#04 養老院の姥捨て山 (下)
養老院の姥捨て山(中)のつづきです。
外に出ると、まだ寺の境内にいるというのにもかかわらず、少し安心出来た。
あの二人は、まだ出口を探索中のようで、まだ戻ってきていない。
私達は、とりあえず本堂の近くで彼らを待つことにした。
本堂の登り階段に腰かけ、二人で二人を待つ。
「あの二人が帰ってきたら、マナちゃんは二人と一緒にいること。
流石に、本堂には入れさせない」
「え…?」
「見ただろ、今の。
本堂では、何が待ってるかわからない。
いくら役人が頼りなくても、本堂に入るリスクを考えると、二人と一緒にいた方がいい。
上田の兄ちゃんもいるし」
「…でも」
「登山も了承したし、倉への同行も許可した。
もう十分、ワガママは聞いただろ?
それに、この寺は想像以上に根深い。
お前を守りきる自信が無い」
「…わかりました」
確かに、私のわがままだ。
好奇心も少しあった。
でも…危険な場所だって聞いたからこそ…。
だからこそ…あなたが心配で…。
あの二人は、なかなか戻ってこなかった。
私も、かなりの時間腰かけていたせいか、若干お尻が痛い。
ストレッチでもしようかと、腰を上げようとすると、先に、大きなアクビをしながら居候が立ち上がった。
暇を持て余したのか、彼は階段を上り、本堂の周りに張り巡らされている廊下に立つと、他に入り口は無いかと探し始めた。
「私も一緒に探します」と、言うと、「まあ、中に入らないのなら」と、いうことで承諾してくれ、一緒に他の入り口を探すことになった。
廊下に上がると、やや高めに作られているせいか、あたりを見渡すことができた。
ほとんどが草で覆われていて、まさに廃寺という感じだ。
しかし、よく見ると、所々草のない場所がある。
「所々、ハゲてますね」
「っ!?
まじかっ!どこが、ハゲてる!?」
「…え?
…あそこと、あそこですけど」
草のない場所を指で指し示すと、何故かホッとしながら、その場所を眺めた。
「あ、ホントだ。なんでだろう」
「…また、何か埋まってたりして」
「…下に骨があっても、草は生えるだろ」
私達は、一旦入り口を探すのをやめ、ハゲてる所に行ってみることにした。
近付いてみると、すぐにその場所が変なのに気付いた。
土が新しい。
「誰かが掘り返したのか?
しかも、つい最近」
「…工事の下準備とかですかね?」
「まだ、更地にしてないのに?
下準備にしては、不自然だぜ?」
居候が土をつま先で蹴ると、土が新しいからか、簡単に飛び散っていった。
「本当に、何か埋まってるのか?」
続けざまにゲシゲシと蹴る居候。
しかし、急にバランスを崩し、前のめりに倒れた。
「いてっ!…何か蹴ったみたいだ」
私は、何につまずいたのかを確認し、そして、後悔した。
「キャアァーーーッ!」
そこにあったのは、人の手だった。
「…!?
むこう向いてろ!」
居候の声に反応し、すぐさま目を背ける。
…何も見てない。
…私は、何も見てない。
…あれは人形と、固く目を閉じ念じるが、嫌なモノほど頭に残る。
生者とは全く違う肌の色。
血が通ってない、幼い頃見た、深く悲しい色。
「大丈夫!取れてない、繋がってる。
ただの死体だよ!」
…フォローになってない。
「作業服か…。
こいつ、例の行方不明になった作業員か?」
行方不明の作業員…。
服部さんが言うには、色々被害が出てたという作業現場。
最初に家に来た時は、詳しく話していかなかったが、決行日の打ち合せの時、居候が詳しく聞いてきたらしい。
その内訳は、軽傷2名、行方不明2名、発狂1名。
その行方不明者が死んでいた…。
ふと我に返ると、ザッザッと土を掘り返す音が、後ろから聞こえてきた。
「な、何やってるんですか!?」
「こいつらの死因は何だ。
ここの霊に、直接手を下せるほどの力が、本当にあるのか」
やめて!と、止めたかったが、ふとした拍子に何か見えてしまうんではないかと、声をかけられない。
骨を見るのはまだ大丈夫だが、流石に他人の死体となると私には無理だ。
やがて、掘る音は止み静寂が訪れた。
「…」
息を飲んで、居候の言葉を待つ。
しかし、彼は何を思ったか、急に穴を埋め始めた。
「どうかしましたか?」
「…」
答えてくれない。
だんだん恐くなってくる。
その時、ガサガサと草を掻き分ける音が聞こえてきた。
「何事ですか!?」
私の悲鳴を聞きつけたのか、上田さん服部さんが駆けつけてきた。
「いや~、マナカがヘビに驚いてさあ~」
何故か嘘をつく居候。
「可愛い所もあるもんだよなぁ。
…で、裏口は見つかった?」
上田さんの肩に手をまわし、その場から離れるように歩きだす。
「それが、どこ探しても裏口が無いんです!」
「…そうか。老婆たちを脱走させないためか…」
私が、どうしていいかわからず、立ち尽くしていると、居候がこちらに目を向け、目線で「ついて来い」と促す。
私は、黙って居候の言うことに従うことにした。
その目に、妙な緊迫感があったから。
少し歩いて、服部さんがついて来てないことに気が付いた。
振り返ると、明らかに動揺した様子で、死体があった場所をチラチラと気にしている。
「どうしました?」
私は冷静を装い、話しかけた。
「い、いえ…。なんでもないです」
居候も、服部さんの様子に気付き、
「まさかアンタ、ヘビが怖いってんじゃないだろうな?
