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Gawl of the nightmare ーガウル オブ ザ ナイトメアー  作者: Guren
悪夢の魔剣士編 勿忘草の女神の章
19/31

勿忘草の女神の章 第19節

前回までのあらすじ

大陸全土を巻き込んだ大戦が終わりを迎えて三年。四方を自然に囲まれたアナハイト領地では、病や傷を自らの血で癒す女神の伝説があった。


行方不明のソフィアを探す旅の傭兵ライファと、彼女を探すのを持ち掛けた少年アルゴンと、ライファの仲間フォクスは、闇夜に紛らて襲撃してきた自警団達を返り討ちにする。

翌日、ライファとアルゴンはアナハイトに残って調査を始める。

その後、二人の目に突如自警団が押し寄せライファ達は捕まってしまう。

その頃フォクスは……。



 19 


 何かを起こすにはもう歳を取り過ぎた。

 妻に先立たれた自分には何も無いのだと痛感させられた。

 惰性で息をして、命を絶つ度胸も無く代わりとばかりに酒を呷る日々。

 この先には何も待っていない。

 なら、女神の慈悲にあやかって何が悪い……。

 

 時は遡り、ライファとアルゴンがアナハイトで情報を集めをしていた頃、フォクスもまた一人森の向こうの町で情報を集めようとしていた。


「しっかり寂れてんなぁこっちは……」


 森を抜けて再びやって来た寂寥せきりょうとした町の風景を目の当たりにしながら、フォクスはまるで溜息のような呆れ声を漏らした。

 実際こんな場所で情報を集めようにも、自分の問い掛けに耳を傾けてくれるゆとりある町民がみるとは思えなかった。それを物語るように先程から歓迎とは程遠い白い眼差しと言わんばかりの視線が自分に注がれているのを肌でひしひしと感じた。

 余所者を恐れている。彼等の視線はそう物語っていた。もっとも、弓を背負って胸や腰に何本もナイフを差している目付きの鋭い男が道のど真ん中を馬に乗って歩いていたら物騒以外の何者でもないのだが……。

 フォクスがそんな事を考えながら町の中を散策していると、何か食べ物を煮込んでいるような香りが鼻を撫でた。朝から何も食べていないフォクスにとってそれはまるで美女の甘い手招きのように、自然と香りのする方へ手綱を引いた。そこには一件の店があった。看板は薄汚れしかも傾いていた。見た感じ民家を改装して店にしたような、そんな佇まいの店だった。

 店の前で馬から降りると同時に腹が鳴った。それを聞いたフォクスは、自分が思っているよりも遥かに空腹だったのだと今更ながらに気付かされた。

 フォクスがスイングドアになっている入り口から顔を覗かせると、中には円卓のテーブルとカウンター席が並んでいる。やはり飯屋で間違いなかった。


「ちょいと? やってるかい?」


 景気良くスイングドアを開けて店内に入り、フォクスはカウンターの奥にいるであろう姿の見えない店主に向かって声を掛けた。

 すると少し間を置いて、奥から所々にほつれと黄ばみの目立つ紺色の上着を着た髪も髭も白に染まった老人がゆっくりと気怠そうに顔を出した。


「なんじゃい、若いの」


 あからさまに不機嫌な老人の態度は、およそ客を歓迎しているそれではなかった。


「ここ飯屋だろ? 朝飯まだなんだ」


 皮肉な事に普段からこのような態度を取られる事に慣れていたフォクスは、老人の態度など見ていないかのようにあっけらかんとした物言いをしながらカウンター席に座った。今日は休業日だ。と言ってきそうな雰囲気を醸し出す老人を前に、まるで先手を撃つが如く素早く席に座って見せたフォクスに、老人は後ろ頭を掻きながら面倒くさそうにカウンターの前まで出てきた。


「金、持ってんのか?」


「小金ならジャラジャラだ」


 老人の言葉にフォクスは冗談を返した。その返答を聞いた老人は舐めるような目でフォクス吟味し始める。恐らく身に付けているものを見て本当に金を持っている奴なのかを品定めしているのだろう。


