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Gawl of the nightmare ーガウル オブ ザ ナイトメアー  作者: Guren
悪夢の魔剣士編 勿忘草の女神の章
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勿忘草の女神の章 第1節

初めての執筆で誤字脱字や分かり難い部分もあるかと思いますが、良かったら読んでください。

長編となりますが、投稿は不定期となると思います。

よろしくお願いします。


 1


 それはとても静かな夜の出来事だった。

 鬱蒼とした森の中を、一台の馬車が走っていた。

 二頭の馬に引かれ、両面に窓の付いた豪華な作りの馬車だった。馬車の中には対面式に設置された赤いソファー。そこに少女が一人、落ち着かぬ面持ちで窓の外を眺めながら座っていた。黄色いドレスを身に纏い、長く美しい金髪を金細工の髪飾りで留め、潤んだ唇と宝石のような青い瞳が印象的な、まだ幼さの残る美しい少女だった。


「もう少し急いでもらえませんか?」


 窓の外を眺めながら、いつもよりも時間が掛かっていると感じた少女は、御者に急ぐように言った。

 しかし御者は返事をせず、馬車の速度を上げる事もしなかった。

 御者の反応に少女の表情が曇る。彼の様子が変だ。彼とは御者の事である。彼は少女の家のお抱えの御者であり、遠出の時は必ず彼が安全に目的地まで送り迎えしてくれていた。

 少女にとって、御者は家族も同然の存在であり、彼にとってもそうであると少女は信じていた。信じていたかった。


 今日も始まりはいつもと変わらなかった。

 家を出ると外に馬車が待っていた。御者は馬に餌を与えていて、少女に気付くと帽子を脱いで笑顔で挨拶した。

 少女が物心ついた時から家に住み込みで働いていた御者は、正確な年齢は知らなかったが、白髪と長い白髭が特徴的で、大きくて丸い身体にぬいぐるみのような親しみを感じていた。

 生まれた時既に祖父は他界していた少女にとって、父親より年寄りで優しい御者は、まるで祖父のような存在だったのだ。

 少女が馬車の入口に向かうと、御者は入口を開け、彼女の為に踏台を用意してくれた。その行為に少女は心からの礼を言って馬車に乗り込んだ。彼女がソファーに座るのを確認すると御者は入口を閉め、踏台を片付けると自身も御者台に乗り込み、出発します。と一声掛けてから馬車を出発させた。

 少女の暮らす町を出て森を抜けると、この領地の領主が住まう小さな村が見えてくる。村に入り美しい小麦畑を抜け、集落の間をまっすぐ進むと小高い丘があり、それを登ると礼拝堂のある領主の砦が建っている。領地の人々は、その砦を『教会砦』と呼んでいた。

 少女は毎週欠かさすそこへ礼拝しに行くのが日課だった。

 丘を登り領主の砦に到着すると、御者は馬車の入口を開け再び踏台を用意した。それに対して少女も再び心からの礼を言って馬車を降り、御者に行ってきます。と笑顔で言った。彼も笑顔で、行ってらっしゃい。と言って見送ってくれた。それがいつものやりとりだった。

 異変は少女が礼拝を済まし、門の前で待っている馬車の方へ向かった時から始まった。

 いつもなら御者台から下りて少女の帰りを待っている御者が、今日は馬車に乗り込み出発の時を待っていた。

 少女はいつもと違う事に困惑しながらも、いつものように、ただいま。と挨拶した。いつもならば笑顔のお帰りなさい。が返って来るはずだった。

 しかし、その時は何も返って来なかった。御者は手綱を握り締めたまま、平然と少女を無視した。この態度が少女の心に不安の種を植え付けた。

 それから少女は馬車の入口の方へと向かった。入り口の前には用意されているはずの踏み台の姿が無かった。仕方なく少女は自分で入口を開け、はしたないと思いながらも大股を開いてよじ登るように乗り込もうとした。

