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#06 刻血の悪夢 (前)

夜。


鳩なのか、フクロウなのか、よく分からない鳥の鳴き声を聞きながら、私は天井を見ている。

天井には、木の悪戯によって出来た顔。

笑っているのか、泣いているのか、よく分からない女の人の顔。

一人部屋を貰った頃からの顔馴染み。

見馴れた光景、見馴れた天井、見馴れた顔。


私はそっと、その顔に手を伸ばそうとする。

しかし、体がピクリとも動かない。

金縛り。

だけど、何故だか心地良い。


ふと、足下にある、何かの気配に気付く。

しかし、体は動かせず、その何かの確認が出来ない。

やがて、それはずるずると這うように私の体を上ってくる。

不思議と重さは無い。


カーテンが、いつの間にか開いている。

空には、よどんだ満月。

その月明かりに照らされて、その何かの正体が分かる。


甚平姿の男。


私は、この男を知っている。


男は、私の耳元に顔を近付け、何かを囁く。

男の荒い息遣いが、首筋に吹きかかってくる。

それに合わせるかのように、私の息遣いも徐々に荒くなっていく。

何故か、官能的な気分。


男の手が私の体を這いずりまわり、私の上着に手をかけた。

そして、ゆっくりと、ボタンを外していく。

一つずつ、一つずつ。

その度に、私の鼓動は早くなっていく。


いや…。

いやだ…。

こんなの…いやだ…。


…やめて。

…やめてっ。


「やめて!」


透明な薄い膜のようなモノが上がり、私はベッドから飛び起きた。

呼吸が荒い。

額からは、汗が止めどなく流れてくる。


見渡せば、夢に出てきた私の部屋。

しかし、カーテンは閉まっている。

誰かの気配も無い。


「夢…また、あの夢」


私は、ホッと胸を撫で下ろすと、足を抱え込んで震えた。


あの夢を見たのは、これで三度目。

夢は、徐々に濃く、長くなっていく。

最初にこの夢を見たのは、いつだったか…。

…あの人を、助けてからのような気がする。


そんな事を考え、すぐに後悔する。

あの人を家に招き入れたのは、私自身の提案だ。

今更、何を疑うというのだろうか。


私は、疑心と不安を取り払うため、窓に近寄ると、カーテンと共に窓を勢い良く開け放った。

まだ冷たい春の風が、私の体を吹き抜けていく。

外に見える中庭では、祖父がいつものように盆栽の手入れをしている。

心地よい風と、ごく日常の光景が、私を安心させてくれる。


「あれは夢…。気にしては駄目」


私は、そう自分に言い聞かせ、肺に溜まったモノをフ~と吐き出した。


一呼吸おいて、時計を見る。

時刻は、すでに朝の7時を回っている。

でも、今日は日曜日。

焦る必要はない。



私服に着替え、朝食に向かっていると、後ろからドタドタと廊下を走る音が聞こえてきた。


「おはよう、お姉ちゃん!」


下の妹のトモミが、寝起きなんかモノともしないで、私の横を元気良く駆け抜けていく。

やっぱり、小学生は元気だ。


「廊下は、走っちゃだめよ!」と、一応、注意していると、洗面所から声が聞こえてきた。


「トモ!ご飯は、顔を洗ってから!」

「はい、は~い!」


洗面所をすでに通り過ぎていたトモミは、そのまま後ろ走りで洗面所へと駆け込んでいく。

やっぱり、小学生は元気だ…。


トモミに続き洗面所に入ると、上の妹のサエがトモミに洗顔指導をしていた。

トモミは、性格が母親似の元気っ子で、少しズボラなところがあり、時々、顔に色んな物を引っつけて食卓につく。

それを見兼ねたサエが、トモミの生活指導をしているのだ。


「トモも女の子なんだから、少しは気にしなさい」


普段は大人しいサエだが、妹をしっかりと躾けているその姿は、私なんかよりもしっかりしたお姉ちゃんだ。

姉として、誇らしい。

ただ、責任感があるゆえに、色んな悩みを抱え込むのが少し心配なのだが…。


