56話 力比べの証明と平原に落ちる罠
渓谷の要塞にて、ミア領こと俺の国からかき集めた千五百の戦力と、魔王ディフの五千の戦力が合流した。
合計で六千五百ほど。アンデッドや魔物込みで。
状況を考えると破格の数だが、烏合の衆のそしりは免れない。
(組んだばかりで連携とかは……難しいよなあ)
とはいえ、立ち止まるわけにもいかない。
俺たちは要塞を出発し、決戦の地である東の平原へと進軍した。
平原には、すでにルーサーの軍勢が陣を敷いていた。
障害物のない開けた地形で、純粋な正面衝突になる。敵の数はパッと見で五千ほど。
(なんだ? 意外と少ない……)
そう思った矢先、竜の姿で上空から偵察をしていたレジエが舞い降りてきた。
「……ミア。北東と南東に、それぞれ数百の別働隊がいる」
レジエの報告に、軍議の場がざわめいた。
「距離があるから詳細はわからないけど……どちらの部隊にも、竜が一体ずついる。ルーサーの本隊にいるレアと、もう一体を合わせて……敵の竜は全部で四体」
その瞬間、会議の空気が鉛のように重くなった。
ディフが険しい顔で地図を睨む。
「……南部の他の魔王たちは、ほぼやられたと見ていいじゃろう。だからこそ、別働隊と竜をこの戦場に差し向ける余裕があるのだ」
通常の戦力で互角だとしても、戦術兵器とも言える竜族の数で四対一。
これを覆す方法は、歴戦のディフにも思いつかないようだった。
俺は腕を組んで悩んだ。
レジエに一体の竜を抑えさせたとしても、残り三体が上空からブレスを吐き散らせば、地上にいる兵士たちはあっという間に蹴散らされる。
「……ちょっと、待っててくれ」
俺は軍議を抜け、お姉さんを人目のないテントへと呼び出した。
「どうしたの、ミア? 二人きりになりたかった?」
「お姉さん、いや、イリス。頼みがあるんだ」
俺は単刀直入に切り出した。
「秘密裏に、副魔王としての実力を発揮して、敵の竜を撃ち落としてほしい」
「あら」
お姉さんは目を瞬かせたあと、くすっと笑った。
「あまり私に頼りきりなのはよくないけれど……相手が竜族じゃ、そうも言ってられないか。いいわよ」
あっさりと頷いてくれた。だが、タダで動くような人ではない。
「でも、その前に少しだけ……ね♡」
お姉さんは淫靡な笑みを浮かべ、俺の胸ぐらを掴んで引き寄せようとした。急いで済ませるつもりらしいが、これから戦いだというのに発情させられてはたまらない。
「やめ……っ!」
俺は咄嗟に、伸びてきたお姉さんの腕をガシッと掴んだ。
「あら?」
お姉さんは意に介さず、そのまま俺を組み伏せようと力を込める。
ギリッ。
副魔王イリスが持つ腕力は、人間とは比べ物にならないくらいに凄まじい。
力が強くて、魔法が使えて、美人で、長く生きて経験を積んでて、頭もいい。それにたくさんの愛情を注いでくれる。
(……いろんな意味で最強だ。でも)
俺の肉体は、そんなお姉さんが数十年かけて作り上げた最高傑作だ。
チーターっぽい魔物の爪や牙を受けても致命傷にならなかったほど頑丈で、魔力で強化された細胞は限界を知らない。
「ぐ、うぅぅ……!」
俺は歯を食いしばり、全身のバネを使って、お姉さんの腕を──ほんの少しずつだが、確実に押し返した。
「…………」
テントの中に、一瞬、無言の空気が流れた。
魔法の腕や技術では到底及ばないが、純粋な腕力という一点においてのみ、俺はお姉さんの力を上回ったのだ。
「……ふふ」
お姉さんが、不意に力を抜いた。
「配下の横暴を力ではね除けるなんて、少しは魔王らしくなってきたじゃない。……嬉しいわ」
怒るどころか、我が子の成長を喜ぶような、深い愛情に満ちた瞳。
お姉さんは俺の頭を優しく撫でると、「期待に応えてあげる」と言い残してテントを出ていった。
(……勝てた。でも、この人、俺が強くなることも込みで楽しんでないか?)
