勿忘草の女神の章 第5節
前までが少し長かったので、区切りを多くしながら投稿しようと思います。
良かったら読んで下さい。
2019/4/29 プロット改変の為内容を一部改変しました。
5
教会砦。アナハイトの人々からそうと呼ばれているその場所は、美しく咲き誇る真紅の赤い薔薇に囲まれた丘の上の小さな別世界だった。
丘の上一面を埋め尽くす紅い薔薇。涼やかな水流の音を奏でる噴水。砦はその中心に聳え立ち、正門の真上に伸びる塔に設置させた巨大な釣り鐘が、陽の光を浴びて鈍い輝きを放ちながらアナハイトの村を見下ろしていた。
入り口までの道には薔薇が絡み付いた柵状のアーチが何本も連なって建てられ、入り口までの道のりを美しく彩り、砦と呼ぶよりも、まさしく女領主の居城。という呼ぶべき佇まいだった。
ふとライファは森の向こうの町で見た貴族の屋敷を思い出していた。同じ貴族でありながらまるで対照的で、それは単に領主とそれ以外の貴族以上の差を感じたからである。
対照的な物を見せられ、理由も定かでない妙な不快感を覚えながら、ライファは薔薇のアーチを潜り、入り口の扉の前まで進んだ。そこには槍を携えた見張りの兵士と呼ぶには、余りにも柄の悪い門番が二人して扉の右左に立っていた。彼等の出で立ちは森でアルゴンを襲った悪漢達に雰囲気が酷似していて、奴等の仲間なのではないかと容易に想像出来た。
「おい止まれ。何しに来た?」
門番の一人がライファを見るなり気怠そうに呼び止めた。門番としての仕事に間違いは無いが、言葉使いが些か乱暴で、いかにも教養の皆無を印象付けていた。
「ここに来れば女神の奇跡を拝めると聞いたんだが?」
ライファはアルゴンから聞いた領主の話をそのまま門番に伝えた。
「今その奇跡を拝める典礼の最中だ。典礼中の入室退出は禁止されている。次の典礼は一週間後だ。分かったらさっさとどっか行け」
門番は横暴な態度で吐き棄てると、手にした槍で入り口を塞いだ。
「そんな事言わず頼むよ」
ライファは薄笑いを浮かべながらそう言うと門番の瞳を凝視した。すると何故か視線を逸らさずむしろ食い入るように、じっとライファと目を合わせ続けた。その光景をもう一人の門番が口を挟もうと身を乗り出した。だが、それをライファは視線を合わせたまま腕を出して静止させた。
「ああ、いいぞ。勝手に入ってくれ」
突如視線を合わせていた門番の表情が緩み、先程とは真逆の事を言い出した。
「おい! 何言っている! いい訳ないだろ!」
すかさずもう一人の門番が止めに入る。そこへ更にすかさずライファが前に立ち塞がると、彼の瞳を凝視した。
「相方もそう言っているんだ。いいだろ? 黙って通してくれ」
ライファは視線を合わせながら爽やか笑顔で門番に言った。するともう一人の門番も表情が緩み、力を失ったように肩を落とした。
「その通りだ。通っていい。オレ達が許可する」
「ありがとう。仕事頑張って」
門番達は緩んだ表情を浮かべながら、入り口の前から道を譲り、ライファは感謝の言葉を言いながら、二人の肩を、ポンポンっと軽く叩き入り口の取手に手を掛けようとした。
しかし、ある事に気付いて足を止めると徐に足元を見下ろした。そこには何匹かの名前も分からない赤黒い色をした歪な形の蟲の死骸が転がっていた。それを無表情で見下ろしながら、視線を砦の側面をなぞるように移動させた。するとそこにも同じような蟲の死骸が無数に転がっていた。
恐らくこの死骸達は砦を囲うように転がっている。とライファは直感した。それが意味する事を知りながら、ライファは入り口の扉をゆっくりと開けた。
ライファは開いた扉の間から覗き込むようにして中の様子を確認した。そこには玄関ホールと呼ぶには少し狭い空間を挟み、廊下が正面と左右に分かれ、正面の先には中庭が見え、右左の廊下には血のように赤い絨毯が、廊下の先まで途切れる事無く引かれていた。
ライファは警戒しながら玄関ホールへと足を踏み入れた。ゆっくりと扉から手を離し、砦の中に扉を閉める音だけが響く。砦の内部は扉を閉めたと同時に外部の音を一瞬にして遮断し静寂が訪れた。
辺りを一瞬見渡した後、ライファは迷う事無くまるで導かれるように正面の中庭へ進んだ。
その中庭はまるで自然の風景を切り取ったように思えた。ただ、その風景の中に一つだけ人の手で作られた建造物が建っていた。とても古い小さな教会である。その教会の外壁には長い年月を感じさせるように、地面から伸びた植物の根が幾多にも折り重なり、屋根の上に小さな花畑を作っていた。
ライファは辺りの自然に目を向けながら、小さな教会の前まで進んだ。この教会は丁度砦の中心に建っている。見て解るようにこの教会は、砦が建てられる以前からここにあり、教会砦はこの小さな教会を守る為に建てられたのだろう。とライファは推測した。
扉を開けようとしたが強固な錠で閉められていた。外壁に手を当てながら、なぞるようにゆっくりと教会の裏までやって来た。教会の中が少し気になったが、それよりもライファは、自分が中庭に入った時からずっとこちらを見つめている視線の正体を探る事を優先した。そっと視線の先に目を向ける。教会の背後には、小さな教会とは対照的な程、巨大で立派な礼拝堂が聳え立っていた。
そして、その二階の窓に人壁が一瞬見えた。人影はライファの視線に気が付くと窓から離れて姿を消した。
何者かの居場所を特定したライファは礼拝堂へと向かうのだった……。
前回との間に時間が立ち過ぎてしまいました。
不定期投稿の予定ですがもうちょっと短い周期で投稿しようと頑張りたいと思います。