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Gawl of the nightmare ーガウル オブ ザ ナイトメアー  作者: Guren
悪夢の魔剣士編 勿忘草の女神の章
4/30

勿忘草の女神の章 第4節 

2019/4/29 プロット改変の為内容を一部変更しました。

2019/5/3 上記の一部変更に不足部分があった為一部追加しました。


 4


 和らいだはずの緊張がまるで病のようにぶり返し、アルゴンは目の前の水を一気に飲み干した。

 しかし、その喉の音がまた思った以上に大きく、アルゴンを更に緊張させた。

 男はその一部始終を黙って見守り、アルゴンが空になったカップをテーブルに置いたのを確認すると静かに口を開いた。


「最初に自己紹介をしておこう。俺はライファ。お前はアルゴンだったかな?」


「え、なんでオレの名前を⁉︎」


 男の口から自分の名前が出てきた事に、アルゴンは驚きを隠せなかった。


「奴等がそう呼んでいたからな」


 アルゴンの問いに、ライファは考える様子も見せず即答した。

 奴等とは悪漢達の事であり、その中のハゲ頭の悪漢とのやりとりの中で、自分の名前が出てきた事をアルゴンは思い出した。

 しかし、それはライファが現れる少し前だったと記憶している。と言う事は、自分や奴等がライファの存在に気付く以前から、既にライファはあの場所にいたのだろうか。それにあの時は激しい雨や風が吹いていて、少し離れた人の声なんて聞き取れるはずもない。

 そう疑問に思ったアルゴンは、少し不気味に感じて背筋を伸ばした。


「ところで、オレの後をつけたのは感謝する為だけじゃないだろ?」


 アルゴンがライファの底知れない何かに背筋を伸ばしていると、ライファはそう言って彼の目を真っ直ぐに見つめた。その眼差しが威圧的ではなかったので、アルゴンも見つめ返した。良く見るとライファの目は少し眠たそうな、とろんとした目付きをしていた。虚ろで酒を飲んでいるのとはまた違う、ぼんやりとした印象で、覗き込めば覗き込む程、その瞳に目を奪われた。

 なんと言えば良いのか、意識がそのまま目を通して引き寄せられている様な、とても不思議な感覚だった。

 徐々にふわふわとした気持ちになって、アルゴンは吸い寄せられるかのように顔をライファの方へ近付けようとした。

 するとライファは、ハッとしてアルゴンから視線を逸らした。その瞬間アルゴンは眠気を吹っ飛ばされたような感覚に陥り、軽い放心状態になった。

 数秒の沈黙の後、先に口を開いたのはアルゴンだった。


「……アンタ、魔剣士だろ?」


 その言葉に、一瞬ライファの顔から笑みが消えた。それを目の当たりにして、アルゴンは言ってはいけない事を言ってしまったと身を震わせた。

 だがライファはすぐさま笑みを浮かべて見せた。


「アレを見られたんじゃ、言い逃れはできないか」


 アレとは魔剣の事だろう。とアルゴンは思った。そういえば、その魔剣の姿が何処にも見当たらない。アルゴンはライファの横に立て掛けてある鉄鞄に視線を移す。近くでまじまじと見れば見る程、鉄鞄は強固な作りだと分かる。漆黒の鉄板で組み立てられ、全ての角に細部まで作り込まれた装飾が補強として施されていた。大きさは丁度小さな子供が立って入れるくらいで、それと形とが相俟って鉄鞄がどうにも棺に見えた。

 だがこの大きさではライファの身の丈を超える魔剣は折り畳んでも入りそうになかった。


「何を見ているんだ?」


 アルゴンが鉄鞄に注目していると、不意にライファが言った。


「あ、いや」


「気になるのか?」


「凄い鞄だね。何が入っているの?」


 率直な疑問だった。これ程までに頑丈な入れ物の中には何が入っているのか。どうやって開けるのか。いまいち見当が付かない。宝箱のように開けるのか、筒のように上から開けるのか、一見しただけでは分からないが故にどうしても気になった。

 その間に、ライファは鉄鞄の中身を答えようとしていた。


「一言で言うのは難しいな。でも例えて言うなら、『わざわい』かな……」


「禍……?」


 ライファの言葉にアルゴンは思わず聞き返した。


「そう、禍だ。開けちゃいけないものが入っている。だから迷惑。だから禍だ。なんてな」


 ライファの言葉に、最初アルゴンは冗談を言っているのかと思った。

 だが魔剣士である彼と、あの魔剣を目の当たりにしたアルゴンには、ライファの口から語られる摩訶不思議な話が全て真実に聞こえ、そんな彼が答えを少し考えた末に濁した事から、アルゴンはそれ以上深く聞く事ができなかった。