今後に一抹の不安を覚えつつも、俺は拳を握りしめた。
勝ち目はある。だが、今のままじゃまだ足りない。
実戦こそが最大の訓練だ。お姉さんに頼るだけじゃなく、俺自身も戦場に立とう。
この強靭で頑丈な肉体があるなら、後方から魔法をぺちぺちと放つだけでなく、前で暴れることができるはずだ。
俺はテントを出たあと、長めのメイスを用意してもらい、手に取った。
◇◇◇
大まかな作戦はシンプルだ。
正面から本隊同士をぶつけ、あとは流れで。とにかく敵の竜をどうにかできれば、ルーサー軍の必勝の策が崩れ、士気は一気に落ちるはずだ。
「全軍、突撃!!」
ディフの号令と共に、平原での決戦が幕を開けた。
「グオォォォッ!!」
早速、ルーサー側は本隊に待機させていた二体の竜を上空へ投入してきた。
だが、こちらにも切り札がある。
「行け、レジエ!」
巨大な火竜と化したレジエが飛び立ち、瞬く間に敵の一体である、緑竜のレアに噛みついた。
もみくちゃになりながら、空高くへと戦場を移していく。これで二体のうち一体は地上への攻撃ができない。
そして、残るもう一体。
悠々と空を舞い、俺たちの歩兵部隊へブレスを吐こうと息を吸い込んだ瞬間──。
ドシュッ
圧縮された魔力の塊が、地上から目にも止まらぬ速度で放たれ、竜の翼の関節を正確に撃ち抜いた。
アンデッド部隊の中に隠れ、味方からも正体を偽装したお姉さんの、一切の無駄を省いた魔法だ。
「ギャアアアァァッ!?」
翼を粉砕された竜はバランスを崩し、きりもみ回転しながらルーサー軍の後方へと墜落した。
ズドォン!
すさまじい土煙が上がる。
高所からの落下により、息はあるだろうが戦闘は不可能だろう。
さらに、貴重な竜を死なせるわけにはいかない敵軍は、急いで回復魔法を使える後衛部隊を墜落現場へと向かわせた。
これにより、一般兵から回復役を引き離すことに成功。
「いけるぞ! 押し込め!!」
別働隊にそれぞれついている竜は、迂闊に近づけなくなったのか、かなり遠くで一定の距離を保っている。
出鼻を完全に挫かれ、まさかの事態に動揺するルーサー軍。
俺は長めのメイスを構え、怪力に任せて敵陣へと突っ込んだ。
「ふんっ! はぁっ!」
メイスを一振りするだけで、重武装の兵士が三人まとめて吹き飛ぶ。圧倒的な身体能力のおかげで、矢を受けても致命的な怪我にはならない。
アンデッドの波状攻撃と俺の突破力で、ルーサー軍の前線は面白いように崩れていった。
そして、意外と前線近くで指揮をしていたルーサーの姿を、乱戦の中で捉えた。
(大将を仕留めるか生け捕りにすれば勝ちだ!)
俺はメイスを構え、ルーサーへ向けて地を蹴った。
「そこまでだ!」
肉薄すると、護衛の兵士たちが慌てて盾を構えた。
だが、ルーサー本人は、この危機的状況にもかかわらず、余裕の笑みを浮かべていた。
「やあ、ミア。……ずいぶんと勇ましいじゃないか」
「負け惜しみか? お前が用意した竜はもう使い物にならないぞ」
俺がメイスを突きつけると、ルーサーはくすくすと笑った。
「今回の戦い、君たちはどれくらいの戦力を注ぎ込んだのかな? 決戦ということで、全力?」
「……何が言いたい」
「ディフが籠もっていた要塞は、今どれくらい手薄だろうね?」
背筋に、ぞくりと冷たいものが走った。
(……相手の戦力の総数、いくつだ?)
南部の魔王たちを次々と下してきたルーサー軍。
視界の中にあるのは、本隊五千と別働隊が数百ずつ。
だが、さらなる戦力が隠れている可能性はないのか?
竜族を四体も雇えるほどの異常な資金力があるなら、普通の傭兵を大量に雇う余裕があるはずだ。
「君たちが全力でここに来てくれたおかげで、助かったよ」
ルーサーはそう言い残し、護衛に守られながら軍の奥へと素早く下がっていった。
追おうとしたが、分厚い兵の壁に阻まれる。
面倒なことに、この兵は軽く蹴散らせる雑魚ではない。大将の守りを任せられるような精鋭たちだ。
それから少しすると、後方から血相を変えて馬を走らせてきたディフ軍の伝令が、絶望的な報告を叫んだ。
「ほ、報告! 渓谷の要塞が……魔王ルーサーに雇われたと思わしき傭兵部隊の強襲を受け、奪われました!!」
要塞陥落。
平原で優位に立とうとも、帰るべき拠点と退路を絶たれてしまえば、軍は時間と共に崩壊していくだけ。
(戻れば後ろから攻められる。だけど、このまま攻め続けようにも動揺が広まってて、攻めきれない)
向こうからすれば、あとはこのまま耐えるだけでいい。
一気に勝負を決めず、戦いを引き延ばし、事実上の持久戦に持ち込んだっていい。
ルーサーの描いた罠の全貌に気づいた時、メイスを握る手に冷や汗がにじむのを感じていた。




