初夏の祝日
ヒグラシの鳴き響く図書館の噴水広場。その隅のベンチに目的の人物を見つけ、マリヌは駆け寄る。
「ルルド。此処に居たの? 寝てるの? 早く起きてよ。始まっちゃうわ」
ルルドは薄ら目を開き、マリヌに問う。
「始まるって何が? ……って、今何時?」
本片手に草原で寝ころんでいたルルドは飛び起き、背後にそびえる時計塔に視線を送る。
「まずい。ありがとうマリヌ。急ごう」
ルルドは本をショルダーバッグに仕舞う。今日は新型空母が処女航海でこの街にやってくるのだ。
ルルドとマリヌは大慌てで港に向かう地下道を駆け下りた。
リソレイユ随一の軍港を持つ港街クリレンデは活気にあふれ、特別開放された軍港へ向け、ゾロゾロと群衆が集まっていた。
「見てルルド。……大きい」
地下道を抜けて見えてきたのは巨大な鉄の城だった。それは普通の戦艦とは比べ物にならないくらい巨大な船で、数隻の護衛艦を引き連れる様はまさに勇壮その物だった。
祝砲が鳴り、不意に群衆のざわめきが大きくなる。見れば、停泊した空母から海軍兵とは異なる黒の軍服に身を包んだ女性が降りてくる。黒軍服の着用は皇帝にしか認められない。海軍兵は二列に整列して敬礼を送り、軍楽隊が勇ましい曲を奏でる。
「皇帝がサプライズゲストとは……。あれ、マリヌ?」
「ルルド、あっちでリリーさんがクランベリージュースを売っているよ。早く行こう」
そしてルルドは皇帝の演説を聞く間もなく、港端の屋台街へ引かれていった。
港中央の方でルナやら万歳やらと声が響く。ルルドとマリヌは港隅の静かな特設休憩所で氷入りクランベリージュースを飲んでいた。
「おっここに居たか、坊主」
「あっ兄さん。帰ってたの?」
「お兄さん?」
マリヌが問うた。
「覚えてない? カミール兄さんだよ」
「えっカミールさん? ええっ」
「おっこっちはマリヌか、どうだ、元気にしてたか?」
「えっあっはい」
マリヌは目を白黒させる。
「それで兄さんは……もしかして兄さん、あの船の……」
「ああそうだ。どうだ、ヴェントロード号は? でっかい船だろ」
「ヴェントロード……。 あの大きな船の名前ですか?」
マリヌが電灯で輝く空母を見て言う。
「うむ、そうだ。旧首都の名前を取ったらしい。あっこれからは暫くこの街に居るから、またよろしく頼むよ。じゃ」
カミールはそう言うと後ろの方で待つ軍服の人たちの元へ駆けて行った。
「兄さん、軍人だね。中身は変わらないけど……」
「うん……」
ルルドとマリヌは軍服仲間と歩くカミールを見て言った。
「ルルドも、軍人になるの?」
マリヌは訊く。
「いや。僕は銃よりペンの方が好きだから」
ルルドはそう言うと、マリヌは微笑んだ。
「そっか。それじゃ、ルルドは何になるの?」
「司書かな? ブリュヌさんの手伝い、楽しいから」
ルルドは笑った。
一筋の夜風が吹き抜け、マリヌは帽子を押さえる。
「マリヌはどうする?」
「私は……まだ分からない。でも、きっと……」
脳裏に浮かんだ言葉を飲み込み、マリヌは言う。
「近いうちに決める。選択肢は決まっているから」
「そっか……。でも、慌てなくていいと思うよ。慌てず、遅れず、決めれば……ね」
ルルドはそう言った後、恥ずかしそうに顔を赤らめた。
「ありがとう。ルルド」
マリヌは優しく微笑み、ルルドの手を静かに握った。