そんな事を考えていると、サエが急に私の顔を覗き込んできた。


「…お姉ちゃん、顔色良くないよ?」

「え…?…あ、うん。

 最近、よく眠れなくて…」


夢のことは、伏せておいた。

姉の私まで、サエに負担をかける訳にはいかない。

そんなことを考え、私も抱え込むタイプなんだと気付き、自嘲する。


「大丈夫?」と心配するサエに、「大丈夫!」と笑顔で返す。

それでもまだ心配している様子だったが、「先に行ってて」と、トモミと共に食卓へと送り出した。


一息つき、鏡を見る。

そこにはやはり、少しヤツれた顔が映っていた。


いけない…。

あの夢を見るようになったのは、あの人が来てからだ。

もし、この顔の原因があの人にあると思われると、あの人はこの家から追い出されてしまうかもしれない。

そもそも、うちの大人達は反対だったんだ。

躊躇なく、彼を追い出すことだろう。


「マナちゃんの思うようにしなさい」…か


唯一賛成してくれた、祖母の言葉を思い出す。

そう、私は自分の思うようにしただけ。

間違ったことはしていない。

そう自分に言い聞かせ、私は水道から出る水を顔にかぶるのだった。



「おはよう、マナカ」


食卓に着くと、母がすでに朝食を並べ終えていた。

祖父、サエ、トモミも、自分の席についている。

私もすぐに自分の席につくと、2つ空席があることに気付いた。


「あれ?お父さんは?」

「休日出勤だって。

 せっかくの日曜日なのにねえ」


「へえ、大変だね」と、頷いていると、トモミが突然テーブルをドンと叩いた。


「仕事と私、どっちが大事なの!」

「トモ…それ、ちょっと使い方が違う気が…」

「ハッハッハッ!

 トモミ、今日は爺ちゃんと、どっか行くか?」


食卓を、笑い声が包み込む。

そんな、ごく普通の朝の光景。

表面上ではそう見えるが、言葉に言い表せない、気まずさとも言える空気が、わずかに食卓内に立ち込めていた。


「ねえ。そんな事より、早く食べようよぉ。

 お腹すいたよぉ」


トモミの催促に、賑わっていた食卓は、一瞬で静まり返る。

そして、みんなの視線は、縁側へと集まる。

そこには、お古の甚平に身を包まれた彼が、仏頂面で座っていた。


「…」


あの人…。

我が家に居候することになった彼は、まだ口を聞いてくれない。


母が、様子を伺うようにして、彼に声をかける。


「あの~、朝食の準備が出来ましたよ…」

「…」


だが、彼はやはり答えてくれない。

祖父も咳払いをし、席につくよう促す。


「…」


それでも、反応しない彼に、祖父はしだいに苛立ち始める。


そんな険悪な雰囲気を察したのか、母が、

「お、お腹すいてないみたいだし、先に頂いちゃいましょう!

 ね?お父さん」

と、取り繕うと、祖父はムスっとしながらも手を合わせた。

どうやら、黙認してくれたらしい。


…これで、このやりとりは5度目になる。



「今日で、3日目ですよ…」


食事を終えた私は、お盆を手に、縁側に座る彼の隣りに腰掛けた。


彼は、3日間食べ物を口にしていない。

口を聞かず、ご飯も食べず、私達を見ようともしない。

見た目も、3日前よりずいぶん衰弱したように見える。


このままでは、きっと倒れてしまう。

そう思った私は、朝ご飯の余りで握った少し不格好なおむすびを、彼の横に置いた。


「母のに比べると全然下手ですけど、よろしかったらどうぞ」

「…」


やはり返事をしてくれない彼に、私は一つ溜め息をつく。

仕方がないので、部屋に戻ろうと立ち上がったその時、彼が初めて口を開いた。


「なぜ、オレを助けた?」

「え…」


今度は、私が黙ってしまう。


「なぜって…」



あの日の朝。

そう、高校2年になっての初めての登校日。

気まぐれで遠回りした海岸沿いの道で、私は彼と出会った。


彼は、まだ冷たい海の中で、気を失い荒波に揉まれていた。


(マナちゃん。

今日、もし何かあったら、自分の思うようにしなさい)


