表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/10

#04 養老院の姥捨て山 (上)

長くなりすぎたので、3部に分けます。

この(上)は、導入部でホラー要素はありません。

月の出ぬ静かな夜。

山を登る、二つの影があった。


一人は若い農家の男。

そして、その男に背負われるのは、年老いた男の母親。

二人は泣きながら、山道を登っていく。


「おっかあ。堪忍なぁ」

「こら、泣くでねえ!みっともねえ。

 クソの役にもたたねえこのワシが、息子や孫の役に立てるんだ。

 こんな幸せな事はねえ」


時は、千年ほど昔。

民は重税や不作に苦しみ、その日の食料さえままならないでいた。

このままでは、みんな餓死してしまう。

彼らが選んだ結論は、年寄りを山に捨てることだった。


「おっかあ…」

「ちいとばかり、逝くのが早くなっただけだ。

 …子供、大事にするんだぞ」

「おっかあ…。今まで、育ててくれてありがとうっ!」

「感謝しとるなら、ワシがしてきたことを子供に返してやりゃあええ。

 子供を大事に思わん親はいねえ」

「おっかあ…」


どの位歩いただろうか。

二人は、獣達の鳴き声も聞こえぬ、ひらけた場所に辿り着いていた。

きっとここなら、獣達の餌にはならぬ。

そう考えた男は、母親をゆっくりとおろし、胸に仕舞ってあった経本と数珠を手渡した。


「これで、往生出来る…」

老婆はそう呟くと、大事にその二つを受け取った。


数珠を手に取り拝み始める老婆に、背を向け走り去ろうとした男だったが、やはり足どりは重い。

少し歩いては、何度も振り返る男。

そんな男に、老婆は無言で頷いた。

男には、行けと言っている事がわかった。


「…おっかあ。

 ……おっかあぁぁ!!」


男はそう叫ぶと、駆け出し、二度と振り返ることはなかった。



「これが、姥捨て山という話じゃ」

テーブルを挟んで語っていた祖父が、お茶を飲み、話を締めくくった。


「命に関わる問題でも御上にたてつかないのは、今も昔も一緒って事か」

居候が、茶化すように横口をはさむ。

祖父は苦い顔をするが、それはきっとお茶のせいではないのであろう。


「まあ、たてついても食料は増えないもんな。言い訳も、今も昔も同じだな」

畳みかけるように、言葉を続ける居候。


「そういうことじゃのおて、こういうことがあったって話じゃ。

 じゃから、今回の話には、首を突っ込まんほうがええ」

「御上に従う純日本人の私めは、今回の役所の依頼、受けようと思います」

頑として譲らない居候に、祖父からは溜め息がもれる。


「今回依頼された養老院って場所はな、今言った話より、えげつない話があるんじゃて。

 悪い事は言わん。手を引きなせえ」


事の発端は、ちょうど一週間前のことだった。



その日、家に帰ると、見馴れない一台の車が、家の前に止まっていた。

お客さんかな?と、思いながら家に入ると、応接間にスーツ姿の男が通されていた。


「さすが水無瀬家!ご立派なお屋敷ですな!」

お茶を出す母に、調子のいい言葉を投げ掛ける男。

その言葉に、母は愛想笑いで返す。

きっと、母の苦手なタイプなのだろう。

「少々、お待ちを」と、お盆を下げる母とすれ違い、男が部屋を覗いている私に気が付いた。

「おや、娘さんですか?お美しい娘さんですねえ!」

これが、太鼓持ちというやつか…。


一応、愛想良く会釈を返していると、後ろの襖が開き、祖父が仏間から出てきた。

「マナカは、下がっときなさい」

応接間を覗いていた私をたしなめ、中へと入っていく。

「お待たせしました」

応接間へと続く襖が、目の前でピシャリと閉められた。


「水無瀬家の長、水無瀬断造と申します」

「これは、はじめまして。私、こういう者です」

「ほう、市役所総務部の服部さん。

 で、どういった、ご用件で?」


漏れ聞こえる声で、男が市役所の人間だと判る。

市の職員が、家に来るなんて珍しい。

少しはしたないと思いながらも、好奇心にかられ、私は盗み聞くことにした。


襖に耳を当て耳を澄ましていると、不意に肩を叩かれる。

驚いて振り返ると、居候が不審そうな顔をして見ていた。

(何してんだ?)

(…どっか行っててください)

(…。だんだん、オレの扱いが酷くなってねえか?)

