男
「この道を通るなんて、物好きな人ですな」
タクシー運転手は笑いながら言った。
「ここは人気の無い寂しい砂漠ですよ?」
黒木大輝は面倒くさそうに外を見ていた。
「英語がお上手で」
「英語だけじゃない。ドイツ語、フランス語、スペイン語、タガログ語、若干訛りがあるがイタリア語も話せる」
運転手は驚いた素振りをした。
「へ~天才ですな」
「ヨーロッパじゃ普通なんだろ?」
「ですな。私のような落ち潰れには天才に思えますが」
「俺もだ」
大輝はうなずいた。この長い時間の間、愉快な運転手のおかげで退屈しそうになさそうだ。
「知ってますか?」
「何が?」
「実は、この道では失踪者が相次いでいる」
「失踪者?」
「ええ。ここは核実験所だったんですよ。放射能はもうないって政府からの公式な見解がありましたし、前までは放射能による遺伝子変異を起こした生物が居るって噂があったんですがね」
くだらない。核兵器の放射能は細胞を破壊するんだ。変異させるんじゃない。
「安心してくださいな。政府からは核実験による遺伝子影響はないって発表されましたから」
そうだな。白血病になって死ぬだけだからな。
「まさかとは思いますが運転手さん、放射能で奇形児が生まれると思ってましたか?」
「半分」
「日本は世界で唯一無二の核爆弾被爆国だ。日本では奇形児は生まれなかった」
「じゃあ、放射能で突然変異を起こした人間は?」
「ない。戦争で奇形児が生まれたのはベトナム戦争での枯葉剤被害者だ」
運転手はうなずいた。
大輝は不思議に思っていた。
なぜ、人は放射能でミュータントが生まれると思うのだろう?水爆大怪獣ゴジラの影響か?
最初のゴジラは名作だな。続編は駄作続きだが……
「にしても、ここは殺風景な一本道ですな」
確かにそうだった。乾燥し果てた風景が広がっていた。
運転手のおかげで退屈はしてないが、本を持って来るべきだったな。
「なぜアメリカへ?」
「学校の修学旅行だが、俺は急用が出来たから生徒達の乗るバスを降りていろいろあって今に至った」
「大変ですな」
「YES」
その時だった。突然タクシーが傾いた。運転手は慌ててブレーキを掛けた。
「どうした!」
「分からない!今確認する!」
運転手は運転席から顔を出してタイヤを確認した。
「糞ったれ!タイヤがパンクした!」
「パンク?なぜ?」
「恐らく焼け付くような暑さが原因だ」
大輝は車から降りた。
「近くに建物が無いか調べてくる」
「じゃあ、私は無線で仲間に連絡を取ります」
そう言って運転手は無線で連絡を取り始めた。
「メーデーメーデーメーデー」
大輝は近くに建物が無いか探した。
遠くに古ぼけた建物が1つあった。
大輝は真っ直ぐ建物に向かった。
走っていったため、そんなに時間は掛からなかった。
建物は今にも崩れそうな外見をしていた。
建物の中心に入り口があり、入り口の前に汚らしい男が座っていた。
イチゴ牛乳のような瓶の飲み物を飲んでいた。
「すいません、車のタイヤがパンクしてしまいましたが、代わりのタイヤはありますか?」
男は首を振った。
そう言えば、先生達に連絡を取って居なかったな。
「電話はありますか?」
「公衆電話が横に」
建物の横に錆付いた公衆電話があった。
電話を取ってみたが、壊れていた。
「他に電話は?」
「ないね、あれ一本だ」
大輝は舌打ちした。
まいった……これじゃ連絡が取れない。
「けどな、このまま道を真っ直ぐ進んだ先にモーテルがあるはずだ」
「本当か?」
「ああ…そこで電話を借りな」
「助かった。ありがとう」
「どうって事ないぜ」
