五、韮崎宿
陽が西の山際に少し掛かるころ街道端に道祖神を見つけた紫乃は小走りに駆け寄ると笠を取り手を合わせた、そのとき白い項が夕日に映え一瞬紫乃を神々しく浮かび上がらせた。
(この少女には不思議な魅力がある、あの雨に濡れたときの妖艶さ…時には天使のような無邪気さ…思春期の揺らぎの心象がそう映すのだろうか)と兵史郎は思った。
「紫乃さん、江戸行きの成就でも祈ったのかえ」と聞いてみた。
「ううん…おしえない」と振り返ってはにかんだ。
「あっ、韮崎宿まで一里先だって」と道祖神横に街道標識を見つけ紫乃が指を差した。
「そうか一里先か、となれば今宵の宿には早く着けそうじゃな」と兵史郎は空の明るさに目をやってから紫乃に微笑んだ。
そのときである街道前方の深いススキの茂みからパラパラと三人の陰が躍り出た、と同時に後方にも人影が現れた。
明らかに待ち伏せの様子である、可愛げな紫乃につい見とれ油断したのがいけなかった、ここが戦地と思えば敵がどのように息を殺そうとも待ち伏せに気づかぬ兵史郎ではない。
五人の敵は抜刀すると前後より兵史郎らに殺到した、どうやら問答無用に斬り殺す算段であろう、兵史郎は背に隠すよう二人を道祖神裏に押しやると敵の前に立ちはだかり静かに腰の備前長船兼光を引き抜いた。
刃を緩やかに下降させると下段に構え敵との間合いを肌でおし測る、すると五人の身のこなしか鮮明に見えてくる、使えそうなのは先日の夜 兵史郎に怒鳴った男一人とよめた、とその男が「きさま先日の老い耄れではないか!きさまなどに用は無い、さっさと去ねぃ!」と怒声を発した。
「儂が去ればお前らはこの若者らを斬るつもりであろう、であるならばそうはいかぬ、おぬしらこそ足下が明るい内に立ち去れぃ!」
男はその言葉を遮るような奇声を発すると大上段から斬り込んできた、その勢いは示現流に似た初太刀から勝負の全てを掛けて斬りつける「先手必勝」の鋭い斬撃であり、それを受ける刀ごと叩き斬る勢いであった。
兵史郎は下段のまま相手が得たりとばかりに面打ちにくるのを際ぎりぎりまで我慢した、そして刃が額に当たる刹那わずか紙一重で刃をかわし 下段に構えた刃を斜め上へと手首を返し、がら空きになった胴を深々と斜め上に切り上げた。
そして刃を返すや上段の構えをとりつつ数歩前に動き次なる相手に身構える、そのとき後方より遅れて断末魔の悲鳴が上がり血潮が半間高さまで噴き上がるのを目端に捉えた、その流れるような優美なる所作はどんな下手が見ようとも剣の達人に映ったことだろう。
剣を高く上段に構えつつ腰を僅かに落とし三戦に構えたる美麗な型は微動だにせず、今やあの好々爺の陰は微塵も見えなかった。
残る賊四人は目の前で頭目が瞬殺され血を噴き上げるのを見て恐怖に駆られた、それはもう失禁するほどの恐怖であったろう、まるで牙を剥く恐ろしげな野獣を目前にしたのも同然で戦意など一瞬で喪失し、逃げたくとも身がすくんで動けなかった。
兵史郎はそれを察したのか上段の構えを僅かに緩めると「たわけどもが!おぬしら死にたいのか」と恫喝した、この兵史郎の一喝で呪縛が解けたのだろう四人は腰が抜けたような無様な走りで我がちに逃亡を始めた。
それを目で追った兵史郎はやれやれと思いながら未だ血をどくどくと湧き上がらせる男に寄るとその体を仰向けに起こし胴の斬り口を見聞した。
(六寸ほども切り込んでいようか…ふむぅ未だ膂力に衰えは無いようじゃ)
満足するように切り口から夥しく腸がはみ出しているのを見聞し、おもむろに血に濡れた刃をその男の胸ぐらで拭き上げた。
