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Silent nights  作者: ころな
5/8

 四苦八苦しながら目的地に着いた。

 夕陽は沈み、やすらぎの闇の前、生の気配が薄れる一番の時間。

 私は土の上に腰を下ろしている。ぼんやりと足を放り出して、翼はたたむでもなく広がるに任せている。

 結論から言うと、【夜の君】はいた。ただ、会えないだけで。なんと、あの件が大人たちの会議に発展したとかしてないとか。そのため成竜は皆出払っている。外れの方の集会場に行って見ても、見張りの若い者に門前払いだ。

 曰く『お前はお呼びでない』と。

 私が悪いこと、ひょっとしたら伏せられてるんだろうか。けれどそれも時間の問題だろう。きっとお咎め間違いなしなのだ。

 人間に知られるということは、良くないことだ。

 醜い彼らを見たら、なんとなくわかった。

 もし人に知られてるとなったら、どうなるのだろう。

 お引越し? そんなことができるのだろうか。守り続けたこの里を、捨てたところで、人間が寄らないなんていう都合のいい土地があるとも思えない。

 人間は危険だと言うけれど、どう危険であるのかは知らなかったりする。どうなるのか、想像が及ばないところであるけど。強い成竜が忌避するのだ。よくないことに違いない。

 知られないように知られないように。知られてしまったらヨクナイ。


 ――じゃあ。それほどの罪を犯した私はどうなる?


 ぎゅう、と心の臓を握られる心地がした。

 追放の二文字が脳裏を掠める。

 そう、追放。里から追い出され、身寄りをなくす。里の外は未知なる危険でいっぱいである。特に雛にとっては異世界と言っても過言でない。人間もいる。そんなところで天涯孤独など、恐ろしいのだけれど。

 だけれど……。

 良くて追放、悪くて。悪くて?

 ふるりと頭を振る。まさかまさか。でも妥当な判断だと、思う。私がいなくても、困んないんだしね。

 どうやら、大変なことをしでかしたようだ。

 お先真っ暗。ってやつ。

 焦燥感と、罪悪感のひどい不安に襲われる。座り込んでいるその場で、翼を揺する。尾を左右に揺らし、土を均す。

 あたりがやけに静かだ。

 目を閉じる。体を伸ばし深く呼吸をして、それだけ。幾分か気持ちは落ち着いた。

 思い出したように翼が軋んだけれど、痛みはない。ちょっと歪んだかも、と思ったけれど、まあ困らない。


 でも別に不可抗力じゃんねー?


 そんな反感を抱くくらいには平静を取り戻していた。



 ぼんやりと黙考しているところに、無配慮な風が吹き込んだ。

 む。うるさいな、静竜じゃないな。


『やい星の!』


 バッサバサうるさいんだな彼。【晴の竜】と呼ばれるけれど、彼は火竜だ。火が綺麗な色なんだな確か。体は鈍い赤だ。

 なんでヤツがここに来る?

 雛は家にすっこんでるはずだ。

 見上げれば二つの影。羽音は複数だったわけだ。

 ストンと彼らが降りてくる。なんともう一頭は【愛憐の竜】だから驚きだ。ほんと何しに来た。


『大丈夫だったのか?人間に襲われたって』


 驚いた。もう知られているなんて。

 ……開口一番、大丈夫かなんて。

 なにかの陰謀か?


『まったくね、登るなというところに行くからそうなるんだよ』

『愛憐のさあ、えらそーに言うけどてめえだって登ってるの知ってるかんな。ていうかみんな一回は登ってるしよ』


 本当かよ。睨みつけてやると、目を逸らした。やった勝った!


『ていうか何しに来たわけ。誹謗中傷ならお断りだけど』

『はあ?バカかよ。こんなときにそんなことする奴は終わってるぜ。どっかの阿呆とは違うんだ』


 あれ、ちょっとまって。いいヤツ疑惑。うそだろ。

 それを踏まえつつもう一度愛憐を睨め付ける。てめーは見捨てただろこのやろ。

 一向に目を合わせようとしない。都合の悪いことは突かれたくないようだ。

 やばい楽しい。


『飛べるようになったって聞いてさ、追い詰められればできるタイプだったのかーって思って。ならもっといじめとけば良かったか、まあそれはいいんだけど。』


 ちょっと待て、良くはないと思うの。良くは。


『とりあえずよかったな、何もなさそうでさ。でもさ、まあ、ハネは歪んだなぁ』


 やっぱり側から見てもそう見えるんだ。

 バッと愛憐を見る。というか晴も振り返ってる。

 もはや背を向けたぞヤツは。


『ご、ご……、う……もう!謝罪なんてしないからな!』


 綺麗な翠の尻尾がびったんと地面を叩く。

 こ、これは……、負け犬のなんとやら!やった完全勝利。どうしたんだ今日ついてるかも。

 けたけたと【晴の竜】も笑っている。


『まあまあ、戯れはこれくらいにしといて。あの、さ……。人間、ってさ、どんなんだったわけ……?』


 嘆息。まーそんなことだろうと思った。


『……君たちさ親の言いつけ破って来た理由それでしょ。心配とかしてないでしょ。おとなに言いつけるぞ』


 若干の感動と驚きを返せよ。


『は、はー!? なんだよそれ! 心配してますー! それなら星はなんで外に出てんだよ。【夜の君】に怒られるぞ。いやそれより【暁の君】に……、それならおれらも怒られんじゃん!』


