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Gawl of the nightmare ーガウル オブ ザ ナイトメアー  作者: Guren
悪夢の魔剣士編 勿忘草の女神の章
13/31

勿忘草の女神の章 第13節

前回までのあらすじ

大陸全土を巻き込んだ大戦が終わりを迎えてから三年。四方を自然に囲まれたアナハイト領地では、病や傷を自らの血で癒す女神の伝説があった。


棺のような強固な鉄鞄を肩に掛けた旅の傭兵ライファは、アナハイトに向かう途中、悪漢達に襲われていた少年アルゴンを助ける。

アルゴンは近年多発している少女失踪事件で行方不明になったソフィアを探しており、ライファに協力を頼むが、断られてしまう。

しかしその後、実はライファや彼の仲間のフォクスが、ソフィアの両親に雇われた賞金稼ぎである事が分かり、疑心暗鬼になったアルゴンは何処へと走り去ってしまう。

ライファにアルゴンを任されたフォクスは、その後アルゴンと和解し夕食を共にするが、突如として何者かの襲撃を受ける……。


 13


 殺意の香りがする……。

 それは血の匂いでも、屍が発する腐敗臭とも違う。厳密には言えば匂いですらないのかもしれない。それでも、オレはこれを香りと表現した。

 あれを初めて嗅いだ時は、何処からか風に乗って流れてくるような、そんな感じだった。でも匂いはしない。それでいて、まるで体に纏わりついてくるような不快感。何故それが自分に纏わりついてくるのかは直ぐに理解出来た。それが自分に向けられているものだったからだ。

 何か見えない力が自分に害を及ぼそうとしている。でもそれは姿が見えなくても、聞こえない足音を立て近付いている。直感的にそうなのだと分かった。

 何者かが忍び寄り、自分や仲間の命を奪おとしている。そいつが誰であれ、そいつが抱く殺意が強ければ強いほど、その数が増えれば増えるほど、大きな力となったそれは自分の存在を誇示するかのように異臭を放ってきた。

 その正体こそ、オレにとっては殺意の香りだった……。


「オレが走れと言ったら全力であの屋敷まで走れ!」


 フォクスはアルゴンにそう言い放つと再び矢を放った。暗闇に放たれた矢はアルゴンの目からではまだ確認出来ない何者かの命を悲鳴と共に葬り去った。


「今だ! 走れ!」


 何者かの悲鳴が辺りに響き渡るとほぼ同時にフォクスが叫び、アルゴンの背中を屋敷の方へと押し出した。

 押し出されたアルゴンはまだ状況を把握出来ていなかった。それでも全力で走らなければ殺される。それだけは直感で悟り走り出した。

 聞こえるのは必死な自分の呼吸と走り音。だけではない。複数の走り音が周囲から近付いてくる。それが聞こえたアルゴンは咄嗟に足を止めてしまった。すると視界の片隅から月の光に照らされた無数の刃が、ぬっと暗闇の中から現れた。

 それらはアルゴンの居場所を把握すると歩みを緩め、ゆっくりと囲むように近付いてきた。そこにはニヤついた人相の極めて悪い男達が剣を手にして立っていた。アルゴンには彼等が何者か直ぐに分かった。自警団である。


「バカ野郎! 止まるな! 行け!」


 フォクスが畜生とばかりに叫ぶ。彼の弓はアルゴンに一番近い自警団の男の胸を躊躇なく射抜いた。目の前で人が胸に矢が刺さって血を流しながら崩れ落ちる様を目撃して、アルゴンは震えた。命を狙われている恐怖はもとより、なんの躊躇もなく人を殺すフォクスに対しても恐怖を感じた。

 第一印象が最悪で、最初は暴力的で口も悪い嫌な奴だと思っていた。だが一緒に夕食を食べ、ソフィアの事で励まされ、少しだけだが互いの話をして理解し合えたような気がしていた。だがその出来事を一瞬で無に帰してしまうほどに、目の前でなんの躊躇も無く人を殺すフォクスはアルゴンに恐ろしく映った。

 後になって考えてみれば、自分を助ける為の行動で仕方がなかったに違いないが、この時のアルゴンは恐怖と緊張で頭の中が混乱してしまっていた。

 矢を胸に受け絶命した自警団員の死体を前にアルゴンは腰を抜かし、自分の顔に血が数滴飛び散っている事に気付く。震える手でそれをなぞり、指に伝わる滑りと生暖かい感触に目を背けようの無い残酷性を突き付けられたような感覚になった。


「危ねぇ!」


 腰を抜かし顔に付いた血を見て動きを停止しているアルゴンの背後に別の自警団員が迫っていた。

 フォクスはアルゴンに危険を知らせる為に叫んだが、その声は今のアルゴンには届かなかった。フォクスは自身にも降り掛かる敵の刃をするりと躱し、後ろ腰に差している大型のナイフを逆手に抜くと、すかさず敵の喉元を切り裂き、身を翻し返り血を躱すと、自身の首から吹き出す血しぶきに慌てふためく敵を蹴り倒し、その反動を利用するようかのようにアルゴンのもとへと駆け出した。


 敵の数をまだ完全に把握し切れていない。物陰にボウガンを持った奴も隠れている。屋敷の中に逃げても不利になるのはこっちかもしれない。奴等の狙いはアルゴンなのはもう間違いねぇ。どうする!