(此奴の心臓はまだ動いておるが すぐにも絶命しよう、さてどうする…このまま骸を街道の真ん中に転がしておくのは通行人の邪魔になろう)
「真之介ちょっと手伝ってくれぬか」そう言うと道祖神裏に隠れる真之介を見た。
(おや…)
道祖神に身を隠した二人の顔色を見て兵史郎は(これはまずい)と思った、二人とも明らかに恐怖で顔がゆがんで見えたのだ。
目の前で血を噴き上げ出し突っ伏していく殺人光景など生まれてこのかた見たことも無かったろうに(これはまずいものを見せてしまったわい)
兵史郎は震えて竦む二人を尻目に倒れた男の両肩を掴むと街道反対側の脇へと引きずり込み茂みに隠した、そして両手を合わせると念仏を暫し唱え 男の返り血が道中着に付着していないかを点検すると街道中央に戻り「もう大丈夫じゃから二人とも出ておいで」と優しく声を掛けた。
その声に二人はおそるおそる立ち上がり周囲を窺いながら街道に出てきた。
「安心せい賊らはすぐには現れぬだろう、しかしどうしてもそなたらを江戸に行かせたくないようじゃ」賊らが逃げていった西の方向を一瞥すると真之介の肩に手を置いた。
「そんなに怖かったか、ほれこんなに震えておる、さぁ力を抜いて」と言いその肩を優しげに数度たたいた。
「追っ手は正味何人おるか知らぬが体勢を立て直すには一日以上はかかろう、じゃが相手はこうして一人絶命したからには今後は容赦ない攻撃に移ろう、であるならば…遅くとも小原宿か小仏関所に着く前までには襲ってこよう、油断は禁物じゃ、それはそうと関所で思い出したが二人は通行手形を持っておるのか」
この問いに二人は項垂れた。
「やはりのぅ、二人の身支度からして慌てて出奔したようにも見え、藩庁に申請する暇さえ無かったと察しておったが…これは困った、小仏の関所は近年は特に厳重で間道にも見張りが警備しておると聞く、手形なしで越えるのはまず無理じゃろうて」
兵史郎の思案顔に二人はますます恐縮し紫乃は先の恐怖も相まってか しくしくと泣き出す始末であった。
「わかった、もう泣くな儂が何とかしよう、じゃからもう泣くな」そういった端から今度は真之介が姉につられたのか目頭を押さえ始めた、気丈なようでもやはり子供である。
(儂がいなくばこの二人はどうするつもりじゃったのか…やれやれこの無鉄砲さには呆れるが、まっ乗りかかった船、最後まで面倒をみてやらねば)
そう思いながらも数十年このかた無かった血湧き肉躍る想いに兵史郎は正直まんざらでもなかったのだが。
陽が暮れなずむころ三人は韮崎宿の繁華に辿り着いた、すると早々に邑入口に屯する客引きに掴まり あれよあれよと瀟洒な宿に引き込まれてしまった。
「これはこれはお客様、御孫様と湯治のお帰りで御座いましょ、夕餉の馳走は贅を凝らしておりますよってまずはゆるりと中で御寛ぎ下さりませ」
やり手婆のような年増女が薄ら笑いを浮かべ応対に出たが、兵史郎と二人の子供らを見比べるや その取り合わせに違和感を感じたのか「ほんに御孫様…」と首をかしげた。
通された部屋は二間続きの立派な部屋で、それこそ本陣宿と見まごうばかりの豪華な造りであった、兵史郎は部屋に入り正直躊躇した しかし部屋に通されたのちに部屋替えを申し出るのは二人の手前情けないかと少し見栄を張り 普段通りを装い畳に寛いだ。
二人はと言えば部屋の中央に放心の体で、どうしてよいのやらといった顔でもじもじと立ったままである。
「そんなところに立っておらず二人ともここに来て座りなされ、おぬしら腹が減ったであろう、風呂に入ったらすぐ飯にするよってまずは旅の汗を流すとしようか」
「そのぅわたくしたち…逃げるように郷里を離れましたゆえ金子の持ち合わせが…」
