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#03 双子のお守り 陰

この『#03 双子のお守り 陰』は、『#01 双子のお守り 陽』の、続編となっております。

先に、『陽』のほうを読む事をオススメします。

夏休み。

ジリジリと日が照り続ける中、私は帰宅の途についていた。

というのも、今日は()まわしき登校日。

本来なら、涼しい部屋で麦茶でも飲みながらゴロゴロしているはずなのに…。


やっとのことで、家の正門に辿り着く。

やっと涼めると安堵(あんど)した瞬間、体全体を熱波が包んだ。


「おかえり」


我が家の居候が、汗をかきながら焚き火をしていた。


この男は、何なんだ?

私が今、求めていないモノをピンポイントで提供してくる。

この男といると、新たな自分に目覚めてしまいそうだ。

おしとやかで通っているはずなのに、今、私の顔は般若に見えていることだろう。


「…精がでますね」


引きつっていたと思う。

たっぷり皮肉を込めて、そう言い放った。


「いやあ、夏の焚き火っていうのも結構良いもんだね。

 体の中にある悪いものが、全部出ていきそうだよ」


この男には通じない。

体より、性格の悪さをなんとかしたほうが良いのではないだろうか。


呆れて見ていると、焚き火の中に白い本の表紙が見えた。

「…あれは、確か」

「うん。【ウナ カンパーナ】」


そうだ。

妹の友達を苦しめた本だ。

あの後、居候は彼女から本を預かり、例のお守りも回収した。

お守りを燃やしたのは知っていたが、本のほうはまだ持っていたんだ。


「気になって、色々調べていたんだ。

 作者の事とか、他にも出版された冊子はないかとか。

 まあ、結局めぼしい情報は見つからなかったけどね」


人を不幸に陥れる悪意に満ちた本。

作者は、何を思い、何のために書いたのだろう。


「分かったのは、聖書の翻訳本だって事と、本はこれっきりということ。

 まあ、名前を変えて出版してるのかもしれないけど」

「聖書って、宗教で使うあの聖書ですか?」

「うん、そうだよ。

 聖書に、自分の解釈を入れ込むなんて、勇気がある奴だよな。

 やたら逆十字にこだわっていたのも、印象的だった」

「逆十字って、秘密結社やサタンを崇める人が使ってるヤツですか?」

「ちょっと待った。少し誤解があるな。

 別に逆十字は、そういうあやしいモノじゃなくて、ペトロ十字っていうちゃんとしたものなんだ。

 まあ、たしかに、悪魔崇拝のシンボルとして使われることもあるが…」

へえ~と、素直に感心する。


「今は、この本の流通を探ってるんだ。

 とは言っても、素人の出来ることなんてしれてるけどね」

「何か、わかりました?」

「一応、3冊ほど所在が割れている。

 市内の図書館、隣りの市立図書館、県立図書館。

 全て寄贈(きぞう)品らしい」


寄贈品ならば、もしかして寄贈した人間がわかるかもしれない。

そう言ってみたが、寄贈主が匿名(とくめい)を希望している以上、調べるのは難しいそうだ。


「確か【ウナ カンパーナ】って、イタリア語で鐘って意味ですよね」

「…ああ」

私も、一応インターネットで調べてみたのだが、こんな情報しか出てこなかった。


「鐘…、扉…、鍵…か…」

「え?」

「…いや」


「鐘」「扉」「鍵」。

今、確かにそう呟いた。

この人、本当は何か知っているのではないだろうか?

そういえば、本の内容にも詳しかった気がする。

本の中に、嘘が混じってると言っていたけど、何故嘘と判ったのだろう。


問い詰めようとした瞬間、玄関の扉が開いた。

二女のサエだ。


「ん?どこかに出掛けるの?」


外出用の服とカバンをかけた姿に、居候が声をかける。

確か、今日は塾に行く日だったはずだ。


サエはアイツに気付くと、少し照れながらペコリと頷いた。

それに答え、アイツも「そっか」と、ニコリと返す。

私との、この態度の違いは何なのだろうか。

やはり、年令なのか?


「いってきます」

サエは、考え込んでいる私に小さな声で挨拶をすると、少し遠い塾へと出掛けて行った。

カバンには、例のお守りの片割れが揺れている。


あの人形を、大量に作る訳にはいかないのだろうか?

