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Gawl of the nightmare ーガウル オブ ザ ナイトメアー  作者: Guren
悪夢の魔剣士編 勿忘草の女神の章
15/31

勿忘草の女神の章 第15節

前回までのあらすじ

大陸全土を巻き込んだ大戦が終わりを迎えて三年。四方を自然に囲まれたアナハイト領地では、病や傷を自らの血で癒す女神の伝説があった。


旅の傭兵ライファは、アナハイトに向かう途中、悪漢達に襲われていた少年アルゴンを助ける。

行方不明のソフィアを探しているアルゴンはライファに協力を頼むが断られてしまう。

しかしその後、ライファや彼の仲間のフォクスが、実はソフィアの両親に雇われた賞金稼ぎである事が分かり一旦は仲違いするが、その後和解する。しかしその後アルゴンとフォクスは自警団の襲撃を受ける。だがそこへ駆け付けたライファに助けられ難を逃れる。

そして、アルゴンはソフィアとの出会いを回想するのだった……。


 15


 いつも心の何処かで考えていた。

 いつの日か私はこの小さな町を離れて広い世界を見に行きたいと。

 普通ではない私は、いつも独りだった……。

 優しかったお祖母様も、亡くなってしまった。

 私は心の拠り所を探してもがいたのかもしれない。

 女神ピプリスに私の祈りは届いているのだろうか。

 どうか私に、女神の祝福を……。


 なごり雪が残る春空の下、ソフィアは公園のガゼボの中に置かれたベンチに独り座っていた。まだ少し肌寒い風がガゼボを吹き抜けていく。上着も着ずに屋敷を飛び出した彼女は、震える両手を吐く息で温めていた。

 そんな彼女をアルゴンが見つけたのは、それから少し経ってからの事である。

 ソフィアになんて声を掛ければいいのだろう。アルゴンは手にする金細工の髪飾りを頻りに見つめながら、ガゼボから少し離れた場所で立ち竦んでいた。

 彼女は目と鼻の先にいる。それなのになぜこんなにも距離を感じてしまうのか。

 彼女が貴族だから?

 それに比べ、自分が見窄みすぼらしい格好をしているから?

 そんな自分が声を掛け、拒絶されるのが怖いから?

 いや、全部引っくるめて度胸が無いだけだ。それが答えだろ?


「……くそ」


 不甲斐ない自分に反吐が出る。心の中で都合の良いように物事が展開してくれる事を強く望んでいる自分がいる。そんな性根に失望すら感じた。

 幼い自分が戦火を生き延びる事ができたのは運が良かっただけ。自分を死なせないように奮闘してくれた両親のおかげだ。その結果、両親は死に、こんな自分だけが生き残った。あれから何年も月日が流れたというのに、何も学んでいないじゃないか。

 絶え間なく姿を変化させていく世の中。

 目まぐるしく変わっていく生活。

 見通しの出来ない未来。

 ただ一つだけ確かな事は、どんな状況だろうと行動を起こさなければ、現状が改善させる事は絶対にない。という事。それなのに……。

 アルゴンが自分の不甲斐なさに絶望していると、更に追い打ちを掛けるかのように、ポツポツと雨が降り始め、細かな滴が頭や鼻先を突いた。

 今までの経験上恐らく通り雨だろう。とアルゴンは思った。だとしてもどうにも間の悪い。これは声を掛けるのはやめておけ。という合図かもしれない。風邪を引かないうちにソフィアの屋敷の前に戻って、入り口にでも髪飾りを置いて帰ろう。

 アルゴンはそう悟ってガゼボに背を向けた。その時である。


「あの! そこのあなた? そんな所にいたら風邪引きますよ?」


「え?」


 アルゴンが立ち去ろうとする最中、背後から声を掛けられた。一瞬なんの事だか分からなかったが、周りにいるのは自分だけ。そしてその声が誰の物ものなのかすぐに分かった彼は、体が勝手に反応するかのように声のした方へ振り向いた。そこには紛れもなく声の主であるソフィアが、ガゼボから少し顔を覗かせて雨に濡れるアルゴンを心配そうに見つめていた。


