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病んDAYS  作者: 森ノ宮金次郎
火炎車殺気
9/12

暴力② 鍛錬と試練

 何となく始めた訓練が地獄と化す。しかしそこは無気力、痛みや苦痛を受け流します。

唯々諾々(いいだくだく)と流され続け、気付けばそこそこに鍛えられた木梨勉。

しかし一番重要な戦う『意志』を持たない彼に試練が待ち受けていた!

 結局わたしは『火炎道場』に通っていました。他に当てが無いだけのことです。もとよりやる気が無いので、当初は細く長くという考えでした。結果週二くらいでいい、そう言ったのです。


「駄目だ」


 にべもない返事でした。そして取りつく島もありません。殺気さんはわたしの差し出した用紙を勝手に書き換え、週五に変更したのです。まさかの週休二日制です。


「無理です」

「ああ、心配するな。月謝は負けてやる」


 そっちじゃありません。体力的にハード過ぎます。わたしの頬は引きつりました。交渉決裂と見て良いでしょう。わたしはきびすを返しました。次は通信空手でも習おうと思います。


「ほぅ、言っておくが身元は割れたのだが?」


 その一言でピタリとわたしの足は止まります。迂闊うかつ。先ほどの用紙に住所を書いてしまいました。嫌な予感しかしません。振り返ると、殺気さんは意地悪く笑っています。わたしは多少の敵意をもってにらみました。ふん、と殺気さんは鼻をならします。


「そう睨むな。武力行使したくなるだろう。そもそもだ、やるなら徹底的にやらねば意味ないだろう」

「長期的にやりたいのですが」

「案ずるな、君はそれほどまでに脆弱ぜいじゃくということだ」


 基礎体力テストの紙をペシペシ叩きながらの駄目だしです。彼女曰く、平均にも達していないとのこと。週四日は基礎体力の底上げをするメニューらしいです。わたしはどこに向かっているのでしょうか。


 ロードワークと筋トレがほぼ毎日続きます。わたしは言われるがまま、何も考えず従いました。アパートに帰ると、小道と友原さんが心配そうにわたしを見る日が増えていきます。


 足を引きずり、食欲が増し、寝る時間が増えました。余計なことを考えることも無く、これはこれでいいかもしれない。そう感じました。非常に健康的です。それでも小道と友原さんの表情は曇っていました。


 いつでも体が悲鳴をあげますが、わたしは何も感じません。殺気さんのメニューはわたしの体を熟知しているのかのように、ギリギリのラインを攻めてくるのです。常に自分の限界を突破しているような、不思議な感覚でした。それと何故か分かりませんが、思考と肉体がどうも分離しているようなのです。だからこそ地獄のようなトレーニングに耐えられるのです。殺気さんもそんなわたしに感嘆の声をあげていました。


「ふむ、思った以上に粘るな、君」

「え、挫折していいんですか?」

「ふん、馬鹿を言え。しかし泣き言も言わなければ、表情にも出ないか。大したものだ」

「ああ、どうも」


 一ヵ月が経ち、わたしのタフネスが認められ、基礎トレーニングが減りました。次のステップに行った所で、新たな絶望が待っていました。個人レッスンです。


 月曜日と金曜日は殺気さんの日。剣道の曜日です。ひたすら殺気さんの猛攻を耐える、そんな日でした。彼女の攻めはまさに熾烈しれつを極めています。太刀筋を見切ることなど不可能な程です。早すぎて見えない速度で、気付けば地面に突っ伏していました。


「いいか、呼気と吸気がある。達人はその流れを読んで、一歩先に動くのだ。しかしこの領域に達するには膨大な経験と知識を要する。貴様にはそれがない。直感で避けろ、身に迫る『死』を感じ取れ!」


 言いながら打ち込んで来る殺気さん。言っておきますが、わたしまだ立ち上がってもいないのです。しかし問答無用とばかりに、人体の急所を狙ってきます。その気迫はまさに殺意と言ってもいいでしょう。わたしは文字通り死に物狂いで逃げ、守り、見ました。


 火曜日は源二げんじさんが稽古を付けてくれます。源二さんは殺気さんの父親で、独眼流の名付け親でした。坊主で細い瞳は、どこかお坊さんを彷彿とさせます。中肉中背で、武術という感じの見た目ではないのです。しかし見た目に騙されてはいけません。空手の師範代なのです。


「今のところ君だけだよ、独眼流を褒めてくれたの。嬉しいなぁ」

「ああ、はぁ」


 「珍しい流派ですね」そう言ったらこの返しです。「名前なんてただの飾りなんだけどね」と、適当に付けたことを隠しもしない人でした。そのこだわりの無さはわたしに通ずるものがあります。


「ふーん、君、なかなか隙がないね。いいなぁ」


 組手を初めてした時に言われた言葉がそれでした。わたしは不思議に思って尋ねます。


「ただ立ってるだけですよ」

「そう、それだよ。自然体に構えられるのって攻めずらいんだよね」


 アハハと笑いながら、一気に距離を詰めてきます。そして消えるのです。緩急の付け方がえぐいのが源二さんの特徴でした。どれだけ意識しても「意識外」から攻撃を受けるのです。攻撃のタイミングが掴めないというのは防御の仕様がなく、ほぼ無防備にくらいます。しょっちゅう気絶させられていました。