そう聞くと、

「オレの管理出来る数量に留めたいんだ。なにより、ハゲちゃうしな」

と、答えた。


翻訳本である【ウナ カンパーナ】。

今も、図書館やどこかの書店で、普通に並べられているのだろう。

子供達が、この本を手に取っているかと思うと、心が締めつけられる。


「ところで、サエの友達は、何処で本を手に入れたんですかね?」

「学校の図書室らしいよ」


そっか、学校で借りたものを燃やしているわけか。


ソッカ…借リモノ…燃エテル…ノカ。


血液が、音を立てて引いていく。


「大丈夫。昨日、徹夜で一冊書き上げたから」

「そっか。それなら大丈夫ですね」


白い本に綺麗な文字で【ウナ カンパーナ】と書いてあれば、確かにバレないはず。

それに、翻訳本なんて誰も見ないし、先生にもきっとバレない。



「ンな訳あるかあぁ!」

初めてのノリツッコミだった。



ーガタンガタンー


電車が揺れる。

窓の外を、見馴れた景色が流れていく。


今日も、勇気が出なかった。


私は、人見知りが激しい。

まともに話せるのは、家族か友人くらいだ。

直したいと思っているけど、なかなか直せない。


今日も、せっかくあの人が挨拶してくれたのに、うまく声が出ず、会釈で返してしまった。

少しの勇気も出すことが出来ない、自分が嫌いだ。

揺れる電車に身をまかせながら、私は自己嫌悪に(さいな)まれていた。


しばらくして、電車がカーブに差しかかり、電車のスピードが落ちた時だった。

「!」

今、何かが、お尻に当たったような。


後ろを振り返り、まわりを見ても変わった様子はない。

それどころか、周りの人に変な顔をされる。

気を付けなきゃ。


気を取り直し、電車に揺られる。



「っ!?」

まただ。

もしかして痴漢!?


…でも、もし違ったら。

今見た、周りの反応と、この前見た痴漢冤罪の番組が頭をよぎる。

…ちょっとだけ待って、それでも触っていたら悲鳴をあげよう。


あとちょっと…。

(もし、当たってるのが、カバンとかだったら…)

あとちょっと…。

(もし、違う人を、指し示しちゃったら…)

キッカケを掴むことが出来ず、無限とも思われる時間が過ぎ去っていく。


あとちょっと…。


ここで、あることに気付く。

何かが触れている部分が、序々に暖かくなっていく。

物が当たっているのなら、そんなことはないはず。

私は、伸びをするフリをして、何かが当たっている部分を、軽く手で払ってみた。


!?

人肌のようなモノに当たり、それは一度は引っ込むが、しばらくして、また同じ場所を触りだした。

間違いない。痴漢だ。


早く声をあげなきゃ。

「…た…すっ…ぇ!」

あれ?うまく声が出せない。

こんな時にも、勇気が出ない。


頭の中に、お姉ちゃんとあの人の顔が浮かぶ。

お姉ちゃんなら、どうするだろう。

(お姉ちゃん…。助けて…)


その時だった。

「ぎゃあぁっ!!…あ…ぎ…ぐっ!」

突然、耳元で発せられた叫びに振り返ると、サラリーマンが腕を押さえ、なにやら苦しんでいる。

腕を見ると、あの人に貰ったお守りの人形が噛みついていた。


「このクソが!」

男は、人形を引きはがし、床に叩きつけ踏みつける。

周りの人も異常を感じ、こちらに視線が集まる。


「お前のおもちゃが、腕に当たってんだよ!気をつけろ!」

そう悪態をつくと、踵を返し、痴漢は隣の車輌へと移っていった。


周りからは、同情と軽蔑の視線が集まる。

「何アレ!?かわいそう…」

「最近の子は、カバンにジャラジャラつけて。他の人の迷惑も考えないのかねぇ」


何か言わなくちゃ。

何か言わなくちゃ。

でも、言葉が出てこない。


私は、私を守ってくれた人形を拾い上げると、そっと胸に抱き寄せた。

(助けてくれて、ありがとう)

悔しさと悲しさと自分へのもどかしさで、涙が止まらなかった。



ーチャリーン!ー


ブタの腹が鳴る。


居候が、数ヵ月前から始めた500円玉貯金。

ブタで陶器で取り出し口の無い、古いタイプの貯金箱だ。


「取り出し口があると、魔が刺す危険性があるからね。

やっぱり、そういう事はキチンとしなきゃ」


ホクホクとしている彼に、私は、「何年かかりますかねぇ?」と、イヤミを言う。

普段のお返しだ。


「あれー?良いのかなぁ?そういうこと言って。

 これを割る頃には、10万円貯まってんだぞ。

 10万円って言ったら、色々買えるぞ?