 するといきなり鞭打つ音が鳴り響き、馬車が走り始めた。まだ完全に乗り込んでいない少女は驚き、もう少しで落ちてしまいそうになりながらも慌てて入口を閉めた。一瞬何が起きたか分からなかった。少女が前方の小窓の外を見ると、御者は何事も無かったかのように平然と馬車を走らせていた。その後ろ姿からは悪意すら感じられた。

 なぜ、どうして……。

 困惑する少女の心の中で芽生えた不安は、見る見る膨れ上がっていった。

それから馬車は村を出て森に入った。その頃には日は完全に沈んで辺りは闇に包まれていた。

 いつも礼拝は昼間のうちに済ませるのだが、今日はどうしても外せない用事があった。両親は帰りが遅くなるといけない。と少女を止めたが、少女は無理を言って家を出た。

 いつもなら御者と世間話をしたりするのだが、今はとてもじゃないがそんな事が出来る雰囲気ではなかった。

 走る馬車の中で沈黙する少女。聞こえてくるのは馬の走る事と車輪が回転する音だけ。とても居心地が悪かった。何か家までのこの耐え難い時間と不安を紛らわすものはないものか。と少女は考えた。だが膨れ上がった不安は心だけでは留まらず、彼女の思考をも脅かし始めていた。

 御者の異変。彼に何が起きたのか。何か嫌な事でもあったのか。自分が何かしてしまったのか。

 いろいろと考えようとするが不安が邪魔をして何も思い付かなかった。その間にも不安は益々膨れ上がっていく。なぜそこまで不安を感じているのか彼女自身も不思議でならなかった。まるで何かが訴えているような気がした。そんな事を考えていると不安は疑惑へと姿を変え始めた。

 小窓から覗く御者の後ろ姿。不吉な考えが芽生えた少女には、彼が別人に見えてきた。

 恐らくは不安感から来る錯覚だろう。そう思いたかった。

 早く家に着いてほしい。そう思った少女は落ち着かぬ面持ちで窓の外を眺めた。外は闇に包まれた不気味な森だった。

 それにしても、森を抜けるのにあまりにも時間が掛かっている気がする。これは錯覚ではない。そう思った少女は、恐る恐る御者に言った。


「もう少し急いでもらえませんか?」


 そして現在に至る。


「ねぇ、聞こえていますか? なんで黙っているの?」


 不安と恐怖を感じつつも、さすがに何度も無視されれば苛立ちを覚える。怒りとまではいかないが、少女は普通よりも強めな口調で御者に催促した。しかし相変わらず反応は無かった。


「お願い、何か言ってください!」


 物言わぬ御者に苛立ちは不安と恐怖に押し潰され、少女は今にも泣きそうな声で叫んだ。まるで人形と会話しているようだった。

 小窓から覗く御者の後ろ姿は、姿勢を崩す事無く手綱を握り続けている。馬車の中からでは彼の表情を窺い知る事は出来ない。そういえば協会砦の門の前で挨拶した時も、彼の顔は帽子の鍔の影で良く見えなかった。

 本当に彼なのか? ここにきて更に不安と恐怖を煽る要素が出てきた。今馬車を動かしているあの御者は、自分が知る御者なのだろうか、と。乗っている馬車は間違い無くいつも使用している馬車だ。ならば間違いは無いはずだ。それでも立証する証拠が無い。なぜならあの時から、彼らしからぬ行動ばかりをしているからである。そう考えると、先程錯覚だと思っていた別人に見える後ろ姿が、不気味な程に現実味を帯びてくる。改めて小窓を覗き込む。身に着けている服と帽子は明らかに御者のそれである。だが、帽子の下に見える後頭部と首筋に、どうにも拭えぬ違和感を覚えて仕方がなかった。

 それを目の当たりにした少女は息を飲んだ。その矢先、不意に御者の首が横を向いた。少女はとっさに視線を反らして窓の外を見た。

 その時である。窓の外に白い横長の物体が通り過ぎた。と同時に馬車が横へ傾いたのを感じた。左に曲がったのだ。

 その瞬間少女は戦慄した。窓の外に見えた白い横長の物体。少女の記憶が確かならば、それは道が二手に分かれている場所に立っていた立て札だ。少女の家がある町へ向かうには、ただ森を道なりに直進すれば辿り着けるはずだ。

