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終わって、始まる。

※nothing勇者フラグ。



この村の名前はカルテスと言う。地図の片隅に存在するドがつくほどの田舎村だ。

しかし一年前に勇者を輩出した為、勇者目当ての観光客がぞろぞろと訪れるようになって村も変化してきた。

農作と狩猟をするだけだった毎日が、変わっていった。

村の若い子は都会の化粧品や洋服に触れて雰囲気が変わったし、他の村民たちも観光業に力を入れるようになった。(勇者の説明をするために、カンペをずっと暗記してるんだよねあの人ら…)

私は周りの変化に着いて行く気は全くない。金もかかるし、今までの生活に不満を感じたことも無かったからだ。

まあ、勇者の隣人って事で嫌でも訪問者は現れる。が、私はいつも居留守をつかわせてもらっている。

ドン、とノック音が響いた。ほら、またきたよ。


噂をすればなんとやらだね。全く迷惑だなー。


「メルティア?また、お客様かしら…」

「どうせ何時もの観光客だから出なくて大丈夫よ!それよりも寝てて?調子が良くないのでしょう?」


音に気付いて病床の祖母が起きてしまうのも何時もの事だった。

年々弱ってきていて、喀血も目立つようになってきた祖母は、最近終末期と告げられた。

村の皆に支援してもらって、都会の医者に診ていただいたが…結果は残酷なものであった。

祖母は全てを受け入れた上で、延命治療を拒否して村で最期の時を過ごす事を決めた。

農作業によって爪も黒ずみ、手もゴツゴツしているしわくちゃの小さな手が好きだった。熊に両親を殺されてから、二人で何年も過ごしてきた。

一人に、なりたくなかった。

潤んできた瞳を擦って誤魔化すと、穏やかな祖母の苦笑が見えてくる。


「でもねえ、居留守なんて失礼よ」

「いいのよ。アルサルトだって「知らない奴に俺の武勇伝を話すな!」って怒るだろうし」

「ふふ、確かに。アルちゃんなら言いそうねえ」


楽しそうに微笑む祖母に、ホッとする。

隣人の勇者――アルサルト・ボーダンは一言で言えば破天荒な奴だった。数えきれないほどの事件を武勇伝として残している男。隣からは彼の両親の怒鳴り声が聞こえない日は無かったな、そういや。

仕舞いには殴られて凹んだからとうちに逃げ込んできた。私は迷惑に思っていたが、祖母は優しく諭した。じっくりと話を聞いた上でアルサルトを宥めて、彼はいつも笑顔で帰る。一連の過程はパターン化されていて、奴が来ない日はまずなかった。

祖母は彼がお気に入りで、私と平等に愛情を注いでいた、と思う。だからこそ奴が嫌いだった。嫉妬さ!悪いか!