 服、食べ物、水着、水着…」


そんなくだらない話をしていると、玄関の扉の開く音が聞こえてきた。

きっと、サエが帰ってきたのだろう。

私の冷たい視線を避けるように、居候は玄関へと駆け出した。


「おかえり。お金が貯まったら、サエちゃんには何かご馳走するからね!」


こちらを見てニヤリと笑う。

素でムカつく。


そんな居候に、いつも通り会釈で返すサエだったが、気のせいか元気が無い。

「よし、トモちゃんにも、ご馳走する約束しなきゃね!」

そんなサエの様子にまったく気付く様子もなく、ニヤニヤとこちらを見ながら、あいつは三女のトモミの部屋へと走り去っていった。


バタバタと足音を鳴らしながら去っていくヤツを見送り、私はサエに話しかける。

「サエ?何かあったの?」

「…なんでもない」

やはり元気の無い声で、サエは答える。


やっぱり、おかしい。

昼間出掛けた時は、元気だったはず。

となれば、塾に行って帰るまでに何かあったのだろうか。


ふと、カバンに目が止まる。

カバンにぶら下がった人形の、口の部分が裂けている。

やっぱり、何かあったんだ。


サエは、普段から悩みを打ち明けることはない。

悩んでる様子も表に出すことはなく、どちらかといえば抱え込むタイプだ。

そんなサエが、目に見えて元気が無い。

今、私のするべきことは…。


「サエ!」


どのくらい振りだろう。サエを、抱き締めたのは。

5才頃、サエが転んでケガをして以来だろうか。

そういえば、あの時以来、サエが泣いたところ見たことないな。


サエは、驚きもせず、飛び退きもせず、ただ、私の抱擁(ほうよう)に身をまかせていた。

サエが、顔をうずめている部分が熱い。

大丈夫だよサエ。分ってる、分ってるから。


「大丈夫。今度の塾には、私もついていくから」

「…」


何があったのかは知らないし、話してくれるまで聞かない。

ただ、サエが今、辛い思いをしてるのは分ってるし、サエがもし助けを求めたい時には、すぐに助けられる場所にいてあげたい。


私とサエは、家族が帰ってくる直前まで抱き合っていた。

途中、居候が様子を見に来たが、私達が抱き合ってるのを見て、「おおう!?」と言って、引き返していった。



2日後。


夏休みの私達学生には関係ないが、世間は日曜日。

親子連れでごった返す中、私とサエは電車に揺られていた。


妹の通っている塾は、夏休み中特別講習が行なわれ、今までの講習日+日曜日という、遊びたい盛りの学生泣かせなスケジュールが組まれている。

しかも、授業も3時間上乗せされる鬼仕様だ。


「よく堪えられるね」

姉ながら感心する。


「お医者さんになりたいから」

「へえー、サエは医師になりたいんだ。

初めて聞いたよ」

「…守りたい人がいるから」

「…?守りたい人って誰?」

「それは…。

 …!?」


急に黙りこむサエ。

不審に思い、顔を見てみると青ざめている。

サエの視線を追ってみると、サラリーマン風の眼鏡の男性が、正面のガラスに映りこんでいた。


サエを見て、ニタニタと笑っている。

居候とは違う気持ち悪さ。

こいつが、一昨日サエが話してくれた痴漢か。


男は、だんだん距離を詰めているような気がした。

また、サエを狙う気なんだ。

大丈夫。私が守るから!


目、顎、喉、鳩尾(みぞおち)、××。

人間の急所を、頭の中で再確認する。

私は、自分でも驚くほど冷静だった。

いや、熱くなってたのかもしれない。

そして、痴漢の方に向き直る。


目があった。

私の存在に、気付かれてる?

だが、そんなことはどうでもいい。

最初から、サエを守るつもりで来たんだ。


改めて、相手を凝視する。

目は、眼鏡で塞がれている。

喉は、身長差でリーチが足りないか。

だとすれば、狙うべきは…!


痴漢は私に狙いを変えたのか、口パクと指で値段交渉をしながら近付いてくる。

厚顔無恥(こうがんむち)で、不敵な態度が気に食わない。

私は、下半身に狙いをつけ踏みこむ。


が、読まれてたのだろう。

下半身を屈めて、痴漢は回避しようとする。


かかった!


