THE BEAST
ソフィーは一瞬前方によろめいた。
「立ちくらみだ」
信二が遅かった。だが、何より腹立たしいのは暑さだった。真夏のような焼け付く暑さにはソフィーはいら立っていた。
信二の向かった小屋とは別の建物を見かけた。モーテルのような形をしている。
もしかしたら、人が居るかも。そんな思いで歩こうとした。
だが、信二の注意を思い出した。
「いけない!私の弱点はクラス1の好奇心と大胆さ。注意しなくちゃ」
しかし、なぜかモーテルに向かってみたかった。好奇心ゆえか、あるいは本能か、はたまたこの暑さから抜け出したいのか、理由は自分でも分からなかった。
1歩前に踏み出した。
「安全確認よ。ただの安全確認」自分の言い聞かせるように言った。もっとも、何のための安全確認かは本人も分かっていない。ソフィーはモーテルらしい建物に向かった。
モーテル前にはガソリンスタンドがあった。古びたワゴン車が1台止まっていた。
ソフィーは建物内に入った。
「ごめんください」英語で言った。中は意外に暗かった。カウンターには誰も居ない。
「誰か居ませんか?」
いくら呼んでも返事が来ない。仕方なく、廊下に出た。部屋1つ1つを見た。
誰も居ない。少し哀しい気持ちになった。
「誰も居ない…戻ろうか」
その時、何か割れる音がした。悲鳴こそ出さなかったが、一瞬びくついた。
「な、何?」
音はカウンターからした。カウンターに向かってみると、何も異常はない。
カウンターの奥に扉があった。
ソフィーはカウンターを乗り越え、奥の扉に入った。
中は事務所っぽい感じであった。部屋の中心にソファーが置いてあり、ソフィーの前にはテーブルがある。部屋の奥には社長席っぽい机と椅子があった。
「すいません、誰か居ませんか?」
見た限り誰も居ない。だが、机の上に書類が散らばっていた。
ソフィーは書類を覗いた。
よく見ると書類ではなく、新聞の記事とメモ帳だった。
ソフィーは新聞の記事を読んだ。
「核実験エリアの立ち退き否定の家族。命知らず」
別の新聞を読んだ。
「政府、核実験による遺伝子的影響を否定」
別の記事を読んだ。
「ニューメキシコの砂漠は無人化。ゴーストスポットに」
別の長い記事を読んだ。
「ニューメキシコの砂漠にて行方不明者続出。一時期、核実験による突然変異生物の仕業と騒がれたが、真相は闇の中。政府の正式発表はなし」
突然、背筋に寒気が走った。
ソフィーは事務所を出ようと振り向いた瞬間、1人のアメリカ人老人が座っていた。手には散弾銃イカサM37があった。老人はウイスキーをラッパのみした。
「お嬢ちゃんは中学生か?」
「は、はい」
「そうかそうか気の毒に」
男はウイスキーを飲んだ。
「気の毒って、何がですか?」
「巻き込まれたんだよ」
男はまた飲んだ。
「何にですか?」
「俺はな、あれだけ反対したのに、連中は本当にやりやがった。クレイジーだぜ」
「あ、あの、話が分かりません」
「ありえないんだよ!!連中のやり方が!」
ソフィーはびくついた。
「くくく……終わりだよ。もう疲れた。あいつらの面倒を見るのも」
男はイカサをソフィーに向けた。
「う、撃たないでください……!」
「ふ…死よりも恐ろしい恐怖が待ってるぜ」
男はコッキングした。弾は装填され、発射準備完了だ。
「やめてください!」
男はイカサを下ろした。
「冗談だよ」
ソフィーは安心した。だが、男は自分の頭に銃を向けた。
「な、何を…!」
「言っただろ?疲れた」
男は引き金を引いた。散弾が男の頭を文字通り粉々に吹き飛ばした。
ソフィーは唖然とした。次の瞬間、吐き気に襲われた。
近くのゴミ箱に走った。吐かなかったものの、あれはトラウマになった。
「はあ…はあ…どうして自殺なんか…?」
ソフィーは事務所を出た。カウンターを乗り越えて、モーテルを出た。
その時、何者かに後ろから口を塞がれた。
「んん!」ソフィーは抵抗した。
「静かに!」男性は怒鳴り、ソフィーをモーテル内に入れた。
「何をするんですか!」
「化け物が外に居る」髭の生えた男はそう答え、事務所内に入った。
そして、自殺した老人のイカサを持ってきた。
「あいつらは真の化け物だ」
ソフィーは苛立ちながら聞いた。
「化け物って何ですか?」
「そのままだよ」
男性は窓から外を見た。男はコッキングした。銃の空薬莢は排出され、弾丸が装填された。
「あの化け物たちめ!殺してやる!」
男は窓の外を見続けた。
「化け物って、何の化け物ですか?」
「異形な連中だよ!」
男が怒鳴っていると、何かが窓を割って、男の右目に刺さった。
矢だった。弓矢の矢だった。
ソフィーは悲鳴を上げた。男は倒れこんだ。
思わず外に飛び出してしまった。すると、捕獲用の網が上から落ちてきて、ソフィーの自由を奪った。
次の瞬間、後頭部を何者かに思いっきり殴られ、気絶した。
信二は目を覚ました。小屋の暖炉の前で倒れていた。
「…!ソフィーが危ない!」
本能的にそう思ったか、信二が小屋を飛び出し、ソフィーがいた場所に向かった。
だが、ソフィーは居なかった。
「糞!何処だ!」
すると、遠くで何かが引きづられていた。ソフィーだった。小柄のボロボロの服を着た男がソフィーを引きずっていた。
「あいつ!」
信二は男に向かって走った。そして、追いつくと思いっきりタックルした。
男はソフィーを離し、倒れた。
「ソフィー大丈夫か?」
気絶していた。信二は男を見た。その時は絶句した。
男は水疱瘡患者のような顔をしていた。何ヶ月もシャワーを浴びていないのか、異臭がする。
小柄の醜い男は小型の鎌を出し、信二に切りかかった。
信二は避け、男の顔に右ストレートを食らわせた。
男は怯んだが、再び切りかかった。信二は鎌を持った右手を両手で押さえ、男の睾丸を蹴りこんだ。
男は悲鳴を上げ、倒れこんだ。信二はすかさず男の後頭部にエルボを食らわせた。
男は気絶した。男はガムテープを持っていたため、それで男を縛った。
「ソフィー大丈夫か!」
ソフィーは目を覚ました。
「頭が…痛い」
「立てるか?」
「どうにか…」
信二はソフィーを立たせ、バスに向かった。
遠くの岩場の上で、カウボーイのような格好をした男が双眼鏡で信二達を見た。トランシーバーで連絡を取った。
「今度の獲物は威勢がいいぞ」
『狩り応えがあるな』