始まりの日
「朱条 明」
それがかつての名前だ。
俺はただのフリーターだった。
学校を卒業して、定職にもつかず、毎日、どうでもいい、やりたくもない仕事をして金を稼いでいた。
もちろん、それだけじゃあ足りるわけないので借金を重ねて資金調達。
その金でギャンブル三昧。
最初は好奇心だったんだ。競馬やパチンコ、いわゆる合法なギャンブルに少し手を出しただけだ。
日々の息抜きにちょっとだけ。
誰しもが最初はそうなのかもしれない。
だけど、すぐそれだけじゃあ満足できなくなった。
もっと金が欲しいと、闇カジノに手を出し、負け、さらに借金は膨れ上がった。
そして、借金を返すためにまた借金をする。
泥沼だ。いわゆるクズの黄金パターン。
そして、自分がいくら借りているのかも分からなくなった時。
ことの重大さに気づいた。
「明日までに全額払えなければ、お前の命で払ってもらう」
俺は路地裏で黒いスーツの男、いわゆる893にこう告げられた。
夏の暑い日だった。
「逃げようと思うなよ。お前の居場所は把握している」
俺は取り返しの付かないところまで来ていたのだ。
ここまでなってやっと気づいた俺は本当にどうしようもない。
クズだ。
まさにクズだった。
「どうすりゃいいんだよ……。死にたくねぇよ」
俺は駆けまわった。
「頼むすぐ返すから金を貸してくれ!」
そうやってあらゆる知り合いのところへ土下座しにいった。
だが、もちろん貸してくれる奴などいなかった。
親とは何年も連絡すらとっていない。
どこにいるのかも分からない。
詰みなのか。
俺の人生なんだったんだ。
普通のしてれば普通の会社にはいって普通の人生を歩める、そう思っていた。
あの時、ああしなければ、引き返せば良かったんだ。
まっとうに生きるチャンスはいくらでもあったんだ。
だけどもう過去には戻れない。
過去に戻れるなら過去に戻れるなら……
何度も何度も頭を巡った。
結局、何も解決策がないまま夜を迎えた。
人生最後の夜だ。
人気のない公園のベンチに座り、缶ビールを片手に、夜空を見上げて叫んだ。
「誰か助けてくれ!!」
誰に言ってるんだろう。
こんな俺を助けてくれる人などいなかったじゃないか。
自業自得だろ。
「何でもする! 何でもするから!!」
その時だった。
周りの景色がいきなり消し飛んだ。
そして、俺は気を失った。
……どれくらいたったのだろう。
目覚めた時、光の中にいた。
公園にいたはずだよな
意味が分からなかった。
「どこだよここ! まさかもう死んだのか?」
殺されたのだと思った。
ああここは天国なんだな、と。
地獄行きじゃないだけマシなのか?とか思ってたら、その直後、どこからともなく声が聞こえた。
「お前を助けてやろう。ただし、貸しだ。必ず返してもらう」
男とも女とも言えない声。
今まで聞いたこともない声だ。
頭の中に直接響いてくる。
「返事はYESか。NOか」
助けれくれる?
マジかよやった!
なら、考えるまでもない。
死にたくない、死にたくない、生きられるならなんでもいい。
「答えはイエスだ」
即答だ。
この糞みたいな人生が救われる。
この声の主が誰であろうと関係ない。
「契約は成立した。旅立つがいい」
俺の体が光に包まれる。
いったい何が起こるんだ。
まぁ、でも糞みたいなあの現実よりマシには違いない。
何でも来やがれ。
なぜだか今までで一番やる気が湧いてきた。
このやる気をもっと前から出せよって話だが。
「借りたものは必ず返すのだ。これはあらゆる世界の道理であり、揺るがないものだ」
きっつい一言。
そりゃそうだってことはわかってるんですけどねー。
体が足元から消えていく。
痛くもなんともない。
「必ず返す。約束だ!」
最後に伝えた言葉がこれ。
これ言うの何度目だって感じだけど、いちおう言っておかないとな。
こうして、俺は自分の世界から旅立った。
この時は、簡単に思っていたんだ。
すぐ元の世界へ帰ることができると。
だがそれは大きな間違いだった。