私はそのまま踏み込み、掌を斜め上に突き上げた。

下半身を見ながらの、(あご)への掌底(しょうてい)

見事にタイミングが合わさり、後ろによろめく男。


「おい!何だ!押すなよ!」


周りから怒号が響く。

だが、奴は脳が揺さぶられたらしく、うまく立つことが出来ない。


追撃のチャンス。

そう思い、構えようとした瞬間、左腕に体重がかかった。

サエが泣きながら、左腕にしがみついている。

「もうやめて。お願いだから」

昂ぶる気持ちが先行して、一瞬「何で!?」と思ってしまったが、サエが心配してることにすぐ気付く。


「どけ!」

その隙に奴は人垣を押し退け、隣の車輌に逃げ込んだ。


一瞬、追い駆けようとするが、サエは放さない。

「…わかった。もう追わないから」

そう言いながら、サエの頭を撫でたところで、ある異変に気付いた。


あれ?カバンに付いてた人形が無い。

辺りを見回すが、どこにもない。


そうこうしているうちに、電車は駅にたどり着く。

ドアが開き、窓越しに奴が電車から降りるのが見えた。


あれ?

ホームを駆けている痴漢の腰に、何かがぶら下がっている。

こちらに背を向けていて良くわからないが、もしかしてお守り?

そう思い目を凝らしていると、走っている反動なのか、だんだんと人形がこちら側を向いてきた。


「え?」

左目が付いてる。

さっきまでは、無かったはずなのに。


何か嫌な予感がするも、やがて電車は動きだし、次の駅へと出発してしまった。

私は、まだザワついている車内の中、泣いている妹を撫で続けた。



塾が終わり、帰宅した頃には夕方になっていた。

サエと話し合い、居候に今日あった事を話す事にしていた私は、居候にあてがわれた物置部屋を目指す。


居候は、私が部屋を訪れたことに驚きながらも、快く迎え入れてくれた。


「おいおい、危険だろ!

 オレも一応男なんだから、遠慮なく頼れよ!」


痴漢と戦ったところまで話して、私は居候に怒られていた。

反省はしている。

でも、サエにとっては聞かれたくない話というのも事実だ。

私は一応謝り、人形が消えたところから話を再開する。


「消えた?」

「ええ。それで、探してたら痴漢が持ってて…。

 サエに近づけてはいないから、盗まれたわけじゃないと思うんですけど…。

 その人形には、何故か目が付いてて」

「目が付いてた?」

コクリと頷くと、彼は少し神妙な面持ちになった。


「あの人形、顔は裏地に縫いつけてあるんだ。

 使い込むと、顔が表側に出てくる」

「…あの人形って、一体何なんですか?」

「悪意を食べる小悪魔」


さらっと、恐ろしいことを言われた。

なんで、そんなモノ持たせたのか!と、狼狽するも、彼は顎に手をあて何処吹く風だ。


「マズいな。このままじゃ成長して、魂を持っていかれる…」

そう言ったかと思うと、勢いよく立ち上がり身支度を始めた。


「探しにいく。

 悪魔の目を見た人間は、無差別で魂を持っていかれる」

「え!?私、見たんですけど…」

「オレが言ってるのは、仮初(かりそ)めの目ではなく、本当の目。

 その痴漢野郎が犯行を重ねてたら、3番目の目が出てもおかしくはない」


早々に身支度を済ませ、出て行こうとする彼に、「私も行きます」と自薦する。

少し渋っていたが、時間が措しいのか、すぐに承諾してくれた。



駅に着き、私と居候は昼間と同じ電車に乗っていた。

あてはないが、とりあえず奴が降りた駅に行こうとのことだった。


着く間、人形の話を詳しく聞いた。

「小悪魔は人形を器とし、悪意を食べる度に人形と一体化する。

 口が現れたのも、そのせいさ。

 けど、口はそんなに問題じゃない。

 厄介なのは、目だ」


突如始まった、甚平姿の人間のオカルト話に、周り人は距離をおく。


「目を見た人間は、魂を抜かれる。

 それを防ぐために、仮の目を裏地に縫いつけてある。

 本物の目の変わりに、表に出てくるように」


気にする事なく話を続ける居候に、少しだけ尊敬の念を抱く。


「それにしてもおかしい。同化が早過ぎる。

 これじゃ、まるで月の日だ」

窓から空を見ると、まだ青を残す夜空に、三日月が浮かんでいた。



空気が抜けるような音がして、ドアが開く。

私達は、痴漢を見失った駅のホームに立っていた。


「着きましたけど、これからどうします?」

振り返ると、居候はせわしなくキョロキョロしている。

これじゃこっちが不審者だ。


「多分、ココのはずなんだけどな…」

「え?」


そういえば、あの人形には、この人の髪の毛が入っていた。

そのおかげで、位置を把握することができるとか?