「何…無一文かえ、では郷里を出てからこれまでの数日は野宿でもしていたのか」
「いえ一昨日は弟と落ち合うため上諏訪宿で素泊まりしたのですが…そのとき持っていた僅かばかりの金子は使い果たし…」
「なんと無茶なことを、ではおぬしら江戸まで飲まず食わずで踏破するつもりじゃったのか…と言うことはここ二三日は碌に飯も食っていないと言うわけだ、これは何としたことじゃ早うに言わぬか!途中いくらでも飯屋があったものを、可哀想にすぐに飯にするからその前に二人ともまずは風呂に入れ!」と叱るように言った。
三人は揃って湯殿に向かった、しかし生憎湯殿は入込湯でなく男女の仕切板も無い混浴風呂であった、それを知った紫乃は一瞬佇み兵史郎を振り返って「一緒に入るのは…」と恥ずかしげに俯いた。
「あのぅ…二人が出てから一人で入ります」と小さく言って頬を赤らめる。
「儂らが出たとしても風呂の中は女ばかりとは限らぬぞ」
「それでも一緒は嫌…」
「仕方ないのぅ、では真之介と先に入るとするか、では紫乃さんはここで待ってなさい」
そう言うと真之介の背中を押しやり湯殿に繋がる渡り廊下を渡った。
この時代田舎の宿や湯治場は江戸とは違い混浴が一般的で恥ずかしがる方がおかしいとされていた、兵史郎は(もう年頃なんじゃろうな)と苦笑し湯殿の暖簾をくぐった。
男二人が湯殿から出ると紫乃が渡り廊下で 一人明かりに照らされた中庭に咲く白粉花をぼんやりと見ていた。
「紫乃さん出たぞ、風呂は比較的空いておったゆえすぐに入りなさい」そう言うと紫乃は兵史郎から目を逸らせ 恥ずかしそうに俯き渡り廊下を可愛げに走っていった。
(湯殿には男が二・三人もいたが…紫乃さん一人で大丈夫じゃろうか…)
兵史郎は少し不安になったがそう言えば年増女も一人入っていたのを思いだした。
(まっ田舎ゆえいかがわしい事も無いじゃろうて)そう思い風呂を後にした。
男が二人揃って部屋へと戻ってきた、すると大きな座卓が部屋中央に据えられ女中たちが料理を所狭しと並べていた、てっきり夕餉の膳はこぢんまりとした脚付膳で運ばれてくると思っていたが一瞥して膳に載る量ではなかった。
飯碗と汁碗は塗り物の蓋付き碗で、向付は陶器製の皿に鯉の刺身が盛られ、そのほかに煮物椀、焼き物と次々と運ばれてきた。
兵史郎と真之介は並べられていく料理の品数にただ呆然と見とれていたが、兵史郎の心中は穏やかではない(一体勘定はどれほどになるのやら…)
それにしても紫乃は長風呂である、料理はとうに用意され部屋中には旨そうな香りが立ちこめている、真之介はよほど腹が減っているとみえ料理を直視することも出来ず まるで犬がお預けをくらったかのように壁一点を見つめ肩で息をしていた。
「真之介殿 もう我慢できぬであろう、紫乃さんを待っておったら料理が冷めるよってさぁ食べなされ、儂も酒を飲みとうて我慢できぬよっての」
真之介の空腹を慮って兵史郎は二合徳利を取り上げた、そしてやおら杯を持つと とくとくと酒を注ぎ「これは旨そうな酒じゃ」と目を細め喉を鳴らして呑んだ、それを見た真之介は目を輝かせ膳のまえに寄った「頂きまする」と小さく言い箸を取るや飯椀を手早く掴み勢いよく掻き込み始めた。
「これこれ飯は逃げやせぬ、そんな食べ方をしたら胃の腑に悪い、もそっと落ち着いて食べなされ」
それを聞いた真之介は恥ずかしげに俯くと飯椀を座卓にそっと置き、姿勢を正して今度は汁椀を手に取った。
真之介が食べ終わるころようやく紫乃が部屋へと戻ってきた。
