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病んDAYS  作者: 森ノ宮金次郎
火炎車殺気
10/12

暴力③ 決意と窮鼠

 主人公は木梨勉。空気にも等しい存在。にもかかわらず愛憎が渦巻いています。

そんな彼女達の思いに少し触れてみましょう。

 それでも主人公が羨ましくない……ちょっとだけ羨ましい。(作者的に)

 一人の少女が座っている。電気の部屋は消え、光源はパソコンのブルーライトのみである。照らされた顔は無表情であった。キーボードを叩くことなく、映像を見つめている。


 ザザ……ザ、ザザ……


 ときおり生活音にノイズが帯びるのは、動画からではない。片方のイヤホンから入る雑音である。友原宮子ともはらみやこは恐らくポケット内で擦れた音だろう、そう推測した。言うまでもなく盗聴器であった。


 被害者は木梨勉きなしつとむである。大学の図書館で資料を集めているようだ。籠った声、足音が聞こえる。しかし勉の声は聞こえない。彼が自発的に話す所を聞いたことがなかった。


 

 寡黙かもくという言葉が当てはまるのだろうか。沈黙は金雄弁は銀、あるいは能ある鷹は爪を隠すタイプでも無い。画面上の勉は本を読んでいる。読むスピードはいささかスローである。どこまでも自然体。妖怪が人間社会に溶け込んでいるかのようだ。それほどの空虚さと変化の乏しさ。宮子の思考があらぬ方向に飛ぶのも、無理らしからぬことであった。


 勉の生活は一定であり、多少の誤差があったとしても想定の範囲内に留まっている。まるでロボットのようだ。宮子はそんなことを思う。どうも心が欠落している気がしてならない。実に機能的で、機械的に日々を送っている。


 ライフスタイルの確立された勉を見る意味はさほどない。行動パターンが同じなのでメールの数も激減した。しかし宮子は見ることを辞めなかった。彼の生活を網羅することこそが、彼女の生きがいとでも言うように。


「…………」


 その姿を冷ややかな視線で見つめる少女もいた。袋小路小道である。胸に抱くのは、憐憫れんびんや同情にも似た思いだった。宮子のルーチンワークとしての監視行為は知っている。しかしだからこそ。


―――可哀想に


 そう思わずにいられない。宮子はどこまでも他人を拒絶する中で、自分さえも拒絶した。その中で勉に救いを求めたのだろうか。想像もつかない、が不思議でもない。何より自分がソースである。ここぞという時に救いを求めてくれるヒーローなのだ。


 哀れなのは戦隊物に憧れる少年や、アイドルを憧憬どうけいする少女と同じだ。そしてだからこそ小道が許容できたという、なんとも皮肉な話である。しかし小道はいつか勉の心を篭絡ろうらくして、宮子を家政婦にでもしようと企んでいる。


 高性能の家政婦ロボと思えば宮子はうってつけだ。少々湿っぽいが、そこは自分がフォローできる。小道は将来設計を思うと、一人ほくそ笑んだ。そして彼女は宮子の肩越しにスクリーンに目をやった。勉が勉学に励んでいる。しかし完全に頭は船を漕いでいた。つまりは居眠りだ。


「いいの?」

「……ええ」


 宮子は勉を起こす気は無いらしい。英才教育、情操教育をほどこす気はないか。親じゃないのだから当たり前なのだが、小道は肩透かしを食らった気分だった。同時にホッとする自分に小道は気付く。ここで起こすようなら、宮子を始末しなければならないからだ。わびさび、情緒を分からない人間はいらない。


「そう、いらないの」


 思い浮かべるのは忌々(いまいま)しい学生の女。そもそも勉が寝不足なのは過酷な訓練のせいだ。疲れが取れていない。独占しやがって、ふざけるな。歯をギリっと噛みしめる。さぞ凶悪な顔をしていることだろう。こんな顔、勉にだけは見せる訳にいかない。


