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病んDAYS  作者: 森ノ宮金次郎
火炎車殺気
12/12

暴力(終) 衝突と鎮火

 負ければ皆殺し宣言。不退転の決意で勝負に臨む主人公、木梨勉。と、言いたい所ですが、そこまで熱血な感じでもありません。どんな形であれ、勝てば官軍負ければ賊軍。主人公に敗北の二文字は無い。

 そこは地獄でした。わたしはただ立ち尽くしています。灯りが無くても凄惨せいさんな光景がハッキリと認識できます。目を背けることもつぶることもできません。


 ペンキをぶちまけたように、壁に赤色が付着しています。それは血でした。なぜなら付近に手足が転がっているからです。マネキンでも人形でもありません。闇の中、うごめいているのはうじ虫でしょうか。


 あれ、であれば今日殺された訳ではないのかな。そんな詮無いことを考えてしまうわたしも、異常なのでしょう。死後何日経過など鑑識に任せればいいのですから。わたしは自分でも不思議なほどに落ち着いていました。


 暗がりに目が慣れ、部屋の様子が分かります。特に荒らされている訳ではありません。いいえ、勿論壁に穴が開いていたり、カーテンが引き裂かれたり、テーブルは真っ二つでしたけれど。しかしそれは結果として生じたものなのです。つまり争った形跡がありませんでした。ええ、実に一方的な殺戮行為だったことでしょう。


 少し離れた所に胴体があります。髪の長い女性です。これは友原さんです。恨めしそうにこちらを見ています。被害妄想に違いない、そう思い込もうとしましたが、目が合うのです。助けを求めるかのように、口は半開きでした。


 うめき声が聞こえます。弱弱しく、か細い声です。音源に目を向けるとうずくまっていた主が顔をあげます。小道でした。起き上がる力はもう残されていないのでしょう。何より不可能です。彼女の足は彼女の顔のすぐ傍に落ちているのです。分断された彼女は右手をゆっくり伸ばして息絶えました。


 ああ、わたしはなんと罪深い人間なのでしょうか。このような最果てに誘われるとは。生きる活力も、死ぬ気力もありません。ただ目の前の惨劇を前に、網膜に刻むだけです。猟奇的な殺害の主は椅子にもたれて休んでいました。


 わたしを認識したのでしょう。殺人者はゆっくりと腰をあげます。張り付いた笑みはどこまでも禍々しい。恍惚こうこつな瞳でわたしを見て笑うのです。手に血まみれの真剣を手に、吸い寄せられるようにわたしのもとにフラフラと歩み寄ってきます。小町の伸ばされた手を踏みつけながら。


 無表情のわたしを見て舌なめずりをしました。火炎車殺気、彼女は捕食者として。殺人犯として。恋人として。大きく手を広げてみせました。死臭に心酔しながら高らかに。


「さぁ、殺し合おう」


―――


 酷い夢でした。悪夢でもあり、予知夢でもあるような。このまま何事もなく平穏な日常が続く訳がない。そんな警鐘を鳴らすような内容でした。体を起こすと友原さんと目が合います。ぎょろりと目がこちらを捕捉する様は、監視カメラのようでした。


 あの日、殺気さんが殺害予告をしてから。その日の内から呆気なく二人の女性は崩壊しました。友原さんは部屋に戻ろうとしません。わたしの部屋で、枕元でパソコンを抱きかかえています。隣りに護身用の包丁が突き刺して。爪をひねもす噛んでいます。血が出ていることも気にせず、一心不乱です。


 そのやつれ果てた様は、幽霊みたいだった彼女とはまた別物でした。追い詰められ、行き場を失った子供のようです。ブツブツと漏れる声の意味は分かりません。わたしは一人食事を始めます。とても美味しい。友原さんの手料理です。


 三日経った今、小道はわたしの部屋に来なくなりました。朝見に行くと寝ているのです。何をやっているのか分かりません。しかし絶えず洗濯機が稼働していました。机の上には武術の本が山積みになっています。彼女もまた闘っているのです。生存確認ができた所でわたしは部屋を後にしました。


