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Gawl of the nightmare ーガウル オブ ザ ナイトメアー  作者: Guren
悪夢の魔剣士編 勿忘草の女神の章
3/30

勿忘草の女神の章 第3節 

2019/4/29 プロット改変により内容を一部変更しました。



 3


 男が森を抜けると、目の前には先程の小さな町とは違って、穏やかな雰囲気が漂うのどかな村の風景が広がっていた。

 正面には村の入り口であるアーチ状の門が男を出迎え、門の上には村の名前を示す『アナハイト』の文字が刻み込まれていた。

 その門は村ののどかな風景とは不釣り合いな程、立派で彫刻家を雇って造らせたような凝った作りをしていた。

 ちなみに、アナハイトとはこの村の名前であると共に、ここ一帯の領地の名前でもあった。

 この国では、領地を治める領主の所在地がそのまま領地の名前となる。領主と領主の所在地が変わればもちろん領地の名前も変わる。先の大戦では多くの貴族が死に絶え、それに伴って領地の数は減少し、後釜となった貴族は領主不在の土地を報酬として手にしていた。領主が変われば政治が変わる。一番迷惑を被るのは領地に暮らす人々である。治める領主が善人なら良いが、そうでない場合の方が圧倒的に多い。各地では問題が今も山住みであり、人々の暮らしを脅かしているのであった。

 男が視線を門から村へと戻すと、目の前を中年の夫婦と思われる男女が横切った。彼等は男の姿を見て、穏やかな笑顔を見せて会釈をすると去っていった。男は自分の格好が決して万人に快く受け入れられるような風貌をしているとは思っていなかった。にも関わらず先程の夫婦は男を見て不快な表情一つしなかった。その様子は男にとって不信以外の何物でもなかった。

 どこからやって来たのか分からないよそ者は忌み嫌われ迫害さえ受ける事もある。それがこの世界の常識であった。先程の町で噂話をしていた者達の反応に男は何も感じなかった。むしろ彼等の反応は正常だと考えていたからだ。


 この村は何かある……。


 男はそう直感した。

 しかし、それとは別に、男には気掛かりがあった。

 自分の後ろをつけている者の存在である。男にはその者の正体が分かっていた。フードの奥に隠された口元は笑みを浮かべると、気付かないふりをしながら集落へと向かうのだった。


 自分は一体何をしているのか。

 アルゴンはそう自分に問い掛けながら、男の後を追っていた。何故自分があの男の後を追うのか、それはただ単に感謝の言葉を言い忘れたから。というわけではない。それだけははっきりしていた。

 今はただ見通しが立たないモヤモヤとしたものを抱えながら、アルゴンはすがる思いで男の後を追った。

 入り口の門を抜けた後は、集落まで黄金色の小麦畑がしばらく続いた。男が不意に振り向いたならば、アルゴンは咄嗟に小麦畑に飛び込むつもりでいた。どうせ雨で服は汚れている。これ以上汚れても大差は無いと覚悟を決めていた。

 そんなアルゴンの覚悟をよそに、男は振り向きはせず小麦畑を抜けて集落へと入っていった。アルゴンは緊張の糸が途切れたように肺に溜まっていた息を全て吐くと、視界から消えた男を探す為小麦畑の間を駆け抜けた。

 集落に入ると、アルゴンは建物の物陰から様子を伺った。

 しかし、男の姿はそこには無く、しまったとばかりに驚いたアルゴンは物陰から飛び出して辺りを見回した。すると奥の方に男の後ろ姿を発見し、ハッとして無駄に手足をばたつかせながら物陰へ飛び込んだ。他所から見たら滑稽で怪しい奴にしか見えないが、本人は至って真剣だった。

 本当はバレてるのではないか?

 男の後ろ姿を見つめながら、不意にアルゴンは疑った。後をつけて物陰に隠れる度に即座に距離を離され、飛び出すとあたかも居なかった場所から煙のように後ろ姿を現す。そのようにしか思えなかったからである。

 それからしばらく、まるで弄ばれているかのようにアルゴンは集落の中を追ったり探したり隠れたりを繰り返し、やがて男が一件の建物に入っていくのを確認した。


「サリーナの店……か」


 丸太造りの建物の入り口には、大木を真っ二つにして、木目の断面に『サリーナの店』と彫られていた。屋根から伸びる煙突からは白い煙と共に旨そうな肉の香りが漂っていた。それを嗅いだアルゴンの頭の中では、厚切りのステーキが鉄板の上で耳当たりの良い音を奏でながら溢れ出る脂を滴らせる場面が容易に想像できた。

