗せ、百太が待つ駅前のロータリーまで車を走らせた。慎重に停車させると、百太が駆け寄ってくる。


「おお、本当に姉ちゃんが運転してる」

「まあね。申し訳ないけど、車庫入れはまだ教わってないから、帰りはよろしく」

「千晶、すごい頑張ってたわよ! 安全運転できてたし、公一くんの教えが良かったのねぇ」


 母が満面の笑みで百太に報告する。運転席に乗り込みながら、感心しきりに百太が呟く。


「あれだけ拒んでいたのに、姉ちゃんをやる気にさせた公一はすげえな」

「本当にねぇ!」

「私は?」

「姉ちゃんもえらい」

「千晶もすごいわよぉ!」


 公一の次に誉められ少し複雑になったが、それでも二人の笑顔が嬉しくなり、千晶は次回の教習が楽しみになった。

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