「宮ちゃん、わたしバイトに行くから~」


 ことさら明るいトーンで宮子に声を掛けた。返事は無かったが、そんなことはどうでもいい。自分の内に潜む凶暴性を抑え込むのに、小道は必死だったのだ。足早に外に出る。


 外は嫌味なほどに快晴だった。平日の昼下がり、実に閑静である。正直なところ小道は今日、バイトの日ではない。一瞬勉の部屋に転がり込もうかと考える。しかし即その選択肢を排除した。宮子の射程圏内である上に、嘘までついている。邪推されても面倒なのだ。小道は嘆息した。


 フラストレーションが加速する。小道は獰猛なネコ科のように、街を落ち着きなく徘徊した。しかしそこは八方美人のプロ、笑顔を張り付けて通行人に会釈、あるいは挨拶をしていった。内心ははらわたが煮えくり返る思いで。


 -


 早朝、道場内に風斬り音が木霊こだまする。小鳥のさえずりさえもかき消す気流の乱れ。火炎車殺気かえんぐるまさきの稽古風景である。その動きは舞いに等しく、もはや乱舞に近い。


 汗を拭いながら妹の鋭利えりが入って来ても、勢いは止まらない。竜巻や暴風のようだ。その殺人的な動きは、いっそ神々しい。鋭利はこの光景を少しでも長く見るために全力で走る。ロードワークの疲れが吹き飛ぶ。逃げ口上やへらず口どころか、文字通り言葉が出ない。出るのは感嘆の吐息のみだ。


 戦の神、アレースやアテーナが憑依しているかのようだ。それほどまでに完成されている動きだった。良く見れば、人体の急所を意識しているのが分かる。一太刀も無駄が無い。こめかみ、頸椎けいつい、心臓、金的、アキレス健辺りだろうか。少なくとも数ヵ所は殴打されているはずだ。それに気付いた時、息を飲んだものだ。


 三十分ほどしてようやく終わった。紅潮して、湯気が全身から上がっている。鋭利は何も言わず、タオルを投げる。そして殺気もまた同様に無言で受け取る。座禅を組み静かに呼吸を整えている。ここで声を発しようものなら、殺気の逆鱗に触れる。それを鋭利は身を持って知っている。


「誰に口を聞いている、さあ、構えろ」


 「お疲れ様」たった一言。その言葉を発しただけだ。氷のような声で殺気に言われた。怯える鋭利に構わず打ち合いが始まり、一方的な折檻せっかんが始まったのだ。ぼろ雑巾のように転がったが、少し嬉しくもあった。叱られるとは言え、姉に構ってもらえたのである。


 懐古かいこしていた鋭利だが、殺気の顔見て驚いた。笑っている。私生活では豪放磊落ごうほうらいらくな姉だ。大抵のことは笑い飛ばす。しかし剣術に対してはどこまでもストイックなのである。どこまでも高みを目指し、こと『強さ』に対しては貪婪どんらんとも言えた。


 道着を着ている時、笑うことはまれだった。思わず鋭利は尋ねた。


「姉上、良いことでもあったのですか?」

「…………ん、ああ、わたしは笑っていたのか」

「ええ」

「ククッ、そうか」


 シニカルに笑う姉を見て、鋭利に嫌な予感が走る。ここ最近笑う時、『あいつ』の話題が多いのだ。そしてこの予感が見事に的中してしまうことなる。


「殺し損ねたのだ」

「というと、もしかして―――」

「ああ、そうだ『勉』だ」


 鍛錬においても、姉は勉を意識している。鋭利は自分の顔がカッと熱くなるのを感じた。これは怒り。紛れもない殺意だ。足が止まるが、殺気は意に介すことなくどんどん進んでいく。鋭利は狼狽ろうばいした。まるで母親に捨てられるのを恐れる子供のように後を追った。


「姉上、どうして―――」


 わたしを見てくれないのですか。声にならない感情が爆発する。しかし幸いにも言葉として体をなさなかった。鋭利は口をつぐんでうつむいた。姉から決定的な言葉を聞きたくなかったのだ。お前は必要ない。勉の方が面白い。鋭利は振り払うように首を振るう。視界に映るツインテールが『二番煎じ』を象徴しているようで、涙が出そうだった。そんな優劣を付けられることが耐えられそうにない。鋭利の激情に殺気は気付かない。姉はどこまでも、妹の挙動に興味が無いとでも言うように。殺気は機嫌良く続ける。