部屋に入ってきた紫乃は並んだ料理の豪華さに驚き目を見張った、一方兵史郎は紫乃の姿を見て目を見張った、風呂に行く前の薄汚れた紫乃とはまるで別人であった、それは見まごうばかりの美しさだったからだ。
風呂上がりの上気した透けるような肌に白っぽい浴衣が美しく映え、それは美人画より抜け出たような艶っぽさを醸し出していた。
兵史郎は杯を口につけたまま暫し天女に見とれてしまった、野宿や山道を分け入っての薄汚れた外皮を剥いだら…中から真っ白な艶めかしいむき身が現れたと形容すればよいのだろうか、江戸にもこれほどの美人は滅多にいないだろうとただ見とれるばかりだった。
(まだ子供と思うたが、なになにこれはもう立派な女じゃ、知り合いの男と風呂に入るのは恥ずかしいはずよ…と言うことは儂も男の対象に入るという事か、これは嬉しい)
「おや、もう真之介は食べ終わったのですか」そう言うと紫乃は はにかむ様に真之介の横に座り「おじ様 何の縁にも繋がらないわたくしどもにこんなにして頂き誠にありがとうございまする、江戸に着きましたら八丁堀の伯父様にお礼を手当てして頂きまするので この先もよしなにお頼み申し上げまする」と丁重にも三つ指ついて深々と頭を下げた。
えらくかしこまれ兵史郎も慌て、崩した脚を整えると姿勢を正し神妙に礼を受けた。
「いやいやこれも多生の縁じゃ、儂も乗りかかった船 そなたらを江戸まで無事届けるよって今後は金子の事など気にせず子供らしゅう存分に振る舞うがよい」と杯を一気に呷り照れたように首筋を撫でた。
するとすかさず紫乃は徳利を持ち「おじ様どうぞ」と兵史郎が持つ空の杯に酒を注ごうとした、そのとき浴衣の胸元が開き白く滑るような乳房が垣間見えた。
兵史郎は驚き瞬間目を伏せ取り繕うように杯を見た、そのとき紫乃の酒を注ぐ手慣れは鮮やかで子供の所作ではなかった。
「紫乃さんは父親の晩酌に付きおうておるようじゃが」と聞いてみた。
「はい、父が元気な頃には毎晩父にこうして酌をしておりました」
「と言うことは今は元気ではないと言うことか」
「はい、先日他界いたしまして…」
「何と亡くなったばかりか…これはこれは、して母君は何としておられる」
「は…はい、母上は…母上様は」紫乃はここまで言って絶句してしまった。
「こ、これはいらぬ事を聞いたようじゃ 許してくれい、腹が空いたであろう もう酌はよいからさっ たんとお食べ」兵史郎は紫乃の涙を見てオロオロし慌てて箸を取って紫乃の手に握らせた。
夜も更けたころ二人の布団は隣部屋に敷いて貰い、兵史郎は床の間が設えられた部屋に敷いてもらった、そして襖を閉める際「ゆっくりお休み」そう声を掛けて襖を閉めた。
するとほんの少しあとに隣からは安らかな姉弟の寝息が聞こえ始めた。
きょうまでよほど緊張し満足に寝てはいなかったのであろう、兵史郎は姉弟の哀れさを思うと胸が痛んでなかなか寝付かれなかった。
こんな時は仰向けに寝るより横向きに体を休めた方が寝やすいのかもしれぬと寝返りをうち体を横にした、すると視線は自然に部屋を仕切る襖へと転じられる、そのとき兵史郎は「あっ」と思った、あの上諏訪の宿で空が白む頃まで啜り泣いていた女はいま隣で寝ている紫乃ではなかったのかと…。
翌朝姉弟は早くに起きたのか、夕べ洗った汚れのない着物を身につけ隣部屋から現れた、しかし身形は良くなったがさすがに髪は乱れていた、せっかくの美男美女がもったいないと遠慮するのも聞かず宿の者に頼んで真之介の月代を剃らせると 紫乃にはいま江戸で流行の燈籠鬢を少し抑えた感じの島田髷を結わせた。
天気は昨日から一転し朝から雲一つ無い晴天である、子供二人はよほど熟睡したのか元気溌剌の体で兵史郎の心を和ませた、紫乃は大人びた髪型がよほど嬉しいのか笠を被るのをいやがった。