大輝はタクシーの場所まで戻った。
だが、運転手の姿が何処にも無い。
「すいません。運転手さん?」
返事すらない。
「どこいったのか…」
仕方なく大輝は手持ちのメモ帳でモーテルで待っていると書き、運転席に置いた。
「歩くか」
一体どれくらいの時間がたったのだろう。
モーテルが見えてきた。
「やったぞ」
大輝は走ってモーテルに入った。
カウンターには誰も居なかった。
「誰か居ませんか?」
返事すらないのが不気味だ。
大輝はカウンターのベルを鳴らした。
誰も来ない。
「留守か?店を開けたまま?」
仕方なくカウンターを乗り越え、管理室に入った。
管理室の壁に鍵の束が置かれ、中心にテーブルとソファーがあった。
「電話…電話…電話…あった」
黒い電話があった。
大輝は受話器を取って番号を押した。
この旅行の責任者である校長に電話を掛けた。
だが、出なかった。
仕方なく、1組の担任に掛けた。
出なかった。
3組の担任。
出なかった。
4組の担任。
出なかった。
5組。
出なかった。
「おかしいな…」
今回の旅行の医療担当で妻の百合に掛けた。
出なかった。
「どうしたんだ…一体?」
不意に、壁に貼られていた新聞記事が目に入った。
1つの記事によれば、ニューメキシコ州で核実験が数百回も行われたそうだ。住民は強制排除し、ここで実験を行った。
別の記事では失踪者のことが書かれていた。数十人も失踪者が出ているそうだ。
「長居は無用だな」
そう言って管理室を出た。
だが、モーテルの出入り口に誰かが倒れていた。
「大丈夫ですか」
そう言いながら駆け寄った。
だが、それは死体だった。
1組担任の男性教師、中村大助だった。
「中村先生!」
中村は首を切られていた。
「糞!殺人か!」
中村は何かを持っていた。
回転式拳銃だった。
コルト・パイソン4インチ・モデル。いわゆるマグナムだ。
「先生がなぜこれを…?」
言ってる暇は無い。とりあえず拳銃を持って管理室の電話で警察に連絡しようとした。
だが、さっきまであった電話が消えていた。
「どこだ!確かにここにあったはずだ!」
また新聞記事を見た。
大家族失踪。核実験の被爆可能性アリ。
「まさか…な」
その時、管理室の窓を破って何かが入ってきた。
大輝はその顔に見覚えがあった。
タクシー運転手だ。
胸の中心に大きな槍を刺されて死んでいた。
「畜生…何があったんだ?」
大輝は拳銃を構えた。撃ったことは無いが、イメージでは撃てる。
管理室の隅にロッカーが置かれていた。
「何か無いか?」
そう言ってロッカーを開けた。
何も無かった。
厳密には散弾銃の弾だけが転がっていた。
「弾だけか!散弾銃は無いのか!」
その時銃声が鳴り響いた。テーブルが木っ端微塵に破壊された。
大輝は管理室を出て、管理室のドアを閉めた。
「糞!誰を撃ってやがる!冴えない地味な教師だぞ!」
銃声が鳴り響く。
「俺は日本人だ!アジア人だ!かつては第二次世界大戦に敗れた敗戦者の末裔だ!」
再び銃声が鳴り響く。
モーテルの出入り口が開いた。
男は古い炭鉱夫の作業服を着て革のガスマスクを着けている。手には棘のついた鉄管を持っていた。
「まさかとは思うが、俺を殴る気か?」
男の胸元に名札が着いていた。コリンと書かれていた。
「コリンさん落ち着いて。俺は銃を持っている。OK?」
コリンは無言鉄管を構えて走ってきた。
大輝は横にとんだ。
鉄管はドアにぶつかった。
大輝は倒れたまま拳銃を構えた。
「動くな!撃つぞ!」
コリンは無言で近寄ってきた。
大輝は1発撃った。好ましい反動と共に銃弾は男の腹に炸裂した。
