I Still
暗い部屋の中で、俺と優花は向き合っていた。
2人以外には、そこに誰もいない。その場所で、俺たちはちょっと変わった契を交わそうとしている。
「ゆ、優花……ホントに、するの?」
……とはいえ、やっぱりこれからするだろうことを考えると、まだ気持ちが決まらない。
そんな風に俺が戸惑いながら問いかけたら、
「うん、ホントだよ」
優花はいたずらっぽい笑みを浮かべてそう答えた。
うわぁ……
「マ、マジで? 本気で? ぜ、絶対?」
少し前にこのことを聞かされたときも動揺したものだけど、いざ本当にすることとなると、そのときよりもずっと恥ずかしい思いでいっぱいになる。きっと俺、めっちゃくちゃ顔赤くなってるだろうなぁ……
「ぜ・っ・た・い! 絶対するの、もう決定なの、変わらないの! わかった!?」
「お、おお……」
未だに決心がつかずグズグズする俺を見てイラついたのか、優花は怒り口調で言い放った。いつもニコニコしてる優花がまゆをひそめて迫ってくると、なかなか怖い。
気迫に負けて返事をすると、優花はすぐに目をキラキラさせて元の笑顔に戻った。
なんでそんなに楽しそうなんだよ……
「ねぇお願い。一生のお願いだから……」
こいつひょっとして遊んでないか? って疑問に思ってしまうくらいにまた表情がコロッと変わった。今度は切なげな顔と声で、お願いときたものだ。未だかつてこんなことを女の子にされたこともないのに、いったいどうすればいいのかなんてわかんないよ……
もうこれは、覚悟を決めるしかないか。
「……ん。わかった。は、始めよ?」
俺の言葉を聞いて優花はにっこりとほほ笑むと、少し間をおいて口を開く。
「汝、魅守 彰は健やかなる時も、辞める時も、喜びの時も、悲しみの時も、富める時も、貧しい時も、これを愛し、これを慰め、これを助け、その命ある限り、真心を尽くすことを誓いますか?」
「……ち、誓います」
よくそんなに長い言葉を暗唱できるな。よっぽど楽しみにしてたのか、これ。
……まぁ、俺も覚えてるし、言えた義理じゃないか。
「ほらっ! 早く!」
「あ、お、おぅ……な、汝、天野 優花は健やかなる時も、辞める時も、喜びの時も、悲しみの時も、富める時も、貧しい時も、これを愛し、これを慰め、これを助け、その命ある限り、真心を尽くすことを誓います……か?」
「誓います」
俺の問いかけに、優花は大きく頷いて答えると、満面の笑みを浮かべる。
でもそれはすぐになくなって、急に優花は真剣な顔つきになった。
「で、では……そ、その……ち、誓いのキスを……」
「……う」
たじろぎながら、俺は優花の顔を見る。
暗い部屋の中でもはっきりとわかるほど、彼女は顔を真っ赤にしていた。それでもその目は俺をまっすぐ見つめたまま動かずにいる。
……やばい、なんか気分が悪くなってきた。
喉がおかしなほどに乾いて、何度も唾を飲み込んだ。
汗がどこからともなくにじんで、喉がすごくカラカラに乾く。
鼓動が早くなって、目がくらむ。
頭の中が真っ白になって、何も考えられない。
そんなとき、
「……キス、を……」
とても小さな、か細い声が聞こえた。
その言葉はまるで魔法のようで。言葉を耳にした俺はそのまま、ゆっくりと顔を近づけていった――
子供の頃、何に影響されたかはわからないけれど……2人でこっそりやった、小さな結婚式。
子供の遊びだと誰もが笑うかもしれない。もしかしたら優花だって、ちょっとした遊びのつもりだったのかもしれないけれど……それでもこれは俺にとって本当の誓いだった。
健やかなる時も、辞める時も、喜びの時も、悲しみの時も、富める時も、貧しい時も、これを愛し、これを慰め、これを助け、その命ある限り、真心を尽くす。
このとき俺はそう決めたんだから。
――――――――――――
「――ッ」
魅守 彰は夢から目を覚ます。
瞼を開けると、陽が落ちてすっかり暗くなった空が見えた。
どうやら気を失っていたらしいが、その前に見ていた星座の位置や月の位置があまり変わっていないのを見るとあまり時間が経っていないということがわかる。
しかし今は、そんな些細なことはどうでもいい。彼が気に掛けるのは、もっと別のことだ。
立ち上がろうとしたが、どれだけ力を込めても足にも手にも力が入らない。というかまず、感覚そのものがなくなっていた。
どんな重傷を負ったのかはわからないが、とりあえず『まだ』体は動かないということだろう。
仕方がないので、彰は首だけを動かして周囲を見渡す。
まず最初に見るのは、自分の右手。
そこにあったのは一本の日本刀だった。
いや、その形状は日本刀と呼べるものだが、これはそんな生易しい物では決してなかった。
かろうじて原型をとどめていた彰の右手にしっかりと握りしめられている。
得物がまだ手元にあることを確認したその次は、自分の身の回り。あちこちに家が立並んでいるのを見ると、どうやらいつの間にか住宅街に迷い込んでいたようだ。夜遅くなので、明かりがついている家はどこにもなく、皆寝静まっている。