だが宿から辻に出ると行き交う男どもが紫乃を見つけ驚いたような顔で振り返りつつ通り過ぎていく、紫乃の美しさに目を奪われたのは兵史郎だけではなかったようだ。
兵史郎は男どもが紫乃に好奇な目を向けるのが何故か面白くなかった、ゆえに一町も歩かぬうち「日焼けをしてはせっかくの色白が台無しになる」と諭し無理にも笠を被らせたのだった。
宿を出て半里ほど行くと塩川の橋が有り そこを渡ると中州赤坂を上る、すると前方に富士の景色が大きく広がった。
「わぁぁこんな大きな富士は初めて!」と紫乃が感嘆しながら立ち止まると思わず兵史郎の手を強く握った、すると真之介も富士を見て感嘆の声を上げ目を輝かせた。
「ほぅ大きいのぅ、お前さんたちは富士を見るのは初めてかえ」
「うんん 諏訪から見る富士は小さいの」
「おや…と言うことは紫乃さんらは諏訪の在か」
「ええ高島西です…!」紫乃は言ってからしまったとばかりに慌てて口を押さえた。
「何とな…いま高島の西と言うたかえ」
(高島西と言えば先日訪れた五兵衛の在所ではないか、こんな奇遇があるとは…)
「では高田家の屋敷は知っておろう、あの辺りでは結構大きな屋敷じゃからのぅ」
「・・・・・・」紫乃は目を大きく見開くと手を繋いでいるのに気づき慌てて解いた。
「如何したのじゃ、高田家は知らぬのか」
「あのぅ…それは わたくしの家です…」紫乃は観念したように項垂れた。
「何!と言うことはおまえ達は五兵衛の子供らか!」
兵史郎の声に驚いたのか姉弟は顔をこわばらせ数歩後退した。
父の名を叫んだ兵史郎に二人は明らかに警戒の色を示し出した。
「いやいやこんな奇遇があるものかよ、儂はその五兵衛が急死したと聞き込んで慌てて江戸の四谷から飛んできたのじゃ」そう言って兵史郎は顔一杯に喜色を表した。
「ではおじ様は江戸四谷の青山兵史郎様でしょうか…」と紫乃は目を輝かせた。
「そうよ!その青山兵史郎じゃよ、おぬしら儂の姓名を知っておったのか」
「はい、子供の頃より父から四谷の青山兵史郎様は無二の親友と聞いておりました」
「そうかよ…五兵衛がのぅ こんな嬉しいことはない、あの五兵衛の子だったとは…これは神様の巡り合わせよ、嬉しい限りよのぅ」兵史郎は離れた二人に駆け寄ると二人の背を強く抱き寄せた。
「お前らは五兵衛の子らか、んん可愛いのぅ そうであるならもう捨ててはおけぬ、お前らが望むことが有れば儂がどんなことをしてでも叶えてやるからな」
二人はその言葉が余程嬉しかったのか子供のように泣きじゃくって抱きついてきた、二人の抱きつく力はこの子らの不安の深さを顕している様にも感じられ兵史郎も思わず抱きしめる手に力がこもり はらはらと涙が零れ落ちるのを禁じ得なかった。
こんな子供らが諏訪から江戸までの五十余里を金も持たずに走破しようと決心させたは余程の事が有ったからに違いない、それも追っ手に見つかれば確実に斬り殺されると知りながらの絶望的な逃避行である、そんな壮絶な重荷を抱えここまで落ち延びたのだ、兵史郎はようやったと二人を褒めてやりたかった。
子供らはひとしきり泣いて心が晴れたのか照れたように兵史郎から離れた。
「お前達がこうして追われるのは五兵衛の死に原因があるのであろう、こうなったら儂とて死の真相を聞かねば今後の方策がたてられぬ、ほれあそこに茶店が有るよってじっくり聞こうではないか」
ようやく二人は笑みを取り戻すと大きく頷いた、兵史郎は二人の背中を優しく押しながら半町先に見える茶店へと伴のうた。




