思い込み激しい③ 情緒と羞恥
阿鼻叫喚の料理を作った袋小路小道、今度は小作りに挑戦!
突っ込みどころしかない彼女を、主人公は今日も受け流します。
大学生は頭が良い、もう割とアナログな考え方になりつつあります。大学が増えたことで、小学生並みの頭脳の持ち主まで受かるこの時代。また国立に入ったものの、燃え尽き症候群に捕まる者もいますね。さらには勉強漬けの日々から一転して、酒池肉林に走る人もいるでしょう。つまりが十人十色であり、ピンキリなのです。ちなみにわたしは緩やかに下降の一途をたどっております。
このような脳内戯言を垂れ流しているのもバイト中、暇だからです。いえ、決してサボっている訳ではありませんよ。与えられた仕事は忠実にこなしています。近所のスーパー「マンマル」、日中の品出しの最中です。単調な仕事なので、余計な思考を働かせます。体は忙しい、脳は暇と言えば良いでしょうか。
わたしは決して愛想が良い訳でも、意欲的である訳でもありません。そもそも労働意欲や、奉仕精神の心など持ち合わせていないのです。しかし無駄口を叩かないという点で、上層部の方々から人気を博しているようでした。そしてパートの奥様方からも良く話しかけられます。相槌をうつだけなのだから楽なものです。
「へぇ、あそこの大学行ってるの。えらいのねぇ」
「うちの子も木梨君みたいだったらいいのに」
「あ、アメあげる。こっそり食べたら分からないから」
「うちで飼ってるワンちゃんがね―――」
などなど。雑談というに相応しい内容のオンパレードです。ええ、へぇ、なるほど、そうですか。これらをローテーションで回しているだけの簡単なお仕事です。きっと一滴も脳汁は出ていないでしょう。しかし最初のえらいという表現は少なからず影響を与えていますが。
誰と親しくする訳でもなく、淡々と従事して、さっさと帰ります。不愛想というほどでは無いと思うのですが、ノリが悪いのは自他共に認めるところです。感情の起伏が平坦であるところから、俗に言う「クーデレ」という奴でしょうか。
ぼんやり空を見上げながら帰路につきます。喜怒哀楽で言えば、現状はどうなのだろう。当然ながら、誰も答えてくれません。わたしは自問してみます。分かりません。小石を蹴って溝に落としました。
無欲で受動的な自分。果たしてそれは「無為自然」なのでしょうか。
「聖人処無為之事、行不言之教」老子の教えです。賢者は余計な振る舞いをせず、言葉に頼らない行いをするものだ。こんな意味だそうです。行為に意味を見出すことこそ無意味であるという教えです。
立ち止まって手のひらを見ます。内なる心に従えと言っても、覗いて見ても空っぽです。空虚です。わたしは二人の女性に思いを馳せました。友原宮子さんと袋小路小道。どちらも甲乙付けがたいお二人です。
友原さんは少々電波で、幽世の世界の住人です。見張っていないと気が済まない。そんな強迫観念に取りつかれているのです。常人を遥かに逸脱した行為をわたしに向けてきます。愛情というより、愛玩具に近いのかもしれません。
小道に関してはありがちな「結婚の約束」からの猪突猛進です。そのような約束をした記憶も無いのですが。自己顕示欲がすごいのと、曲げない、折れない、屈しないの持ち主です。全てをポジティブにとらえる考え方は、もはや脅威以外の何物でもありません。
この二人のおかげで私生活が大分賑やかになりました。これは良いことなのでしょうか。はたまた悪いことなのでしょうか。首をかしげながら思案しても、やっぱり分かりませんでした。
「まぁいいや」
無能の考え、休むに似たり。今を生きようではありませんか。アパートに到着したところで、そう結論付けました。きっと喜怒哀楽には含まれない、そんな感情なのです。ああ、無情。
「おかえりなさぁい!」
ドアを開けて、開口一番それでした。エプロンを身にまとった小道が、奥から顔を出します。満面の笑みを携えています。わたしの心は何の感慨も抱きません。というより、何勝手に入っているのだろう、という素朴な疑問が浮かびました。
