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13.高みの見物

タイトルの意味:第三者の立場から、興味本位に物事の成り行きを傍観すること。

 「あの人」って……もしかしてモモちゃんが話していた、公一先生の片思いの相手? あっどうしよう、思わず隠れちゃった。


 完全に出るタイミングを逃した。千晶は逆に今出ていくべきだったと後悔する。

 公一がぶすっとした声で続けた。


「それなのに、正和さんがあの人に色目使って、あの人も反応が悪くなくて、俺は気が気じゃなかったよ。正和さんは俺の母親に三十年近く片思いしてて、他の女性は興味ないんでしょ?」

「ちょ、ちょっと! その話は……!」


 衝撃的な言葉が耳に飛び込んだ。マスターの上ずった声は、事実だと認めているようなものだった。


 俺の母親・・・・に三十年近く片思いしてる? えっ、マスターが、悦子さんを好きだってこと? どうしよう、聞かなかったことにしたい。今? 今出るべき?


 千晶はペンギン越しにカウンターをそっと伺う。必死な顔のマスターがチラチラ視線を千晶に向けている。


「飲食店、特にカフェは女性客の評判が重要だから、愛想よくしているだけだよ。それ以外の他意は全くないから。それに君の母親って言っても……」

「とにかく! 正和さんといえども、あの人を横からかっさらったら一生恨むからね。久しぶりに会ったから緊張して、余裕のある男感を出すのも大変なんだから。本当に、俺に笑いかけてくるあのかわいさ何なの? 思わず言葉を失うよね。照れて目もそらしちゃったよね。俺だけしか見てほしくないよね」

「わかった! わかったから、僕の話を聞いて……!」


 ガチャ。


 マスターが必死に早口の公一をなだめていると、千晶のすぐ近くのドアが開いた。


「マスター、お疲れさまっスー。公一さん、声が裏まで丸聞こえっスよ。あ、いらっしゃいませ! ご注文はお決まりですか?」

「え?」


 スタッフオンリーとかかれたドアから、カフェエプロンの紐を結びながら男性店員が現れた。

大学生くらいに見えるふわふわの金髪の彼は、軽い調子でマスターや公一に声をかけ、千晶にも愛想よく微笑む。


公一の気の抜けた声は、自分以外の客がいると思っていなかったからだろう。

今しかないと千晶は立ち上がる。


「こんにちは……」

「千晶さん!?」

「近くに用があったので、契約の書類を持って二階の会社に寄ったんです。そしたら、公一先生がこちらにいるとお聞きして、ご挨拶だけでもと思って」


 公一が弾けるように駆け寄ってきた。正和は額に手を当てて天を仰いでいる。


「あの! 今の話は……!」

「すみません! 盗み聞きのようになってしまって……でも、ここで聞いた話は、絶対に誰にも言いませんから! お約束します! では、用事があるのでこれで!」

「え……」


 千晶は罪悪感でいたたまれなくなり、公一の言葉に被せながら、口外しないことを力強く宣言した。真っ赤な顔で公一が固まる。


 マスターが疲れた笑顔で頭を下げた。


「お騒がせして、申し訳ありませんでした。またぜひともお越しくださいね」

「はい、今度はランチを食べに来ます。あと……公一先生の思いが、好きな人に届くといいですね。じゃあまた」


 ここはもうさっさと退散するしかない。最後の一言は余計なお世話だったなと、少し後悔しながら、千晶は店を後にした。


お節介おばさんか、私は……。はあー、片想いなのにあんなに溺愛してるのかぁ。あれなら、駐車場に置き去りにすることも、恋人だと思わせておいて別の彼女が妊娠してるなんて告白することもなさそう。


 少し羨ましく思いながら早足に立ち去った千晶は、その場でぐしゃりと膝から崩れ落ちた公一のことなど、知るよしもなかった。


「まさか、千晶さん本人・・・・・・に聞かれているなんて……しかも応援された……完全に他人事だと思われた……」


うなだれる公一を見て、金髪の店員は目を見開く。


「あー! あのお客さんが、公一さんの片思い相手っスか! 見た目は凛とした綺麗なおねえさんで、しゃべるとかわいいタイプっスね。三十四歳でしたっけ? 大人の落ち着きがいい感じっス」

「智也くん!」


金髪の店員……智也がしたり顔でうんうん頷くと、カウンターにいたマスター……正和が慌てた。

公一がゆらりと立ち上がったかと思えば、智也の肩に手を置く。


「……それ、本気で言ってる? 千晶さんのこと狙ってんの?」


低くドスの聞いた唸り声は、仕事中の爽やかな公一からは想像もできない。真後ろに立たれて、顔が見えないのも余計に恐い。

智也が冷や汗をかきながら、ぶんぶんと首を横に振る。


「いえいえいえ! あくまでも、『小説の登場人物』としてですって!」

「公一くん、仕事行かなくて大丈夫?」

「え? うわ、もうこんな時間! 正和さん、ごちそうさま!」


智也の必死な弁明は、正和の一言に救われた。公一は手元の荷物を掴んで足早に店から去っていった。


「ふう、助かったっス……」

「公一くんの前であの子の話は禁句だよ。何にでも嫉妬するから」

「肝に命じました……いやぁそれにしても、公一さんは本当に執筆意欲の捗る人っスね。次回の主人公にしたいくらい……車の運転の教官と生徒として再会した公一と千晶。公一は仕事を真面目にこなしながらも、初恋の相手で年上の千晶にそれとなくアピールするが全く気付かれない。そんなとき、二人を近付ける出来事が!」


目をキラキラさせて、智也が饒舌に語る。正和は苦笑いを浮かべた。


「懲りないなぁ。新人作家の智也くんが、このカフェの仕事を続けているのも、ネタ集めがメインだからか」

「人間観察だけが目的じゃないっスけどね。本を一冊出したからって、作家業だけで食べていける訳じゃないんで。でも、美味しいコーヒーやまかないが食べられるし、マスターは優しいし、辞める理由がないっス」

「それは嬉しいね。次回作も楽しみにしているよ」


そろそろランチの客が来る時間帯だ。智也がカウンターの上の皿を下げる。コーヒー豆を確認しながら、正和が口を開く。


「ところで、さっきの創作の中の公一くんと千晶ちゃんの恋の行方は、どうなっていくの?」

「たいてい、二人の距離が縮まりそうなときに、どちらかの前の恋人が出てきて引っ掻き回すんですよ。ラブコメのド定番っス!」

「……現実だったら、修羅場だね」

「……っスね」


二人は先程の公一の様子を思い出し、しばらく無言になった。

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