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ラジオアクティビティ  作者: 岡田健四郎 ZOMBRAY
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異形者

 岡本紘輝は物音を聞いた。衝撃ショックが、体を、貫いていった。

 窓ガラスを、とんとん、とんとんと、叩いたような音だった。

 はっと顔を上げ、眠気を吹き飛ばした。手元の書物が滑り落ち、床に当たった音で全身を痙攣したようにびくついた。それから――――なんだ、ただの雨の音か。紘輝はほっとする。激しい雨が、窓に降りつけているのだろう。

 いつ降り出したのか、いや、それよりもバスが揺れていない。停車中か?

 外を確認するために窓を覗いてみた。目を擦り、もう一度眺めたが、寝る前の美しい緑溢れた森林など何処にも無く、見ているだけで喉が渇く砂漠が目の前に広まっていた。エジプトのような美しい砂だらけの砂漠ではなく、植物や水、サボテンなどは一切無く、大きな暑そうな岩山やひび割れた地面だけのある意味悲しい場所だ。

 太陽の焼け付くような光が窓を貫通し、紘輝の体を温めていた。今は冷房が聞いているから涼しいだろうが、きっと外は真夏の東京並み、あるいはそれ以上かもしれない。彼は疑問に思っている。なぜエンジンが掛かっているのに、バスは発進しないんだろう。

 そんな疑問を解決するため、運転席を見に行った。自分以外のクラスメートは全員熟睡していた。紘輝は運転席を見た。運転手は居なかった。

 バスの扉を開けるレバーを引き、扉を開放すると、バスの外に出た。案の定、バスの外は暑かった。

紘輝はバスをぐるりと一周したが、バス運転手の姿は無かった。ため息をつき、バスの中に戻ろうとしたとき、バスの右前車輪を見た。タイヤがパンクしていた。まさかと思い、全てのタイヤを見たが、パンクしていた。紘輝は座り込み、タイヤの破損部分を見てみた。何か刃物で切りつけたような跡があった。

 その時、何者かが肩を叩いた。

 紘輝は振り返ると微笑し、立ち上がった。

「何だ、立花か。驚かすなよ、寿命が縮んだよ」

立花裕香が真顔で立っていた。

 あどけなさの残る愛くるしい顔、清潔感のある、腰まで届く長い銀髪。銀髪は恐らく母か父の遺伝だろう。いつ見ても幼さが印象的の可愛い奴だ。

 「脅かしたの?ごめんなさい」

立花は申し訳なさそうな顔と声で謝った。

「いいんだよ」

「でも、寿命が縮んだって…」

「例えだよ!た・と・え!」

こいつは成績はいいが、ジョークが通じない女子だ。太陽の光が2人を照らしていた。

「こんな暑い外より、涼しい中に行こうぜ」

「暑いの?」

「暑くないの?」

「私は丁度いいくらいかな」

紘輝は絶句した。確かに汗は掻いてない。それどころか、清々しい顔をしている。立花の体は完全に狂っていることを、紘輝は実感した。

「じゃあ、少し歩くか?」

「いいの?」

「運転手が居ないんだ。大丈夫だろ」

紘輝は何も考えずに、適当な方向へと歩いた。立花は付いていった。

「ここ、どこだろうか?」紘輝は少し期待の気持ちを持って聞いた。

「分からない。メキシコかな」

メキシコ…確かにイメージ的にはありえる。そんな考えを持ちながら歩いていると、赤い跡があった。

「何かな?」立花は首を傾げた。

紘輝は赤い跡に駆け寄った。近くで確認してみた。

 間違いない、乾いてはいるが、動物の血痕だ。引きずられていったような血痕が岩場の裏まで続いていた。

「裕香、ここで待ってろ」

「どうしたの?」

「いいか、何かあったらバスまで逃げろよ。いいな?」

立花はうなずいた。それに満足した紘輝は血痕を辿ってみた。岩場の裏に行ってみるとそれはあった。

 死体だった。別のクラスの男子の死体がうつ伏せに倒れていた。

紘輝は祈りの言葉を呟きながら、死体をひっくり返した。その時、激しい吐き気に襲われた。

 死体の腹部に大きな切り傷があり、内臓が文字通り綺麗に抜かれていた。

よく映画では平気で見ていたが、生の死体は映画より生々しい。当たり前だが。

内臓が無いのは幸いだった。内臓が残っていたら、恐らく吐いていたろう。

よく見ると、男子生徒の右腕も切れていた。その時紘輝の神経は過敏になった。小さな音でも敏感に察知し、この場から逃げ出したいという本能を感じた。ここは本能に従ったほうがいいな。