「いやー、でも君、筋がいいよ。慣れるのが早いっていうのかな」

「……どうも」


 気絶しなくなっただけで褒められても、微妙に嬉しくないわたしでした。


 水曜日は鋭利えりさんの日です。この人は殺気さんの妹にあたります。ツインテールで、殺気さんよりも遥かに不愛想にした感じの子でした。


「……殺す!」


 彼女も空手なのですが、容赦の無さは姉譲りです。というより、本気で潰しに掛かってくる分、殺気さんより厄介かもしれません。殺気さんの空手バージョンでしょうか。ただ殺気さんよりも粗削りで、源二さんよりも攻撃が分かりやすい分、わたしとしては守りやすいのが本音です。


「姉上を横取りしやがって、死ねぇ!」


 何より彼女、私怨しえんが凄いのです。逆恨みにもほどがあります。尊敬している姉を独り占めしたい、そんなお年頃なのでしょうか。彼女は数打てば当たる戦術です。体力のある限り、ひたすら攻めたてます。攻撃は最大の防御とは良く言ったもので、ノーガード戦法の彼女は雨あられのような攻撃のせいで攻めいる隙が存在していません。ここにおいてもひたすら耐え忍ぶのみなのです。


 木曜日は喜代きよさん担当です。喜代さんは殺気さんの母親です。非常に温和な方で、茶道や華道が似合うしとやかな女性です。淑女しゅくじょという言葉は彼女のためにあると言って良いでしょう。ええ、そう思っていた時期もわたしにもありました。


「あら、いらっしゃい。勉さん、いつも熱心ねぇ」


 などと体をいたわられたら、誰でも勘違いしますよ。しかし彼女の本質は非常に熱血でした。喜代さんは弓道に精通していました。精通というか、何か思っていたのと違いました。


「おるあああぁぁぁ!!」


 わたしの発した声ではありません。まさしく、喜代さんです。見事な巻き舌シャウト。最初見た時、「嘘だろ……」と一人ごちたものです。上品な喜代さんのキャラクライシス。また弓道とは精神統一、あるいは明鏡止水が極意だと思っていたわたし。ちょっとしたカルチャーショックでした。色んな意味で『嘘だろ』です。


 それでもその腕前は確かなもので、吸い込まれるように的の中央に吸い込まれていきます。もはやオートエイムの領域でした。ただし中央から少しでも外れると、「くそがぁ!」と吠えていました。流石のわたしも戦々恐々としたものです。


 何よりも驚くのは果てしなく根性論でした。理論とか理屈とかじゃないそうです。


「なんでもいいから的に当てろ!話はそれからだっ!」


 弓道グッズを渡されたわたしが言われたのはこれだけです。型とかは二の次だったのです。当然のように的に当たるはずもなく、試行錯誤の連続でした。しかし喜代さんの罵倒はとどまるところを知りません。


「何だその構えは、馬鹿にしてんのか!」

「ちゃんと狙ってんのか、てめぇは!」

「残心がなっちゃいない、最後まで気を抜くんじゃねぇ!」


 罵詈雑言はおそらく誰よりも強烈でした。精神的に持っていかれるのは、間違いなく喜代さんの日でしょう。それでも九割がた聞き流す私は飄々(ひょうひょう)としたものでした。痺れを切らして、罵倒まみれの指導を聞きます。それを繰り返してようやく形にしていったのです。


 何よりも稽古が終わった後、普段通りに戻るのがまた不気味でした。いつものエプロン姿に身を包むとにっこりとわたしに笑いかけます。


「お疲れ様、疲れたでしょう。晩御飯でも食べていったらどうかしら」


 仏のような笑み。その裏に修羅が宿っているのを知っているのです。わたしは二重人格というものをここに来て信じました。


 そんな生活が三か月ほど経った頃でしょうか。唐突に変化が訪れたのです。それは土曜日のことでした。その日はスーパーのバイトが入っており、アパートに帰宅した時のことです。ぐったりとした小道を担いだ殺気さんと出くわしたのです。それもわたしの部屋の前で。


「やぁ、待っていたよ」


 普段通りのようですが、殺気さんが今は少し高揚しているようです。肌が上気したように赤く火照っていました。小道は外傷こそ見られませんが、顔色が青くなっています。わたしは恐る恐る、容体を尋ねます。


「何かあったんですか?」

「いや、大したことはない。返り討ちにしただけだ」


 わたしの頭は真っ白になりました。何という無茶をしたのでしょう。殺気さんの実力を、痛いほど知っているわたしは震えあがります。良く見ればアパートのドアが少し開いており、友原さんが泣きながらこっちを伺っています。彼女を横目に、殺気さんは不敵に笑いました。


「ふふ、わたしも自分が思っていた以上に独占欲が強いようだ」


 わたしは殺気さんを見ました。目が合います。彼女はわたしの頬を優しく撫でました。背筋に悪寒が走るのを感じます。殺気さんはにこやかに宣言しました。


「大丈夫だ、何も心配するな。わたしが彼女達を消してやる」


 背後で勢いよくドアの閉まる音が木霊していました。では、殺気さんはその場を後にします。わたしは呆然とその後ろ姿を見送ることしかできませんでした。

 次は少し第三者視点で書いてみようと思っていたり。おざなりのプロットと勢い任せの作品で申し訳ありません。それでも頑張って続けていこうと思います。

 ここまで読んでいただいてありがとうございました。

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