勿忘草の女神の章 第17節
前回までのあらすじ
大陸全土を巻き込んだ大戦が終わりを迎えて三年。四方を自然に囲まれたアナハイト領地では、病や傷を自らの血で癒す女神の伝説があった。
行方不明のソフィアを探す旅の傭兵ライファと、彼女を探すのを持ち掛けた少年アルゴンと、ライファの仲間フォクスは、闇夜に紛らて襲撃してきた自警団達を返り討ちにする。
翌日、フォクスは情報を得る為別行動を開始。ライファとアルゴンはアナハイトに残って調査を始めるのだった。
一方その頃、教会砦で領主に仕える侍女のドロテアは砦の裏手で奇妙な何かを発見するのだった。
17
あの大戦が終わっても、あの人は私のもとへ帰っては来なかった……。
あの人が残した小さな命を宿し、懸命に私は生きた……。
産まれた我が子は病弱だった……。
それでも、風が吹けばいとも容易く消えてしまう蝋燭の火のような命で、私に温もりと生きる意味を与えてくれた。
そんなある日、私は女神の噂を耳にした。
我が子を抱きながら、私は女神が住まう土地へと向かった。
あの時の私には、噂に縋る事しかできなかったのだ……。
日が沈みかけ、空の色が再び夕焼けに染まろうとしていた。丘の上の教会砦から夕暮れ時を知らせる鐘の音が響き渡ると、畑仕事していた者達は手を止め、各々帰り支度を始める。そして同じ頃、集落の方では家の煙突から夕食の支度をしていると、働き手に合図しているかのように、空腹の胃袋を刺激するいい香りを漂わせた煙が昇っていた。
夕焼けに照らされ、そよ風に揺れる小麦畑。そこで一日畑仕事をしていた者達が、夕食を作って待っている家族のもとへと帰って行く。
そんな何処にでもあるような風景が、ふと懐かしいと感じるのは、この世界にはもうそんな当たり前が存在しないからなのか、それとも、ただ自分が遠い昔に安らぎを捨ててしまったからなのか。その答えを得ようとする事は、もう不可能に近いのだろう。
ライファは夕暮れに照らされるアナハイトの情景を前にして歩みを止めると、燃え盛る炎のような自身の長髪を風に揺らめかせながら、ほんの僅かの間、じっとその情景を眺めていた。
その姿を横で見ていたアルゴンも足を止め、同じ風景を共に眺めるのだった。
しかし同じ風景を眺める二人の眼差しには、全く別のものが写っている事を少年はまだ知らなかった。
「……俺達も夕食にしようか」
ライファはアルゴンにそう言うと、情景から視線を外し無言の別れを告げた。
そういえば昨日の夜から何も食べていない。ライファに言われた途端それを思い出したかのようにアルゴンの腹が切なそうに鳴った。気まずそうに腹を摩りながら、アルゴンは苦笑いを浮かべ静かに頷き、それから二人は広場にあるアナハイト唯一の飲食店であるサリーナの店に行く為、集落の方へと向かうのだった。
集落へ向かう道中、アルゴンは頻りに辺りを見回していた。ライファはそんな彼の様子に何も触れなかった。何故ならそれよりも気になる事があったからである。
半日アナハイトを歩いて調査をした。住人達にも話を聞いた。今日話し掛けた住人達の様子は、ライファが初めてアナハイトを訪れた時に出くわした中年夫婦の不審極まりない笑顔の会釈に比べてごく自然だった。まるで怪しい者を見るような視線で此方を見て、尚且つ距離を取ろうとする。それでもライファが話し掛けると嫌々ながらに対応はしてくれた。劇的な変化だ。恐らく自分の存在が村中に知れ渡っているような、そんな様子だった。それも、警戒するようにと言い付けられているかのように。
だがしかし、ライファが気に掛けているのはそんな些細な事ではなかった。もっと大きく、村全体に漂う重い空気。というより匂いだった。
実はその匂いには村に入った時から気が付いていた。余りに嗅ぎ過ぎていて気にもしなくなっていた匂い。ただいつもと違うのは、その匂いの元凶が目に付くところには一切姿を見せず隠されている事だった。だがライファの気配を感じ取る能力と、研ぎ澄まされた五感を持ってすれば、匂いの元凶が何処に隠されているのか明らかだった。