「一週間待ってやる。それまでに決めろ」


 殺気さんはゆっくりと言いました。どこまでもわたしを過大評価しているようです。全てを失うか、全てを得るか。結果によっては泣き寝入りしろと言うのでしょう。残り日数は僅か四日です。わたしも思った以上に追い詰められています。あんな夢を見るぐらいなのですから。


 道場での鍛錬はありません。体を動かすことで気を紛らわそうと、自主トレーニングに励みます。それでも全く身が入りません。やはりわたしは命令されないと出来ないタイプの、指示待ち人間でした。いつもの三分の一程度でを上げます。皮肉なことに自罰的でも無いので、気になりません。


 ただ、退屈でした。間違いなく何もかもを失い、後悔する道を歩んでいる実感があります。一番の問題はそう―――


「攻撃手段が無い」


 虚空を見つめながら呟きました。実践において判定勝ちなどありません。まして殺気さんに持久戦を持ち込むこと自体が愚策でしょう。考えてみたら何も教わってないではありませんか。まさに八方ふさがりです。はなから負け戦なのに、やる気が出る訳がありませんでした。


 残り二日になり、わたしは体にカビが生えたかのように動きませんでした。無気力状態です。座して死を待つ死刑囚のような。あがき方も分からず、真綿で首を締められる感覚なのです。友原さんは浮浪者のような有様です。髪の毛もボサボサで、ほのかに異臭が漂っています。わたしと連動しているかのように、日に日に悪化していました。


 わたしはどちらかと言えば被害者の側なのですが、彼女達を気の毒に思いました。類は友を呼ぶ、そうあるようにわたしもまた異常者なのです。引き寄せの法則によって巡り合ったが故に、暗澹あんたんたる現状にあえいでいました。


 友原さんはメールで、小町は言動で好意を示してくれているのです。わたしには見殺しなどできません。殺気さんはわたしと死闘を繰り広げたいのです。どこまで粘れるか分かりません。しかし正夢になるぐらいなら殺される方がマシだ。そう結論付けます。わたしは立ち上がりました。


 断固たる決意が揺るがない内に。勝てない戦に赴こう。次に意識を失う時は死ぬ時だ、そう強く念じながらアパートから出ました。


「やーべんちゃん。惚れ直しちゃった」


 そんな呑気のんきな。いつも通りの天真爛漫ま。彼女の声が待っていたのです。袋小路小道でした。朝から汗だくで、スポーツウェアを着ています。目にはハッキリとくまの跡。肩で息をしながら、壁にもたれていました。


 少しブルーなわたしは彼女の横をすり抜けようとしました。なにより決意が鈍る前に終わらせたかったのです。わたしの持つ道着を見て、小道は意味ありげに笑います。ここ最近練習に行っていないわたしの意図を察したのでしょうか。


「でもさー、そんなデッドエンドあたしイヤだな」


 少し陰りのある声。わたしはその声を聴きながら意識が朦朧もうろうとしました。何故かKO負けを喫していたのです。何ゆえに?代わりに戦う?どうも、違うようです。彼女達はわたしの両サイドに立ち、肩を貸してくれています。


「おおー、これならべんちゃんもいけるかも」

「……この人で試さないで」


 久しぶりに聞いた友原さんの声は、酷くかすれています。それでもその非難は酷く弾んだ声だったのが印象的でした。わたしは数時間の間意識を失い、新たな超特訓が待ち受けているのです。


―――


 ワクワクしていた。ドキドキしていた。これが恋という奴だろうか。火炎車殺気、こんな血の気の多い名前で童女のような感情を抱こうとは。わたしは今この瞬間だけは、恋する乙女なのである。


 一週間が待ちきれない。演武も稽古も何もかもがもどかしい。激しい鍔迫つばぜり合い、暴風のような攻防、命の駆け引き。これが待っていられようか。わたしは酷く飢えていた。時間を見てもまだ、数分しか経っていない。