「え? あの、……オレの事?」


 分かりきっているのに改めて聞き返すアルゴンの声は緊張のせいで少々裏返っていた。その声にソフィアは静かに頷いた。


「風邪引いたら大変です。こっちで雨宿りした方がいいですよ?」


「あ、……はい」


 なんと間の抜けた返事だろう。アルゴンはそんな返事しかできない自分に苛立って、ソフィアがガゼボの奥に戻ったと同時に自分の太ももを拳で一発叩いてから、緊張した面持ちでガゼボへと向かった。

 ガゼボの中はほんのり薄暗く、中央にベンチが一つ設置させているだけの簡素なものだった。そのベンチの中央にソフィアは腰を下ろしていた。彼女は少し濡れてしまった前髪が頬に纏わり付いているのが気になるのか、それを取り払おうと上目使いで髪をいじっていた。その仕草が妙に可愛らしく、それを目にしたアルゴンは、今まで経験した事の無い胸の高鳴りを覚え、固唾を飲みながらも雨に濡れた髪の毛を払いながら、緊張している事を悟られないように振る舞った。

 それからどれだけの時間が経過しただろう。ソフィアはベンチで寒そうにしながらガゼボの外を眺めている。対するアルゴンも、ガゼボの外側にある柱に肘を付きながら、目のやり場に困った挙句意味も無く足元にできた水溜りを見下ろし、そこに雨が跳ねている様子を延々と眺め続けていた。

 どうにかして声を掛けなければ。でも何て言えばいいのか全く頭に浮かばない。

 アルゴンは心だけが焦って、なんて事のない一言も喉を痞えてしまっている状態に焦りを感じ始めていた。

 しかし、それはソフィアも同じだった。

 実は雨が降り始めた時、屋根に当たる雨の音でそれに気付いた彼女はガゼボの外を見た。その時さっき家の前ですれ違った若者が雨に打たれながら立っている事に気が付いた。そして去ろうとしているその若者に声を掛けてしまった。普段なら絶対にそんな事はしないのに、勇気を出して。などではなく、気が付いたら声を掛けていたのだ。

 だからなのか、自分が彼を呼び止めてここへ来させたような変な責任感を感じた彼女は、無言のまま過ぎる今この瞬間をどうにかしようと焦りを募らせていた。


 ……よし、言うぞ!


 ……私から声を掛けなきゃ!


「あのっ!」


「えぇ?」


 それは同時だった。言放った言葉も、返した言葉も同じだった。互いに向き合い顔を見合わせ、そして同じように驚いて見せた。一瞬固まった二人は、互いに状況を理解すると自然と笑みが溢れ、やがて二人して吹き出していた。

 やがて笑い声が静まった時には、今までの緊張が何だったのかと思ってしまうくらいに、互いの顔をまっすぐと見据える事が出来ていた。

 緊張が解けた今、アルゴンは真っ先にソフィアに伝えなければならない事があったが、彼はそれを彼女に譲った。


「あの、屋敷の前にいた方ですよね?」


「うん、なんか怒鳴り声がしたから気になって……」


「あ、ごめんなさい。私さっき両親と喧嘩してしまって」


「そうなんだ。あ、そう言えばこれ君のだろ?」


 アルゴンは自分が屋敷の前にいた理由を適当に言い繕いながらも、懐から金細工の髪飾りを取り出しソフィアに見せた。それを見た彼女は立ち上がって驚き、慌てて自分の髪を触って髪飾りが無い事に慌てている様子だった。恐らく今の今まで気付いていなかったのだろう。そんな彼女の様子がまた妙に可愛らしく、アルゴンはほんの少しだけいじわるしてみたいという気持ちになりつつも、それを心の奥にしまい込み彼女に髪飾りを差し出した。

 ソフィアは差し出された髪飾りを、まるで赤子を抱こうとする母親のように優しげで、包み込むような繊細な手付きで受け取った。その時彼女の細い指先がアルゴンの指先にそっと触れ、ひんやりとした感触が伝わり、彼は先程とはまるで違う胸の高鳴りを感じ、それをはぐらかすように一旦視線を彼女から逸らした。そして再び視線を彼女に戻した時、ソフィアはまだ髪飾りを愛おしそうに見つめていた。それを見てアルゴンは自分がとても良い事したのだと確信した。


