表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Gawl of the nightmare ーガウル オブ ザ ナイトメアー  作者: Guren
悪夢の魔剣士編 勿忘草の女神の章
20/31

勿忘草の女神の章 第20節

前回までのあらすじ

大陸全土を巻き込んだ大戦が終わりを迎えて三年。四方を自然に囲まれたアナハイト領地では、病や傷を自らの血で癒す女神の伝説があった。


行方不明のソフィアを探す旅の傭兵ライファと、彼女を探すのを持ち掛けた少年アルゴンと、ライファの仲間フォクスは、闇夜に紛らて襲撃してきた自警団達を返り討ちにする。

翌日、ライファとアルゴンはアナハイトに残って調査を始める。

その後、二人の目に突如自警団が押し寄せライファ達は捕まってしまう。

その頃フォクスは……。


 20


 母親のはらの中から這い出て産声を上げた時、自身に向けられた眼差しは嫌悪と蔑みに満ちていたに違いない。

 物心付く頃にはそう考えるようになった。

 自分は異質なのだ。少しだけ人間に似ているだけの違う生き物なのだ。

 虐げる者達と水面に写る自身の容姿を見る度に、良心と呼ぶべき心のカケラがこぼれ落ちて行くのを感じた。

 そんなに人を怪物呼ばわりするのなら、望み通りになってやる。

 そう悟ったのは、初めて人を殺めた七つの頃の事だった……。


 二、三日前だろうか、武器を携えた物騒な連中がぞろぞろと町にやって来たのは。なんでもヴァンハウテン家の娘が行方知れずになったそうで、賞金を懸けて捜索願を出したらしい。奴等はそれに群がって来た傭兵くずれの賞金稼ぎに違いない。

 それにしてもこの町はいつからよそ者の通り道になってしまったのだろうか。

 女神の噂を聞いてアナハイトに向かう奴は後を絶たないし、あそこを守ってる自警団の連中も勿論よそ者で、たまに町に物資を買いに出てくればでかい顔してやりたい放題。特にあのザイテスって野郎は顔を見れば分かるがイカれ野郎だ。関わり合いになりたくない。


「いらっしゃいま、せ……」


 町でよろず屋を営む店主の彼が最近の町の様子を憂いでいる最中、店の入り口に取り付けてある小さなベルが鳴った。客の来店である。たとえよそ者だろうと客は客。彼は挨拶をしながら客の方に顔を向けた。

 そこには背中に弓を携え、胸にも腰にも大小の剣を差した黒い長髪の若い男が立っていた。男は額当てをしていて眉が隠れていながら、それでもはっきり分かるような切長の釣り上がった目付きをしていて、なにやらすこぶる機嫌が悪そうだった。


「換金してくれや」


 男はぶっきらぼうにそう言うと肩に掛けていた、形からして馬に背負わせる種類の荷物袋を重々しく突き出して来た。中にはどれも使い込まれた薄汚い武器やその他諸々が無造作に入っていた。


「急いでんだ。ささっと素早く高く買い取ってくれ」


 店主が荷物袋の中を覗き込んでいると、男はそう言って荷物袋をカウンターにドカッと放り、横にある椅子に腰掛けると葉巻を吸い始めた。ちなみに男が座っている椅子は売り物だし店内は禁煙だった。

 だがそれを告げる度胸は店主には無く、渋々と査定に取り掛かるのだった……。




 とりあえずこれが済んだら娘っ子の家に行って、あのいけすかない両親に詳しく聞くしかねぇか。ったくまだイラついてんなオレ。何にイラついてんだ? 何処にでもある下衆な他人の話だってのに。クソが。胸糞悪い。ってかこいつも仕事おせーな。こっちをチラチラ覗き見る暇があったら早く査定しろや! バレてんぞコノヤロー!