そして、その匂いは集落に近付けば近付くほど強烈になっていった。
ライファはふと近くの煙突から煙が出ていない家の方を見る。今まさに畑仕事から帰った男がその家へと入って行った。
「ただいま」
入り口を閉め、家の者に帰宅を告げる男の声。ライファは聴覚を研ぎ澄まして家の中の音声に聞き耳を立てた。
「今帰ったぞ。お腹空いただろ? すぐ晩飯の準備するからな」
男は優しい口ぶりで家の者にそう言うと、程なくして火打石を打つ音が聞こえた。どうやら言葉の通り夕食を作り始めるのだろう。
「具合はどうだ? 鮮血また飲んでなかっただろ? 駄目だぞ? ちゃんと飲まないと良くならないぞ。放っておくと駄目になるし健康の為にも良いってディヴァ様が仰っていたからオレが代わりに飲んだけど、晩飯食べたらちゃんと飲むんだぞ」
夕食を作る間も男は家の者へ頻りに話し掛ける。彼にとって話し掛けている相手は余程大切な存在なのだろう。男はその後も優しい口調で語り掛け続けた。
しかし相手からの返事は一向にライファの耳には聞こえてこなかった。一方通行の会話。それでも男はまるで意思疎通が出来ているかのように自然に会話していた。それがとても不自然で、ライファはその家に耳を傾ける事を止め、何もなかったかのようにサリーナの店へと歩みを進めた。
ただ一つ。ライファが最初から知っていた事は、あの家の中には、帰ってきた男以外の気配を感じないという事。
そして、このアナハイトに漂う匂いの正体とは、あの家を含めた多くの家屋から立ち込める死臭だった……。
室内に染み付いた香ばしい香りと、今まさに焼かれている肉の香り。奥の厨房から聞こえてくる熱を帯びた鉄板の上を踊り狂う肉の香り。鼻腔を駆け抜けたその香り達は、凍て付いたように張り詰めた心をほんの少しだけ優しく穏やかにしてくれた。
店は夕食時と言うのにも関わらず、男の客が一人だけ。あとはライファ達二人だけだった。
厨房の奥から女性の声で、好きな席にどうぞ! と声がした。ライファはアルゴンに席の方を指差して、二人は昨日自分達が座った席に昨日と同じように向かい合って座った。その席は自然と唯一いる先客の死角になる場所だったからである。少しすると厨房から女性が出てきてテーブルに水を用意してくれた。昨日フェリアンラビリックスのモモ肉ステーキを運んできた、日焼けした肌が印象的な赤毛で三角巾にエプロン姿の女性だった。
「いらっしゃい! あら昨日の旦那。今日も来てくれたの? 嬉しいねぇ」
女性は気さくにライファに話し掛けてきた。屈託の無い笑顔には下心は感じなかった。
「昨日は急用で食べれなかったからね」
「そうだよ、代金前払いしてたから別にいいけど、何にも手付けずに気付いたらいなくなっちまってるんだもん。ビックリしたよぉ」
「悪かった。今日はちゃんと頂くよ。俺は昨日頼んだものを頼む」
ライファが注文し終えると、アルゴンの方に目配せした。
「オレも同じの」
「同じの二つで頼む」
「フェリアンラビリックスのモモ肉ステーキのレア二つ。かしこまり!」
注文し終えると女性は元気よく注文を繰り返した後、それをメモに書いて再び厨房に入って行った。と思ったら間を置く事なく出てきた。手にしたトレーには香ばしい香りを漂わせた熱々のステーキと赤ワインのボトルが乗っていて、ライファ達の席の横を軽やかに通り過ぎると先客の男の席に置いた。
「お待ちどうさま! ガルガパイロンのヒレステーキのミディアムお持ちしました!」
女性が運んでいたステーキを物欲しそうに目で追っていたアルゴンは、いつしか席から身を乗り出してステーキが先客の口に入る瞬間まで覗いていた。先客の男が赤ワインを一口啜って喉を潤し、フォークとナイフでステーキを一切れに切り分け口を大きく開けた時、覗き見ていたアルゴンと目が合った。先客の男はそのまま肉の口に運び、堪能するように音を立てながら噛んでいた。しかしその目は、食べている姿を見せびらかしているのではなく、逸らす事なくアルゴンを睨み付けていた。
「おいっ」
先客の男の睨む視線に気付いて、そそくさと身を引っ込めるアルゴンに、ライファが小声で注意を促した。