(こんなところにまで来てたのか……さっさとどっかに行きたいもんだ……)
彰が視線をあちこちに移しながらそんなことを考えていたが、彼の探しものは意外とすぐに見つけることができた。
彼の視線の先にあるのは、寝息を立てて眠っている一人の少女。
その少女は彼にとってのすべてであり、そしてこれからの人生の道標だと言っても過言でないほどに大切な人だった。
(……優花……)
心の中で、彰はその少女の名前をつぶやく。
そうして安心したとたん、体内で爆発でも起こったかのような痛みが全身を駆け巡った。
あまりに突然のことであったから彰はうめき声をあげて悶絶するが、その反面で事実を肯定的に受け止める。
このわずかな時の間に、もうそれだけ身体が治ってきたという、何よりの証だからだ。
手は動く。動かすたびに全身に激痛が走るが問題ない。
足も動く。動かすたびに足の筋肉が千切れてしまうかのような感覚がするが問題ない。
とりあえずもう五体は満足になっていることがわかった。さっきよりも傷は浅くなっている。
この調子ならこの痛みも傷も、少し経てばなくなるのだろう。今ちょっと動いたところでそのことに変わりはしない。
彰は苦痛に顔を歪めながらも、刀を杖代わりにして優花のそばへと寄る。
どこか遠くへと行ってしまうことはなかったが、万が一彼女になにかあれば一大事なので、彰は軽く優花の身体を調べる。
そして異常がないことを知ると、今度こそ彰は安堵のため息を吐いた。
(……そうだよな。ずっと走ってばかりだったなら、疲れたよな……)
労わるように彼女の頬をなでながら、彰は優花の顔をじっと見つめる。
白くすらりと伸びた髪は月光を浴びて銀色に輝き、青を基調としたワンピースに身をまとう彼女のその肌は美しい白い光を放つ。
その細い身体は、少しでも力を入れてしまえば簡単に折れてしまいそうで、まるで一輪の花のようだ。
「……優花。俺さ、懐かしい夢を見たよ。覚えてるかな? 子供の頃にした、あの結婚式」
昔のことを思い返しながら、彰は優花に優しく語り掛ける。
言葉を続けていくにつれて、自然と彰の表情は軟らかくなっていった。
「あのときはとっても恥ずかしくって、俺はいろいろとたじろいだよ。なのにあんなにも強引に俺との誓いをしようとするんだから、そりゃもう俺は参ったさ……そういうとこは優花、強情で頑固だし、あのときはどうしていいかホントにわかんなかったんだぜ?」
苦笑いを浮かべる彰。口調こそ優花を咎めるような言い方だったが、彼の言葉はそれとは裏腹にとても優しくて、とても愛情に満ちた暖かいものだった。
でもな、と彰は続けて言う。
「俺、恥ずかしかったけど……後悔はしてない。あのときの誓いは、これからも忘れない。これからもずっと……」
愛おしげに髪をなでると、彰は優花に背を向け立ち上がる。
「いつまでも、お前を愛して守る人生を歩む」
そして彰は、決意と覚悟で固められた宣言を下した。
これからもきっと彼は傷だらけになっていくのだろう。
これからもきっと彼は痛みに苦しむのだろう。
これからもきっと彼は悲しみで心が打ちひしがれることになるのだろう。
それでも彼は足を止めない。
それでも彼は何も厭わない。
それでも彼は何も躊躇わない。
その手に握りしめた刀を構え、彰は前を見据える。
彼の表情からは先ほどの温もりが一切消え去り、代わりにどす黒い殺意が満ち満ちていく。
「――そういうわけだ。わかったらさっさとかかってこいよ、クソッタレの悪魔どもが」
次の瞬間、平穏だったその世界は瞬く間にその姿を変え、彰と優花に襲い掛かった。
――悪魔。
人間の住む世界とは違う世界で生きる彼らは、いつからか人間たちに牙を向いて襲うようになった。
力なき人間が心なき悪魔に蹂躙される世界の中で、愛する一輪の花を守るために一人の青年は、悪魔を殺す魔人となる。
これは、そんな青年がこれから歩むであろう苦悩の道を描く物語――
とりあえず最初のとこだけ投稿しました、陸海 空人です。
実はこれ、Black Traitorより前から温めてた作品なんですが、SFではなくファンタジーという。
でもみんなが好きなファンタジーとはまた一風違うものになりそうだなぁ……変なのにならなきゃいいケド(;´・ω・)
とりあえずちょっとしたジャンルだけ言うと、能力バトルかな。
自分なりにはジョジョみたいな白熱する展開にもっていければいいんだけど、うまくいってくれ……ない気がすごくする……
あとBlack Traitorの更新は不定期になりそうです(~_~;)
たぶん、これの合間にやっていく程度になるのかなぁ……
そんなこんなでグダグダのまま進みそうだけど、とりあえずよろしくお願いします(/・ω・)/
ちなみにサブタイトルの『I Still』、これ曲からとってるのです。
Forty Deuceってバンドの曲で、たぶん彰の心境を一番よく表現してるものじゃないかな。
聞いていただけたら二重で楽しい……? かっこいい曲なので、ぜひどうぞ。