 時間を潰すために道場に入り浸る。こんな時、底なしの体力が憎い。五、六時間動いてようやく泥のように眠れるのだ。しかもその時間は五倍以上の体感時間を持って。最近の門下生はピリピリしたわたしに道を譲る。話しかけも来ない。それでいい。殺したくなるから。


 今のわたしは穴持たずのヒグマのようなものだ。獰猛で気性が荒い。より深い快感を得るために、禁欲に迫られているのだ。時期尚早、わたしは人生でこれ以上に長い一週間を味わったことがない。それほどまでに期待していたのだ。まさに大旱たいかん雲霓うんげい望むがごとしである。


 とは言え一週間以内に来たとしても門前払いであったろうが。もし決死の覚悟で挑んできたとしても、即気絶させていただろう。そしてあの女は処刑だ。目の前で斬殺してやる。ショック療法に切り替えだ。


 わたしとしてはそちらも興味深かったのだが、幸か不幸かそうはならなかった。明日で一週間。期日が迫っている。遠足の前日のような高揚感。わたしは意味もなく家にある薪を滅多切りにした。とにかく手を動かしていないと気が済まなかったのだ。


 当日、早朝六時過ぎ、勉は来た。少し見ない内にまた一段と傷だらけである。わたしは嬉しかった。期待しているのは自分だけではない。彼もまた本腰を入れて向かってくれるのだ。ドクンと心臓が高鳴った。


 道場に入り、道着に着替えて来させる。わたしはその間、瞑想をしていた。今朝までの筋肉疲労は嘘のように感じない。ナチュラルハイの心地であった。ぶるぶると手足が震えるのを鎮める作業なのだ。武者震いが止まらない。


「やりましょうか」


 背後で勉が声を出す。久方ぶりの彼の声は凛としていた。気負いも重荷も感じさせない。今日と言う一日も普段通りなのだ。そう感じさせる声だ。わたしはことさら厳かに立ち上がってみせた。部族の成人儀式を執り行うかのような。そんな緊張感を出して構えた。


 対する勉は構える素振りさえみせない。無防備にして自然体。挑発とも取れる態度だが、それが彼のスタイルなのであった。わたしは普段から出さない喝を持って肉薄した。一閃、電流が流れるように竹刀は勉の腹に食い込んだ。


 ピクリともせずに大の字。いっそ清々しいまでの弱さ。しかしわたしは知っている。ここからが本番なのだと。わたしは座禅を組み、ゆっくりと勉の再起動を待ってやった。


―――


 いちいち負けないと本気にならない。全く自分の性質は面倒くさいものです。正義の味方は一度ピンチになる、そんな茶番を真に受けたせいでしょうか。ともあれわたしは一回気絶する必要がありました。


 普通の人は気絶したわたしに満足するので、それで解決するのです。ですが、殺気さんはその法則を早くから見抜いておりました。曰く『そっちの方が楽しめる』のだそうで。


 激痛から逃れるように意識を放棄するわたしです。そこからは自身のことが他人事に変わります。特等席から劇場を見ているような感覚。他人の肉眼を通して、わたしの人生を俯瞰しているのです。


 鬼神のような突きの嵐。被弾せずにかわすことは不可能です。それでも致命傷だけは避ける。わたしは手を切り捨て、心臓、頭、股間などを徹底的に守り抜きます。防御に関しては一線級のようです。何より痛みを感じない、感情が死んでいる分、冷徹な程にさばくのですから。


 普段とは違い、殺気さんの恫喝どうかつが道内に響きます。屍人しびととなったわたしは死なないようにいたぶられ続けます。攻撃と言う手段を持たないわたしに万一にも勝ち目は無いのです。そう、今までは。


 倒せそうで倒せない、それがわたしの強みでした。根負けを狙う戦法なのです。しかしこと今回においては、相手を完膚なきまで倒さないといけない。そのために小町と突貫工事で特訓したのですから。