「アルちゃん元気かしら」

「ゴキブリ並に生命力がありそうだし、大丈夫よ。きっと」


冗談半分、本気半分に返せば苦笑が返ってくる。

だが、笑いの中に「ゲホッ!」という濁った音が聞こえた。

直ぐ様祖母に駆け寄るが、一瞬遅かった。

細い背中が、床に倒れる。

凄まじい音がして、時が止まったように感じた。

嘘。嘘。嘘。

嫌、だ。


「お婆ちゃん―――ッ!」


口元からは大量の血が吐き出されている。

悲鳴を出して、何回も呼び掛けるが返事はない。

さっきまで笑っていた、のに。


「や、嫌だ!お婆ちゃん!起きてよ!」


必死で声をかけるが、やはりだめだった。危機迫る状態に、私はパニックを起こしていた。

だから、扉を蹴破ってきた侵入者にも気づかなかったのである。


「ははは!帰ってきたぞ!凱旋だ!」


仁王立ちで侵入者が何をしていようと、目に入るのはお婆ちゃんだけだ。何回もお婆ちゃん、と呼び掛けても反応はない。

終末期、そう宣告された時点で覚悟はしていた。その覚悟は、実際を前にしてあっという間に砕かれていた。

壊れたレコードのように「お婆ちゃん」とばかり声を出す私を見て、侵入者はやっとこさ異常事態に気づいたらしい。

隣に座り込み、蒼白な顔で彼は「ばっちゃん…」と呟く。

そして、直ぐ様後ろを振り返る。


「キーリアル!治癒を!」

「あいよ!」


蹴破られた扉から、一人の青年が入ってくる。

そして、祖母に駆け寄り杖を翳した。


「エ・ルナシエ・ドミナス」


呪文と共に目映い光が走る。

それは祖母へと吸い込まれていく。なんなのかはよく解らないソレが収束しても、祖母の容態は治らなかった。


「治癒光が効かないとなると…」


キーリアル、と呼ばれた青年は右手で乱暴に前髪をかきあげた。同時に噛み締められた唇。

その二つの動作から「どうしようもない」という現実が伝わってきて、私は未だに動転しているアルサルトを止めた。


「ばっちゃん…」


勇者の涙がお婆ちゃんの頬に落ちた。彼が泣いた時はいつも、穏やかな笑みを浮かべて抱き締めていたお婆ちゃんは――動かなかった。

アルサルトの嗚咽が小さな私たちの家に響き渡った。




***



村の皆が葬儀を手伝ってくれ、その後、お婆ちゃんは村の共同墓地に埋葬された。

喪服のまま墓前に佇み、落涙する勇者を遠目に見て息を吐く。

本来、ああなるのは自分であった筈だ。

しかし、先を越された為か私はアルサルトのように出来なかった。自分よりも悲しんでいる人を前にして、涙腺が止まってしまったのかもしれない。

そして、アルサルトを泣き止ませられるのはお婆ちゃんだけだ。私では駄目だ。

だからこそ、未だ泣けなかった。


「泣かないの?」


魔導師の証である黒いローブをはためかせたその人は、遠く離れていた私の横に並んでいた。術でおばあちゃんを助けられなかった罪悪感からか、沈痛な面持ちである。キーリアルと、確か呼ばれていた青年。

おばあちゃんの墓を見つめ、口を開く。


「アルサルトが泣き止まないと、お婆ちゃんは私を構ってくれませんでした」

「…で?」

「いつもいつもアイツが泣き止まないと泣けませんでした。だから、アイツより先に泣けない。一個上のお姉ちゃんだから」


プライドという理性が邪魔をして、喪失の悲しみを縛ってしまった。

泣きたい。叫びたい。

祖母は私の生活の中心だった。覚悟はしていた筈。でも、覚悟なんて現実の前に脆く崩れ落ちた。

風が強く吹き、自身の髪が頬を擽る。あまりにも強い勢いに、痛みすら感じた。


「君はこれからどうするの?」


ポツリ、と。

隣に並ぶ人は問いかける。

一度、目を臥せてから顔を隣に向ければ――金色の瞳とかち合った。

田舎ではまず見掛けない、高貴な瞳の色に面を食らったが、直ぐに冷静を取り戻す。

そして、私は首を横へ振った。


「なるようにしかなりません。私はカルテスでの暮らししか知らないから、きっとこの地で生きて行くとは思いますが」

「あらま、枯れてるね」


ククク、と楽しそうに笑ってから、彼は私に左手を差し伸べる。


「…何ですか」

「俺も独りなんだ」

「…」


自らの術の暴走で家族を亡くした、と無表情で彼は語った。

以来、独りで生きてきた、と。


「気楽だけどさ、独りは寂しいんだよね」


家に帰った時の「おかえりなさい」も温かいご飯も、もう無い。そして、お婆ちゃんの笑顔も。

きつく手を握りしめ、頷く。

独りは寂しい。

すると、やんわりと握りしめていた手を大きな両手が包み込んだ。私のマメでぼこぼこな、太い指で構成された手とは違う。綺麗な細い指、白い手。でも、全体的にはその手の方が大きい。

今一彼の言動が解らなく、金色の目を再び見つめる。

目と目が合った瞬間、微笑まれた。


「俺と結婚しようか。そうすればお互い独りじゃなくなる。寂しくないよ」


何言ってるんだこの人は。普段の私ならそう思っただろう。そして、大丈夫ですからと突っぱねたであろう。

しかし、私は弱っていた。


「強がりな君を泣かせてあげたい」


そう、恭しく左手を差し伸べた男の手を右手で握った。

男性が左手を差し伸べ、それを女性が右手で握る。古来から伝わるプロポーズの手順である。

勿論、普段の私なら鬼畜かアンタは!と言っていたに違いない。が、表面的には鬼畜発言だが…今回は私の泣き場所になってくれる、意味が込められていた。


「一緒に生きて、ください」


彼の手が強く、握り返してきた。まるで、それが返事のように。


「――はい」


確りとした肯定を聞き、私はやっと涙の枷が外れて行くのを、伴侶となる人の腕の中で感じた。




***



「ついでに、メルティアさんは本名何て言うの?」

「メルティア・バランダイン。…お互いの名前すら満足に知らなんて…変ですね」

「本当だ。順序がまるきり逆だね。俺はキーリアル・オルテガ、よろしく」


この後、二人の仲に気付いた勇者が盛大に喚き散らし、大暴れをしたのは…また別のお話。



あえて「勇者」を出す必要は無かったかもしれないです。結果として幼なじみとのフラグが叩き折れ、挙げ句の果てに仲間にかっさらわれる可哀想な男に…。

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