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14.教習一日目①

※この作品はあくまでも恋愛小説です。

ペーパードライバー教習の説明は本格的なものではありません。作者が実際にペーパードライバー教習を受けて体験したことや、インターネットからの情報が主です。その点をご了承下さいますよう、お願い致します。


 緊張した面持ちの千晶は、自宅近くの月極駐車場で公一を待っていた。

 心が落ち着かず、約束の時間の十五分も前に家を出て、辺りをうろうろする。


 ああ、どうしよう。ついに教習が始まる。十五年前の自分は、いったいどうやって免許を取ったんだろ……こんな不安になった覚えはないんだけど。


 しばらくすると、公一が歩いてやってきた。紺と白のブルゾン、ベージュのチノパンという、ラフな服装だ。あのブルゾンは、先日会った悦子も同じものを着ていたので、教習所の制服のようなものなのかもしれない。


「千晶さん、おはようございます。お待たせして申し訳ありません」

「お、おはよう、ございます。今日は、よろしくお願いします」

「こちらこそお願いしますね。……あの、ですね、教習の前に、お詫びしたいことがありまして……」

「お詫び?」


 ぎこちなく挨拶を返す千晶に、公一が言いよどむ。何を謝られるのかさっぱりわからない。


「先日は、カフェでお見苦しいところを見せてしまい、大変失礼しました」

「ああ、そのことですか。全然気にしていませんよ。弟にも話していませんし、口は固いほうですから、安心してくださいね」


 カフェ「アプテノディテス」で、公一がマスターに好きな人のことで因縁を付けているところに出くわしたときのことだと、千晶はやっと気付いた。


 何も話を蒸し返さなくても……。あんなプライベートなこと、念を押されなくても誰にも言わないのに。でもまあ、友達の姉に知られたら、焦るかもしれないねぇ。


 運転と関係ないことを考えていたら、緊張が少しほぐれてきた。

 公一が力なく笑みを浮かべ、肩を落とす。


「そうですか……本当に、全く気になさっていないようで……」

「あの、何か?」

「何でもありません。それでは、始めて行きましょうか。まず、補助ブレーキを設置しますね」


 キリッと顔を引き締めた公一が、助手席から乗り込み、運転席のブレーキペダルに長い棒が付いた器具を取り付けた。


「あくまでも運転するのは千晶さんですが、危ないときには僕も助手席からこの補助ブレーキを操作してサポートします。また、横からハンドルを動かさせてもらう場合もありますので、ご了承ください」

「わかりました」

「それでは車の内部を説明していきます。どうぞこちらへ」


 運転席の方へ回った公一が、ドアを開けて千晶を呼び寄せる。車に乗り込む千晶は、心の中で感心していた。


 ドアの開け閉めがとても丁寧だわ。公一先生の好きな人にも、やってあげているのかしら。こんなふうに自然にエスコートできるなら、きっと良い印象がつきそう。


 千晶は、車の前を通って助手席に向かう公一を温かい目で見つめた。


 続いて、エアコンのオート機能や空調の外気導入と内気循環などのボタン、ドアのチャイルドロックなど、公一の言葉を聞き漏らさないように、千晶は必死に頭に叩き込む。

 エアコンのオート機能をオンにしたままエンジンをスタートさせるとバッテリーに負担がかかることも、チャイルドロックの存在も、全然知らなかった。


 公一が手元の資料を見ながら呟く。


「先日、車に乗ったということで、エンジンをかけたり、アクセルやブレーキなどの位置は大丈夫そうですね」

「あの、教習車はサイドブレーキを手で操作していたんですけど、この前運転したときには足元にあって、とても戸惑いました……」

「なるほど、この車はフットタイプですものね。他にボタン式というのもあるんですよ。千晶さんは、当分他の車に乗ることはないと思いますので、まずはこの車の操作をしっかり覚えましょう」

「わかりました」


 母親から、この白い車は五年以上乗っているからぶつけても気にしないでいいわよ、と言われたが、そうもいかない。対物にしろ、対人にしろ、事故は絶対に避けなければ。

 気合いを引き締め、次の説明を待ち構えていると、公一から思いがけない質問が飛び出た。


「それではギアについて、それぞれどんな使い方をするかわかりますか?」

「え、と……Pはパーキングで、車を駐車するとき。Rはリターン、かな……バックするとき。Dはドライブで、車を動かすとき……すみません、NとSは、何でしたっけ……?」

「Nはニュートラル。使う機会は少ないと思いますが、車を押すか下り坂なら動く状態で、故障したときに他車に牽引してもらうときに使ったりします。Sはセカンド。長い下り坂などでスピードを抑えたいときに、一定の速度までしか出ないようにします。ちなみに、Rはリバースですね」

「そ、そうでした。すみません、昔免許が取れたのが奇跡ですよね……本当に恥ずかしい……」


 公一が穏やかに訂正する。責められたりからかわれたわけではないのに、千晶は自分の無知さに顔から火が出そうだった。


 事前に一番苦手意識のある車庫入れや縦列駐車などのコツがわかる動画を見て予習してきた。まさか基本的なギアのことを聞かれるとは思ってもみなかった。


「千晶さん、わからないことがあったら、いつでもどんなことでも何度でも、聞いてください。そのために、僕がいるんです」

「公一先生……」


 公一が真剣な表情で千晶に向き合う。


「他の生徒さんたちのことを言うのもなんですが、自分を情けなく思ったり、恥ずかしくなったりして、質問したり聞き返せない方が実はとても多いんです」

「そうなんですか……?」

「みなさんが全員、前向きな気持ちで受けているわけではないですから。どうしても運転しなくちゃいけない理由がある方は、重い腰を上げてこられたわけですし」

「ああ……」


 少し惨めな気持ちになっていた千晶は、自分だけではないと知り、安堵した。

 そして他のペーパードライバーに対して、仲間意識が芽生える。仕事のため、子供のため、介護のため、自分を変えるため。人によって異なる事情を抱えて、みんな頑張っているに違いない。


 一人ではない。同じ悩みを抱えている人がいる。それは時として、とても心強いものだ。


「緊張している状態だと、なかなか覚えきれませんから、何度聞いてくださっても大丈夫です。車の運転への不安をなくして、適切に学んで、安全運転を心がけましょう」

「はい!」


 やっと顔色が明るくなった千晶を見て、公一が目を細めた。

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