第1章:びたーちょこれーと
人は誰しも。運命を決め付けない。
愚か。腐敗した体でも幸せを願う。
惨め。消え去った過去なら。癒えない傷となり。
諦め。その未来を。断固、拒否を挑む。
囁き。ならば。現在が幸せと感じるなら。それが運命だということ。
人は。欲望を捨てきれない。
「さよなら。」
切って始まるのは冷たい言葉。
うるさい路地、行き交う音の群れ、それもまた必然か。
そして、響く高い音。
リズムよく流れる音に、背を向ける。
「…ふぅ。また…か。」
そう呟くのは一人の男、成年というべき年齢だろうか。
その高い音に耳を貸さず、それもまた呆れた顔で音から遠ざかる。
暗い。
夜道を歩く傍では、この必然の音は必要なのだろうか。
光を纏い、尋常ではない速度で駆け巡る。
それを『車』と呼ぶべきと今更ながら感じるとは、その男も思わないだろう。
暗闇に広がる音と光の中で。
何を思い、あの高い音を聴かずに進むのであろうか。
―要するに、男は女と別れたのである。
いや、別れたというよりは一方的という言葉が正しい。
呆れたことに。
男はこれで5人目。
それもまた偶然で、皆、一方的に。
これはある意味、運命という言葉を使わざるを得ないのだろうか。
必然にこの偶然を引き寄せているのかもしれない。
確かに。
外見は、身長はあるがそのわりには痩せ、メガネでいかにも『オタク』という現代の流行りを、使ったほうが正しいくらいの男の様子。
中身もそうで、はっきり言うと。
まぁ同じ文章を書く事になるだろう。
味気ない男。
そう思っていたほうが適切なのかもしれない。
「はああぁぁぁ…なんで、こうも上手くいかないんだろう…」
やっとのことでうるさい音から抜け出し、電灯1つだけの場所に来た。
それもまた奇妙で。
今度は全くの反対で、音もなければあんな大量の光もない。
その中に一人。
ポツリ。
その男がやってきた。
「僕ってそんなにダメ人間なのかなぁ…家帰ってDVD見よう…」
耳を深く傾けないと聞こえないくらいの声。
真っ直ぐ見つける先。
目と鼻の先。
つまりは目の前だ。
高そうではなく、また安そうでもない鉄鋼の建物が見えた。
地味なライトアップ。
電球を変え時の光で照らし出される、所謂『マンション』
その中に入っていく男の姿と影。
しかし、真っ直ぐ前を見ているのに声が聞こえないのは不思議だ。
勿論。
自動開錠。
無論。
『オートロック』いや、これが正しいか分からない。
そんな動く扉を目の隅にして、幾つも並ぶ小さな扉の前に立った。
男はすぐに所定の場所に手を伸ばし、ソレを摘み、左…右…と指を回す。
そして、摘んだソレを手前に引いた。
開かれたそこからは、無数…とまでいわない紙切れが数枚。
摘む右手ではなく、待機する左手で紙切れを掴み、右手を前に押した。
ガタン。
その場所で響く音を気にせず、矢印のボタンを押す。
『扉が開きます』
なにやら、女の声がする狭い箱のようなモノに乗り込んだ紙切れをもった男。
『扉が閉まります』
またもや、女の声がする。
すると、言った通りに扉が閉まり男を閉じ込めた。
その中で男は『7』のボタンを押して、紙切れに目をやった。
4〜5枚だろうか。
ピザや寿司・部屋の見取り図みたいなチラシと呼ばれるものが数枚。
しかし、その中で1枚
薄い封筒が手のひらに残った。
そこには『月影 碧衣様』と書かれていた。
男はその封筒の切れ端を指で、豪快に破いた。
そこには一通のチラシのようなモノ。
そして男はソレを読み上げた。
「レンタル…彼女?」
そこには大きくそれもわかりやすく、赤文字で書かれていた。
もはや、その赤文字以外の文字など、見せないかのように大きく赤く。
無論、周りには黒や青で小さく文字が書かれていた。
ミミズが這っているような感じ、といったほうが適切か。
「『貴方の好きな彼女を提供します!』か…そんないい話があるかいな。」
半信半疑。
それもそのはず、だろう。
思い通りの女などいるわけない、しかし、多額の値段で提供している。
ただの所謂『出会い系』というやつか。
それにしても、今時チラシという時点で不可思議な疑問が浮かぶ。