「ありものしか出せないぞ?」


 視線がフォクスの身体から再び顔に戻ると老人は言った。どうやら御眼鏡に適ったらしい。


「……それでいいよ。頼む」


「そうか、まぁもう出来てる。ちょっと待ってな」


 そう言うと老人は一度厨房に戻っていった。


「もう出来てる? 作り置きかよ?」


 特に意味深でもないが、老人の放った言葉にフォクスはひとり呟き眉を顰めた。恐らく店の前でフォクスの鼻を誘うように撫でた美女の正体を拝めるのだ。香りからしておおよその検討は付いているが、そこは老人が彼女をエスコートしてくるのを黙って待つ事にした。

 フォクスが勝手な妄想を膨らませて待っていると、老人は料理を盆に載せて厨房から出てきた。彼は小慣れた手付きで木偏の椀と握り拳くらいの丸いパンを二つフォクスの前に並べると、続けて自身の前にも同じものを手早く並べた。


「朝飯食おうと思っててな、と言うかここ最近は仕入れが滞っててメニューにあるものなんざどれも出来やしないから札は下げちまったよ。ダハハッ」


 老人の話を尻目にフォクスは目の前に置かれた椀の中をそっと覗き込んだ。美女の正体はフォクスが予想していた通りのトマトスープだった。すり潰したトマトを塩コショウで味付けし、大豆と恐らくジャガイモの破片らしきものが混ざっていた。正直言って決して人から金銭を要求できるような代物ではなかったが、スープを作った当の本人は悪びれる様子もなく冗談で済ます気のようだった。


「……腹に入ればみんな同じさ」


 フォクスは老人の言葉に皮肉とも称賛とも取れる小言を呟きながらスプーンを手に取り、そしてスープを口に運ぶ。……薄味だった。

 それからしばし静かな店内に二人のスープを啜る音だけがこだました。




「ご馳走さん。……美味かったよ」


 フォクスは最後の一口を啜り終わると、ほんの少しの余韻を残しながら老人に感謝した。勿論建前である。先に食べ終わっていた老人はカウンターの下から取り出した酒を飲みながら煙草で一服していた。それを確認したフォクスも鞄から葉巻を取り出す。すると老人は黙ったまま自身が使っている灰皿をフォクスの前まで移動し、しばらく二人は黙ったまま互いに煙を燻らせた。