にわかには、信じられない話だが、一応私も探すことにする。


居候とキョロキョロすること約10秒。

「あっ!あいつ!」

向かいのホームで、携帯をいじっている痴漢を発見した。


痴漢の前には、サエと同年代くらいの女の子が電車を待っている。

今度は、あの子を狙う気なのか。


しかし、むこうのホームに行くには、線路を挟んでいる。

橋を渡らなくてはいけない。

そう思った時には、居候はすでに駆け出していた。

私も後に続く。


やっとのことで階段を上り、歩道橋にさしかかる。

窓からは、電車が来るのが見えた。

急がなきゃ。


痴漢は、電車が来たのに気付いたのか、携帯をしまおうとしている。

だが、ポケットに携帯を入れようとしたところで手が止まった。


あれ?今…。

ポケットが動いたような…。


その次の瞬間、びくっと体を震わせたかと思うと、何故か女の子に背を向け歩きだした。

逃げられる!?

私は急いでホームに下りる階段へと向かう。


階段を駆け下りている時だった。


キャアァーー!


女性の悲鳴と擦れるような金属音が鳴り響き、ホームが騒然としだした。


え?なに?

私が階段で立ち尽くしていると、居候が私の方へ振り返り叫んだ。

「マナカは来るな!」

そう叫ぶと、泣き声と怒号が響きわたるホームへと駆け下りていった。


少ししてホームから、「ちょっと君!」という声が聞こえ、また一騒動あったようだが、私は居候の助言通りホームには下りず、黙って待つことにした。


私が、何が起きたのか理解したのは、他の客に詰め寄られている駅員が発した一言でだった。

「人身事故発生のため、運転を見合わせております」



次の日。

居候は、実家から少し離れたウチの私有地で、焚き火をしていた。

あたりには、なんだかよくわからないニオイがたちこめている。

黒く焦げた灰も広範囲に散乱しており、普通じゃないモノを焼いてたのは、すぐに想像出来た。

おそらく、お守りを焼いてたのだろう。


「すまない。毒で毒を制すつもりだったんだが、思ったより猛毒だったようだ。

 下手したら、サエちゃんまで巻きこんでた」


さすがに反省したのだろう。

散乱した灰に水をかけながら、謝ってきた。


「色んな予想外、いや、想定外なことが起こった。

 でも、その想定外の中でも、人形が勝手に痴漢について行ってくれたのは幸運だった」


家に戻る道中、例の悪魔について簡単な説明をしてもらった。

本来なら、人に見られるリスクを背負ってまで、人について行くというような大胆な行動は起こさないそうだ。

悪魔でお守りであり、自分で餌場を求めるような、打算的な行動は出来ないようになっているらしい。


「じゃあ、どうして痴漢についていったんですかね?」

「よくわからんが、サエちゃんに渡したのはメスの方だ。

 単純に、惚れられたんじゃないか?」


悪魔に好かれるというのも災難だ。

愛は、何者にも止められないというやつか。

でも結果、好きな人の魂を奪えたのだから悪魔にとっては良かったのかも。


「魂を抜かれるって、口から魂を奪い取っていくイメージでした」

昨日の事を思い出し、苦笑いしながら居候に話しかける。

「まあ、映画とかならな。

 …ちょっと待ってな」


そう言い、急いで家の中に入ると、ブタの貯金箱を持って戻ってきた。

「この貯金箱の中から、500円玉を取り出してみな」


無茶なことを言う。

とりあえず、逆さまにして振ってみたりする。

穴から少し硬貨の端が見えているが、やっぱりなかなか出そうにない。

あきらめ、「無理です」と貯金箱を返す。


すると、貯金箱を縁側に置き、こう言った。

「こうしたほうが早いだろ?」

隠し持っていたハンマーを振り上げ、そして、振り下ろす。


大きな音をたて、砕け散る豚の肉片。

中から飛び出る500円玉。


見てないはずの事故の光景が、脳裏にかすんだ。


「な?こうやったほうが、手っ取り早いだろ?」


貯金箱の残骸には、500円玉が2枚転がっていた。

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