 おーそうだそうだ。ばれないうちにずらかりたまえ。

 とたんに彼らはわたわたし始めた。と言っても愛憐のは【暁の竜】に反応しただけで、【晴の竜】の慌て様を傍観している。反応したところを見ると、こっぴどく締められたんだな。

 この様子だと会議が始まってから長いのかもしれない。晴のがいそいそと翼を広げた。


『ま、またな!えーと、飛べるんなら今度はちゃんとキョーソーしようぜ!おれが勝ったら、おまえんち泊まらせろ!』

『はあ!?なんでそうなるわけ!』

『一人暮らしは夢!!』


 言い残して【晴の竜】はバサリと空へ飛び立った。

 ああそうか、彼らは親がいるのか。でも、一人暮らし舐めんな!

 実際さみしいからな!

 言い返す間もない。彼らは既に遠い。

 ……これは泊まりかな。うっわー嫌だ。

 後に残った【愛憐の竜】はちらりと視線を寄越した。

 おや、目が合いましたね。真っ直ぐ合えば、綺麗な緑だ。木竜なだけある。

 えーと、まだ何か言い残したことでもあるのかな。


『……お気をつけて【星の君】』


 それだけ言って返事を待たず華麗に飛び去る。

 嫌味、じゃないのかな……?

 気をつけてってことは、そういうことか。処罰かあ……。気をつける余地ないよー。


 崖に向けて点になる彼らを見送る。


 何しに来たのかさっぱりだったけれど、気は紛れたかな。そこは感謝しよう。


 暮れる日と共に、覚悟を決めなければならない。なにか、怖いことが待ってるはずだ。

 空に一番星が輝く。ただ、それが紅いのが嫌に不吉だ。なんで一番にあれを見つけちゃったかなー、もー。


 星が私の味方なら、相当危ない予感がする。逃げるわけには、行かないけど。



♦︎♢♦︎♢♦︎



 ずいぶん長く眠っていたからかな、ぼんやりしていても眠くなかった。

 その代わり空腹で、我慢ならず食庫から非常食を頂き、なんとか空腹を凌ぐ。昨日から食べてないことを忘れていた。雛は燃費が悪いし。

 おとなになれば、そんなに食べなくていいらしいけど……。果たしてなれるかどうか。成竜の儀を越えなければならない。

 何をするかは明かされてないけれど、時期が来たら、唐突に宣告されるらしい。乗り越えられないものもいるとかで、恐ろしくてならない。



 空には静かな月が冷たく光っている。

 完全に、夜の帳が下りた。

 昨日はいなかったのに、当然とばかりに、月がそこにいる。

 月って、見つめているとくらくらしてくる。それしか見えなくなる、というか、なんというか。

 昼には太陽が昇って、夜には月が昇る。似ているのに、こうも違う。たしか、重要なところで一緒だったような――。うーんわからない。

 月から目を離して、頭を振ってシバシバと瞬きをする。

 息を吐くと白く昇る。

 その息を追って見つめていると、サアと掻き消えた。――風だ。ふわりと鬣がそよぐ。

 心地良いような風、逆らう方に顔を向ける。


「……起きていたんだね星の」


 彼は初めからそこにいたかのように。


『おはようございます、いえ、今晩は【夜の君】。良い月ですね』


「そうだね、良い月だ」

『私の、処遇は決まりました?』


 緊張しながら訊くと、少し間があって、私が不思議に思う前に返事が返る。


「うん、そう。呼びに来たんだ。ついてきて」


 言って間もなく彼は人間の姿のまま、闇から翼を現して空を打った。

 置いて行かれるのは困るので私はあわてて後を追った。

 夜と同じ色を持つ彼のことを、気を抜けば見失いそうになるので、とにかくついて行く。

 どうやら、集会場ではない様子。

 頬をさらう風が気持ちいいというより、不安をあおった。


 とにかく必死だったので、どれくらい時間がかかったか、ここはどの辺りなのかを考えていなかった。

 着いた場所も特徴がない。なんの変哲も無い森の中の一角。ええーと、ここで何が起こるの、かな?

 予想がつかなさすぎて、落ち着けない。


 【夜の君】はこちらに背を向けて降り立ったまま。私はそこから数歩後ろにおすわりで控える。指示はないし、ど、どうすれば……?