 フォクスは飯屋での一件で酷く不機嫌な顔をしながら待っていた。加えて自分の顔を何度も覗き込んで来る店主にも苛立ち、刃物のような睨みを利かせた。

 それから葉巻を吸い、近くにあった小皿に吸い殻を捨てた。ちなみにそれが売り物である事をフォクスは知らない。その様子を覗き見していた店主の口から小さな溜息が漏れるのを聞いたがどうでもよかった。


「……査定出来ました」


 店主は静かにそう言うとフォクスに帳面を見せた。フォクスは帳面に書かれた値段を見ながら無精髭を指でいじり眉間に皺を寄せ、それから店主の顔とを何度か交互に見た。店主はフォクスの眼光がこちらに向く度に心臓を掴まれるような窮屈な錯覚に陥って息が詰まりそうだった。


「……これでいい」


 フォクスの言葉に店主は内心で胸を撫で下ろしていた。


「只今代金をご用意します」


 そう言うと店主は店の奥に逃げるように引っ込んだ。恐らく奥に金庫があるのだろう。無人となったカウンターを前に、フォクスは手を伸ばした先に置いてある干し肉の瓶詰めをおもむろに一つ取って鞄に入れた。


「お待たせしました。袋は差し上げます」


 少しして店主が金貨の入った布袋を手に戻ってきた。カウンターの様子が実は違っている事には彼は気付かなかった。

 手続きを終えると店主は金貨の入った布袋をフォクスに手渡した。その時の店主の手は小刻みに震えていた。

 フォクスは布袋を手にすると中身を念入りに確認した。金貨の枚数を数えている際に生じる金属音が妙にゆっくりで、まるで時を刻んでいるようだった。この音が止まった時、自分の身に何か良くない事が起きるような、店主はそんな不安を募らせながら彼の様子を窺っていた。

 最後の金貨がフォクスの指先から布袋に落ちようとしていた時、彼の指は金貨を握ると弾いて店主の方へ飛ばした。店主は咄嗟にそれを掴む。気が付くとフォクスは店の出口の方へ向かっていた。


「干し肉代だ。釣りはいらねぇ」


 それだけ言ってフォクスは店を出て行った。




 よろず屋を出たフォクスは残りの葉巻を思い切り吸い込み、頭上を見上げ口の中一杯の煙を吹き出した。吹き出された呼出煙こしゅつえんはすぐさま風に掻き消され、あっという間に消え失せた。残されたのは微かな香りと今にも降りそうな曇り空だった。

 短くなった葉巻を指で弾き飛ばし、ヤニ臭い唾を地面に吐き捨てるとフォクスは馬に跨った。


「……仕事するか」


 溜息混じりの独り言を呟き手綱を握る。自分にはやるべき事がある。あの老害ジジィの言う通り呑気に飯を食っている暇も、よろず屋で油を売っている暇も無い。

 ヴァンハウテンの屋敷に行こう。あの夫婦は何か隠している感じがした。知られたくない事があるに違いない。

 そう思ったフォクスは馬を走らせた。そんな走り去る彼の後ろ姿を物陰から盗み見る怪しげな人影があった。その者の瞳は飢えた殺戮の衝動を滲ませ、脳裏で残虐な行為に及ぶ妄想を膨らませながら息を荒げていたのだった……。





「庭に咲く花だけは綺麗なんだけどな」


 相変わらずボロが目立つヴァンハウテンの屋敷を前に、フォクスは外門を抜け庭先の花壇の前でしゃがみ込むと、綺麗に咲いている勿忘草の花びらにそっと触れながら皮肉を呟いた。

 それからやれやれと言わんばかりに重々しく両膝を掴んで立ち上がると玄関の扉の前まで向かった。するとなにやら中で言い争っている声が聞こえてきた。恐らくソフィアの両親だろう。彼等の口論を聞いたフォクスは一旦隅に寄り、姿勢を低くしながら声のする方向を頼りに屋敷の側面を移動して彼等の様子を窓越しから覗き込んだ。


「もう時間が無い。どうすればいいんだ!」


 手の打ちようがないと言わんばかりに腕を振るっている、撫で付けた黒髪にフリルの付いた白いシャツにベスト姿の中年男はソフィアの父だ。捜索依頼を説明していた時も腕を忙しなく動かし落ち着きの無い頼りない奴。というのがフォクスの感じた第一印象だった。