「若いの。お前も女神に救いを求めに来たクチか? あんまりそんな風には見えねぇが……」


 煙草を吸いながら、老人はいぶかしそうに尋ねた。


「オレは違うよ。数日前に消えたヴァンハウテン家の令嬢を探しに来たんだ」


 フォクスは口から煙を吹くと鼻で笑いながら答えた。


「なるほどな。あのボロ屋敷の貧乏貴族に雇われた賞金稼ぎか。こりゃ傑作だ」


「そりゃどう言う意味だい?」


 せせら笑うような口調の老人に、フォクスは表情だけ平静を装いながら尋ねた。


「だってそうだろ? 犯人なんざ奴等しかいねぇだろ? それなのに悠長にこんなところで飯食って一服してるんだ。賞金が欲しくねぇのか?」


「奴等ってのは一体誰の事を言ってるんだ?」


 老人の言う〝奴等”とは恐らく領主クラウディアや自警団の連中の事だろう。だがフォクスは敢えて老人の口から答えを言わせる為に尋ね返した。


「でけぇ声じゃ言えねぇが、自警団の連中さ。奴等は女神気取りの誰かさんに命令されて胡散臭い事やってるに決まってるんだ。この町の連中も皆そう思ってる」


 予想は言うまでもなく的中した。随分感情的な物言いで充分でけぇ声だったが、これが町の住人達の総意と言うはあながち間違いではないのだろう。


「奴等はカルトだ。怪しげな薬で人を騙してる。噂を信じてやって来る奴等も皆馬鹿共だ。信じられるのは己と家族だけだ」


「家族? じいさん家族いんのか?」


 失礼極まりないが、フォクスは直球的に質問を投げた。その言葉にほんの少しだけ老人の眉毛が反応した。


「馬鹿言ってんじゃねぇよ。オレの娘は大戦の前から領主に仕えてるんだぞ。たまに手紙が来るから奴等の事は誰よりも詳しいぜ。聞きたいか?」


 なんだそれ。聞いて欲しいんじゃねぇか。酔っ払ってるなこのジジィ。

 と内心思いながら、フォクスは軽く首を縦に振って、じゃ聞かせてくれ。と合図をした。すると老人は舌舐めずりをしながら手揉みの仕草をしだした。


「でもタダってわけにはいかねぇよ。オレの娘が命を掛けて手に入れた情報だ。それにほら、オレも親として仕送りとかしてやんねぇといけねぇしな。だからよぉ……」


 そう言いながら尚を手揉みは続けフォクスの目を覗き込みながら舌舐めずりする老人の表情は、酒で赤くなっているのも相まってあまりにも下品に映った。


「……情報料って事だろ?」


「そう言う事だ。どうする若いの?」


 言わずもがな分かり切っているが金銭の要求だった。そしてフォクスの返答も分かり切っていた。


「……遠慮しとく。領主に仕えている娘さんにもよろしくな」


 そう言うとフォクスは静かに席を立とうとした。


「根性無しだな。全く誰も奴等の悪事を暴こうとせん。世も末だ。オレがお前くらいの時は戦場を駆け抜けたもんだ。あと二十歳若けりゃオレが奴等の悪事を暴いてるやるのに、ったく老いとは残酷だ。それに……」


 その後も延々と老人は語り続けていたが、その声はいつしかフォクスの耳から遠退いていくように周囲の雑踏に掻き消されていった。言うなればもう聞く気が無くなって雑音と化していたからである。

 ベラベラと聞いてもない事喋りやがって。

 もう、お前の話なんざ聞いてねぇよ。

 老人と会話していながらも、フォクスは周囲に気を配り、それでいながら老人の話に有力な情報はないかと集中していた。

 そうしていると老人の話に誇張と虚言がチラついていると分かるのにさほど時間は掛からなかった。

 視界の中で酒を片手に語る老人のその横には、彼が最初に顔を出してきた厨房の入り口がある。扉は無い。奥が丸見えだ。調理場が見える。そこには小さなゴミ箱が置かれ、更にはその中から溢れるように乱雑に山積みにされた手紙が見えた。


 ……封は切られていなかった。


 こいつは娘からの手紙を読んでない。返事も書いてない。さっきから嘘ばかり。そして仕送りをしているのは娘の方だ。その証拠に調理場の台の上にはこの場に似つかわしくない女物の小物袋が置かれていた。膨らみ方から見て中身は金貨だった。それを目の当たりにした瞬間、老人の内面にダラけ切った人のさがを垣間見えた気がした。

 そんなフォクスの冷たい視線に全く気付かない老人は、酔いに任せて饒舌にアナハイトを批判していた。酒だけではなく批判している自分にも酔っているのだろう。全くもって救い難い。

 まるで現政治体制に一石を投じる革命家の如く、雄弁に演説する己に自惚れる老害にこれ以上付き合っている暇は無いのだ。

 フォクスは早々に退散しようと懐中から金貨を一枚取り出した。出された飯の代価にしてはあまりにも高過ぎるが、細かい手持ちが無かったフォクスは、その金貨を掌に貼り付けながらわざと大きな音が出るようにカウンターへ叩き付けた。

 店中に響いたその音に驚き、すでに聞く者もいない老害の演説は中断された。そもそもそれが目的だった。


「……そろそろ行くよ。釣りはいらねぇ」


 先程までとは打って変わって冷淡な口調で席を立つ。しかし老人の意識はすでにカウンターに置かれた金貨に集中していた。


「本当に釣りはいらねぇのか? 旦那気前が良いな」


 金貨を手に取りながら老害がニヤけ顔でそう言った。


「……気にするな、金しか興味無ぇだろ?」


 いつの間にか「若いの」から「旦那」に昇格したフォクスは、そう捨て台詞を残して店を出るのだった……。


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