 しかし、馬車は左へと進路を変えた。先程御者が首を横に向けたのは、立て札を確認するためだったのだ。つまりそれは故意に目的地とは異なる場所へと向かっている事を意味していた。

 御者の行動に不安は疑惑へ変わり、やがては恐怖へと変貌した。不安の種は彼女の心に根付くと茨の触手を伸ばし彼女の精神を狂わせる。心の奥底から湧き上がる恐怖は、まるで足元から羽蟲の大群が競り上がってくるかのように全身を刺すような感触を与えた。背筋を這う悪寒という名の羽蟲も少女を襲う。やがて羽蟲達は少女の頭皮を駆け巡り、少女は頭を抱えて恐怖した。


「止まって! 道が違うわ! 止まって! お願い!」


 少女は必死に叫び続けた。まるで絶叫するように。何度も、何度も。

 だが、少女の願いは聞き入れられる事は無く、御者は馬に鞭を打って更に速度を上げた。絶え間無く揺れる馬車の中では、もう座っている事は不可能だった。

 暴走する馬車の中で、少女はひたすら脅える事しか出来なかった。悲鳴も上げられなかった。床に這い蹲る少女の耳には、高速回転する車輪の金属音が悲鳴のように聞こえた。それだけではない。軋む地面。震える窓ガラス。馬車に接触する木の枝。それら全てが不気味な音色となって耳を覆いたくなる程の不協和音を奏でていた。

 吐き気がする。限界だ。これ以上はもう耐えられない。逃げたい。ここから今すぐ飛び出したい!

 今自分の置かれた状況が、少女の心身を極限状態へと誘い、宙に浮くようなふわりとする感覚が平衡感覚を狂わせ強烈な吐き気を及ぼした。更に信頼を寄せていた御者の変貌に、少女の精神は掻き乱され頭の中は混沌としていた。

 その時、突如として馬車が急停車し、その衝撃は馬車の中の少女を宙に浮かび上がらせ、少女は額を入口に強打した。鈍い音がして少女はそのまま地面に倒れ込んだ。


「こ、ここは、何処?」


 朦朧とする中、うつ伏せに倒れていた少女は弱々しく起き上がった。

 額が痛む。手を当てると刺すような痛みが走り、指に血が付いていた。その血は今まで大した傷を負った事の無い少女にとって、それだけで死を意識させるものだった。

 目的地ではない何処かに辿り着いた馬車。それでも構わない。今ならこの悪夢の空間から脱出する事が出来る。そう思った少女は精一杯の勇気を振り絞り、血の付いた手で入口の取っ手に手を掛けた。

 まさにその瞬間。横から突き刺さるような視線が少女の動きを止めた。少女はそのまま硬直し、呪縛のように震えあがって動けなくなった。その間にも視線の邪悪さは増していく。少女はゆっくりと視線のする方へ顔を向けた。


「ひぃっ!」


 少女は思わず絶叫の声を上げて後ろへ引いた。

 そこには、笑顔でこちらを覗く男の姿があった。それを見た少女の顔は恐怖に引き攣った。額から流れ落ちる血が彼女の瞳に滴り落ちても、瞬きする事が出来ない程に、少女の視線は男の顔に釘付けになっていた。