「ありがとうございます。本当にありがとうございます」


 感謝の言葉を口にするソフィアの髪には、持ち主の元へと戻った髪飾りが、ほんのり薄暗いガゼボの中でも彼女の美しい金髪に劣らぬ輝きを放っていた。


「自己紹介がまだでしたよね? 私はソフィア。ソフィア・ヴァンハウテンです」


 既に知ってはいたが、ソフィアが自分に名前を名乗ってくれている。アルゴンも一瞬迷いながらも自分の名前をソフィアに教えた。

 それから二人はしばらくの間ベンチに座りながら語り合った。手を伸ばせば顔に触れる事ができる距離に彼女がいて、楽しく二人で会話している。ほんの少し前までは想像もできない今がそこにはあった。

 気が付けば雨は止んでいて、雲の向こうから夕日が顔を覗かせているのを二人はガゼボの中から見上げていた。


「私そろそろ戻ります。あなたとお話していたら、両親と喧嘩していたのが些細な事みたいに感じてきました」


 先にベンチから立ち上がったのはソフィアだった。彼女はガゼボから一歩出ると振り返り、アルゴンに言った。


「役に立てたのなら良かったよ」


 そう返事しながら立ち上がろうとするアルゴンの腰は、この時が名残惜しいと言わんばかりにゆったりとしていた。


「あの……、また良かったらお話ししませんか?」


「え? うん、もちろん!」


 突然告げられた言葉にアルゴンは驚きを隠せなかった。しかし言葉を言い終えたソフィアがとても恥ずかしそうに自分から視線を逸らしている事に気付いた彼は、これ以上を彼女に言わせる訳にはいかないと、即座に返事をした。それを聞いたソフィアは安心したのか、ほっと胸をなで下ろしている様子だった。


「じゃあ、また」


「うん、またね」


 別れの挨拶を済ませ、ソフィアは屋敷の方へと帰って行った。通りの角で見えなくなるまで、彼女は笑顔で手を振ってくれた。アルゴンも照れ臭さを吹っ飛ばして彼女が見えなくなるまで全力で手を振り続けた。


「うわぁ……、ソフィアと友達になっちゃった。いや、まだ知り合いか?」


 一人ガゼボに佇むアルゴンは、思わずニヤけながら誰に言うでもなく呟くと、先程髪飾りを手渡した時にほんの少しだけ彼女と触れ合った自分の指先をおもむろに見つめ、またニヤニヤと笑みを浮かべた。

 その時、不意を衝くように背後からアルゴンを冷やかすような口笛が聞こえてきた。


「帰りが遅いと思って様子を見に来りゃ、お前も隅に置けねえなぁ……」


 言葉とは裏腹に、隠し切れない悪意に満ちたその声を聞いたアルゴンは、一気に血の気が引いた。夢心地だったものが一瞬で崩れ去り、悪夢へ転落させられる。そんな気持ちだった。

 心を落ち着かせる為、声の持ち主に聞こえぬように吐く溜息は、絶え絶えなうえに寒さに凍えているかのように震えていた。

 その間にも声の持ち主は背後からアルゴンに忍び寄る。夕日に照らされその大きな身体から伸びる影が彼に覆い被さろうとする最中、アルゴンは恐る恐る背後へ振り向いた。

 そこには、黒眼が異常に小さい目玉をぎょろりと見開き、まるでそういう作りの仮面を付けているような不自然に引き吊った口元と、その口からは強靭な歯をギラつかせた化け物が立っていた。その化け物は笑顔なのか睨み付けているのか分からない。それでいて剥き出しの悪意を覗かせた表情でアルゴンを見下ろしていた……。





「うわぁぁぁ!」


 アルゴンは堪らず悲鳴を上げた。

 しかしそこには化け物の姿は無く、それが全て夢だった事を物語るように、気付けばアルゴンは廃墟の屋敷の一室で横になっていた。


「夢……?」


 もう一度辺りを見渡してみる。ここは昨夜いた廃墟の中の一室だ。気付けば窓から眩しいくらいの日が射していて、すっかり朝になっていた。よく見るとライファのマントを毛布代わりに羽織っていて、それ事に気付いたアルゴンはそれを手に取ると廃墟の屋敷を出た。

