実力
「魔王の力は強大で、我々ではもう歯がたたないのです」
だから俺を呼んだのか。
勇者が呼ばれるってことはこういうことだよね。
「では、私は魔王を倒して来いと?」
白々しくもいちおう聞いてみた。
「そのとおりです。魔王は魔王城におります」
魔王城か、めんどくさそうだな。
そこまで旅しないといけないのだろう。
やってやろうじゃないか。
きっと勇者になったぐらいだから物凄いパワーや能力が与えられているはずだし。
レベルが一番低い世界とか言ってたから楽勝だろう。
一仕事すれば俺はまたやり直せる。
「わかりました。私におまかせください陛下」
「おおやってくれるか勇者よ。 旅立ちの前に何か必要なものはないか?」
そうだ、服だ。
こんな服で戦えるわけがない。
あと剣もないな。というか何もないわ。
勇者っぽいのを準備してもらおう。
「陛下、この世界に召喚される時に剣と防具が消えてしまいました」
最もらしい言い訳、これで大丈夫かな。
「わかった。用意させよう」
こうして俺は装備一式を手に入れた。勇者っぽくはなかったが、周りの騎士たちと比べるとだいぶ豪華になってる気がする。
これで万全だ。
「心遣い感謝します。最後にもう一つお願いがございます」
報酬のことを伝えておかなければならない。
これがないと、俺が勇者をやる意味がないからな。
「私が魔王を倒した暁には、報酬を頂きたいのです」
自分から報酬のことを話す勇者ってのも聞いたことないが、言わないともらえそうにない流れだししょうがない。
「了解した。そなたが魔王を倒した暁には黄金を用意しよう」
よしこれで準備は整った。
その後、なんとか王国のなんとか王だとか何か長いカタカナだらけの話を聞いたが、既に内容は忘れた。
長居はごめんだ、さっさと旅立つぞ。
魔王の居場所が載った地図を受け取り、馬を走らせた。
サクッと終わらせて第二の人生をスタートさせるんだ。
俺は城を後にした。
しかし、この後まっていたのは地獄だった。
「つ・・・強い」
それから数日後、魔王のテリトリーに入った俺は道中のザコ敵と戦っていた。
その敵は小さいオッサンの妖精、顔はブサイク、木こりみたいな装備、いわゆるゴブリンってやつだと思う。
ゲームなら一撃で終わって、大した経験値にもならないような、そんな感じである。
正直戦う前はこのレベルに苦戦するわけないと思っていた。
だが、強い。
とてつもなく強い。
一撃で俺の体は吹っ飛んだ。
どういうことだこれ、勇者がゴブリンにふっとばされるわけないだろ常識的に考えて。
戦ってみて分かったのが、どうやら俺は魔法の力などの勇者特有の力をまったく持っていないようだ。
しいて言えば、ちょっとだけ力がついてるかな、レベル。
剣を振り回すことや思い鎧を着て走れるとかそんぐらい。
これじゃあ、まったく戦闘にならない。
ヤバイ、マジでヤバイよ。
どう考えても勝てないため俺はひたすら逃げた。
「どうなってんだよちくしょー!こんなのってないよ!」
叫びながら逃げた。
が、すぐ追いつかれ囲まれた。
「シャァ!!」
気持ち悪い声でゴブリンが一斉に襲ってくる。
ああ、走馬灯が見える。
周りがスローモーションだ。
間違いなく俺はここで死ぬ。
そして、死んだ。
暗闇のなか、声が聞こえる。
「もう終わりか? 情けない。力を貸してやろうか?」
あの声だ。
間違いない。
こんな終わり方は嫌だ。
史上最低の勇者として後世に汚名を残す。
選択肢はなかった。
「貸して! お願い力を貸して!」
俺はまた力を借りた。
そう、借りてしまったのだ。
光とともに蘇った俺は一味違った。
周りに群がるゴブリン共を振り払い吹っ飛ばす。
体にみなぎるパワー。
生まれて初めての感覚、音よりも早く体が動かせる気がする。
「こいよ、ゴブ公!」
テンションMAX。