その言葉に、日頃の文句を言ってやりたかったが、祖父に気付かれそうなのでやめてお

いた。

人指し指を立て、静かにするように促す。

どうやら、居候も興味を持ったようで、一緒に盗み聞くことになった。


「実は、市のほうで福祉施設を誘致することになりまして。

 何とか上手くいきかけたんですが、途中問題が起こりましてね。

 そのことで相談にと。

 本来なら、施設誘致は産業経済部の仕事のはずなんですが、

 嫌な役回りはいつも総務部ですよ。ハッハッハッ!」


襖を痺れさせるような大きな笑い声に、耳を当てることは不要だと気付く。

(あ、こいつか)

居候は腕を組んで、何か納得した様子で聞いている。


「最初は、月宮神社に依頼しようとしたんですが、断わられましてね…。

 何度か伺わせて頂いたのですが、やはり頭を縦に振って下さらない。

 弱っていたところ、そこの巫女さんがあの有名な水無瀬家の方だと聞きましてね。

 いや~、私はついてる。ハッハッハッ!」

「…で、肝心のご用件は?」

「ええ、実は施設を建てる場所というのが、現在廃寺のある場所でしてね。

 撤去しようにも、ほら、やっぱり色々抵抗あるじゃないですか。

 そこで、お祓いを頼もうと…」

「腑に落ちんですな。

 いくら廃寺であろうとも、お祓いにこだわる必要はあるんでしょうかな?

 断わられたら、お祓い無しでも施工する。

 それが、行政というもんでしょ」


「…かないませんな。

 いえ…騙すつもりはなかったのですが。

 実は、この件で色々作業員に被害が出ておりまして…。

 お祓いを頼まざるを得ない状況なんです。

 このとおりです!お力をお貸し下さい!」

「お帰り下さい」


(即答!)

思わぬ即答に、噴き出しそうになる。

そんな私を、不審そうな顔で見つめている居候。


「何故ですか!?

 水無瀬家といえば、その筋では有名と聞いております。

 謝礼ならお支払します。どうか!」

「私達家族は、因果に縛られておるのです。

 好きで、特別な力を授かっておる訳じゃない」


それでもと、謝礼の具体的な数字で提示し、すがる男。

断わるごとに、その金額は上乗せされていく。

それでも祖父が、頷くことはなかった。


「どうか!どうか!」

「市がワシの姉にしたこと、忘れとりゃあせんぞ!」


祖父の突然の激情に、思わず居候と顔を見合わせる。


「それは40年以上も前の話で、私達には関係ないでしょ!?」

「いや、あんたはワシの孫まで捲き込もうとしている。

 孫に、姉のような思いはさせん!」


祖父が、こんなに怒るのは、私の知るかぎり初めてだ。

祖伯母様と市役所との間に、一体何があったのだろう。

驚いてる私に、居候が小声で話しかけてきた。


(あのオッサン、サエちゃんが水無瀬家の人間だと知って、神社でつきまとってたらしい。

 神主さんから、報告がきてたって)

(だからおじい様、今日少し不機嫌だったんですね。

 …でも、サエも私に相談してくれればいいのに)

(姉ちゃんだと、すぐに手が出るからじゃないか?)

(な!?)

(冗談だよ)

茶化してくる居候にムカツくものの、祖父の様子が気になるので無視することにした。



「また来ます」

さんざん押し問答の末、男はあきらめ帰っていった。

塩こそ撒かなかったが、彼が使った座布団を、虫干しするよう母に言いつけたのを私は聞き逃さなかった。


「この雰囲気じゃあ、爺ちゃんに話は聞けねえわな…」

おお!珍しく空気を読んでる!