大丈夫だよ。毒を持ってないヘビだし」
と、いつもの口調で毒突いた。
「そ、それなら安心です」
少し名残惜しそうにしながらも、服部さんは私達についてきた。
「入ってないのは、本堂と右の建物の二棟か。
やっぱり、右の建物にも入っておくべきか?」
居候の様子は変わらない。
死体を掘り返した居候は、何を見たのだろう。
そして、服部さんの様子がおかしいのは何故だろう。
何もわからないが、今は何も喋るべきではない事だけは、私にもわかった。
「実は、私と服部さん、今さっきまで右の建物にいたんです。
というのも、右の建物は塀に密着していて、出口を探すために入らざるを得なかったんです。
ですが、出口どころか窓も無くて…。
内部の損壊も激しく、危険なので入らないほうがいいです」
「そうか…。
じゃあ、残るは本堂だけだな」
ゴロゴロゴロ…
気が付けば、頭上に黒い雲が浮かんでいた。
「山の天気は、変わりやすいですからね。
降らなければいいですけど…」
上を見ながら、呟く上田さん。
「た、建物の中に、避難したほうがいいんじゃないですかね?
か、雷も鳴ってるし…」
同じく上を見ながら、呟く服部さん。
この人は、雷も怖いのか?
「左の倉には骨が埋まっているが、それでも良ければどうぞ」
居候がニヤニヤしながら、服部さんに言い放つ。
「え?骨!?」と驚き、やっぱり…と、前言撤回しようとする服部さんだったが、
「確かに、服部さんの提案にも一理あります。
雷の音も、少しづつ近付いてるみたいですし、一旦建物の中に避難しましょう」
と言う、上田さんの一声で、倉で雨宿りすることが決定した。
どうやら服部さんには、自分の発言が意図しない方向に転がる、貧乏神が取り憑いてるらしい。
「い、いやだ!」と言う、中年の駄々っ子を引っ張りながら、私達はあの倉へと向かう。
途中、居候が、鏡が気になるという事で、鏡を見るため離れていった。
少し心細くなりながらも、私達は、あのしゃれこうべ御殿に向かう。
しかし、そこで待っていたのは、小さな衝撃だった。
「え?なんで?」
倉の扉が。
壊れていたはずの、倉の扉が閉まっていた。
「ここの扉、壊れていたはずですよね?」
と、居候に確認しようと振り返ると、彼は鏡がある場所で、鏡をじ~っと見詰めていた。
「…あれ?
鏡に映ってた老婆達がいないぞ…」
ゴロゴロゴロ…
雷の音が空気を震わせる。
「…雷が、かなり近付いてます!
