枯れ言葉
「おはよう、こんにちは、こんばんは、ありがとう、ごめんなさい…」
その言葉にどれほどの意味がありますか。
「好きです、愛してます、ずっと一緒に、嫌いです、死んでしまえ…」
その言葉にどれほどの意味がありますか。
いいえ、私知ってるんです。言葉にはさして意味などないと。意味を持たせるのは、その言葉を使う人の視線、声色、表情、雰囲気…。そう、言葉に意味なんてないんです。
だから、誰かに本気で心をぶつけたいとき、言葉なんて選んではいけません。選んだら最後、あなたの言葉がその誰かに届くことはないでしょう。
実際、言葉を選んだことで私はあの人に最期まで本当の心の内を見せてあげることができませんでした。
相手が全力でぶつかってきたのだから、私も全力でぶつかってあげるべきだったのに、私はできませんでした。かっこつけました。悲劇のヒロインぶるだけでなく、あなたがもっと苦しめばいいとすら思っていたのです。そうすれば、私の孤独を紛らわすことができるから。ずっと私と一緒にいてくれるような気がしたから。
それだけあの人が好きだったともいえるでしょう。
でもそんなゆがんだ愛を持っていたから、私に罰があたりました。
私は死んで、歩道のわきに咲く、小さな白い花になりました。誰も名前も知らないような、そんな花。動くことも言葉を発することもできず、ただただせわしなく歩き続ける人たちの靴だけをにらみつける日々が始まりました。
くたびれた革靴、ピカピカの赤いハイヒール、土だらけの運動靴。それらが私の前を通り過ぎるたび、この私の長い根っこで彼らをしばりつけられたら、首をギリギリとしめつけてやれたら、と考えるのです。けれど実際には私はただの花。化け物のように根っこを自在に動かすことはできません。
毎日心が炎にあぶられるようでした。きっとこれ以上の罰など、この世には存在しません。泣くことも逃げ出すことも許されず、一番みたくないものをずっと見せられ続けるのですから。もう終わりにしたいと何度思ったかわかりません。けれど、自由の利かぬこの身では、死ぬことすらできないのです。
「ああ、花が咲いてるよ」
不意に頭の上で声がしました。幼い子供の声です。やや薄汚れた青い運動靴が目に入りました。
「そうだね、きれいだね」
続いて少しかすれた女の人の声がしました。
「ねえ、持って帰っちゃダメ?」
そういうやいなや、子供はそっと私の首に手をかけました。
もし私が人間だったのなら、歓喜のあまりに涙していたところでしょう。けれど、植物である今、感情表現をする術はありません。ただただじっと黙って立ち尽くしていることしかできません。
「だめよ、かわいそうじゃない。きっとここで咲いていたいはずよ」
私は激しく怒りました。めったにないチャンスだったはずなのです。もう二度とないかもしれません。私の思いも知らずによくそんな簡単にいえたものです。
「ふーん、そっか」
子供はそっと私の顔を覗き込みました。
その時、はっとしました。その顔は幼いけれどまさにあの人だったのです。
「でもたぶん、花は持って帰ってほしがってるよ」
そういうと、あの人は私の首をぽきりと折ってしまいました。
最後に見えた、とろけるような切れ長の瞳は、確かに私を愛していたころのあの人でした。
完全に自己満足です。
でも愛があれば言葉なしで感情が伝わるっていいですよね。




