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Gawl of the nightmare ーガウル オブ ザ ナイトメアー  作者: Guren
悪夢の魔剣士編 勿忘草の女神の章
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勿忘草の女神の章 第21節

前回までのあらすじ

大陸全土を巻き込んだ大戦が終わりを迎えて三年。四方を自然に囲まれたアナハイト領地では、病や傷を自らの血で癒す女神の伝説があった。


行方不明のソフィアを探す旅の傭兵ライファと、彼女を探すのを持ち掛けた少年アルゴンと、ライファの仲間フォクスは、闇夜に紛らて襲撃してきた自警団達を返り討ちにする。

翌日、ライファとアルゴンはアナハイトに残って調査を始める。

その後、二人の目に突如自警団が押し寄せライファ達は捕まってしまう。

彼等を捕えた自警団が酒を煽っていると……。


 21


 異様な状況下が人を変貌させるのか、

 それともそれが人の本性を曝け出すきっかけにすぎなかったのか、

 酔いや迷いではなく、内なる声に従い行動を起こす。

 答えの無い救済を求めて、今宵も滾る想いが怒張する……。


 そこは床の至る所に空になった酒の瓶が転がった足の踏み場も無い部屋だった。噎せてしまいそうな酒の匂いと、男のむさ苦しい汗の匂いが混じり合った、なんとも形容し難い濁った空気で満ちていた。

 この掃き溜めとでも呼ぶべき場所は、自警団の宿舎兼仕事場として使われていた。しかしこの宿舎を使用しているのはもっぱらザイテスと彼に付き従っている十数名の特に素行の悪い部下達だけだった。彼等以外の、いわゆる命令されて自警団に参加させられているアナハイトの男達は、決して宿舎に近付こうとはしなかった。

 ライファとアルゴンを捕らえたザイテス率いる自警団は、今日の仕事を終えたとばかりに酒を煽っていた。その最中、部下のひとりが疲れた様子で部屋に入って来ると、真っ先にザイテスのもとに向かってきた。


「兄貴。あのガキ、気失うまでやりましたが口割りやがらねぇです」


 ザイテスは少々酒で上の空な目付きで報告を聞きしながら、報告してきた部下の拳に巻かれた布が血で生々しく真紅に染まり、それを確認したザイテスは不気味に笑みを浮かべるのだった。


「……なら叩き起こして追い込み掛けろよぉ」


 ザイテスはそう言うと、飲み掛けの酒のボトルを部下に渡した。部下はそれを受け取ると何も言われぬまま半分以上残っているボトルをがむしゃらに一気に飲み干し始める。突如始まった謎の余興を他の部下達は薄ら笑いを浮かべながら見守っていた。やがて空になったボトルが腕から落とし、一気飲みした部下は立ち眩みを起こしそうにながらも溢れ出た酒で汚れた口元を拭って姿勢を正した。

 皆が見守る沈黙の中、ザイテスは立ち上がり間髪入れずに部下の顔面へ平手打ちをぶち当てる。部屋に鈍い音が響き渡り、その後それを掻き消すかのように彼は高らかに笑い出した。


「良い飲みっぷりだぁ! 休んでよし。次誰か代わってやれ!」


 これが自警団の日常だった。秩序も教養も無い悪漢達を力で従われたザイテスはここの王だった。少なくとも彼自身がそれを自負し、傍若無人の振る舞いを繰り返していた。そんな彼の振る舞いに、部下達は媚を売るかのように一緒になって下品な笑い声を上げていた。


 彼等は知っているのだ。ザイテスの残虐性を……。

 彼等は見てきたのだ。ザイテスの狂気性を……。


「……あぁ、待て待て。みんなここから出て行け。酒は他でやれ」


 下品な笑い声が響く部屋の中にザイテスの冷めた声が通る。まるで笑い声を静かに払い除けるように、ザイテスの顔からは一切の感情が欠落し、無言のまま椅子の裏手にある扉を開けて、奥の自室へとそそくさと入ると鍵を閉めてしまった。

 しかしそれが合図だという事を部下達はその身に刻み込んでいた。あの酷く冷め切った顔を見る度に、己の好奇心を呪い、悪寒と共に喉の奥と肛門が疼き出す。


「失礼します……」


 誰とは言わず、部下達は囁き返事をしながら汐らしく部屋を出て行った。




 部下達が隣の部屋から全員出て行った事を扉越しに音で確認すると、ザイテスは高鳴る怒張を抑える為、深く息を吸い、そして吐いた。

 秩序も教養も無い悪臭漂う自警団の宿舎にて、一箇所だけ常に清潔に保たれた一室が存在する。今ザイテスがいる部屋である。そこには綺麗な花が部屋を覆うように飾られ、酒の臭いを掻き消す勢いで充満する甘い香りを放っていた。部屋の中心には室内だというのに白い大理石の噴水があり、その真ん中には教会砦の礼拝堂にある女神像を小さくした銅像がすべからく祈りを捧げていた。