出掛ける前に祖母に言われたその一言が、私を後押ししていたのかもしれない。

気付いたら、私はカバンを投げ捨て、冷たい海に飛び込んでいた。



「…私は、自分の思うようにしただけです」


私が彼を見つめ、そう答えると、彼は、「…いい迷惑だ」と、そっぽを向いた。



「マ~ナカ!」


正門から、聞きなれた声が聞こえてくる。

この声は、幼馴染みの優子の声だ。

そういえば、今日は優子と約束をしてたんだった。


私はそっぽを向く彼に、「友達が来たので」と、会釈すると、正門へと向かう。

その時、屋内から悲鳴にも似た叫び声が聞こえてきた。


「え!?…優子姉っ!?」


食後のまったりモードだったトモミが、天敵の存在を察知したのか、慌て出す。

急いで隠れる場所を探すが、もう間に合わないと思ったのだろう。

トモミは、脱卯の如く逃げ出した。


しかし、すでにこっちに向かっていた優子は、鷹の如き眼力でそれを発見。

ウサギを追う獅子のような速さで、それに追従する。


刹那!


「トモ姫ぇ~、元気か~?」

「ううっ…。

 うみゃくしゃぶぇれない、びょうきぃになっらみたうぃ」


あえなく捕まり、頬を引っ張られながら、抱き締められるトモミ。


「そうか、そうか!

可愛いねぇ、トモ姫は」


ほっぺを擦り合わせる優子に、トモミはもはや、されるがままになっている。

抵抗は、無意味だと悟ったらしい。


「…おはようございます、優子さん」


若干、その様子に引きながら、サエがハニカみ優子に会釈をする。


「サエちゃんも、少し見ない間に大きくなったねぇ…。

 …胸が」

「…えっ!?」


ああ…、またか…。

優子は可愛い子を見ると、ちょっかいを出したり、セクハラをせずにはいられない性分なのだ。

同級生の美樹という子も、この前餌食になっていた。


「…もう、やめなよ。

 サエは、そういうの苦手なんだから」

「むふふ、ごめんねサエちゃん。

 むふふふふ…」


未練がましく、サエにセクハラしようとする優子を引っ張り、私の部屋へと連行する。

なおも抵抗する優子を引こずっていると、私達をうるさく思ったのか、縁側の彼と目が合った。

途端に優子の機嫌は悪くになり、彼を睨み付けると、「行こ!」と、逆に私の腕を引っ張り、連行されてしまった。



「マナカは、不安じゃないの?

 あんな得体の知れないのと、一緒にいて」


部屋に入るなり、優子はベッドに腰掛け、私に問い掛けた。


「幼馴染みの私が言うのは変かもしれないけど、マナカってかなり美人なんだよ。

 …それこそ、女でも見惚れるくらいに…」


何故か、熱っぽい目で私を見る優子。

そんな優子に、私は無言でクッションを投げつける。


「ぶふっ!…じょ、冗談だって。

 …でも、本当に危ないよ。

 私は、アンタが泣くのを見たくない」


今度は、真剣な顔つきになる。


「それに、許嫁もいるんでしょ?

 アンタに悪い虫が付かないよう、クラスで言いふらしてたのに…。

 自分から招き入れるなんて…」

「…。

 …大丈夫だよ」


根拠の無い言葉だと、自分でもわかっていた。

でも、何故だかその言葉が出ていた。

そんな煮えきらない私の態度に憤慨したのか、優子が私にまくし立てる。


「だから、何でそう言い切れるのかって聞いてるの!

 アンタ、アイツに同情でもしてんの?

 それだったら、筋違いだよ!