「此処の殆どの奴等が自警団って昨日言ってたよな。そしてお前、いや俺達は奴等に目を付けられてるんだ。気を付けてくれ」
「……ごめん」
先客の男に聞こえないように、ライファが小声で注意すると、アルゴンは俯いてしょんぼりしながら謝った。
それから二人は、夕食が来るまでの間、知り得た情報をまとめる事にした。
要点だけを抜粋すると次の通りである。
大戦の後、前領主である夫の後を継いで『クラウディア』は『アナハイト』の領主となる。しかし、その直後から本来領主の屋敷と昔からある古ぼけた教会以外は何も無く、尚且つこの領地の名前の由来にもなっている土地アナハイトに、難民や旅人など余所者が集まるようになっていった。
その理由は、領主クラウディアがアナハイトの言い伝えに出て来る『女神ピプリス』と同じ、自らの血液で人々の傷や病を治す事が出来ると噂が広まったからであった。
それから余所者達は住み着き、アナハイトは村へと姿を変える。また、以前からあった古びた教会を囲うように砦が建てられ、以後『教会砦』と呼ばれるようになり、クラウディアはそこを新たな住居とすると、女神ピプリスを信仰する宗教紛いの活動を始めた。
また大戦で夫を失った経緯から、クラウディアは軍隊を嫌い、自身の財力で雇った盗賊紛いの悪漢達を『自警団』と称して警備に就かせ、その自警団は数を増やす為に半ば強制的に村の若い衆を引き入れていた。
そして、領主クラウディアの女神の鮮血の噂が広まった頃から、アナハイト近郊で若い娘が行方知らずになる事件が多発するようになった。
村の住人は、それを言い伝えに出て来る女神の神隠しと呼んで当たり前のように振る舞い、その言動に対し、町の人々は恐れや不安を抱くようになり距離を置くようになっていった。
「そして四日前、町の貴族の娘ソフィアが行方不明になった。これまでの話からアルゴンはクラウディアが怪しいと考えている。それでいいか?」
要点をまとめた後、ライファはアルゴンに確認するように尋ねた。それにアルゴンは頷いて見せる。それを見たライファは少しテーブルへ寄りかかっていた上体を背もたれの方へ起こすと、テーブルの上にあるカップを手にするアルゴンの手を一瞬だけ見た後、すぐまたアルゴンの顔へ視線を戻し、今まで聞いていなかった事について質問する事にした。
「ところで、アルゴンは何をしにアナハイトにやってきたんだ?」
「え? だからソフィアを助ける為に」
「いや、そうじゃなくて。彼女と出会う前からここにいたのか? て事さ」
「え、……なんでそんな事聞くのさ?」
質問に対し頑なに答えを言わず、的を射ない返答をするアルゴンの態度に、ライファは眼を細めた。その薄っすらとだけ開いた瞼の奥に潜んでいる瞳は、真っ直ぐにアルゴンの瞳の奥を覗き込んでいた。
「……この俺に、嘘が通じない事は分かっているだろ?」
そう語るライファの口振りは依然として穏やかだった。だがその視線は、まるで瞳の更に奥に潜む脳髄を手に取って隅々まで確かめようとしているような、そんな身の毛もよだつ想像させアルゴンを震え上がらせた。
震える腕を必死に使い、アルゴンは咄嗟にカップの水を飲んで一旦ライファからの視線を回避しようとした。
なぜそんなにも言いたくないのか、それ程に隠さなければならない過去でもあるのだろうか。ライファはアルゴンを凝視する最中、彼が何をそんなにも隠したいのか疑問を感じていた。それは自分だから知られたくないのか、それとも誰であろうと知られたくないのか。
「それは彼女にも言えない事か?」
「え?」
瞳の奥を覗き込みながら、唐突にライファはアルゴンに言った。その瞬間にアルゴンの気配に一瞬の隙が生まれた。視線は自然と下を向き、そして思考を巡らせる。記憶を遡りソフィアとの会話を思い出す。その時彼女も同じ質問を彼にしたのかも知れない。その時の事を思い出して困惑し、罪悪感に襲われる。嘘を言った記憶が蘇る。それが気配となって伝わってくる。ほんの僅か眉間に力が込められる。彼はその時精神的苦痛を味わい、それを思い出しまた精神的苦痛を感じる。