 紘輝は一目散に立花の所に駆け寄った。立花は待っていた。紘輝の落ち着かぬ様子を見て、不安を感じた。

「今すぐ逃げよう!」紘輝は深呼吸しながら言った。

立花は冷静に聞いた。「どうしたの?」

「いいから!に――――」

紘輝は何かの気配を感じたか否か、岩場の上を見て、呆然とした。立花も岩場を見て、絶句した。

 地面から3m高い岩場の上で、ボロボロのtシャツと半ズボンを着た大柄の男が、人の右腕を食っていた。

その顔は文字通り異形だった。紅斑、水疱、糜爛が皮膚や粘膜の大部分の部位に広く現われることに加え、両目が今にも飛び出しそうなくらい開いていた。

 男は紘輝たちを見ると、食事を中断し、何かを叫んだ。立花は吐き気に襲われたようで、顔を下げ、咳き込んだ。

「なんて言ってるんだ……」紘輝は唖然としながら聞いた。

「た、確か…罪深き者達に天罰を…って」

また男が叫んだ。

「今度はなんて?」

「神よ、私に食料をお与えになって感謝します」

紘輝は食料って何だと言う前に、男は叫びながら飛び降りてきた。見事に着地し、紘輝たちを睨み付けた。

「お、落ち着いてください。僕達は危害を加えませんから……」

日本語で言ってしまったため、当然相手には通じなかった。男は雄たけびを上げながら、走ってきた。

「逃げろ!逃げろ!」

紘輝は立花の右腕を引っ張りながら走った。だが、男は紘輝の数倍速かった。あっという間に追いつき、立花の左手を掴んで引っ張った。凄まじい力で引っ張ったため、紘輝は負けまいと本気で引っ張った。立花は両腕を凄まじい力で引っ張られ、苦痛の顔を見せた。

「......!千切れる......千切れる......!!」

立花は苦しそうな声で言った。紘輝ははっとし、すぐに放し、男に駆け寄って右手で顔を殴りつけた。

男は立花を離し、怯んだ。すかさず紘輝は男の腹部に右足で蹴りつけた。

「早く!逃げろ!」紘輝は倒れている立花に叫んだ。立花は立ち上がった。

「危ない!」

男は立花が叫ぶと同時に、紘輝を後ろから抱えこみ、ジャーマンスープレックスを繰り出した。

紘輝は背中を思いっきり地面に叩きつけられ、一瞬意識が薄れた。人生で初めて食らったジャーマンスープレックスは紘輝に凄まじいダメージを与えた。

「た、立花…こいつはプロレスラーだ…逃げろ…お前じゃ敵わない…!」

紘輝は咳き込みながら言った。男は紘輝の腹にニー・ドロップを食らわせた。

紘輝は完全にダウンした。意識はあるが、ダメージでしばらく立ち上がれない状態だ。

男は紘輝に興味が無いのか、立花に向かって走り出した。そして、ラリアットを繰り出した。立花は倒れこんだ。あお向けに倒れている立花の腹にニー・ドロップを食らわせ、紘輝と同じ状態にした。

「大の大人が…子供相手にプロレスするか…?」

紘輝は呟いた。何か無いかとポケットを探ると、膨らみがあった。紘輝は期待しながら取り出した。彫刻刀だ。学校から配給された小型の彫刻刀だ。いつも護身用に持ってたな。紘輝は紙製の箱から1本の彫刻刀を取り出し、這いずりながら男のほうへと向かった。男は嫌らしい目で立花を見つめていた。

紘輝は男の右足首を掴むと、力を振り絞って、男の足首に彫刻刀を刺した。男は悲鳴を上げた。紘輝は辛うじて立ち上がり、男の右頬を思いっきり殴った。男は膝をついた。紘輝は男の顔を何度か殴ると、

「とどめの一撃!」と怒鳴りながら男の喉を殴った。男は倒れこんだ。紘輝は立花を立たせ、肩を貸し、バスに向かった。男は倒れたままだ。

紘輝達がバスに着くと同時に、信二たちも着いた。

「信二か!」

「紘輝か!」

4人は近寄った。ソフィーは立花に肩を貸した。

「「さっき化け物に襲われた!」」

2人は同時に言い、同時に驚いた。

「お前もか…紘輝」

「まあな、とりあえずバスに乗ろう」

4人はバスに乗り、扉を閉めた。


 遠くの岩場の上で、カウボーイの格好をした男が双眼鏡でバスを見張っていた。トランシーバーが受信した。

「俺だ」

『セガールか?悪い知らせだ。ジュドとナツコがやられた。死んではいないが、気絶してる』

セガールは不気味な笑顔を見せた。「知ってる。見てた」

『本当か?今度の獲物は手強いぞ』

「ジュドとナツコは無能だからな。それ以外の家族ファミリーはそんなへまはしないさ」

『まあな。場合によってはあいつを解放するかもな』

「冗談か?」

『本気だ』

「そいつは面白い」

『じゃあ、また後で相棒』

「じゃーな。スティーブン」

無線が切れた。セガールは双眼鏡を下ろした。その顔は醜かった。

 目が真っ赤に充血し、鼻は尖り、口は耳まで裂けていた。大柄で屈強な体つきをしたセガールは、ただ笑みを見せた。

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