 こういうのは、病院と警察にまかせとけばいいの!」

「…私にも分からない。

 でも、放って置けないよ」

「…。

 …はぁ~」


私の頑固さを知っている優子は、もうそれ以上何も言わなかった。


夕方になっての帰り際。

優子は、彼のいる縁側に真っ直ぐと向かうと、彼の前に立ち、言い放った。


「マナカになんかしたら、殺すから。

 もちろん、サエちゃんやトモ姫にもね」


「…わかってるさ」と、言う彼の言葉に、優子はもう一度確認するように睨みつけると、納得したのか満足げに腕を組んだ。

彼の後ろで母が、「私は?」と、自分を指さしていたが、優子は笑って誤魔化していた。



その夜。


なかなか寝つけなかった私は、2度目の入浴をしていた。

今日も、あの夢を見るかもしれない…。

そんな不安があったからだろう。


夢は、人の心を映すという。

無意識下に潜んだ不安などが、夢として現れるそうだ。

私の場合は、やはり彼…なのだろうか。

納得はいかないものの、徐々に不安が募り出し、急に無防備である事に心細くなった私は、すぐに風呂場から出ることにした。


お風呂から上がると、辺りは妙に静まりかえっていた。

いつもなら、トモミと父が一緒にテレビを見ている時間のはずなのに。


私は、少し戸惑いながらも、自室へと向かう。


その時、奥の方から床の軋む音が聞こえてきた。

人の足音。

それは、どんどんこちらへと近付いてくる。

家族とは明らかに違うリズムに、私の歩みは自然と緩まっていく。


前から、彼が歩いてくる。


暗闇に浮かぶ甚平姿。


< トクン >


心臓が跳ね、あの夢が脳裏に蘇ってくる。


怖い…。

怖い?なぜ?

きっと、大丈夫。

でも…。


頭の中を、色んな思いが錯綜する。

そうしているうちにも、二人の距離は徐々に縮まっていく。


二人の足音はしだいに大きくなり、やがて私と彼は交差した。

すれ違いざま、無駄だと分かりながらも、心臓の音が聞こえないよう息を止める。


…。


何事もなく、彼は私の横を通り過ぎていった。

緊張が解け、安堵の息が漏れる。


「…おい、どこに行くんだ?」


後ろから急に声をかけられ、背筋がビクッと伸びる。


「どこって、自分の部屋に…」


驚きに震える唇を抑えながら、私は出来るだけ冷静に答えた。


「お前の部屋、そっちじゃないだろ?」

「…え?…あれ?」


気が付くと、私の足は玄関の方に向いていた。


…あれ?

私、なんで玄関に向かっているんだろう。

…もしかして、寝ぼけてた?

自分の家で迷子って…。


羞恥心から顔が見る見る赤くなり、焦った私は慌てて違う話題を振った。


「お、おむすび、部屋に置いてあったの気付きました?

少しは食べないと、体に毒ですよ!」

「…余計なお世話だ」


彼は、フンと鼻を鳴らすと歩いて行ってしまった。


恥ずかしさと後ろめたさで、心が痛い。

私は、自分の軽率さを反省しながら、今度こそ自分の部屋へと向かうのだった。


< トクン >


ふと、誰かに呼ばれた気がして振り返ると、玄関横の壁に何か光るようなモノが見えた気がした。



次の日の朝。


例の夢を見る事もなく、久しぶりに快眠出来た私は、久しぶりの気持ちいい朝を満喫していた。

そこに、トモミが慌てた様子で飛び込んできた。


「マナカお姉ちゃん、大変!

 あのお兄ちゃん、出ていくって!」

「え…?」


私が急いで玄関に駆けつけると、彼はすでに玄関を出て、中庭を横切っていた。

私は、パジャマである事も忘れ、彼の前に立ちはだかる。


「…そこをどけ」

「どきません!」


昨日疑った分際で、出ていこうとしている彼を止めるのは、筋違いだとは分かっている。

でも、このまま放っておいたら、取り返しのつかない事になりそうで…。

私は、ずっと持ってた疑問を、彼にぶつける事にした。


「なぜ、あなたは…」

「なぜ、お前は…」


二人の声が重なり、お互いに黙り込んでしまう。

気まずい沈黙に、話し出すきっかけを探していると、彼が先に私に話しかけてきた。


「…お前の一番大切なモノは何だ?」

「…え?