 アルゴンの元へと急ぎながら、フォクスはこの後の作戦を考えていた。


 あのガキの背後に迫る野郎を仕留める。その後腰抜かしてるあのガキを抱えて逃げる。いやそりゃ無理だ。やっぱり身を隠せる屋敷の中に逃げ込んで、家具かなんかにあのガキを隠して、籠城戦に持ち込むしかねぇ。


 フォクスが作戦を決定し、アルゴンの背後に迫っている敵に弓を構えた。

 その時である。突如として上空から突風が吹き荒れ、その場にいた全員がまるで地面へと押し潰されるかのような重圧を感じた。そしてその後、雷鳴の如き青い閃光が一瞬辺りを眩しく照らしたと思った瞬間、魔剣を振り被ったライファが、まさに読んで字の如く空から降って来た。そして次の瞬間、アルゴンの背後に迫っていた敵の脳天から真っ二つに両断したのか、あるいは叩き潰したのか、どちらにせよとても形容し難い酷く耳障りな音を轟かせ、その敵は姿を消えた。

 振り下ろされ地上に激突した魔剣は地面を激しくえぐり、その所々に凄まじい力によって無理矢理に引き千切られたような肉塊が燃え盛りながら無数に散らばっていた。しかしそれを確認できたのは、ライファ以外では事の一部始終を目撃していたフォクスだけだった。


「な、なんだこいつ! どっから出て来やがった!」


 ライファから少し離れていた敵の一人がそう叫んだ。正確にはそう叫ぶつもりだったのだろう。彼の言葉はその場にいた全員の耳へ最後まで届く事はなかった。ライファがそうさせなかった。

 彼が言葉を発する為に息を吸い、最初の一文字を口から溢した時、ライファはすでに彼の背後へと忍び寄っていた。突如として背後から不気味に差す青白い光。振り向く暇など無く、首筋をほんの少し動かそうとしたその時、彼の人生は最悪な形で終焉を迎えた。

 その場にいた全員の不意を衝く破裂音。気が付いた時には火の粉が舞い、その中心に魔剣を手にしたライファの姿。そして足元にはかつてそれが人間だった事が辛うじて分かる燃え盛る肉塊。

 もう形容する言葉など必要なかった。

 逃げる必要も無かった。

 全てを諦めて絶望する暇など与えなかった。

 彼等が最期に目撃したのは異形の大剣を振り被り、燃え盛るような長い髪を振り乱しながら怒っているのか、笑っているのか、それとも泣いているのか分からない禍々しく恐ろしい形相をした人型の化け物が自身に迫って来る絶望的な光景だった……。


 まるで台風の目の中にいるような妙な感覚だった。

 目の前で青白い閃光が残像を残しながら、自分を中心に円を描くように目にも止まらない早さで辺りを照らし一瞬止まったかと思えば爆発を起こしたように炎が舞い上がり、まるで命の灯火をかき消すかのように火の粉が舞い上がり、そして消える……。

 風を切ると音と、言葉では言い表せない不快な雑音も、連続で聞こえてくると、それそのものが自ら雑念を消し去って心地良くなっていく。

 意識が遠のいたわけでもないのに、全てが終わった時にはあの後の光景と記憶が頭の中からすっぽりと抜け落ちていて、気が付いた時には地面に腰を下ろしたまま夜空を、ぼんやりしとしながら眺めていた。


「おい、大丈夫か?」


 不意に頬を軽く叩かれ、アルゴンは我に返った。そこにはしゃがみこんでこちらを見ているフォクスの姿があった。


「え? あれ?」


 アルゴンはフォクスの顔を見た後、目を丸くして辺りを見渡した。目は大分暗闇に慣れてきていて、先ほどよりも遠くを見通せた。自警団員の姿はどこにも無かった。


「あぁ……、とりあえず立てよ」


 まるで寝起きのようなアルゴンに、フォクスはそう言うと立ち上がり手を差し伸べた。ひとしきり辺りを見回したアルゴンは、差し伸べられたフォクスの手に気付きその手を見た。ほんの少しだが、指には乾いた血がこびり付いていた……。


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