 ふと我に返ると、アルゴンの足は店の入り口まで無意識に進み、しかもよだれが一滴顎下まで伸びていた。

 アルゴンはよだれを拭うと邪念を祓うかのように頭を振った。

 しかし、それと同時に腹が鳴った。なんとも言えない弱々しい音だった。


「腹減った……」


 誰に言うわけでもなく、独り言が口から溢れた。

 正直言って自分の腹を満たすだけの金銭を持っていない事は、アルゴン自身が一番分かっていた。

 だが、今自分がここに立っているのは、断じて腹を満たす為ではないのだ。

 アルゴンはまたもや邪念を祓うように短く息を吐くと、意を決した面持ちで店の扉を開いた。

 店に入ると、肉を焼く音や鍋の中で具材が泳ぎ転がり茹でられる心地良い音が聞こえ、旨そうな料理の香りは一層アルゴンの鼻を刺激した。

 しかし、それよりもアルゴンの注意を引いたのは、店に入って直ぐ目に飛び込んで来た壁一面に飾られている、様々な大きさの額に入れられた押し花と、酒の空瓶に刺さった花がいくつも置かれた本来の役割を成していないカウンターだった。

 その向こうが厨房になっているようで、料理の音と匂いはそこからしていた。

 アルゴンは店の主人は余程花が好きなのだと思いながら、入り口から見て左に伸びる通路の方へ目をやった。通路の左右にテーブル席があり、仕切りとして設けられた観葉植物が並んでいた。残念ながらここからでは男の姿は見付けられなかった。


「あの———……」


 テーブル席へ無言で入るのに抵抗を感じたアルゴンは、入り口からほんの少しカウンターの方へ歩み寄り、厨房の中を覗き込むと、申し訳なさそうな表情を浮かべながら言った。

 しかし、アルゴンの呼び声が料理を作る音に掻き消されているのか、厨房から人が顔を出す様子は無かった。アルゴンはもう一度声を掛けようとした。その時である。


「おい……」


 突如として背後から声を掛けられ、アルゴンは見て分かるくらいに肩をビクつかせた。瞬時に額は汗まみれになり顎先まで滴り落ちた。それをすぐさま手の平で拭い、緊張しながらゆっくりと振り向いた。するとそこにはあの男が立っていた。

 今自分はどんな顔で男と対面しているのだろう。アルゴンがもう少し冷静でいられたならば、そんな事を考える余裕もあっただろう。

 しかし、現実はそうではなく、彼は喜怒哀楽もはっきりしない、目を見開いたよく分からない表情で硬直しながら男と対面していた。

 男は相変わらず美しい顔をしていて、アルゴンの顔を前にして吹き出すように笑みを浮かべていた。


「俺の後をつけていただろ? 何の用だ?」


 すると、男は緊張で言葉を失っているアルゴンに対し、笑みを浮かべたまま言った。その表情と口振りからは怒りは微塵も感じられず、ただ単に訪ねているようで、それを察したアルゴンは恐る恐る口を開いた。


「あの……、感謝の言葉を言い忘れていたので……、ごめんなさい……」


「感謝したいのか謝罪したいのか、どっちだよ?」


 アルゴンの言葉に、男はもっともな突っ込みを返すと、また爽やかな笑みを浮かべた。


「そんな事より何か食べないか? 腹空いているだろ?」


 それを聞いてアルゴンの緊張は一気にほぐれ、表情は和らいだ。


「本当に? うん。食べる。食べます」


「席に案内する。こっちだ」


 まるで小さい子供のように瞳を輝かせながら、食事に有り付ける事に感激し、アルゴンは男に連れられて席に案内された。

 席に着くと、水の入ったカップが二つ、対面するように並んでいた。


「後をつけられている事は分かっていたからな、店の人にはすぐに連れが来ると伝えておいたんだ」


 カップを見て驚いているアルゴンに男は言った。

 全て見破られてた。と思うと同時に、男は最初から自分を食事に誘うつもりでいたのだと分かり、アルゴンは全てにおいて男が自分の上を行っているのを確信しながら、席の横に鉄鞄が立て掛けられていない方に腰を下ろすと、自身も隣に肩に掛けていた大きな鞄をそそくさと置いた。

 アルゴンが座ると、男は今まで纏っていたマントを脱ぎ、鉄鞄の脇に畳んで置いた。

 マントを脱いだ男の格好は、傭兵と呼ぶには些か軽装且つ奇妙で、袖が無く襟を立てた赤茶色のロングジャケットを纏い、膝上までを守る銅色の装甲の付きブーツを履き、それと同色の肩から指先までを完全に覆った鎧を左腕にだけ身に付け、対する右腕は何も纏っていないという、見た事の無い風変わりな出で立ちをしていた。

 アルゴンの好奇な視線を気にする事もせず、男が席に着くと、これにて全ては男の想定した通りの構図となるのだった……。

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