「誰にも言いたくないんだな? ……ならいい」
ライファの言葉に、アルゴンは無表情のままテーブルの上に置かれたカップを掴む両手を見詰め、体内に溜まった緊張を吐き出すかのように息を吐いた。
二人の間に沈黙が走る中、食事を終えた先客の男が席を立ち帰って行く。それからまた少し間を置いて、テーブルの方へ近付いてくる足音が聞こえてきた。
「お待ちどうさま! フェリアンラビリックスのモモ肉ステーキのレア。二人前お持ちしました!」
本当は少し前に料理は出来上がっていた。それでも間を置いて今持ってきたのは、ライファ達のテーブルに立ち込める重い空気を呼んでの事だ。とライファは知っていた。
「気を遣わせて悪いね。料理を置いてくれ」
ライファは自然な笑顔を女性に見せながらそう言うと、カップとテーブルの端へ寄せた。
女性は何の事だか、と言わんばかりにけろりした表情のまま、テーブルにステーキと食器。水の入ったピッチャーを並べていった。その間に一瞬だけライファの横に立て掛けてある鉄鞄に視線を向けたが、また視線をテーブルに戻し料理と食器を並べ終えると、空のトレーを脇に挟んでテーブルから去って行った。
「勿論俺の奢りだ。おかわりしたっていい。ライスも頼むか? さぁ食べよう」
先程までの空気を吹き飛ばそうと、ライファは笑顔を見せてながらナイフとフォークを手に取ると、アルゴンに食べるよう促した。そうでもしないと永遠と掴んだカップを見下ろしたまま硬直し続けてしまうのではないかと思う程、彼は消沈した表情を浮かべていたからである。
アルゴンはゆっくりとナイフとフォークを手にすると食べ始めた。それを見てライファは安堵した。
それにしても、聞かれただけでそこまで過度な精神的苦痛と疲労に苛まれる程隠しておきたい過去とは何なのか?
ライファは魔剣士の力で人の意識を変える事が出来る。昨日教会砦に入る時、門番をしていた二人に使ったのがその能力だ。だがそれは、命令された等の自分の意志ではない行動や考えを一時的に惑わせて改変させるもので、自分の意思でしかもそれが頑なであればある程この能力は通用しない。もし強引にこの能力を使うと、相手に精神的損傷を与えてしまう。良くて気を失うか、最悪の場合精神が崩壊し死んでしまう場合もある。そんな事をアルゴンにはしたくない。ライファはそう考えていた。
二人が食事し始めて数分。ステーキが半分程食べられた頃、再び足音が近付いてくる。気配を感じ取る必要もない。店の女性のものだった。
「何か?」
女性が自分達のテーブルの前で立ち止まる事を察知していたライファは、事前に食事の手を止め、女性が立ち止まる前に声を掛けた。
「旦那。もしかしてガンダバル軍の人かい?」
女性は先手を打つように声を掛けてきたライファに一瞬だけ驚いた様子だったが、テーブルの前で立ち止まるとそう言った。その視線はライファではなく、彼の真横に立て掛けられた鉄鞄に向けられていた。
ライファの鉄鞄の平らな表面には、決して目立つ程の大きさではないが、八翼の黒竜を模った紋章が嵌め込まれていた。それはガンダバル王国の国旗を簡略化したものであり、ガンダバル王国とは、今ライファ達がいるアナハイトを含めた国の名であった。
「いいや、今は違う」
女性が鉄鞄の紋章を見て尋ねてきたと分かったライファは、特に偽る事はせず正直に答えた。
「前はそうだったんだ。じゃ大戦の時は?」
ライファの返答に、女性は更に質問をした。今までの陽気さは鳴りを潜め真剣な面持ちだった。
「あの時にはもう軍を離れていたが、大戦には出兵したよ」
「どこの戦地?」
言い寄るように女性は続ける。ライファの眼をじっと見詰めたま、自然な身のこなしで隣に座り込んできた。
「色々な場所さ」
「アクレスって人には? 会わなかった?」
「……、いいや、知らないな」
「……そうかい」
ライファの最後の返答を聞いて、女性は悲しそうにそう呟くと、俯いてテーブルの上に置かれたカップを掴んで一気に飲み干した。それはアルゴンの水だったが、彼は何も言えなかった。
