天井
学がない。
額がなく、あぶれてしまった人。そんな人になりたくないと思っていた。ならないために頑張っていたつもりだった。そう、つもりだけだったのだ。
大半の人は小学校に行き、授業や夏休みの宿題などで植物を育てるという行為に触れたことがあると思う。私もその行為に触れた。私はどこかで全ての植物は水さえあげていれば花が咲くのだろうと思っていた。結果的には私の育てた朝顔は花は咲いた。
ただ、私が植物で人を植物に例えた時の花が学や才能や結果だとしたら私という植物には花が咲かなかった。咲かせることができなかったの方が正しいのかもしれない。なんなら私という植物の根は腐り、もう新しい芽はでないのだろう。そう思った。
平日の昼間。天井を見る。眺めると言った方が正しいのかもしれない。天井には何もなかった。そこにはついていない明かり、窓から差し込む眩しく煩い光と火災報知器だけ。他には何もなかった。ない方が嬉しい。
ただ、過ぎていく時間を時計の針が進む音だけが心臓を突くように教えていた。何もない明日に怯えて何もない予定をみて焦る。何に急かされているのかも分からない。中学、高校時代の同級生は今頃大きな事をしている、する準備を進めているに違いない。そうわけも分からない確信に似た何かを感じて勝手に焦りを感じている。
スマホに手を取る。ただ時間を忘れる何かが欲しかった。なんとかして進む時間を忘れたかった。見たいものなんてなかったし、調べたいものもなかった。深い海の底近くで溺れている自分を眺めているような気分だった。何もできないのにもがく意味のない自分の行為。
動画投稿サイトを開く。短く、そこまで真剣に見る必要もなく、集中する必要もない動画を見た。本来違法とされるファスト動画と似たような動画、海外の検証動画、名前の知らない配信者の生放送の切り抜き。どれもつまらなく感じた。そう感じたのは自分が捻くれているからなのか、それともその動画が客観的にみてつまらなかったのかは分からなかった。
どれだけ動画を見たのか分からない。その行為に意味があったのかと言われればない。絶対にない。断言できる。時計を見た。文字盤や秒針と目が合う。進んでいない。全く進んでいない。時間自体は進んでいるが、時間が経っていない。想像したよりも遅く、睨むように時間は進むらしい。
また、天井を見た。変わらない。
喉が渇いた。それに抗うようにまた少しの間意味のない行為をした。喉が渇くという感覚が少し前に感じた同じ感覚を迎えに来るようにもう一度来た。スマホを投げるように置いて立った。
部屋の隅から暖かい風が出ている。名前は知らないがエアコンの風が出る方向を決めているプラスチックの板に黒いものが付いているのが見えた。おそらくカビだろう。最後に掃除したのはいつだったろうか、そんなことを思いながら部屋をでた。
床が冷たかった。冷蔵庫からお茶の入った冷水筒を手に取って出ていたコップに入れる。コップを口に近づけて急いで注ぐようにお茶を流し込んだ。喉に冷たく重く硬い何かが流れるのを感じる。押し込んだ。味はそこまでしなかった。
さっき見たエアコンを思い出す。自分もエアコンの出す風ののようになれたらいいのにと思う。風はプラスチックの板に沿うように自然と流れる。自分もそんなふうに流れていきたかった。
コップを机に戻す。もともと置いてあったところに戻す。部屋に足を向かわせる。今、自分は自分の意思で足を動かせているだろうか。足が勝手に自分の意思を決定づけて動いていないか心配になる。時々こういう訳の分からない不安に襲われるときがある。
少し前まで聞こえていなかった音が聞こえる。車が家の近くを通る音、エアコンの動く音、自分の脳内に響くよくわからないモスキート音のようなもの。少し視界が広くなる。喉が渇いていたせいで視界が狭くなるなんておそらくないだろうがそう感じた。
部屋に入り、静かに横になる。天井を見る。少し羨ましく感じる暖かい風。ついていない明かりと窓から差し込む眩しく煩い光と火災報知器。
心臓を何かが突く。変わらない。
最後まで読んでくださりありがとうございました。
自分は小説というものを初めて書きます。自分はまだ子供で社会に対して解像度が低いのでこのような文章にしました。暗いですが気にいってくれれば幸いです。自分には文才がないため文章自体が稚拙かもしれません。