それを奇怪な疑問とでも呼ぼうか。
まず言った通りに、多額の値段ということ。
通常、一般のサラリーマンが支払える額でなく、およそ1年分程度の金額。
そんな大金、すぐに用意できるわけでもなく。
使いたくも無いだろう。
そして次に、一人も女の顔を出していない。
こういうのは例としてあげるダミー用の女の顔写真などが貼っているはずだろう。
といってもただの憶測にすぎないが。
最後に。
その『出会い系』であれば、何かしらの登録が必要ではないだろうか。
そこには住所・年齢…要は個人情報を教えるシステムがあるはずだ。
にも関わらず、電話をするだけで女が来るということ。
この奇怪な疑問。
疑心暗鬼する男の目に飛び込んだ、右下の端の黒文字。
『この値段は高すぎますよね…ですがご安心を!お客様の対価をその金額代わりにできます!』
対価。
それと相応の立場であること。
つまりは、多額の金額、それ相応のモノを支払うこと。
簡単に言えば、物を売る時のように。
品物を渡し、それに合った金銭を渡す仕組み。
だがしかし、1年分の給料と同じ対価など無いのが悲しいことだ。
「…僕なんか。2次元に埋っていれば充分だよ。」
そう呟く男は、あの箱から出てすぐ目の前の大きな扉の前に立っていた。
扉の左上にはローマ時で『TUKIKAGE』と書いてあり、あの封筒の持ち主がわかってしまった。
ガチャ。
無造作な音がし、男は吸い込まれるかのように扉の中へ入っていく。
バタン。
――世界と離れた場所に今、飲み込まれていく。
うっすらと淡いオレンジに光る部屋の中でカチカチと音がする。
その音がする部分だけ白く、時には色を変え明るく光る。
小さく音が漏れる。
―どうやら、笑い声のようだ。
「やべぇ。これマジでおもろいんですけど。」
扉の外とは違い、この部屋の中では何というべきか。
『別人』とまで言ったほうが適当だろう。
この変わりようは常人ではない、ましてや人間でないような徒ならぬ雰囲気を、この部屋中に飛び散らせる男の姿。
しかし、これが普通であると思わなければこの世界は成り立たないだろう。
所謂、パソコンという光る箱の左横に先ほどのチラシが置いてあった。
パソコンまでの距離はあの扉から約5m弱。
それまでの通路には、外に着ていた上着や靴下、身を装う着物を脱ぎ捨て、最終的に薄い布を2枚着用で落ち着いた。
パソコンの前に座るとすぐに、電源を付けて椅子の上で胡坐をかく。
有り余る動かない白い下着を着た人形が無数に並べてある机の上。
青や緑…多彩の髪の色をした少女の絵が何枚も壁に映し出す。
人は男を『オタク』と呼ぶ。
客観的に見ればある程度の誹謗があるだろう。
そんな中傷な言葉など気にせず、自分の世界を生み出した男こと『月影 碧衣』と呼ぶ。
そんな碧衣は先ほどのチラシが気になる仕草を見せる。
手にとっては戻し、手にとっては所定の位置へ。
そんな繰り返しが4往復したところ。
「…そもそも、この金額を払ったらどうなるんだろ…レンタルって書いてあるくらいだから、何日後には返さなきゃいけないのかな…?」
と、流れるパソコンの中の動画など目を向けず、そのチラシに目を泳がせる。
『この金額で1年間、彼女として貴方につとめさせていただきます。しかし、ご心配はいりません。ちゃんと所定の日にちにご返却なさった場合は、全額返済という形をとっております。(しかし、一部を除く)』
つまりは規則通りにすれば無料で理想の彼女が手に入るということだ。
「なんだ…これ凄いことじゃないか。しかし、僕には対価が…」
『ご心配なく。対価でお困りの方に必見です!そのシステムは10万円からの取引がございます。例えば、テレビをお渡していただくと。約3日は彼女がついてきます(ただし、テレビの金額による)』
「つまり…僕のテレビを渡すと…ってちっちゃいから2日くらいかな…」
何か、チラシと喋っている碧衣である。
一向に流れつづける動画と、その動画と一緒に流れる文字の弾幕。
それすら、目も耳を向けず、最後には黒の物体を取り出した。
何かに憑かれたようにその黒の物体を半分に開け、羅列した番号を打っていく。