「なんて情けない声を出して。しっかりして下さいよ」


 そして彼に発破を掛ける必要以上に着飾った中年女がソフィアの母である。夫同様第一印象は良くない。あと香水の匂いがキツかった。


「うるさい! お前が息子を産めば良かったんだ! 何の役にも立たない馬鹿娘を産みおって!」


 妻の言葉に彼は悪態で返した。それはあまりに身勝手で人の親として口が裂けても言ってはならない愚かな発言だった。

 あまりに醜く歪んだ考えを妻にぶつけた彼は、ソファーに座り込むと頭を抱えて俯いていた。そんな夫に妻はどんな言葉を返すのか。


「私だって、好きで娘を産んだんじゃありません!」


 こいつも同類の愚か者か。フォクスは自分の耳を疑いたくなった。


「ったく今日はとんだ厄日だぜ。なんで出会す奴等全員癇に障る連中ばかりなんだよ」


 嫌気を通り越して呆れてしまいそうな会話を遮断するように、または自らがこれからする行動に鼓舞するように、フォクスは力強く短い息を吐くと屋敷の入り口に向かった。そして躊躇いもせず力任せに扉を叩いた。

 荒々しく、まるで扉をぶち破るが如く力強いそのノックは、夫婦が口論を止めて扉の鍵を開けるまで続いた。フォクスは扉の開錠音が聞こえた瞬間、家主がドアノブに手を掛けるよりも早く扉を開けた。


「な、なんだ貴様は!」


「忘れたのか? アンタ等が雇った賞金稼ぎだよ!」


「だったらなんだ! 娘は見つかったのか?」


「その前に何か隠してるだろ! 全部話せ! 情報を開示しろ!」


「さっきからなんだその物言いは! 賞金稼ぎ風情が無礼だぞ!」


「うるせぇよ! ったく、これじゃ埒があかねぇ。これ見せりゃ素直になるか!? あん!?」


 そう言うとフォクスは彼等に睨みを効かせながら懐からあるものを取り出し、二人の前に突き出しかざした。それを見た途端夫婦は目を見開き、顔から血の気が引いていった。


「入り口の前で立ち話もなんだから上がらせてもらうぞ。話はそれからだ」


 肝の座った眼光を二人に浴びせながら、フォクスは落ち着いた物言いをしながらも、ずかずかと屋敷の奥へと進んで行った……。




 田舎の日没は早い。ソフィアの両親から話を聞き終えた頃には既に夕刻を過ぎていた。

 もう随分と暗くなり、建物の日陰には闇が広がっていた。

 フォクスが屋敷を出ると外に人影は無く、家の窓からチラホラと灯りはあるものの、まるで無人の町と化していた。

 大戦以前ならば今から夜が始まり、酒を片手にボンクラどもが姿を現し、そんなボンクラどもから金を巻き上げようとポン引きどもが作り笑顔で客引きをして町は賑わいを見せ始める。しかし今ではこの町みたいにそんな光景は過去になってしまった。酒場での喧嘩が懐かしく感じてしまうくらいだ。今じゃ血生臭い生き死にしかさせてもらえない御時世だ。

 ふと壁に貼られた捜索願の少女達の人相書きと目が合う。彼女達の表情が悲しみに歪んでいるように見えて、過去を懐かしんでいたフォクスを現実に引き戻した。

 それからフォクスは自らの行く末を暗示するかのように表通りから脇に逸れ、薄暗い裏路地へと歩を進めた。途中今日何本目か分からない葉巻に火を付けながら、やがて彼はゴミや木箱が無造作に放置された開けた場所に行き着いた。

