電車今昔物語
数年ぶりに、歩いて4分ほどの所にある最寄り駅から、名古
屋へ行くことになった。
この駅は小中学校の頃、駅員が常勤していて、
「名古屋まで、男一枚」
と、切符を買って電車に乗り込んだものだが、今は自動改札
になっている。それと、いつから無くなったのだろう、プラッ
トホーム上に、木で作られた駅名標(当駅からひとつ前の駅名
と、次の駅名が書いてあるもの)が見当たらない。
代わりに、ローマ字で書かれた当駅名が、柱に寂しく張りつ
けてあるだけで、情緒もなにもない感じだ。
当時の電車といえば、今と違って木製であった。ドアは手動
式のため、自分で開け閉めをして乗り降りをしていた。閉めた
ときに、ロックをしっかり掛けておかないと、走行中にドアが
ス~っと開き、そのまま次の停車駅まで走っていく光景をよく
見かけたものである。
その後、電車のドアは、手動式から半自動式のドアに切り代
わったのを、かすかに覚えている。
午前九時十二分発の4両編成、普通電車(新鵜沼から急行)
に乗り込んで見ると、座席はロングシート。各コーナーは座っ
ている人で埋まっていたため、中央当たりに座った。
周りを見渡すと、一人のサラリーマン風の男性が本を読んで
いる以外は、ほとんどの人はスマホの画面に集中している。こ
んな光景はもう慣れてはいる。そして、駅に停車するたびにど
んどん人が増えてくる。この時間に乗ってくるのは、ほとんど
が学生で、左隣には男子学生が座り、うつむき加減でスマホで
ゲームに没頭し、右隣りの学生はスマホで、何かの記事を盛ん
に読んでいる。
たまにおばさん達が乗ってくると、すぐにお喋りが始まる。
他に聞こえてくるのは車内アナウンスのみ。
『車内が大変混雑しております。デイパックを掛けておられる
方は、他の方にご迷惑になりますので、手に持つか、網棚に置
くようご協力をお願いします』
今までに聞いたことのない車内アナウンス。
『携帯は、マナーモードにして、会話はご遠慮ください』
とはよく聞いたが……。
名古屋に着くまでipodで音楽を聴きながら、久々に車内
ウオッチングをしてみることにした。今の男子学生たちのファ
ッションチェック……シャツ、パンツ、スニーカー、皆な同じ
ような恰好をしていて個性が感じられない。その点、女性ファ
ッションを見てみると、
「へ~、こんなファッションもあるのか」
と、興味が湧く。
そんなチェックをあれこれしていると、どの駅だか忘れたが、
学生たちがドッと降りていった。どうもこの駅に大学があるら
しい。
新名古屋駅に到着し、ここから地下鉄に乗り換えて栄まで行
く。女性専用の車両があることを知ってはいたが、並んで待っ
ているのは、ほとんどが年配の女性だ。
(何だろうなぁ……この言いようのない違和感!)
地下鉄新名古屋駅には、前に来たときにはなかった、人身事
故を防止するための可動式ドアが設置されていた。なんでも平
成二十七年に設置されたそう。電車に乗り込むと、地下鉄の車
内アナウンスも以前とは変わってきていた。次の停車駅のアナ
ウンスが、日本語に始まり、英語、韓国語、中国語、台湾語と、
五カ国語で忙がしくアナウンスしていた。
そんなことを思っていると、電車は伏見を過ぎて栄に到着。
ここから地下街を歩き三越までいく。栄地下街のデートの待
ち合わせ場所として有名な噴水広場(クリスタル広場)も、以
前のような面影はまったくない。
(名古屋へ来たときは、ここで彼女とよく待ち合わせをしたも
のである)
やがて三越の入口が見え、エスカレーターで7階へ。
『北斎展』の会場に着き中へ入ると、絵を保護するためであろ
う、すこし明かりがおとしてある。北斎の『東海道五十三次』
は、歌川広重の描いた大判ではなく、小判に描かれてあった。
色使いも広重美術館でみた濃い感じではなく、淡い感じで摺
られていた。馴染みの『富嶽三十六景』をみて廻っているとき
に、写真を撮っている女性に気付いた。
「えっ、写真撮影OK……?」
会場内にいるスタッフに声をかけて訊いてみると、
「はい、動画やフラッシュを使わなけれが大丈夫です」
と言われ、コンデジを取り出して気に入った絵を50枚ほど
撮った。
以前、エッセイに書いた『妖怪は身近な存在』のヒントにな
った妖怪の絵も3枚展示してあり、
(これが北斎の描いた本物の妖怪絵かあ……)
などと妙に感激して、場内のライトが写り込まないよう角度
を変えて妖怪の写真を数枚撮った。
ゆっくりと時間をかけてみて廻り、北斎展を満喫してきた。
三越に来たついでに、6階にある舶来時計が並ぶ売り場をみ
ることにした。国産時計は、グランドセイコーぐらいで、ロレ
ックス、エドックス、フランクミュラー、ブライトリングなど
をみて、フランクミュラーでは、時計雑誌によく載っている、
『ヴァンガード、7デイズ、スケルトン手巻きピンクゴールド』
の実物がみたく、サロンで実際に手に取ってみせてもらい、女
性スタッフから機械的な構造、「天賦」「緩急針」「香箱」な
どという専門用語を使いながら、説明を聞いた。
時計修理師でないと使わないような、専門用語を使ったのに
は驚かざるを得ない。また、このヴァンガードは、天賦の振動
数はいくつなのかを訊くと、
「調べてみますね」と言って、しばらくしてから、5振動だと
教えてくれた。
「へえ~、わりと普通なんだ」と感想。
40分ほど話していただろうか、名刺交換をして帰ってきた。
今度、名古屋へ行くのはいつになることやら…………。




