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病んDAYS  作者: 森ノ宮金次郎
火炎車殺気
8/12

暴力① 入門と辟易

 強くなれ、木梨勉よ。ヤンデレ被害が相次ぐので仕方なく道場に通います。

彼は強くなれるのか、さらなるヤンデレが彼を待ち構える。

「べんちゃんってさ、もうちょっと体鍛えた方が良いよ」


 ふと思いついたように、小町がそんなことを言い始めました。朝食を食べていたわたしは、はしを止めます。チラリと友原さんに目をやると、彼女もコクリと頷きました。


 小町は包丁でわたしを刺して以来、憑き物が落ちたように穏やかになりました。それが原因かは不明ですが、友原さんと小町は和解したようです。今では友達のように仲が良く、案外相性も悪くないのかもしれません。小道からわたしへのスキンシップも減ったことで友原さんも安定しています。そして小道に毎日料理を指導しています。ただしわたしのアパートで。 


 味噌汁に入った繋がったネギを摘み上げながら、わたしは無言で続きをうながしました。小道はそれ、あたしだ。という風に舌をペロリと出します。いわゆるテヘペロです。


「だってさ、べんちゃんって妙に好かれるよね」

「そうかな」


 友原さんは熱が入ったように首肯しました。わたしとしては、好かれることによる自衛の必要性を感じません。そこに因果関係はあるのでしょうか。焦げ付いたサバをかじります。香ばしい味がしましたが、食べられないことはありませんでした。


「そうだよ、だって……ねぇ?」

「……うん」


 二人は意気投合したように顔を見合わせます。置いてけぼりですが、どうも話がつかめません。朝食を済ませたわたしは手を合わせました。ごちそうさまです。そして言いました。


「ごめん、ちょっと意味が分からない」

「え~~~!何て言えばいいのかなぁ。宮ちゃん、お願い!」


 すると友原さんは携帯を取り出し、高速で打ち始めました。その間わずか数秒のことです。そしてわたしの携帯にメールが届いたのです。


 件名「護身術」

 本文「あなたの一番の魅力は『自然体』にあるの。わたしや小道もそこに魅了された一人なのよ。

    そしてもう一つ。あなたは自分では気付いていないだろうけれど、すごく危ういの。

    どこか遠くへ行ってしまいそうな、ふっと消えてしまいそうな、そんな儚い存在なのよ。

    だからわたしたちは構いたくなる。縛りたくなる。そばにいたくなるの。ごめんなさい。

    でも勘違いしないで欲しい、決してあなたを傷つけるためにそばにいる訳では無いということ。

    ただ勉さんはもう少し生きる活力を得て欲しいわ。そして自分の身を守って欲しい。

    小道に襲われたでしょう?次が無いなんてどうして言い切れるの?だからよ。

    わたしは監視をすることしかできない。小道は強いけれど、頭は回らないわ。

    だからいざという時は自力で切り抜けて欲しいのよ。お願い、生きて。」


「う~ん、良く分かんない」


 横から覗いていた小道が、さじを投げるように携帯を放り投げました、わたしの。流石に頭が回らないと明言されている女は違います。とは言え読めば読むほど、褒めているのか、けなしているのか分からない文章です。しかし友原さんは言いたいことが書けたのか、ほっこりした表情をしていました。


 いつからバトル漫画の主人公になったのでしょうか。この文章を読むと、アパートに赤紙でも来たのかと勘違いしてしまいます。あとさり気なくわたしを守って来た感を出すのはやめていただきたいです。コメントは差し控え、わたしと友原さんは大学へ向かいます。小道は友原さんの部屋に帰っていきました。もう一度寝るとのことで、寧ろ小道の今後が心配になります。そして最近知ったことですが、彼女たちは同居しているようです。家賃折半で。


 そこは郊外、都市部から離れた閑静な住宅街です。一戸建てが並ぶなか、ひと際目立つ建物がありました。道場です。こう記されています。『火炎道場』木造の建物ですが、良いのでしょうか。それ以上に横に並んでいる独眼流という謎の流派が気になります。りゅう違いもはなはだしい。ユニークな方なのでしょう。


「また今度でいいか」

「待ちなさい」


 日を改めようとした時のことです。呼び止められた、というより襟元を掴まれ、強制的に立ち止まります。わたしがむせている間、声の主はじっと立っていました。長身痩躯ちょうしんそうく、そんな言葉が似合う女性です。少しつり目で黒髪ロング、制服姿から察するに学生でしょう。竹刀袋を肩にかけ、ずた袋を担いでいます。いわゆる部活帰りということです。