「そんな事を聞く為に俺の後をつけたのか?」


「え?」


「違うだろ?」

    

 鉄鞄の事を深く聞かないよう己の欲望を抑えていたアルゴンに対し、不意を突くようにライファは言った。

 思わず聞き返したアルゴンがライファの方を見ると、彼は今まで振り撒いていた笑みを消し去り、刃物の切っ先にも似た鋭い眼差しを向けていた。


「俺と関わって、俺の正体を知って、それでも俺と関わろうとする奴は、命を奪おうとする奴か、自分じゃどうしようもできない事に直面して、悪魔にでも魂を売ろうって考えている奴だけだ。お前は違うのか? アルゴン」


 そう言い放ったライファの凄みに、アルゴンは固まっていた。

 しかし、それこそが本題なのだ。

 大戦時から魔剣士の噂は耳にしていた。本当に色々な噂だった。人々を救ったとか、無差別に人を虐殺したとか、怪物に変身したとか、大凡真実とは思えない夢物語だと思っていた。

 だが、実際に自分が出会ったライファという魔剣士は、自分を救い、食事まで笑顔で御馳走してくれようとしている好青年だった。彼の言葉通り、悪魔にでも魂を売る覚悟でいたアルゴンにとって、もう自分の願いを聞き入れてくれるのはこの男しかいない。と思った。


「実は、頼みたい事があって……」


 そう一言口にすると、アルゴンは心細そうに口を噤んでしまった。


「……続けろ」


 それをライファは真剣な眼差しを向けながら続きを促した。


「実は三日前、友達のソフィアが行方知らずになったんだ」


「ソフィア? そう言えば森の向こうの町で、そんな名前の少女を探している張り紙があったな。確か貴族の娘じゃなかったか?」


「うん。そのソフィアだよ」


「それだったら彼女の両親が既に賞金を出してもう探しているだろ? 見つけ出せるかどうかは分からないがな」


「だからだよ。少しでも早く助け出したいんだ。オレはここアナハイトが怪しいと思っている」


「……どうしてそう思う?」


 ライファはアルゴンの言葉に、少し考えを巡らせたように目を少し細めた。


「聞いた話じゃ、ここアナハイトは、終戦まで領主の館と、丘の上の教会しか無い、だだっ広い土地だったらしい。でもしばらくして、前領主の妻が領主の座を継いでから少しずつ人が集まって、今じゃ集落ができて、人の数なら森の向こうの町より多いって話さ」


「なるほど。終戦からたった三年で村一つができる程に人が集まったのか。だがそれだけじゃ、アナハイトが怪しいって事にはならないだろう?」


「それだけじゃ無い。ちなみにライファはどうしてここに? 旅の途中でアナハイトの噂とか聞かなかった?」


「ここに来た理由は戦友の墓参りだ。あと噂話は信じない性分でね」


「あ、そう。まあいいや。知らないなら教えるけど、終戦後、アナハイトに人が集まった理由は、現領主の奇跡の力なんだ」


「奇跡の力?」


「そうさ。領主の血には傷や病を癒す力があるって噂が広まって、その噂を聞き付けた連中が集まって、今じゃ領主を教祖にしたカルトみたいになっているんだ。それだけじゃない。この店を出たら見えると思うけど、丘の上にはここの住人達から『教会砦』って呼ばれてる領主の居城があるんだ。その中の礼拝堂には馬鹿でかい石像があって、それはアナハイトに昔から伝わる伝説に出てくる『女神ピプリス』の像でさ、その女神もかつて自分の血で人の傷や病を癒したって言う伝説らしいんだ。だからアナハイトの連中は領主を女神の再来とか言って崇めているんだ。だけど伝説はそれだけじゃなくて、女神は自分の血が少なくなると、化け物の姿になって若い娘の血を啜って殺す。それを『女神の神隠し』って呼んで、人が居なくなっても人々は当然のようにしていたって話さ。今それと同じような事が起きている。なら犯人は領主しかいない。だから領主を捕まえて、ソフィアを救い出したいんだ」


 アルゴンの話は、この土地に伝わる伝承になぞらえた推測でしかなく、なんの根拠も証拠もなかった。

 ライファはアルゴンの話を聞きながら、アナハイトの村に入ってすぐに出会った夫婦の事を思い出していた。

 何者か分からない自分に笑顔で会釈した姿からは悪意は感じられなかった。それに対し不信感さえ感じていた。だが、それもアナハイトの領主を信頼し、領主も領地の人々の為に尽力した結果、皆が穏やかな生活をしているなら、他人に対して無償の笑顔を与えられるゆとりもできるのだろう。と考えた。