 チャンスは一度きり。殺気さんが油断した刹那。無いに等しい、そんな瞬間を見出す慧眼けいがんが必要でした。そして誘発させるために、わたしは策を練ったのです。


 わたしは関節技を使うかのようにみせました。ひたすら腕を狙います。クリンチのような態勢になる所までいきました。その旅に引きはがされ、全身を嵐のような打突が襲います。その度に打痕や擦過傷が増えていきました。ジリ貧であるように装います。


 意気軒昂だった殺気さんはみるみる内に不機嫌になっていきます。失意からの敵意に満ちていきました。

わたしはボルテージの上がる様を冷静に分析します。やられ慣れしている分、大局的に捉えることが得意でした。


 ここに置いてわたしは乾坤一擲けんこんいってきの大博打に打って出ます。あえて、腕に損傷を与えてみせたのです。鈍い音がして、右腕がぶらさがります。流石のわたしも苦悶の表情を浮かべていることでしょう。


 ここが好機、殺気さんはわたしの頭目掛けて渾身の一撃を見舞います。絶望に満ちたわたしの表情をとらえたことでしょう。利き腕が垂れ下がり、満身創痍なのです。


 そしてわたしはここで特訓の成果を活かしました。この瞬間のためだけに作り上げた舞台。ここで仕上げるのです。ぐるりと最小の動きで腰を回転させました。頬に竹刀が擦れて、鮮血が飛翔します。わたしの勢いは止まりません。高く上がった右足が殺気さんのアゴに直撃します。


 わたしが正面を向いた時には殺気さんは笑ったまま白目を向いています。それを見て安心したからか、わたしもまたゆっくりと崩れ落ちました。意識が途切れる瞬間、ドタドタと近寄ってくる音が聞こえます。この時初めてわたしは、一人じゃない、そう感じることができました。


 こうして決着しました。とは言え全身打撲と右腕の骨折です。それでも誰も死なずに終わらせることができました。大団円を迎えたと言っても過言ではないでしょう。ちなみに日常の不便は、友原さんと小道が、甲斐甲斐しく世話を焼いてくれています。あ、それと殺気さんも。


 わたしの住むアパートの左隣が友原さんの部屋。その逆側、右側の隣人が急に引っ越しました。まぁ嫌な予感というのは当たる物で……。


「護衛だ。今後ともよろしく頼む」


 少し不貞腐れた殺気さんが引っ越しの挨拶にきたのです。妙に律儀な所がある人で、わたしに隷属れいぞくすると言って聞かなくなりました。小道は帰れ帰れと罵倒し、友原さんはガンを飛ばしています。殺気さんはそんな彼女達にもどこ吹く風です。


「まぁなんだ。同志として、仲良くやっていこう」


 あまつさえ彼女達にそう言ったのです。ポカンとした二人でしたが、小道はあかんべえをしました。そしてその手を引いて友原さんは自室に帰っていきました。ふむ、と殺気さんはあごを撫でます。


「どうやら嫌われているようだな」

「ええ、まぁ……」


 加害者と被害者の温度差です。溝は深まるばかり。まぁいい、彼女はそう言ってわたしに包みを三つ渡しました。


「受け取ってくれそうにないから、君から渡しておいてくれ」

「はぁ……」


 彼女はそう言ってウインク一つで部屋に帰ります。荷解きがあるのでしょう。わたしは渡された物に目を落とします。いわゆる引っ越しそばです。本来ならそばを振る舞うことが正しいのですが、どうでもいいことでした。わたしはそれ以上に問題があったのです。右手が包帯とギプス、左手が引っ越しそば。どうやって部屋を開けよう。


「前途多難だ」


 わたしは人知れずため息をつきました。

 

 とりあえず完結させました。芋づる式にヤンデレが増えていますね。一旦ここいらで終わりとします。またやる気と構想が浮かべば、続きを書こうと思います。

 ここまで読んでいただきありがとうございました。

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