「何か?」

「…………」


 頭のてっぺんからつま先まで、じっくりと見られます。品定めをしているような、そんな真剣さがありました。彼女は目をつむり、静かに頷きます。


「ふむ、残念ながら道場破りの類ではなさそうだな。つまらん」


 くるりとわたしに背を向けました。そして開け放れた門をくぐり抜けて行きます。つまりは彼女はここの娘か門下生であることを示している訳です。唖然として見送っているわたし。門を過ぎて三歩の所で、彼女は足を止めました。振り向くことなく言います。


「何をしている、さっさと来ないか」


 実に男らしい言葉でした。わたしは断る理由も特に思い浮かばないので、じゃあ……と言いながら続きます。彼女は横開きのドアを開け「ただいまー」と言いました。ここの娘さんで確定です。


「あの、火の車―――」

火炎車かえんぐるまだ。ああ、ちなみにわたしは殺気さき殺気さっきと書いて殺気だ」


 わたしの呼び間違いは即座に否定されます。聞いてもいないのに下の名前を教えてきます。どうも名前で呼べということでしょう。わたしは道場に通され、座布団の上に座らされています。コトリとお茶とお菓子の入ったお盆が、目の前に置かれます。


「殺気さん」

「なんだ?」

「今から何をするので……?」


 ふむ、と殺気さんは鼻をならします。悩んでいる、というより今初めて気が付いた、そんな仕草でした。案外行き当たりばったりで行動する人なのかもしれません。


「見学でもしていきたまえ」

「はぁ……」


 ジロリと一瞥いちべつされます。わたしの生返事が気に入らないのでしょう。しかし所属していない内は黙殺する、入門したら間違いなく一喝されそうです。なかなか厳しそうな所で、わたしはこの時点で違う所にしようと考えていました。


「おはようございます!!」


 腹から声を出すとはこのこと。次々と怒号に近いような挨拶が飛んできます。ああ、何という暑苦しさ。わたしは大気を震わすような大声に、背筋が伸びていきました。


「姉さん、今日もよろしくおねしゃす!」

「いいからさっさと定位置に着け」

「はいっ!」


 警察犬を見ているようです。あんなごつい人たちを隷属れいぞくさせ、一言発するだけでピシャリと黙らせる。言われた角刈りもどこか嬉しそうに従っています。そういうプレイなのでしょう。


 全員が正座して、ようやく始まるようです。練習試合のように二人が指名されて、互いに一礼します。竹刀の打ち合う音、鋭い掛け声、わたしの関わりたくない世界が目の前にありました。


 荒い息遣いが周囲で渦巻く中、ようやく今日の稽古が終わったようです。正座をしていた足もとっくの昔に感覚が無くなり、皆が帰ってからもそのままの姿勢でした。


「どうした、呆然として」


 面食らったように殺気さんがわたしに声を掛けます。わたしはかぶりを振って、正直に答えました。


「足が痺れて立てないだけです」


 ハハハ、彼女は豪快に笑います。一仕事終わったからなのか、どこか優しさがある笑い方でした。きっと私生活でもメリハリがあるのでしょう。だからこそあそこまで慕われるのです。アメとムチでも、ムチの分量が人より少し多いだけなのでしょう。


「君はなかなか見込みがある」

「そうですか?」

「ああ、『足を崩していいですか?』などと言う軟弱者も中にはいるからな。比べて君は顔色一つ変えなかった。苦境でも平常心を忘れないのは、相手にとっては脅威だ」

「はぁ……」


 そこで殺気さんは顔色を曇らせます。ちょっと不満そうに。


「しかし返事がいただけないな。声の出し方一つで人格を変える力がある。君のその返事は頷くだけの方がまだマシだ」


 そしてわたしはコクリと頷きます。殺気さんは愉快そうに肩を揺らせました。わたしは両手を使って何とか立ち上がります。ふらりとよろめきました。殺気さんは自然に肩を貸してくれます。


「特別だ。わたしは君が気に入った、明日もまた来るといい」


 横顔を見ると少し頬が上気しているようです。気恥ずかしいなら言わなくてもいいのに。殺気さんはバツが悪そうに咳払いをしました。


「あれだ、わたしを私淑ししゅくする人間は多いが、対等な者は少ない。言いたい事を言う君は稀有けうな存在なんだ。だから、それだけだ」


 吐き捨てるように言うと、照れ隠しなのか外に放り出されました。ピシャリとドアが閉まります。わたしは呆然とそれを見つめていました。一つ分かったことは、不思議なことにわたしが気に入られた、ただそれだけのことです。


 そこで携帯にメールが入りました。見るまでも無く友原さんでしょう。中を開きます。題は無題でたった一行だけの文章がありました。


「そこは止めておいた方が良い」

「ですよね……」


 わたしは嘆息して、その場を後にするのでした。

 個人的に一番好きなタイプのキャラになります。

ラブひなの剣道の子みたいな感じです。ヤンデレというよりツンデレの感じですが……。

まぁ似たようなもんか。

ここまで読んでいただきありがとうございました。

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