そうだよこれが勇者だよ。
こうじゃなくっちゃいけねぇ。
ゴブリンが再び襲ってくる。
「フンッ!!」
一振りだった。
俺は剣を一振りしゴブリン共を一瞬にして切り刻んだ。
跡形もなく消え去ったゴブリン。
「力こそパワー」
一度言ってみたかったんです。
圧倒的な力を手に入れた俺は破竹の勢いで魔王のいる場所、魔王城まで突っ走った。
疲れをしらない体、最高だ。
途中の雑魚共なんて一瞬で蹴散らした。
なんとか四天王とかもいたっけな、名乗ってる最中にふっ飛ばしちまったから覚えてねぇ。
とにかく早く帰りたい。
その一心だった。
そして、ついに俺は魔王の前に立った。
剣を突きつけ、いちおう決め台詞。
「魔王よ!勇者がお前を倒しに来たぞ」
魔王が椅子から立ち上がった
「お前ごとき私をたおせ」
俺はその隙を見逃さなかった。
律儀に話を聞いている暇はないんだ。
悪いが最短距離でいかせてもらうぜ。
「フンッ!」
魔王もゴブリンと同じく切り刻んでやった。
やっぱり俺の敵じゃないなこの世界の奴らは。
崩壊する魔王城をダッシュで後にした。
全速力で帰還。
「陛下、只今勇者が戻りました!」
俺は、その足で王の間へ行った。
早く!早く!帰りたいいの!!
ウキウキ状態であった。
「勇者よ、よくやった。これでこの世界に平和がもたらされ」
「陛下!時間がございません。早く報酬を!」
何急いでるんだって感じだろう。
王や騎士たちの視線はそう訴えていた。
「う・・・うむ。分かった。報酬はこの黄金じゃ」
おお!これが報酬!
大きな袋に入ったまばゆいばかりの黄金が俺の前に置かれた。
よっしゃついにやったぜ。
袋を背負った。
「陛下!ありがたき幸せ。それでは私はもう旅立たねばなりませぬ」
もう用はない。
終った・・・終わったんだ。
こんなに嬉しいことはない。
「勇者よ、もう少しゆっくりしていってはいかがかな」
いやいやもう仕事は済んだので。
これ以上こんなとこにいる必要はない。
「いえ、先を急ぎますので帰ります。私が召喚する時に使った魔法陣はどこですか」
来た方法で帰ることができる。
なんとなくわかっていた。
「ここですね!それでは!」
俺はそのまま魔法陣に入り、消えた。
うーむ、ちょっと悪いことしたかも。
まぁもう二度と会わないからいいか。
すると、またもや光に包まれた。
「よくやったな。おつかれ」
あの声だ。
そうだろう、そうだろう。
結構大変だったんだからな。
「報酬はこれだ。これで俺を助けてくれるんだな」
俺は袋を掲げた。
この黄金の数、十分だろう。
「は?何言ってるの。そんなの数千円分にしかならんよ」
へ?
どういうこと?
「あんな簡単な異世界を救ったぐらいでお前の借りが完済するわけないでしょ」
え?
どういうこと?
「あとお前、途中で私の力を借りただろ。あれも、付け足しておくからな」
あ?
どういうこと?
「じゃ、そういうことだから。とりあえずお疲れ。あ、サービスで家ぐらいはやるよ」
ええ?
ちょっとまってよ。
待ってください。
意味が分からないんですよ。
説明してくださいよ。
そう伝えようとしたら、体がまた消えていく。
「ふざけんな! 詐欺だ詐欺! 訴えてやる!!」
どこの誰に訴えるつもりなんだろう。
そんなこと考えることもなく口から先に出た。
返事がない。
よく考えよう。
たしかに、一つの世界を救えとは言っていなかった。
でも、この後も続くなんてことも聞いてないよ!?
たしかに、俺は旅の途中に力を借りた。
借りたのは間違いない。
でもあれも返さなあかんの?
「なんて奴から借りてしまったんだ俺は……」
薄れゆく意識のなかで後悔した。
そう、俺の冒険はここから始まった。
最初の勇者としてのお仕事にして、果てしない返済の始まり。
あり得ない勇者、ここに誕生である。