「あ、ごめんね。私サリーナ。旦那の鞄の紋章見たらどうにも聞きたくなってさ」
俯いて水を飲み干した後、女性はハッと我に帰ったように顔を上げると、名前を名乗り謝罪した。
「別に構わないさ。俺はライファ。彼はアルゴンだ」
謝罪したサリーナに、ライファも名乗った。その時アルゴンは、さっき自分達は自警団達に目を付けられているから気を付けろ。ってさっき言ってたじゃないか。と言わんばかりの表情をしていたが、サリーナの気配に緊張と焦りが感じ取れたが、殺意も悪意も無い事をライファは感知していた。
「なんか変な感じになったし、ワインでもご馳走するよ。ちょっと待ってて」
そう言うと、サリーナは立ち上がり、駆け足で厨房へと向かって行った。
「賑やかな人だな」
厨房に入っていくサリーナを見ながら、ライファは軽い笑みを浮かべて言った。
食事の続きをしながら少し待っていると、サリーナがワインボトルとワイングラスを三本、指と指の間に器用に挟んで持って来た。彼女はワインとグラスをテーブルに置くと、エプロンのポケットからコルクスクリューを取り出してワインの栓を抜き、ボトルのラベルを上にして、底の部分を掴んでグラスに注いでいく。注ぐ位置は高過ぎず、注ぎ切る時は雫が落ちないようにボトルを軽く捻る。ワインの量はグラスに対して三分目程度に留めた。
賑やかで気さくな雰囲気とは真逆で、繊細で見事なワインの注ぎ方に、ライファは秘かに感心していた。
「ちょっと邪魔するよ」
三つのグラスにワインが注がれると、その一つを手にとってサリーナはライファの隣に座った。
「厨房はいいのかい? 他の客が来るかもしれないぞ?」
「今日はもう客は来ないと思うからさっき竃の火は消したよ」
「……そうか。用意がいいな」
仕事中という事もあり、心配するライファに、サリーナはすでに店仕舞いをしたと告げた。それを聞いたライファは、彼女の手際の良さと、先程から感じ取れる緊張と焦りに違和感を覚えた。だがその答えはすぐに分かった。彼しか聞こえない足音が、彼しか見えない姿が、彼しか感じ取れない敵意が、自分達の方へと近付いて来るのを感じ取ったからである。
「じゃあ、乾杯」
サリーナの掛け声で三人は乾杯した。その間もライファは敵意を肌で感じ取りながらも平静を保ちながら優雅にワインを堪能した。今更その敵意を回避する事は不可能だと判断していたからである。間もなく敵意を纏いし者達が来訪して来る。もうアルゴンやサリーナの耳にもその足音は聞こえてくるはずだ。
その時、扉を蹴破るような勢いで、乱暴に店の入り口が開けられた。依然平静を保つライファを前に、アルゴンは驚き身を乗り出す。すると外から自警団達が大人数で雪崩れ込んできた。あっと言う間に店の中は彼等で埋め尽くされ、ライファ達は完全に包囲されてしまった。アルゴンは恐怖し顔を引き攣らせ、テーブルの角まで身を縮こませた。
武装する自警団の面々に囲まれ睨まれるライファとアルゴン。すると自警団達が一斉に道を開け始めた。店の入り口の方から誰かがやって来る。一際敵意を剥き出しにして、腰に携えた剣をいたずらに少しだけ抜いたり戻したり、鈍い金属を奏でながらそいつは現れた。それと同時にアルゴンの意識が激しく掻き乱され、動転するのを感じ取り、ライファはアルゴンの方を見た。すると彼は俯きながら顔を手で覆い、まるでこの世の終わりかのようにぶるぶると震えていた。その間に敵意の元凶はライファの前に姿を現した。
天井に頭が付いてしまいそうな巨体。長くうねった髪。全身を覆う肉食獣の毛皮。腰には宝石を散りばめた大振りの剣。そしてギョロっと大きく見開いた眼光と、裂けたように頬の肉に皺を寄せた笑みは、隠す気も無い悪意を具現化したような仮面をしているかのように、見た者に嫌悪感を与える笑顔を浮かべていた。
こいつは何処か歪んでいる。あの大戦の生き残りだ……。
自警団を引き連れた大男と対峙したライファは、そう直感するのだった……。
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