危険ですから、屋内に入ったほうがいいです!」
上田さんの言う通り、雷の音は大きくなり、近付いているのがわかった。
「でも、もう入れるのは、本堂だけだぞ」
そう、右の建物も左の倉も、もう使えない。
もう選択肢は、無くなってしまった訳だ。
「…誘われてる?」
居候の発した一言に、寒気が走る。
「マナちゃん、大丈夫だ。
絶対に本堂には、入れさせない。
お前達は、本堂の廊下で待ってな」
本堂を囲む廊下。
確かにそこなら、雷は無理だが、雨はしのげる。
とりあえず、そこでしゃがんでいれば安全という事で、私達は雷が過ぎるのを廊下で待つことにした。
その時だった。
ミシリッ
廊下の向こう側から、何かが軋んだ音がする。
見てみると、向こうのほうにある廊下の板が、弧を描くようにひん曲がっていた。
まるで、重い何かが乗ってるかのように。
それは除々に大きくなり、やがて「バキッ!」という音と共に折れてしまった。
やがて、折れた板の一つ手前の板が除々に曲がり始め…。
いずれ、私達の所に辿り着くのは、容易に想像できた。
「どうしても、中に入れたいらしい…」
居候は、上田さん、服部さんと見渡すと、最後に私を見つめ、
「絶対にオレから離れるなよ」
と、言った。
私達は、静かに頷いた。
扉は、簡単に開いた。
中はホコリっぽく、真っ暗だ。
上田さんが、懐中電灯を取り出し、室内を照らしだす。
闇に一筋の光が射し込み、中の様子が浮かび上がった。
埃まみれの畳。朽ちた障子。
寺の本堂ということもあり、眼前には仏が鎮座している。
一足踏み込むと、やはり屋内は結構傷んでいるのか、ギシギシと床が音をたてる。
「こえ~な~。
やっぱ、懐中電灯と闇の組み合わせは最強だな。
これだったら、明かり無い方が怖くないんじゃないか?」
居候が軽口を叩き、場を和ませようとする。
もちろん意味は無く、みんなの顔は強張ったままだ。
4人で固まり、堂内を探索していると、中はあまり広くないことに気付く。
仏像のある部屋こそ広いが、後は四畳程度の部屋と押入れがあるだけだ。
ほとんど何もない。
あるのは、私達が残した足跡だけ。
ふと、急に目の前が揺らぎ、立ち眩みがした。
あれ?と、思うが、さらに耳鳴りがしだし、私は頭を押さえる。
鬼…子う………
また、あの歌が聞こえる。
どんどん耳鳴りが酷くなってくる。
目の前が、フラッシュを発かれたみたいに明滅を繰り返す。
耳を貫くような激痛が走り、私は膝から崩れ落ちた。
…
暗い…。
とても暗い場所…。
誰かの声が、聞こえてくる…。
― 我らが寺には、女しかおらぬゆえ、男のかたはご遠慮頂くことになっております ―
目の前に、少しづつ景色が広がっていく。
少しモヤがかかっているけど、まるで映画を見ている感覚。
人の良さそうな尼さんが…。
― 男は、老いても男
抵抗される危険がある ―
寺に、お婆さん達を集めて…。
― 刀を持っておれば、斬りとうなるのが武人の性 ―
偉そうな侍と一緒に…。
― 死にとおない…死にとおない… ―
まるで、遊んでいるかのように…。
― キリキリ働くんだよ!怨むなら、親を捨てた子を怨みな! ―
こき使ったり、刀で斬り殺したりしている…。
― 何の詩じゃ、あれは? ―
これが、養老院の真実…。
― 何の楽しみもなく働かすのは不憫
わらわが、詩を作って差し上げたのです ―
歌が…歌が聞こえてくる…。
― 余生にすがる穀潰し
刀や鞭を受けよとも
御上を怨む事は無し
鬼の子産んだ我が罪ぞ ―
…
「ああぁぁぁ…」
涙が止まらない。
「おい、マナカ!どうした!」
居候が、私を抱きかかえ、揺さぶっている。
その言葉に応えようとするが、声が出ない。
「貧血ですかね!?
とにかく、頭を打ってないか確認をしな…」
ミシッ
「…え?」
床の軋む音が、肌を通し聞こえてくる。
足を擦るように歩きながら、私達に近付いてくる。
「…来たな」
居候が、身構える。
ミシッ…ミミシッ…ミシッミシミシシッミミシッ
「お、おい。ちょっと、多くないか!?」
床の軋む音が近付くにつれ、細い枯れ木のような足が、杉林のように沢山立っているのが、ぼんやりと見えてきた。
「か、隠れましょう!」
服部さんが、押入の襖を指さし、中でやり過ごそうと襖を開ける。
「ひぎゃあぁぁぁぁぁぁ!!」
開けた瞬間、服部さんは絶叫をあげ、腰を抜かした。
押入の中には、老婆が隙間無く敷詰まっていた。
「見えてるか!?兄ちゃん!」
「は、はい。お、おばあさんが…」
「念が強すぎるのか…。
オレにも、しっかり目視出来る」
床を鳴らす音が近付き、老婆達が姿を表す。
扉側、そして、押入から這いだす老婆達に囲まれ、私達は、まさに四面楚歌だった。
「おい、マナカ!しっかりしろ!」
「ああぁぁ…」
私を、揺すり起こそうとする居候に何とか返事をしようとするが、やはり声が出せない。
悲しくて寂しくて仕方が無い。
この感情が、私のモノなのか、老婆達から来るものなのか、私にはわからない。
居候が私の前に庇うように立ち、老婆達に向かって叫ぶ。
「お前らを縛ってるのは、何だ!?