あのチラシに書かれた赤文字を打っていく。
チラシを握る左手は、クシャクシャになったチラシがある。
見事に湿っている手の平と、絶妙に震える桃色の唇。
若干、充血している目、眼光はチラシを見続ける。
「はいっ!素敵な彼女、申し込み担当部ですっ!」
それは大きな声で切り出された。
必死に黒い物体を耳にひっつけ、両手で右耳あたりを支えていた。
「あの…レンタル彼女っていうチラシを見たのですが…」
そんな大きな声とは対照的に、碧衣はその3分の1の音量。
まだパソコンのほうの音量が大きいのかもしれない。
「はいっ!あ、レンタルのですね。担当のほうに替わりますので少々おまちくださいっ!」
「(レンタルのほうって…他にもなにかあるのかな…)」
それもそうである。
疑心暗鬼と好奇心で、つまり電話をしたわけだ。
黒い物体、もはや『携帯電話』と呼ばなければならないだろう。
携帯からはどこか聴いた事のある歌が流れている。
およそ10秒たらず。
また同じ歌が流れる。
それが7回流れたころ。
「おまたせしました。レンタル部です。」
急に切り出される声は、歌と少し混ざり出だしが聞こえなかったのかもしれない。
そしてやっと聞こえた声は太い声だった。
「あの…さっきチラシみて…なんかこれ…タダっていっているのかなぁ…とか思って…それでちょっと、えと…電話したのですが…」
碧衣の声が太い声を3回程割った感じに、異様に高い声であった。
携帯を握る両手はいつにもなく手汗でいっぱいだった。
「…そうですね。」
しばらく沈黙が流れる太い声の電話の中。
ここもまた異様で、静かである。
それが『キモチワルイ』と感じ、逆に『何事もない』と感じるのは仕方ないのだろうか。
遠くに光る電灯の光さえどこか響く雷鳴のごとく、五月蝿く光ることなど知らない時のこと。
「確かにお客様の言う通りに『タダ』と言えばそうですね。対価と日にちを交換して、規定の日にちに返して頂ければ、その対価をお返しできますね。ただ…」
「ただ…?」
「そのレンタルする女の子にかかるお代金はお客様の負担になりますが…」
それも申し訳なさそうに言う太い声の人。
これを『男』と呼び、電話の向こうの男は太い声。
簡単に言えば、ヤクザの事務所に電話しているような感覚である。
「負担…といいますと?」
そんなヤクザの事務所に電話する碧衣。
そんな感覚も知らず、熱心に携帯を握り喋る。
「そうですね…例えば、服を買ったり、電車賃など…生活などにかかる費用はすべてお客様が負担になりますね。それほかの契約などにかかる費用はまったくないですね。」
淡々と用件を喋る太い声の男。
流れる言葉が耳から耳へと通っていく。
碧衣に聞こえるのは、『費用はかからない』という台詞だけ。
「それでは…あのウチにあるテレビを対価として出したいのですが…」
早速、用件を出してくる碧衣。
こういうのは、業者から切り出されるものではないのだろうか。
しかし、今の碧衣にあるのは『費用がかからない』だ。
要するに、『タダで女が規定の時間、もらえる』と考えるのが妥当なのだろうか。
いや、それとは否。
適当でもなく、偶然でもない。
それは。
必然と適切であるという答えがまつ。
されど、運命という信念を抗う強さが。
今そこに。
必然として咲き誇る花のように。
願う力がこれほどの命を産み出すのだろうか。
それがし、否とも言い切れないのがこの世界の現状だろう。
そう思ってしまうのが、我々だろう。
「――はい。わかりました。すぐにご希望の彼女をご用意致します。」
苦きも甘い思い。
それが甘味にはならず。
苦味に変わる時を知るモノ。
新しい甘味が現れる、今この全てを。
かみ締める苦味など。
今こそ甘味に変えてみせる信念を壊すように。
苦味のなかの甘味を見つけた。
ボクが握り締めたあの冷たいモノは。
とても硬く、苦いんだ。
望んだ未来が苦く変わる。
あの日、あの時。
いつもと変わらない恋心と。
夜明けを震わせた恋心を、またあの時のように噛み砕いて。
二度と戻れなくてもいい。
今のこの月夜。
ボクは創造を掴み取る。