 建て付けの悪い扉を開くと外は快晴そのものだった。


「おはようさん。よう、起きたか」


 薄暗い部屋から太陽の下に飛び出したアルゴンが眩しそうに手で日の光を遮っていると、フォクスが相変わらずの様子で声を掛けてきた。


「おはよう……。じゃなくて、ねぇ昨日何があったの? 途中から記憶が無いんだけど!」


「はぁ? 覚えてねえ? ったく薄情な奴だなぁ」


「え? 何それ」


「夕飯の後いきなり襲われただろ? それは覚えてるか?」


 その言葉にアルゴンは頷いた。


「んでもって、ライファが駆け付けて万事解決。その間お前さんは気を失って、気が付いたと思ったらすぐさままた気を失っちまった。だからライファがお前さんを廃墟の中まで運んだってわけよ」


「そうなんだ……。でライファは?」


 アルゴンがライファの行方を尋ねると、フォクスは欠伸をしながら向こうを指差した。その方向には、かつては屋敷の庭と隣接していた小さな畑らしき場所で何かをしているライファの姿があった。


「律儀だよなぁ。自分達を殺しに来た奴等を埋葬してるんだぜ? まぁただの証拠隠滅にも見えるっちゃ見えるけどな」


 怪訝そうな顔をしながらライファの様子を見ていたアルゴンに、フォクスは半分呆れているのか薄笑いを浮かべながら言った。

 アルゴンはすぐさまライファの方へ歩み寄ろうとしたが、その途端に奇妙な緊張が全身を駆け巡り、一歩踏み出した足が、まるで地面から伸びた腕に捕まったかのように言う事を聞かなくなった。その間に硬直しながらライファの後ろ姿を見ていると、薄っすらと昨夜の出来事が脳裏に過ぎった。断片的に過ぎるその出来事の中でのライファは、人間と思えない動きで、人間ではない形相で、襲って来た自警団の者達を手にする魔剣で八つ裂きにしていた。

 一歩だけ踏み出したまま、小刻みに震えているアルゴンの様子を察したフォクスは、彼の身体の中に巣食う邪悪な何かを払い落とすかのように、少し強めに肩を掴んだ。肩を掴まれたアルゴンは驚きながらもフォクスの方に顔を向けた。


「大丈夫だ。今のあの人は問題ねぇ。朝の挨拶でもしてきな」


 真顔でそう語るフォクスのその言葉は色々な意味を含んでいた。それを聞いたアルゴンも真顔で息を飲んだ。しかしアルゴンのその表情を見たフォクスは途端に緊張の糸を断ち切ったかのようなニヤけ顔を浮かべた。


「ついでにちゃんと礼言っとけよ。薄情者は長生きできねぇぞ。あとそのマントも返しとけ」


 フォクスのニヤけ顔を見たアルゴンは憑き物が取れたように気が幾分か楽になったような気がした。彼のその様子を確認したフォクスは何事も無かったかのように向こうへ行こうとした。


「フォクス!」


 向こうへ行こうとするフォクスに、アルゴンは声を掛けた。


「……昨日は助けてくれてありがとう」


 振り向いたフォクスに、アルゴンは少し照れながらも感謝した。それを聞いたフォクスは、照れ隠しのつもりなのか、ドヤ顔で素手のまま弓を射る身振りをすると、再び向こうへ歩いて行った。

 それからアルゴンはライファの方へ向かった。ライファは落ちていたと思われる錆び付いたシャベルで畑の真ん中に土を盛り付けていた。この下に昨夜自分達を襲って来た自警団の遺体が何体も埋まっていると思うと正直気味が悪い。それに数は定かじゃないが、何体もの遺体を埋める事の出来る穴を掘るとなると、一体何時間掛かるのだろうか。まさかライファは一睡もしないで作業していたのだろうか。とアルゴンはふと疑問に思った。


「おはよう、アルゴン」


 背後から歩いてくるアルゴンの気配を感じ取ったライファは、手を止めると彼に挨拶した。アルゴンに向けたその顔は、彼の脳裏に過ぎった恐ろしい形相とは別人で、昨日の昼間初めて出会った時と同じく、人形のように整った優しい笑顔があった……。


前回から1ヶ月も経ってしまいました。

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