 しかし、同じ領地の中で、森の向こうの町の様子は、全くと言って良い程真逆だった。あの町に立ち込める気配は恐ろしい程に殺伐としていた。それは人が突然いなくなる事への恐怖によるものなのか、家族を奪われた怒りなのか、はたまたこの村自体への不信感か。それはまだはっきりしなかった。


「なあ! オレに協力してくれよ! 頼むよ!」


 アルゴンは少し声を大きくして必死に訴えた。


「その前に、俺も質問させてもらう。協力するかは返答次第だ」


 それに対しライファは冷静な姿勢を崩さなかった。アルゴンは口を閉じて沈黙すると、何を質問されるのかと緊張を覗かせた。本物の魔剣士であるライファの協力を得るには、今から質問される事への返答次第なのだから無理もない。


「どうして追われていた? それに奴等は何者だ?」


「……その両方の質問に同時に答えるよ」


 ライファの質問に、アルゴンは最初躊躇いがちな表情を浮かべていた。がやがて目を閉じて深呼吸をすると静かにそう呟き、次のように質問に答えた。


「盗みをやったんだ。食い物さ。三日前からろくに食べてなくて。そしたら奴等に、『自警団』の奴等に見つかって追いかけられたんだ」


「自警団?」


「自警団っていうのは、領主に雇われてアナハイトの領地を警備している連中の事だよ。領主は大戦の一件で国の軍兵が大嫌いらしいから、私兵として治安維持を任せているんだ。でも見ただろ? 奴等の身なりや立ち振る舞い。奴等の殆どが金銭目的に集まっただけの素性も分からない盗賊みたいな連中さ。まあ、奴等が目を光らせているお陰で悪さをする奴はまずいないから、治安に一役買っているのは事実と言えば事実だけどね。因みに奴等の本拠地も教会砦の敷地内にある兵舎だし、領主を女神と奉っている普通の人達も自警団に入っていたりするから、実質この村は自警団だらけだよ。全く、背に腹は変えられないと言うけど、よくもまあこんな場所で盗みをやったもんだよ。ライファが助けてくれなかったら、今頃村の中央で縛り首になっていたかもしれない……」


 そう言い終えると、アルゴンは自分の右拳を左手で撫でる素振りをしながら、縛り首になった自分の末路を想像し身震いするのを必死で誤魔化していた。その様子を見ながら、ライファは少し考えた後、協力するか否かを答えようとした。その時である。


「お待ちどうさま! サリーナ特製のフェリアンラビリックスのモモ肉ステーキお持ちしました!」


 二人の間の若干緊迫していた空気をぶった斬るように、三角巾にエプロン姿の女性が芳ばしい香りを漂わせたステーキを持って現れた。


「あら! お連れさんもう来てたの? 気付かないでゴメンなさいね。旦那もお連れさんが来たなら呼んでちょうだいよ。アハハハ」


 女性はアルゴンを見て驚いた後、自分が気付かなかった事を遠回しにライファのせいにすると、笑って誤魔化しながら、熱々のステーキをテーブルに置き、逃げるように厨房へ帰っていった。

 場が白けたような空気になったが、アルゴンは再び返答を急ごうとした。

 しかし、自分とライファの間にどうにも厄介な湯気が邪魔をする。更に厄介なのはその湯気の下にアルゴンが待ちに待っていたご馳走が置かれていた事であった。

 芳ばしい香りを漂わせ、鉄板を貼った木製の皿に音を奏でながら、まるで誘っているかのように横たわるステーキ。

 なんて曲者だ。もう少し待っていろ。ライファの返答の後、お前をすぐにでもオレの口の中で転がしてやる!

 と思いながら、アルゴンは生唾を飲み込みながら視線をライファの方へ向けた。


「支払いは済ませてある。ゆっくりしていってくれ」


 なんとライファは既に身仕度を済ませ、不敵な笑みをアルゴンに向けながら去ろうとしていた。それを見たアルゴンはライファとステーキとを高速で交互に見返すと、咄嗟にステーキの両端に置いてあったフォークとナイフを掴み、口の中に入るだけの肉を熱さも省みずぶち込んで、急いでライファの後を追い店の外に飛び出した。

 しかし、何処を見渡してもライファの姿は見当たらなかった。その慌てふためくアルゴンの様子を、ライファは少し離れた丘の上へと続く坂道から見下ろしていた。彼の背後には強固な白い煉瓦造りの砦が聳え立っていた。

 ライファは視線をアルゴンから砦へと移し、領主の居城である教会砦へと向かうのであった……。

やっと主人公の名前を出せました。主人公はライファです。でもアルゴンも主人公ような存在です。

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