 背後の薄暗い通路から吹き抜ける夜風には、どんなに身体を洗っても拭い切れない血の匂いが混じっていた。


「……おい。バレてるぞ」


 葉巻を一服すると、フォクスは静かにそう言い放った。

 すると次の瞬間、背後の暗闇から纏わり付くような殺気がにじり寄ってくるのを感じた。フォクスは瞬時に振り向き、手にしていた葉巻を暗闇の方へ投げ付ける。葉巻は誰もいないはずの暗闇にぶつかり小さな火花を散らせ、一瞬黒ずくめの暗殺者の姿を照らし出した。姿を目撃された暗殺者は壁を蹴り常人ならざる身のこなしで屋根の上に駆け上がると、隙を作る事無く矢を放ってきた。それをフォクスは左手で弓を構え、右手で飛んできた矢を掴む神業で透かさず元来た道をなぞるように射返す。それを暗殺者は見切ったように剣で打ち落とした。

 夜空を背に鋭い金属音を響かせながら小さな火花が散り、弾き返された矢はまた鋭い金属音を響かせながら地面に落ちた。射られた矢を掴んだ時のひんやりとした感触、弓を引いた時に伝わってきた重量。それは鉄の矢だった。

 昨晩の襲撃の後、フォクスが自警団の遺体から所持品を失敬している時、奴等の中には鉄の矢も、鉄の矢を射れる強度のある弓を持っている者もいなかった。だが噴水に突き刺さっているのは紛れもなく鉄の矢だった。そしてその鉄の矢には凶悪な殺意が込められていたのだ。

 やっぱりいた。一人取り逃してたんだ。野郎ずっとオレを付け狙いやがって……。

 自身に向けられるいわれのない殺意にフォクスは腹が立ったが、今はそんな事をボヤいている暇はなかった。

 屋根の上からヒタヒタと素早い走り音が聞こえ、また別の暗闇から今度は三本同時に矢が襲い掛かる。それぞれ頭、胴体、足と的確に狙っていた。


「こっちは丸見えかよ。どんな視力してんだ」


 フォクスはそれを避けると軽口を叩きながら腰に下げた鞄から人差し指二本分くらいの幅と長さの小瓶を取り出し、矢の先端に取り付け、矢が飛んできた方向と同じくその左右にも矢を射った。矢は屋根に当たると先端の小瓶が弾け液体が飛散し、外気に触れた液体は瞬く間に炎を上げ辺りを眩しく照らし出した。するとそこには黒ずくめで目出し帽をした筋骨隆々の背の低い小男が血走る目でフォクスを見下ろしていた。


「見下ろしてんじゃねぇよチビ野郎!」


 暗殺者の姿にフォクスは威勢を放った。その言葉は暗殺者の怒りをいとも簡単に買う事ができた。暗殺者は燃え盛る炎の上を獣のように飛び越え、手にする剣でフォクスに斬り掛かった。対するフォクスも素早く剣を抜いて攻撃を防いだ。暗殺者はフォクスを八つ裂きにせんと迫る。背は低いが手足の太さは軽くフォクスの二倍はあるように見えた。攻撃を剣で受ける度に目に見えない殺意と、目に見える筋力差に身体が軋むのを感じた。

 このままでは剣も身体も持たない。そう直感したフォクスの表情は焦りに歪んでいた。


「なんだなんだ! 燃えてるぞ!」


 切迫した極限状態の最中、遠くの方で騒ぐ声が耳を掠めた。いつの間にか燃え盛る炎と物音に気付いた者達が少し離れた所で騒ぎ始めていたのだ。それに気付いたのはフォクスの方が一瞬早かった。透かさず身を翻し暗殺者から距離を取る。暗殺者はなおも攻撃を続けようと剣を振り上げたが、周囲の異変に気が付いたようでフォクスから離れると剣を収め、もう一度彼の方に殺意を帯びた眼光で睨み、そして暗闇の中へと消えていった。

 暗殺者が纏っていた殺気が周囲から薄れていくのを感じたフォクスも剣を収めようとした。剣は酷い刃こぼれで、あと数回攻撃を受けていたらどうなっていたかと思うと肝を冷やした。しかし生還できた余韻に浸っている暇は無い。騒いでいた者達の気配がすぐそこまで迫っていたのだ。

 フォクスは刃こぼれだらけの剣を収めると急いでこの場から姿を消すのだった……。


投稿頻度は決して早くはありませんが、よろしかったら感想、ブックマークをお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