 家族…ですけど」

「そうか。

 だったらオレなんかより、その家族を大切にしろ。

 オレに関わるな」

「なぜ、あなたは、そこまで人を拒絶するんですか!?」

「…お前は恵まれている。

 オレとは一生、相容れない」


彼はそう言うと、私を避け、正門へ向かって歩きだしてしまった。


「…出ていって、どうするんですか?」

「お前には、関係ない」

「そうですか。

 言っておきますけど私、あなたに付いていきますから。

 好きなように行動しなさいと、祖母に言われてますので」

「…祖母?」

「はい。

 家族から許可が出ていますので、どこへでも行けますよ?

 さあ、どこに行きますか?」

「…お前、見かけによらず恐いな。

 このままオレが出ていけば、オレは女子高生を連れ出した誘拐犯ってことか?」

「未成年略取って、ところですかね」


私は、ニコリと笑い、彼の裾を掴む。

少々強引だったが、この際、手段なんか選ばない。


睨み合う、私と彼。

私の後を追ってきたトモミも、この状況にアワアワしている。


どのくらい、睨み合っただろう。

彼は、急に顔をもたげたかと思うと、下を向いて、「フッ」と、笑った。


「誘拐したってことになると、お前の友達にボコボコにされそうだしな。

 …やめとくよ」

「賢明ですね」


私も、ニコリと笑う。


やれやれと、頭を掻きながら屋内に入っていく彼を見送りながら、私はもう一度微笑む。

私にとっては、彼が思い留まってくれた事よりも、一度も笑わなかった彼が、苦笑いとはいえ笑ってくれたことが、何よりも嬉しかった。



夜。


私は、歩いている。

家の中を。


< トクン >


あれ?私、どうしたんだっけ…?

たしか、彼を引き止めた後、急いで学校に行って…。

学校から帰ってきてから、彼を夕食に誘っても、彼は相変わらずで…。

その後、宿題を…。

そういえば、お風呂に入ったっけ…?入らなきゃ…。


どうでもいい事が、頭に浮かんでは消えていく。


< トクン >


そうだ…。

背中が、見えたんだ。

甚平を着た男の、後ろ姿が…。

私は、その人の後をついて行って…。


< トクン >


光っている。

玄関に続く、道の先。

誰かが、私を待っている。

行かなきゃ…。


私は歩く。

誰かの声に、誘われて。

目の前の光は、さらに大きくなっていく。


その時、玄関の扉が開き、彼が家へと入ってきた。

彼は、私を見るなり、私の元へと近付いてくる。


目の前にいるのは、甚平姿の男。

夢の中に出てきた、私を犯そうとした男。


「…ん?どうした?

 また、寝ぼけて迷子か?」


彼は、やれやれといった様子で頭を掻いている。


違う…。

この人じゃ無い。


< トクン >


玄関の横。

何もない、壁があるはずの場所に襖がある。


「?」


彼も私の視線が気になったのか、後ろを振り返るが、何も見えてない様子で首をかしげる。


「おい、どうした?大丈夫か?」


彼が私の顔を、心配そうな顔で覗き込んでくる。


その瞬間、目の前の景色がぐらりと揺れ、平行感覚を失った私は、廊下へと崩れ落ちた。

しかし、倒れた私に待っていたのは、冷たい床ではなく、暖かい胸の中だった。

どうやら、寸前のところで、彼が私を受け止めてくれたらしい。


「おい!どうした!

 おい、誰か来てくれ!」


私は彼の声を聞きながら、深い闇へと落ちていく。


…喉が渇く。

…視界が揺れる。

…息苦しい。


誰か助けて…。

助けて…。


ー ドクンッ ー

#06 刻血の悪夢(後)に、続きます。

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