憎しみか!?悲しみか!?
お前達を苦しめた奴等は死んだ!
もう、終わったんだ!」
必死に説得しようとする居候。
しかし…。
「クソッ!止まらない!」
老婆達が、歩みを止めることはなかった。
そう…。
この憎しみは、止まらない。
この悲しみは、終わらない。
「…仕方が無いか」
何かを決心した目で懐に腕を差し入れ、何かを取り出そうとした、その時だった。
「もういやだあぁぁぁぁぁ!」
服部さんが恐怖に耐え切れなくなったのか、手を振り回しながら老婆達に向かっていく。
どうやら、強行突破で外に出ようとしているらしい。
しかし、手を伸ばす老婆を避けようとして転び、あえなく老婆に囲まれ動けなくなってしまった。
「…ああ、こりゃ駄目かも」
居候は、服部さんを助けるのを諦め、すでに傍観者となっている。
服部さんに、一斉に手を伸ばす老婆達。
「お」
焦点の定まらない顔で、服部さんが呟く。
「お?」
居候が、聞き返す。
「お、お、お、お、お、お……」
あぁ…とうとう壊れてしまった…と、二人は哀れみの目で眺めている。
やがて、彼は叫んだ。
「お母ちゃあぁぁーーーーぁん!!」
その叫びに、老婆達の動きが一瞬止まる。
「おがあぢぁぁーーーーぁん!!」
なおも、母親を叫び続ける服部さんに、老婆達は近寄って行き様子を伺う。
やがて老婆達は、服部さんを取り囲んで座りだした。
一人一人が、服部さんの顔を覗き込む。
そして、体を震わせたかと思うと、顔を覆って泣きだした。
「おい!逃げるぞ!」
居候が私を担ぎ上げ、上田さんに叫ぶ。
「あ、あの人は?」
「ほっとけ!」
私は、走り出す居候に抱きかかえられながら、服部さんを抱き締め、一人、また一人と泣きながら消えていく老婆達の姿を見ていた。
閉じられていたはずの門も、いつの間にか開いており、三人は倒れこむように門の外に出る。
肩で息をしながら、上田さんが聞いてくる。
「あの人、置いてきて大丈夫なんですか?」
「多分、大丈夫だろ。
どうやら、彼女たちを縛っていたのは、憎しみでも悲しみでもないらしい」
「…え?」
「子供に会いたいという、たった一つの思いだったんだ。
たとえ、自分を捨てた子だったとしても」
きっと母を呼び、泣き叫ぶ服部さんに、我が子の影を見たのだろうと彼は言った。
「子供を恨む親はいない…か」
そう呟く居候の言葉を最後に、私の意識は途絶えた。
気が付いた時には、私は居候の背中にいた。
「気が付いたか?」
どうやら居候は、私を背負って下山している途中のようだった。
周りを見回すと、下山しているのは私達3人だけのようで、服部さんはいなかった。
「案外軽いんだな。
これなら、いくらでもおんぶしてやれるぜ?」
「…えっち」
私は、私を背負い下山してくれていることを心の中で感謝しつつ、背中に顔をうずめた。
「さあ、急ぐか。
雨が降りそうだ。…恵みの雨が」
そして、私はもう一度眠りについた。
家に帰ると、家族総出の大説教大会が待っていた。
祖父は怒り、母は居候を労い、父は黙り、妹達は泣き、祖母はニコニコ笑っていた。
「一応、解決しました。
まあ、俺のおかげじゃなく、市役所の服部さんのおかげだけどな」
と、報告を済ませた居候。
帰りぎわ、「好奇心も良いけど、お前は生き急ぎ過ぎだ」と、注意された。
その服部さんだが、あの後、本堂で気絶してたのを業者の人によって発見されたらしい。
それから数日後、彼は行方不明となった。
そのことを、居候に聞いてみたのだが…。
「霊の仕業じゃないよ。おそらくは別件」
彼は、それ以上語ることはなかった。
それから数ヵ月後、廃寺は撤去され、無事施設は建てられる事になる。
その建てられた施設が、老人ホームだというのは、なんと皮肉な事だろうか。
実はこの話、もう一つの話が同時進行しています。
その話の主人公は、服部さん。
あえて語りませんが、ここに二つの疑問点を提示します。
この二つをヒントに推理して、隠されたもう一つの物語を推測してみてください。
疑問点1
服部さんは、自分の部署の仕事ではないにも関わらず、何故あんなに必死だったのか?
疑問点2
埋められた死体の死因は何だったのか?
この他にも、探せば疑問点があるかもしれません。
きっとそれは、もう一つの物語のヒントになることでしょう。