「小道にする、袋にする、それともわ・た・し~?」
全部お前やないか、という関西人ばりの突っ込みは当然ありません。不覚にも「袋にする」の意味が分からな過ぎて少し笑いました。というより、その他の言葉も意味不明なのですけれど。
わたしは彼女の横をするりと抜けていきます。無言の否定です、相手にしていられません。
「あら、冷たい。仕事でいやんなことがあったのね」
「なにその楽しそうなハプニング」
いちいちボケてくる小道に思わずコメントしてしまいました。悔しい。まだまだわたしも精進が足りません。軽口を叩いて自分の領土に足を踏み込んだ瞬間、口をあんぐりと開けてしまいました。
「ど、どうしたの。これ」
これ、の部分で前方を指差します。そこには後ろ手にされ、縛られた友原さんの姿がありました。ご丁寧にさるぐつわまでされています。どんよりとした瞳でわたしを見上げていました。UMAが捕獲されているのを間近で見ている気分です。
「ふふふ、犬のしつけは最初が肝心って言うじゃない!」
ウインクしながら人差し指を天井に向ける小道。ああ、駄目だ。良く意味が分からない。少なくとも泥棒猫だったり犬だったり、人間扱いしていないのは明白です。犬畜生な行いをしているのは小道の方ですが。
「上下関係をはっきりとさせただけだから」
キッパリと言い放ちます。小道はゆっくりとわたしの腕を取って、胸に抱きました。平均よりもふくよかなそこに埋まり、確かな温度を感じ取りました。それを見て友原さんはわなわなと震えています。小道は見せ付けるようにわたしの耳に息を吹きかけます。何だ、このワンシーン。
いきなりの寝取られ展開?に頭が付いていきません。取る取られる関係にもなっていませんが。小道は拉致被害者を前にして、上機嫌です。わたしはと言うと、売買された奴隷を見る心境になり、あまり気分が良いとは思えませんでした。それがたとえ散々取りついていた友原さんであったとしても、です。
「こういうのは良くないよ。ほどいてあげて」
静かに、しかし断固として言いました。小道の目を見てはっきりと言います。小道は目を伏せました。珍しく悲しそうな表情を見せています。いくらなんでも自身の悪行を恥じたのでしょう。
「わたしもそう思う。そう、そうよね。こんなの駄目よね」
「言動不一致、言動不一致!!」
わたしはたまらず叫びました。なんと小道は言いながら服を脱ぎだしたのです。どんな思考回路になっているのだろう、この御仁は。パサリと服を脱ぎ落し、下着姿になってしまいました。友原さんは涙を流しながら呆然とそれを見ています。流石に体全身を使って、縄をほどこうともがき始めます。
「ホホホ、哀れな芋虫ちゃん。そこで指をくわえてご覧なさい。蝶が美しく舞うその生き様を!」
何そのキャラ。完全に悪役なのですが。呆れかえって物も言えないわたしに向かって、小道は高らかに宣言しました。それはそれはスポ根漫画のような熱血さで。
「やるわよ、子作り!」
ビシィ!と言う音が聞こえそうなほどキレのある指差し。もう一方の手は腰に添えています。わたしはがっくりと頭を落としました。呆れかえったのです。もう何も言うまい。踵を返しました。
「さぁ、早く!コンドームなんていう無粋な物はいらないんだから。レッツセックス!」
ああ、駄目だ。どんどんやる気が遠のいていく。日本人女性の奥ゆかしさとは一体なんだったのか。ここまで明け透けだと、まるで心が削がれる思いです。
「ちょっと出てくる」
「分かったわ、殿方にも色々と下準備がいるのは知ってるもん!」
間違った方向に物分かりが良いのは、この場において都合が良いです。わたしはそっとアパートを後にしました。外に出てまず思いました。
―――恥じらいって大事だなぁ
キーワードを増やしてみました。あと一話くらい、小道の話を入れて彼女は完結させようと思っていたり……。
ここまで読んで頂きありがとうございました。