 不意にため息のような息遣いが聞こえたもので、首をかしげる。次いで彼は左手から何かを取る――例えば時計を外すような――仕草をした。

 多分ゆっくり振り返った。彼が持っているもの。――それから目を離せない。

 昨夜、あのとき、庇っていた方の腕だなあとふと思った。


「……見覚えはあるか」


 それは、毒。本能があれはダメだと告げる。血液が逆流するような気がした。彼の顔を伺おうとしてもだめだ、目を離せないのだ。

 あれから逃げるしかない、離れるしかない、近づいてはならない。

 一歩、彼がこちらに寄った。彼のてのひらから、黒い帯のようなものが揺れた。

 同一のものかどうか判断はできない。ただ、同じようなものは、ほんの最近見たばっかりだ。

 人間が、持っていたあの、革製らしきベルト。とても似た匂いがするというかむしろ同じというかそれ以上である様子。

 思わず逃げ腰になって、後ずさる。

 心臓が警鐘を高々と鳴らしている。逃げろ逃げろ、と。息ができない。吸っても、取り込む前に吐いてしまう。また慌てて吸い込んで、吐く。頭がクラクラしてきた。

 鱗が騒めく、痛いくらいに、こんなの初めてだ――意識が朦朧としてくる。

 そんな中、思考だけはクリアに、けれど体がいうことを利かなくなりつつあった。


 竜は常に理性的でなければならない、と聞いた。――なんでこんなこと今思い出すんだろう――簡単に、すべてを滅ぼしてしまえるから。

 竜は心豊かでなければならない。弱き生き物を尊び、愛せよ。

 竜は強くなければならない。全てを滅ぼしてしまえるように。全てを守れるように。簡単に死なないように。

 竜の理性や感情の部分と本能の破壊的な部分は切り替えられる、らしい。でないと分が悪いのだ、と。


 ――私も今、切り替わろうとしてる、窮地から、生き延びるために。


 ぼんやり唸り声が聞こえた。誰がそんなに怒っているのかと思えば、私だった。牙を剥いている。どうして? ――誰に?



 それから何にもわからなくなって。

 最後に競うに残るは熱。それと痛み。それと……あの方の声。何て言ったかは、思い出せない。

 「またね」だった気もするし「さようなら」だったかもしれない。たぶん、お別れの言葉だったと思う。



♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎



「良かったかこれで」


 その退屈な問いに、乾いた笑いが返った。


「……随分ひどいことを言うんだな、皆がそう決めたんじゃないか」


「その通りだ、全員が決めた。お前もだ、夜。そうだろう」

「――暁もね」


「だからそうだと言っている。決めたんだ、【星の竜】を処分する、と」

「だから今さっきしたじゃないか」


「してないだろう、とぼけるなよ。我々は処分すると言った。殺す、と言ったんだ。責任を持って、彼の竜を世に放つのを止めると決めたんだよ、それが世界のためだってな」


「全くもっておこがましい決定だよ、みんな生まれるべくして生まれるのに。竜は特にね」


「それに異論ない。が、その話をしているわけではない。だからつまり我々が決定したのは、殺して土に還すことで、野に放ること――追放などではなかった。生かすことではなかった。なにを考えている?【夜の君】」


「心外だ、まるで決定を違えたみたいな言い方。ちゃんと殺したよ、私は。彼女の竜である部分を」


「あんな呪具をつけて捨てるのと、還すこと、どちらが酷か考えろよ。彼女はきっと、必ず人に捕まる。どうなると思う? なにをされると思うんだ?」


「でもヒトと契約はできない」


「だから? だから良いと?」


 深く深く、ため息が吐き出された。


「……ホンっと暁はうるさいよね。言ったよね、さっき竜は生まれるべくして生まれるって。彼女は生まれなければならなかった。そして、俺がここで逃がした。逃がせたんだ。ここで死ぬべきではなかったってことだろ、違う? 違わないだろ。お前だって反対だったくせに、この――偽善者」


「否定はしない。……しかし、これから、どうなるかわからない」


「わかることの方が少ない。全知全能と謳われる竜でも」


「全知全能の竜なんて、とうの昔に滅びている」


 返事もせずに、【夜の竜】は姿を変えて、翼を広げていた。


『おやすみよ暁の、今日はきっと寒い、そして、暗いだろう、まだ目が開くうちにお帰り』


 子供をあやすような言葉。彼の瞳は、いつもよりはっきりと、軽蔑の色に濡れていた。


『――それに暁。そのときが来れば、俺がどうにかするさ』


『では手伝おうか』


 【暁の竜】も翼を広げていた。


『絶対に頼まない』


 その夜は、霧が深かった。星は隠れ、月だけがぼんやり冷たく佇んでいたのを、里の多くの竜は見ないよう努めた。雛だけがなにも知らない。





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