 なぜなら、その形相が悍ましい程に異様だったからである。

 ぎょろりと見開き、黒目が異常に小さい目玉。そしてそういう作りの仮面を付けているような不自然に引き吊った口元。その口からは強靭な歯がギラついていた。

 まるで作り物のようなその表情は、笑顔なのか睨み付けているのか分からなかった。分からなかったが悪意に満ちている事だけは伝わって来た。

 その狂気の形相をした男は、御者の衣服を身に纏っていた。今まで馬車を操っていたのはこの男だったのだ。


「あ、あなたは誰!」


 恐怖に慄きながらも、少女は男に訪ねた。しかし男は何も言わず、鬼気迫る速さで馬車を降りると入口へと回り込んだ。

 入口に取り付けてあるガラス窓の向こうから覗く男の顔は、先程とまったく変わらない人形のような表情をしていた。


「え、やだ! やめて!」


 次に男が取る行動を瞬時に察知した少女は、拒絶の声を上げた。

 だが、男は人形のように表情一つ変えずに入口を開けようとした。

 少女は咄嗟に入口の取っ手に手を絡ませ、力の限り男の侵入を阻止しようとした。それでも男は不気味な形相のまま入口を漕ぎ開けようとした。表情は眉ひとつ動かなかった。が男の息は瞬く間に荒々しくなり、やがては獣のような唸り声を上げると、入口の窓ガラスを拳で叩き割った。

 ガラス片が飛び散り、少女の顔を襲った。たまらず少女は悲鳴を上げ、取っ手から手を放してしまった。その隙に男は入口を開け、馬車の中へと侵入し乱暴に少女へ迫った。

 少女はまるで触れられたら死んでしまうかのような拒絶と必死に満ちた悲鳴を上げた。男の腕が少女の胸元を掴んだ。

 男の腕に触れたくない少女は、そのまま馬車から抜け出そうと無理やり入口へ飛び出した。その拍子にドレスの胸元が破れ、少女の胸が露となったが、恥じらっている余裕は無かった。

 血と汗と涙が恐怖に怯える少女の顔を無様に染め上げ、馬車から飛び出したせいで地面に転げ込んだドレスは泥に染まった。

 今朝家を出た時、夜に自分がこのような状況に直面するとは夢にも思わなかった。

 これは夢だ。本当の自分は馬車に揺られて眠ってしまい、ただ悪夢を見ているだけなのだ。

 出来ればそうあってほしい。と少女は願った。だが少女の願いは背後から聞こえてくる獣のような息遣いに掻き消された。

 不気味な笑顔を浮かべながら、男が少女の腕を掴んだ。少女は悲鳴を上げて反射的に男の顔面を渾身の力で引っ掻いた。

 少女の爪が男の頬を切り裂き、彼女の爪には血と剥がれた皮膚の一部が付着した。すると男は唸り声を上げ、少女から手を放すと彼女の顔面に拳を叩き付けた。

 その一瞬の最中、少女は男のその不気味な笑顔が、怒りの形相へと変貌するのを目にした。顔面を強打された少女は地面に倒れ込み、殴られた瞼が燃えるような痛みを発した。

 朦朧とし、意識が曖昧になっていく。まるで体に力が入らず、ふら付く足に鞭を入れてやっとの思いで立ち上がった。

 その間、背後の男は何もして来なかった。

 しかし、今の少女には男の行動について詮索するゆとりも、体力も残されていなかった。ただひたすらにこの悪夢から逃げ出したかった。

 だが、逃げ出そうとする少女の眼前には、彼女を更なる悪夢へと誘う光景が口を開いて待っていた。その光景にはまるで現実味が無かった。まるで黄泉の世界に迷い込んでしまったのか、それとも自分はすでにこの世にはいないのか、そこには黒装束を身に纏って佇む死神の群れが立っていた。深く被ったフードの奥には漆黒の闇が広がっていた。


「私が一体、何をしたっていうの……」


 決して逃れられぬ恐怖を前に、少女は静かに呟き、一滴の涙を流しながら地に膝を付いた。

 絶望とはまさに今この状況を言うのだと少女は悟った。絶望を呼ぶ者達が静かに少女へ忍び寄る。黒装束から伸びる彼等の腕が自身の体に纏わり付き、悲鳴の旋律が夜の森に響き渡る。

 突如惨劇の主役にされた少女は逃げようと足掻くが、惨劇の主役となった少女にはその悪夢から逃げる術は無い。なぜならそれが惨劇と言う名の物語の主題なのだから。

 抗う力も失い、抵抗する意思を失ったその刹那、背後に忍び寄る気配が覆い被さるように、少女は闇に吸い込まれたか如く視界を失われた。もう悲鳴を上げる気力も無かった。そして少女は絶望の最中、眠るように意識を失っていった……。


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