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病んDAYS  作者: 森ノ宮金次郎
袋小路小道
7/12

思い込み激しい(終) 追憶と追撃

 袋小路小道は深く傷ついたのです。女に恥をかかせるなんて!殺すわ!そして私も死ぬ!ヤンデレ思考が炸裂します。それでも主人公は乗り越える。すこしばかりの頭を使って。皆、生きろ!人生は楽しいぞ。

 (作者も少し目頭が熱くなりました。)

 まだ心にうるおいがあった頃の話です。希望に満ち、友達百人出来るかな、いや、出来ると確信していた時分。わたしは今よりもっと単純でした。正義と勧善懲悪に憧れ、率先していじめの現場に急行していたものです。


「やーい、お前の母ちゃんスケベ!」

「あれだろ、『オトコ』作ってるんだろ~?」

「ヘンタイだー、ヘンタイ、きゃははは」

「ね、ね、ヘンタイって楽しいの?」


 無邪気な声は、陰湿な悪意よりも強力かもしれません。本人たちはからかっているつもりなのです。それでも強靭きょうじんな精神力がなければ、対抗することができません。まさに多勢に無勢、男女四人がクルクル回って、一人の女の子を泣かせています。


「とうっ!ヘンタイを馬鹿にするな、お前ら!」


 颯爽と飛び出しました。フォローの仕方を間違えていますが、ヒーロー登場。そう、わたしです。四人の意識をこちらに向けました。彼らは手を叩いて喜びました。わたしは鼻息一つ、鷹揚おうように頷きます。


「何を隠そう、僕はヘンタイだぞ。ひれ伏せ!」

「えーマジかよー!」

「あたし、初めて見た」

「お前も『オトコ』作ってるの?すげぇ!」

「おもしろーい、きゃははは」


 正直に申しますと、変態の意味を良く存じておりませんでした。『オトコ』をはべらす、その程度の知識だと思います。そんなことは些事なのです。弱きを救い、涙を止めることが使命なのですから。あの頃は道化になることも苦になりませんでした。基本的に和平交渉がわたしの戦術なのです。


 ひとしきり彼らと鬼ごっこを行い、手を振って別れました。世は大変満足、そんな気分だったと思います。ですが人の心は分からないものです。女の子はまだ泣いているじゃありませんか。はて、わたしは首をかしげました。悲しみの素はおちょくられたからではない?頭を掻いて近寄ります。


 ベンチに座ってメソメソ泣いています。何かをこらえるように、辛い現実に耐えるように忍び泣いています。保護欲がビシビシと刺激されて、手を伸ばしかけました。そこでわたしは母親の言葉をふと思い出します。


―――泣くというのはとっても大事な行為なのよ。だからね、止めなくていいの。


 大らかな母親らしい、穏やかなセリフです。ふむ、と頷きます。伸ばしかけた手をポケットに突っ込むと、小銭の感覚がしました。おお、お駄賃があるじゃないか。わたしはお金を握りしめて自販機に向かいます。


 結果、ジュース一本しか買えませんでした。コーンポタージュを女の子に渡します。わたしの差し出した物を呆然と見ています。その目は赤く充血していました。わたしは涙で前が良く見えないのかな、そう思いました。


「出したら補給、これ基本。はい」


 手を掴んで、その手に缶を握らせます。女の子はじっと手元のそれを見ていました。おずおずとプルタブを開けて、緩慢かんまんな動作で飲み始めます。わたしはやることもないので、ベンチに座り、足をブラブラ、空を見上げていました。飛行機雲が空に直線を作っていきます。太陽はさんさんと輝いて、いつだって笑っています。雲がそれを邪魔するだけなのです。


「あったかい……」


 ポツリと隣りから呟きが聞こえました。見るとプルプル震えています。むしろ寒そうに見えるのです。わたしは「寒いの?」と問いかけます。即座にブンブンと顔を振ります。答えは先ほどと同様、『温かい』そうです。嬉し涙というのもあるのです。なるほど、温かくて震えることもあるでしょう。わたしはうんうんと頷きました。


