史上最悪の状況
真人は夢を見ていた。
まるで胎内に宿る赤ん坊のように、暖かい心地の良い場所だった。
だが、そんな感触もつかの間。突如冷たい水に変わった。口や鼻に入り、苦しみと痛みで暴れだした。
慌てて立ち上がり、咳き込んだ。真っ暗だった。
「誰か、誰か助けて!」
「無駄だよ」
「だ、誰だ!」
突如明かりがついた。そこは老化したバスルームだった。
真人はバスタバの中に居た。自分の数メートル先の正面の壁に友人の聖夜、部屋の隅に吉川裕也というクラスメートが居た。彼とは話したことが無かったが、暗い感じだった。顔も朝鮮人に見える。
「こ、ここは?」
「さあな、作業員用バスルームに見える。俺達は監禁されたんだ」
「誰にだよ!」
「不細工なあの化け物集団だ。奴がモーテルに侵入してたらしい。何人かさらわれた」
「畜生、冗談じゃないぜっ」
そう言ってバスタブから出て出口に向かおうとしたが、自分の左足首に何か付けられているのに気づいた。
足枷だった。
鎖が近くの太いパイプにしっかりと巻かれ、南京錠が掛かっている。
「これなんだよ!」
そう言って鎖を引っ張ったが、びくともしなかった。
「訳分かんない!誰がこんなこと!」
「だから言ったろ?奇形集団だ」
聖夜は妙に落ち着いていた。
「何で落ち着いてられる?」
「お前が目覚める数十分前から叫んだが、誰も来ない」
突然、壁の上のほうにあったアナログテレビがついた。
そこには、白い肌の口が耳まで裂けたタキシード姿の男が映った。白目の部分が黒く、虹彩は赤かった。
『やあ諸君、こんにちは』
全員画面に釘付けになった。
『諸君は今状況をあまり整理できていないな。安心しろ。諸君を殺すことは無い』
全員聞いていた。
『だが、諸君はここから9時までに出なければならない。さもなくば、タチバナと言う少女が諸君の代わりに死ぬ』
全員はっとした。
『では、諸君に贈り物がある』
そう言って男は髪を読み直した。
『バスタバに素敵なプレゼントがある。では御機嫌よう』
テレビは消える。
真人はバスルームに入り、中に黒いビニール袋があると知ると、全員に見えるようにした。
中のものを床に放り出した。
小型の糸鋸が3つ、銀色のリボルバーが3つ、携帯電話が3つだった。
「おい、俺にもくれ」
真人はそれぞれ1つずつ聖夜と吉川に投げ渡した。
吉川はすぐさま鋸で鎖を切ろうとした。鎖は恐ろしく頑丈だった。
刃が外れた。吉川は悪態つきながら鋸を投げ出した。
それを見た聖夜と真人はすぐに鎖切断作業をやめた。
「畜生、このままじゃ立花が殺される」
「安藤、拳銃に込められた弾は1発だけだぞ」
「何のために?」
「自殺さ」答えたのは吉川だった。
「餓死したくなきゃ頭を撃ち抜いて死ね」
吉川は頭をがくりと下げた。
なるほどと真人は頷く。自殺専用の拳銃はありがたい。
「とにかくここを出なきゃ、立花が殺されちまう」
「でもよ安藤、どうやって出るんだ?」
吉川は顔を上げた。
「立花のことはどうでもいいよ、問題は僕達がどうやって脱出するか」
「クラスメートを見捨てるのかよ!」
「僕は他人のために無理はしたくない!」
聖夜は携帯電話をいじくりながら言った。
「その台詞、岡本の前で言ってみろ?殺されるぞ」
「電話は使えるか?」
「いや、受信しか出来ない。発信は無理だ」
吉川は頭を掻き毟った。
「どうやって出ればいい!脱出不可能じゃないか!」
真人は言った。「いや、足を切れば……」
「そんなことしてみろ安藤。大量出血でたちまち死んじまう」
「じゃ、拳銃で南京錠でも撃ってみるか?」
吉川はすぐに拳銃を握って南京錠にぶっ放す。
だが、南京錠は壊れなかった。
「ちくしょう、壊れない……」
「それでお前は弾切れだ」
聖夜はそう言って寝転んだ。
「俺は寝る」
「暢気だな」
聖夜は本当に寝た。
「これで2人きりだ」
吉川は頭を下げて黙った。
「1人きりか……」
真人は拳銃を握った。
吉川は弾切れして聖夜と自分だけが武器を握っている。少なくても自分は1人殺せる。自他者かは別として。心強い相棒が出来たもんだ。