「あれは実に面白いぞ。見えていないにも関わらず避ける、違うな、『ずらす』のだ。勉はきっと芋虫になっても生きるだろうよ。」

「…………」


 面白い。勉は面白い。その言葉は鋭利に重くのしかかる。彼女にとって極上の褒め言葉なのである。どれだけ鍛錬しようとも言われたことがない。小さくため息をつかれるだけだった。ぽっと出の軟弱な男に抜かれたのだ。どれほどの屈辱か分からない。彼女の脳みそがどす黒く濁っていく。


「かなりの強敵になる。まだまだ底が見えん、それだけに攻撃手段の乏しさが惜しいな」


 鋭利は弾けたように顔を上げた。刹那せつなの希望を見つけたような表情。洞窟に一筋の光を見つけたような、すがるように声を絞り出した。


「じゃ、じゃあ!あいつはやっぱり使い物にならないのですね。だって―――」


 鋭利は言葉が続かなかった。いや、続けられなかった。能面のような姉の顔を見た瞬間から。急速に熱が冷えていく、それ以上に顔が青くなる。怒られる、鋭利は自然、体を身構えてしまう。そんな様子を殺気はつまらなそうに見つめていた。


「たわけ、お前など相手にならんよ。生き抜いてこそ勝つのだ。自爆テロに興味は無い」


 バタンとドアが閉まる。気付けば殺気の部屋に着いていたようだ。緊張していた空気が弛緩しかんし、感情の波が押し寄せてくる。自爆テロ。攻撃一辺倒の自分のことだ。鋭利は理解した途端、堰を切ったように涙がボロボロと頬を伝う。腕で拭っても、後から後から溢れ出てくる。


「う~~~っ!!」


 ガブリと前腕に噛みつく。漏れそうになる嗚咽おえつを押しとどめる。腕を涙の堤防にしながら、浴室に駆け込む。ウェアを脱ぎ捨て、頭上からシャワーを浴びる。腫れぼったい目は怨恨えんこんに満ち満ちていた。


「殺してやる……」


 地獄にいざな呪詛じゅそ。特攻隊の一本気を胸に、鋭利は学校を休むことを決意した。鉢巻を頭に巻いて、家を出ていく。道場破りに行くような妹を殺気はベランダから見送った。口角を上げて。


「あの程度に手こずってくれるなよ」


 殺気は妹が自身に心酔しているのを知っていた。むしろそれを逆手に取ったのだ。あれで可愛い妹だ。口にこそしないが、殺気はそう思っている。それでも駒にしか過ぎない。言うなれば従順な犬みたいな存在だ。だからこそ試したい、妹に不覚を取るようでは駄目なのだ。自分のつがいには相応しくない。


「ハハハ……」


 殺気は笑いが抑えられなかった。高鳴る気持ちが抑えられない。我慢できずに屋根へと飛び移る。猛スピードで走る妹を追いかけるために。追い抜かなければいいのだ。殺気は内心でそう結論付けた。

 ちょっと話が前後してしまっていますね。

時系列的にはこの後、主人公VS火炎車鋭利→袋小路小道VS火炎車殺気→暴力②になります。

思ったよりボリュームが出たせいで区切ってしまいました。完全に息切れです。

バトル物になっていますが、暴力設定のせいです。許してください。

 次当たり主人公の異常性をメインに出来ればいいかな、そう思っている次第です。

 ここまで読んで頂きありがとうございました。

>寝坊助様

感想ありがとうございます!凄くやる気がわきました、それはもう創作意欲がムクムクと!

これ以後の参考にさせて頂きます。独白とセリフの違和感、目から鱗でしたね。読み返してみました。そもそも木梨勉の会話文がストーカー③でやって出るんですね。うーむ、確かに。思考と言葉の不一致、ちょっとそれを利用しようと思います。後付けになりそうですが、やってみます!これからもよろしくお願い致します!

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