 女の子はポツリポツリと言葉をつむぎました。名前は袋小路小道。母子家庭で、母親は男をとっかえひっかえしていること。でもお金が無くて仕方がないこと。何だか難しい問題でした。神妙に聞いていたわたしですが、良く分かりません。しかし悲しいことなのです。苦しいことなのです。厭世的えんせいてきなのです。


「だからわたしも汚いって……」


 また泣き始めました。わたしは腹が立ちました。なけなしの金でコーンポタージュをあげて、この結末は許せません。全然ハッピーエンドじゃないのです。正義は常に、笑顔で締めくくらないといけません。わたしは小道から缶を奪い取ります。あっと声をあげますが、意に介しません。


「そ、それ、わたしの飲みかけ―――」


 最後まで言わせることなく腰に手をあて、ゴクゴク飲みます。最後のコーンも咀嚼そしゃくし、ゴクリと嚥下えんかしました。


「うーん、美味いっ、もう一杯!」


 にこやかに言います。通販の青汁を引用しました。笑顔は人を幸せにします。そこでようやく小町も相好を崩しました。気を良くしたわたしは小町に指差します。


「袋小路小道」


 コクリと自信なさそうに首肯します。わたしは自分を指差します。


「僕は木梨勉!君と同じだよ。君が汚いなら僕も汚い。いや、皆汚い。いえい!」


 ピースサインを送ります。汚いからどうしたと言った具合です。みんなで汚れたらいいではありませんか。赤信号だって皆で渡れば怖くないのです。小町は破顔一笑しました。任務完了です。二人でハイタッチをします。イエーイ!わたしたちはこうして出会いました。近所の気弱な女の子。それが袋小路小道でした。それからわたしの後ろに付いて回るようになったのです。


 わたしは目を覚まします。どうやら夢を見ていたようです。起きた瞬間に、雪解け水のように記憶がさらさらと流れていきました。おぼろげに感じる高揚感と恍惚。きっと良い夢だったのです。


 リクライニングシートから身を起こします。落ちていた毛布をたたむと、机の上に置きました。時刻を見ると五時前になる所でした。ここはネットカフェです。私も一日難民となって、仮住まいとして利用させていただきました。


 清算を済ませると外に出ます。五月の中旬とは言え、肌寒いものでした。薄着であることもあるのでしょうけれど。わたしはうーんと、伸びをしました。朝ぼらけのこの時間、意欲的な人しか活動しておりません。ランニングに勤しむ男性、散歩をするご老人、犬の散歩をするご婦人、包丁を片手に歩く女性。とても素敵な朝ですね。


「あーーー、いたっ!」


 清涼な空気を切り裂きながら、ズンズンと近寄ってきます。彼女の名前は袋小路小道。デジャブがわたしを襲いました。ここ毎日見ていましたが、どうも幼い頃の彼女がダブって見えたのです。微動だにしないわたしの前まで小道は辿り着きます。


「おはよう」

「あ、おはよー……じゃなくて!」


 平素な挨拶を送ると、地団駄を踏んで怒りました。早起きは三文の徳のはずなのです。それがどうしてこう剣呑けんのんとしているのでしょう。わたしは理解できませんし、興味も無いので小道の横をすり抜けようとします。


 ひゅっ!軽快な風斬り音がします。小道は包丁を振るいました。横にぎ払ったそれは、わたしの眼前にあります。必然、足を止めることになりました。一触即発、寝起きの中年男性が玄関先でポロリと口からタバコを落とすのが視界に映ります。


「……どうして?」


 うつむいた小道の表情は良く見えません。一つ言えることは。シリアスです。どうもどこかで選択を誤ったようです。わたしはあごをさすりました。やはり理由は昨夜のことでしょう。それでも刃を向けられる理由にならないのですが。


