ストーカー③ 欲情と激情
性欲強くてもそこは悟り系男子。仕方がないで済ませる鋼の精神。
過度な期待は禁物です。
他人は変えられない。分かっていますが、どうにかしたい。わたしは今苦難の危機を迎えています。具体的に言いましょう。発情しています。強制オナ禁です。断食ならぬ断射とでも言いましょうか。ああ、辛い。
こんなことになったのも友原宮子さんのせいです。あの日、撃退した次の日から徹底的に監視されるようになりました。ええ、そこまではまぁいいです。いつものことですから。ただ問題はですね―――
シャキンシャキン
少しでも妙な動きをこちらが見せると、彼女の得物が光ります。大型のハサミです。シザーウーマンです。持っているだけなら別に気にもしません。他人の趣味にどうこう言うつもりは毛頭ないのですから。しかしながらですね、先日の話です。R-18指定のサイトに踏み込んだ瞬間のことでした。わたしの耳元をすり抜けて、モニターにハサミが突き刺さったのです。流石に戦慄が走りました。
言葉で無理なら暴力で。鬼に金棒ならぬ宮子にハサミでしょうか。それ以来、わたしはおかずの源を大破させられたのみならず、マスターベーション禁止を強いられるのでした。また場合によっては去勢の選択肢も見えてきました。さざ波一つ立たないわたしの精神ですが、湖面に波紋が広がる思いです。嵐の前の静けさとでも申しましょうか。時化が来ます。堤防が決壊するのも時間の問題でしょう。それを知ってか知らずか、友原さんはわたしの家に入り浸るようになりました。
武装しているとは言え、そこはか弱い少女。両親がいると言っても油断大敵。あまつさえ男の部屋に上がりこむなど言語道断です。こんな古風なことを考えるのも余裕が無い証と言えましょう。ええ、そうです。劣情がムクムクと鎌首をもたげているのです。厳しい自然界においては共食いも珍しくないそうです。そう、極限の飢餓状態においては綺麗事など二の次なのです。
線の細い華奢な体。サラサラな髪の毛。女性特有の甘い香り。いつもは幼女にも感じる貧相な体つきが、今は穢れを知らない女の体に見えてきます。テスト勉強だなんだと部屋に入室してきた彼女。もはや狼と赤ずきんの様式が出来上がっています。無防備にも参考書に目を落としています。舌なめずりをして、ゆっくりと射程圏内に忍び寄ります。行儀良く座って学術書を読む友原さん。抜き足、差し足、忍び足。そう一歩ずつ進みます。もうあと一歩で襲い掛かる、そんな時に彼女は顔をあげました。女神のような微笑みを浮かべたのです。にっこり、後光が差したかのようです。
ズガアアアアアアアン!!
強烈な音に思わず飛び退きました。衝撃でハウスダストが天井からパラパラと音を立てて落ちてきます。友原さんを見ると、隣にいつものハサミが突き刺さっていました。無骨な鉄は下の階まで貫いたのではないかと思えるほど、深く埋まっています。恐ろしいのは片手で、それも一瞬で行った彼女。わたしを殺すのに一秒も掛からないと思わせる所業です。
「さぁ、勉強をしましょう?」
柔和な笑みも、武器一つで酷薄な笑みに早変わりしています。わたしはと言えば嫌ならしょうがない、ため息一つで勉強を始めます。男女問わず一定数、性に嫌悪感を示す層がいるのは知っています。ですから強姦まがいなことをして遺恨を残すのも馬鹿らしい。そう考えた結果でした。建前はそうですが、血涙が出る思いでした。わたしの息子が慟哭の声をあげています。戦時中、食糧難に陥った家庭に思いを馳せました。欲しがりません、勝つまでは。そうです、他人は変えられない。だから自分を律して打開していくしか道はないのでしょう。
適当にやり過ごして、隙を見つけて射精する。今のわたしに考えられることはその程度のことなのでした。(結果的に一月に一度の割合でその機会が巡って来ます。)
チラリと隣りを見ます。友原さんは鼻歌交じりに問題を解いています。ご機嫌です。自分の練習問題を片隅に追いやりながら自問します。彼女の幸せは一体何なのだろう。そして目的は?わたしに何かを求め続けている限り、本当の意味で幸せにはならないでしょう。そしてわたしは不満は多少あるものの、満足しています。彼女は愛をわたしに説きます。一緒にいる必然性を述べます。二人の将来を聞かせます。そこに『木梨勉』という個人は存在しないのです。モノとして、付属品として彼女に付随することでしょう。そこに愛情はありません。ただの執着でしょう。優秀な駒として手元に置いて置きたいだけなのです。そこに気付いた時、わたしの頬は緩みました。
「そうか、ただの『依存』だったんだ」
「え、どうしたの?」
首を傾げる彼女にゆっくりかぶりを振ります。教える必要はありません。そして義理もありません。もっと言うなれば言う『意味』もありません。やぶ蛇になるのが落ちです。わたしも彼女も本質的には同じ、他人に興味が無いのです。まぁわたしに至っては自身にも大した興味が無いですが。息の掛かる距離に座りながら、こんなにも心が遠い。都会の街中で孤独を感じるような心境でした。
今日以降、さらにわたしは友原さんに対して無関心になりました。どちらかと言うと身の危険を感じるその『ハサミ』の方に意識が向きました。そんなわたしの感情の機微を察してか、彼女は躍起になってハサミを振るいました。付き合ってもいないのですが、必死にマンネリ解消に精を出す倦怠期のカップルみたいな場面も生まれました。それでもセピア色に染まったわたしの顔は変わらないのでした。
ただわたしが一つだけ苦しかったのは股間でしょう。ズボンにテントを張り、必死に自身の艱難辛苦をわたしに訴えかけるのでした。
ひとまず解決解決。何一つ解決していないのに、勝手に納得して終わらせる主人公。
完全に自己完結型なのですが、これもまた一つの終わり方。
刺激せず、野放しにして、自然消滅を狙う戦術。はっきりとお断りしている辺りはそこらの優柔不断系男子に負けていないと思います。
次は妄信系幼馴染でいきたいと思います。読んで頂きありがとうございました。