と、私が感心していると、「爺ちゃんの姉ちゃんについて、何か知ってる?」と、聞いてきた。


私に聞かれても…と困るが、祖伯母様の逸話をなんとか思い出してみる。

しかし、思い出せたのは、祖伯母様がかなりの力を持っていた事、内臓の病気で亡くなった事ぐらいだった。


「もう、かなり昔に亡くなられていて、私はおろか、母さえも会ったことがないんです。

 恐らく家で知っているのは、おじい様だけかと…」

「…そっか。

 じゃあ、今日役人が来たのは、誰かに祖伯母さんの力の事を聞いてた役人が、

 それを頼りに訪れた構図か」

「でも今、私の家族で霊を払える人なんていないと思うんですけど…」

それを聞いて、居候はいきなり私の体を、下から上へと舐めるように見上げてきた。


「…まさかな」

鳥肌が立ち、身震いがし、頭に血が上る。

「まさかは、あなたですよ!人の体、じーっと見て!」

「え…ちょっと待て!誤解だ!」

「最近、少し信用してたけど、やっぱりあなたも男なんですね!」

私は、かつて暴漢と戦った時と同じ様に、腰を落とし身構える。

「何の話だ!オレは潔白だ!」

居候も私に対抗するように、何かの映画で見たような構えを繰り出す。


二人の間を、緊張感が包み込む。

お互い、ジリジリと間合いを詰めていく。

呼吸をするのも、瞬きするのも、もどかしい。

まさにそこは、生死を超越した彼岸。


「アンタ達、何やってんの?」

気が付くと、母と妹達が、私達の事をポカンとして見ていた。

かくして、二人は違う意味で頭に血が上ることになるのであった。



それからほぼ毎日、市役所の人はやってきた。

祖父にそっぽ向かれる度に、私やサエ、小学生のトモミにまで話かけてくる男に、みんなウンザリしていた。

神社にもよく来るらしく、サエは二重苦に見舞われていた。

私が文句言ってくると言うと、サエと居候に二人がかりで止められた。


そして、一週間後。

その日も帰ってくると、あの男がいた。


「どうか!どうか!」

すがりつく男に、祖父もいい加減げんなりしている。

「あなたも、しつこいねえ。

 一昨日も言ったように、私らの世代にゃあ、強い力を持った者はおらん。

 どうしてもというのなら、他を当たりなせえ!」

「仕方がないでしょう!ここしか、頼るところがないんですから!」

逆切れぎみに訴える男。

「いい加減、孫もウンザリしとるんじゃ。

付きまとうのはやめなせえ!」

「あなたの孫より、私の立場のほうが大切だ!」


あたりが静まりかえる。


その様子に、本人も自分が何を言ったのか気付いたようで、あたふたとし出した。

「し、失言しました」

さすがに祖父も、この発言には堪忍袋の緒が切れたのか、見る見る顔が赤くなっていく。

これから起こるであろう修羅場を、固唾を飲んで見守る。


「爺さま、落ち着いて」

突然、居候が割り込んできた。

「大丈夫。

 この依頼、オレが引き受ける」

「待ちなせえ!

 こんな男の、依頼を受ける必要は無い!」

まあまあと祖父をなだめつつ、冷や汗を流している男に、馴れ馴れしく語りかける。


「で?何処に行けばいいんだ?」

「…は、はあ。

 あの…、上代山という山がありまして…」

「上代山!?

 あんた!養老院に行かせるつもりじゃったんか!」

紅潮していた祖父の顔が、さらに赤みがかった。


「処分にあぐねいていた土地に、やっと買い手がつきそうなんですよ!

 このチャンス、逃す訳にはいかないでしょう!

 市は、誘致に成功し、目の上のコブを処分出来る!

 業者も、安価で土地を得て、ビジネス出来る!

 あなた達は、稀有な力でお祓いをし、報酬を得る!

 何か、いけませんか!?」


もはや逆ギレを通り越し、最悪な事をベラベラと唾を飛ばしながら主張をしてくる役人。

「おいおい…何、ムキになってんだよ…。

 だから、行くって言ってんだろ?

 爺さまも落ち着いて」

顔を真っ赤にしている二人に挟まれ、居候も困り顔だ。

「上代山はいかん!

 あそこは、姥捨て山じゃ!」


「姥捨て山?」

私は、聞きなれない言葉に聞き返す。

「…姥捨て山なんて、本当にあったのか」

居候も、驚いた様子で祖父を見ている。


「そ、それじゃあ、お願いします!

 日程は、また後日!」

驚いている私達を尻目に、役人はいきなり早口で捲くし立てると、祖父の制止も聞かず、脱兎の如く去っていった。

あまりの非常識ぶりに、呆気にとられる私達。


「色んな意味でスゲエな、あの人…」

「…そ、そうですね。

 …ところで、姥捨て山って何ですか?」

そう質問する私に、居候は少し俯くと、

「…選択を迫られた人間が、最も愚かな選択をしてしまった話さ。

 抗うこともせずに…」

と、答えた。

よくわからない。


「二人とも、そこに座りなせぇ。

 姥捨て山がどんな話か、話しちゃるけぇ。

 ちょっとキツイ話じゃけぇ、心して聞きなせぇよ」


居候が折れる事を期待しているのか、祖父は顔に凄味を持たせ本気モードだ。

逆効果だと思うのだが…。



そして、祖父の会心の力説が終わり、今に至るのだが、結局祖父の説得にも応じず、居候は養老院へと行くことになった。


でも、私は知っている。

彼が、何故行くと言ったのかを。


お守りの一件で、サエは少し男性不振になっていた。

痴漢男と同じスーツ姿の役人に、サエも内心かなり怯えていたことだろう。

そんなサエの事を、居候は随分気遣ってくれていた。


「サエのために、引き受けてくれたんですよね?

 ありがとうございます」

私は、姉として素直に感謝し、お礼を述べた。

「え?あ、ああ」

素直にお礼をいう私に、少し戸惑った様子だったが、きっと照れているのだろう。


当日、見送ることが出来ない私は、「いってらっしゃい」と、少し早いお見送りを済ませるのだった。

#04 養老院の姥捨て山(中)に続きます。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