「どうして向き合ってくれないの!こんなに愛しているのに」


 涙声で訴えかけます。男冥利おとこみょうりに尽きる言葉でした。それでもわたしは悲しいかな、その理由が簡潔にして、残酷であることを知っています。どこかで恋愛の機微を感知することができなくなったのです。恐らく、人生に対して諦観ていかんしたその日から。


「ごめん、本当に分からないんだ」

「……」

「気持ちは嬉しい。けど、自分の気持ちが分からない。好きとか嫌いとか、そういうのが無いんだ」


 内情を吐露とろするのは、辛いものです。というより、一時の快楽を求めてアバンチュールを欲する時期もあったのです。それは友原宮子さんに性を妨害された頃。それは突然の環境変化に適応できていなかったのです。


 しかしわたしはなんとか妥協点を見つけ、一人で処理する方法を会得したのです。したがって肉欲に支配されるまま、据え膳を食らう必要がなくなりました。よって気持ちも無いのに一夜を共にすることは、わたしの矜持きょうじに反するのです。


 わたしの言葉を聞いて、じっと地面を睨んでいた小道。その両手は震えています。そこにあるのは絶望か、憎悪か、わたしには分かりません。それでも負の感情に違いないのです。鬱屈うっくつした感情が今にも暴発しようとしています。


「……る」


 ボソボソと声を発しました。全く聞き取れませんでした。わたしは「え?」と聞き返します。次ははっきり言いました。もう食い気味に来ました。


「心中する~~~!」


 わたしの腹部に吸い込まれる包丁。突き刺さる異物。飛び散る赤色の飛翔。わたしは呆然とアスファルトに落ちる液体を見つめました。それを見て、わたしはゆっくりと現状を把握したのです。


 膝から落ちました。まるで零れる液体を拾い集めようとするような動作でした。両手を地に付いて、息が荒くなります。気が動転して、狼狽しています。わたしはのっぺりとした動きで、腹に刺さった包丁を引き抜きました。途端にゴボリと真っ赤に服が染まります。


「あ、あ、あ」


 小道はここに来てようやく自分の行いに気付いたようでした。青ざめた表情でわたしの顔と自分の手を交互に見ています。わたしはここにいては人目に付くと思い、フラリと路地裏に入りました。どっかと逆さまのポリバケツが腰を下ろします。これはきっと報いなのです。中途半端なわたしの態度に対する。だから小道が悪いのではない。そう思って泣きじゃくる小道の頭を撫でました。


 ごめんなさい、小道は連呼しています。目が覚めたのでしょうか、ヒヨコ時代の小道が顔を覗かせます。ああ、今の方がマシだな、悠長にそんなことを思いました。わたしはわたしでアパシーになり、小道は誇大妄想に走りました。わたしたちはどこまでも不完全なのです。


「今の方がとてもかわいいと思います」


 わたしが言えた義理ではありませんが、そう前置きを述べ、ゆっくり言いました。小道はワンワン泣き始めます。わたしは一人ほくそ笑みます。ここまで作戦が上手くいくとは思っていなかったのです。少年時代のわたしのものまねをしました。


「ヒーローは死なない。不老不死、イエイ!」


 破けた袋を手に持ち、ピースサイン。零れ落ちるはトマトジュースです。正義は時に人を騙すのです。だからわたしは絶望したのかもしれません。目には目を歯には歯を、ハンムラビ法典では誰も幸せにできないのです。暴力は新たな暴力の火種にしかなりません。それを知ってしまったのです。


 それでも小道が昔と同様、朝顔のように笑う様は心が躍ります。イエーイ!と小道も手を高く掲げます。わたしたちは昔と同じようにハイタッチを交わしたのでした。

小道編はとりあえずこれにて完結。

次は暴力タイプの女の子を入れていきます。

頑張れ、主人公!いいぞ、無気力!

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