 更に大小様々な大きさの異なる肖像画が、壁を覆い尽くす程に飾られていた。これらは全てザイテス自身が描いたもので、描かれた被写体は同一の人物だった。彼いわく全て聖女ピプリスを描いたものだった。

 しかしその全てが未完成で、顔を完璧に描き切った絵は一つも存在しなかった。あるものは目が描かれず、またあるものは鼻や口が無い。酷いものは卵のように目鼻口の無いものや、そもそも首から上が存在しない不気味なものまであった。言ってしまえばこれらの肖像画が聖女ピプリスを描いたものであるとはとても言えない代物で、最初にこれらは聖女ピプリスの肖像画である。と言われなければ誰なのか判断のしようもない代物ばかりだった。

 ザイテスは自らが描いた未完成の聖女に目を向ける事はしなかった。まっすぐ部屋の中心にある噴水へ歩み寄り、手前で立ち止まると衣服を全て脱ぎ始めた。


「こんなにも恋い焦がれているのに。愛を捧げているのに……」


 一糸纏わぬ姿でザイテスは悶えるように囁いた。

 満たされぬ恋心。想いだけが募り続け、やりきれない苛立ちと喪失感が込められた言葉を発し、おもむろに自身の陰茎を見下ろせば、はち切れんばかりに怒張し反り上がっていた。

 聖女を想うと股間が熱くなる。聖女への行き場の無い恋心がここへ集結している。

 熱い。苦しい。仮初めでもこの想いを解き放ちたい。

 ザイテスの呼吸は徐々に獣の如く荒々しくなり、やがて聖女への愛の言葉を叫びながら、自身の手で快楽の世界へと走り始める。想い焦がれた聖女への愛が成就した先にある相愛の世界を妄想する。脳内の聖女は優しげな微笑みを浮かべながらザイテスを優しく抱き締めていた。だが顔ははっきりしない。

 だがもう良いのだ。ここまで来ればそんな事はどうでも良い事だった。

 やがて行き場を失っていた恋心が絶頂の名のもとに吐き出され、それは噴水の水面に落ちると固形となって漂っていた。

 水面に漂う恋心を虚ろな瞳で見下ろしながら、ザイテスは最後に祈りを捧げようとした。

 だがその時である。微かだが物音が聞こえた。するとたちまち扉の向こうに人の気配を感じた。


「……誰だ」


 扉に向かって感情を押し殺した低い声で言い放つ。返事は返って来なかった。

 ザイテスは一糸纏わぬ姿のまま扉へ近寄り、鍵を開け蹴破るかのように隣の部屋へと飛び出した。

 そこにはうろたえた表情を浮かべる部下の一人が立っていた。逃げる機会を失い、彼はザイテスの姿を見るや震えていた。


「貴様、はじめてか?」


 震える部下にザイテスは言った。部下は首を縦に振った。


「他の奴等から聞かされてなかったか? オレが部屋に入ったら黙って出て行けと」


 ザイテスは囁くように部下に言った。だがその言葉に優しさは微塵も込められてはいない事を部下は知っていた。


「つい出来心で、すみません……」


 眼力と呼ぶべきか、虚ろであるはずのザイテスの瞳に睨まれた部下は、まるで今にも泣き出してしまいそうな声で弁解した。とてもじゃないがザイテスと目を合わす事など出来なかった。だからと言って顔を下に向ければ意識しなくても怒張した彼の陰茎が視界に入り込んでしまう。


「申し訳無いです! どうか許してください……」


 決定打を打ちたい一心で、部下は土下座し許しを乞うた。返答が返ってこない。

 どうしたのだ。許してくれるのか、許してくれないのか。部下は地面に目をやりながら判決を待つしかできなかった。

 するとザイテスはしゃがみ込み部下の肩にそっと手を添えた。

 この反応は許すという事の表れなのか、部下は俄かに期待した。

 だが、彼の期待は激痛と共に崩れ去る。肩に添えられていたザイテスの手が、徐々にその力を強めていく。

 肩を砕かれる。部下は悲鳴さえ上げらない程に恐怖し、そんな彼をザイテスは肩を握りながら無理矢理立ち上がらせ、顔面で殴り付けるかのように彼の額を己の額を打ち当てた。鈍い音と痛みと共に狂気に満ち、今にも飛び出してきそうな目玉が二つ彼を睨み付けていた。


「愛は想い焦がれるものではない。満たされなければ……」


 顔面を打ち当てたまま、鼻と鼻が擦り合い、唇と唇が触れ合いそうな距離でザイテスは囁いた。


「あの、それはどう言う意味で……」


 部下にはその言葉の真意が理解できなかった。いや、理解する必要は無いのである。これから彼の身に起きる出来事に比べたら、この言葉の真意など無に等しいのだから……。


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