だが、男は難なく武器を構えた。
「嘘だろ…」
コリンは振り下ろしてきた。
鉄管は男の大事な急所をかすって地面にはじかれた。
大輝はもう1発撃った。
弾丸は右肩に炸裂した。
コリンは倒れこんだ。
大輝は立ち上がり、拳銃を向けた。
右足で鉄管を遠くへ蹴った。
「さあ、俺の勝ちだぞ」
コリンは一言もしゃべらず、ただ大輝を見ていた。
「さあコリン、次はどうする?」
コリンは突然トランシーバーを口元に寄せた。
「ダグラス!」
再びモーテルの入り口が開いた。
今度は大柄の男が入ってきた。
大輝は男の顔を見て絶句した。
男の顔は左半分が歪んでいた。
この男もまた、炭鉱夫の作業服を着ていた。
手には散弾銃のイカサM37を持っていた。
「まずい!」
大輝は伏せた。
散弾銃が火を噴き、散開した弾丸は木造の管理室のドアのあちこちを穴だらけにした。
大輝は拳銃を2発撃った。
弾丸はダグラスの右腿と左肩に炸裂した。
だがダグラスは痛がる素振りを見せずに散弾銃を構えた。
大輝は走った。走りながら拳銃を2発撃った。
1発目は外れたが、2発目は腹部に命中した。
だが散弾銃を撃ってきた。散開した弾丸は大輝に当たらなかった。
大輝は撃とうとしたが、カチッと弾切れを知らせる不愉快な音がした。
大輝は悪態つきながら拳銃を捨て、窓を破ってモーテルを出た。
再び銃声が聞こえたが、弾丸はどこにも命中することなく消えた。
大輝は近くの自動車に乗り込んだ。
銃声が鳴り、自動車のドアは穴だらけになった。
大輝は自動車に鍵が無いと知ると、降りた。
が、ダグラスは目の前にいた。
「死ね」
ダグラスははき捨てた。
無駄だと思ったが、大輝は両手を挙げ降参を示した。
ダグラスは散弾銃を構えた。
「覚悟は出来たけど、一言いいか?」
「なんだ?」
「葉巻は煙草と違って吸わないんだ」
大輝はダグラスのポケットに葉巻があることに気づいて、あえて指摘した。
「覚えとくよ。ありがとな」
ダグラスは笑みを見せながら引き金を引いた。
カチッ
散弾銃は弾切れだった。
大輝は散弾銃の銃身を右手で掴み、持ち上げ、左手でダグラスの歪んだ顔を殴った。
ダグラスは散弾銃を放した。
大輝は散弾銃でダグラスの腹部を殴りつけた。
ダグラスは咳き込んだ。
大輝は銃底でダグラスの男の大事な大事な急所を思いっきり殴った。
ダグラスは叫ばず、よだれを垂らしながら、倒れた。
大輝はモーテルに戻り、管理室に向かった。
管理室の前には相変わらずコリンが倒れていた。
「そうだ……ダグラスは今頃殺してる」
『あいつが失敗するわけが無いからな』
「残念ながら現実は厳しい」
コリンは大輝を見た。
「ダグラスがやられた!」
「厳密には男の大事な金玉を潰した」
大輝はコリンからトランシーバーを奪い取った。
「おい!お前は何者だ!」
返事が無い。
「何が望みだ!」
「返事しろ!」
『教え子は可愛いか?』
「何?」
『教え子の命は俺達が握っている』
「何をした!答えろ!どういう意味だ!」
返事は無い。雑音しか聞こえない。周波数を変えたらしい。
大輝は管理室に入り、ロッカーから散弾銃の弾丸を取り出し、散弾銃に込めた。
最大5発は入った。
予備の弾丸を右ポケットに詰めるだけ詰めた。
よく見ると、他の弾丸が入った箱がある。
357マグナム弾と書かれている。
「さっきのリボルバーの弾丸か?」
箱から弾丸を取り出し、左ポケットに突っ込んだ。
そして管理室を出て、拳銃を拾った。
空薬莢を排出し、装填した。
拳銃をベルトに挟み、散弾銃を肩に掛けた。
「さて、ここからどうするべきか……」