55話 過激なスキンシップによる強化と反逆へのかすかな勝機
「……現状、かき集められる戦力はこれで限界です」
オロネスの領主の館。その執務室。
カーミラが手元の資料から顔を上げ、報告を締めくくった。
「借金をしてでも追加の傭兵を雇い入れ、わたくしとイリス様の手でアンデッドの追加作成も急いで進めています。しかし、時間が足りません。総兵力は、千から千五百に届くかどうか、というところでしょう」
深刻な報告だ。
だが、その報告を聞いている俺の状況は、およそ一国の主が取るべき態度ではなかった。
「んぅ……っ、あっ……」
俺は、お姉さんの膝の上に座らされていた。
ただ座っているだけではない。俺もお姉さんも、布地というよりは透けたシルクのネグリジェのような、服と呼ぶには薄すぎる代物を一枚しか身につけていない。
下着? 恐ろしいことに、つけてない。
背中からはお姉さんの豊かな胸が押し付けられ、両手で腰から太ももにかけてを、いやらしく撫で回されている。
「ん……♡ カーミラ、ご苦労様。引き続き準備を急いでちょうだい」
「……は、はい。承知いたしました」
カーミラは、明らかに何か言いたげに眉を引きつらせていたが、相手が絶大な力を持つ副魔王であるため、黙ってやり過ごすしかなかった。
真面目な苦労人枠のカーミラには、この光景は毒が強すぎるだろう。
……もしかすると、俺を襲いたいのを我慢してるだけかもしれないが。
正直なところ、今すぐ逃げ出したい。
だが、逃げられない。
「ひゃぅっ……! ん、むぅ……っ!」
俺の口には、お姉さんのサキュバスの尻尾が、おしゃぶりのように押し込まれていた。
先端のスペード型のところが絶妙に舌を刺激し、ちゅぱちゅぱと音を立ててしゃぶらされている。
さらに、尻尾はただ咥えさせられているだけではない。
第三の手のごとく器用に動き、時には口から抜け出して俺のお腹をぐりぐりと撫で回し、時には胸の先端に吸いつくような動きを見せる。
両手と尻尾による、逃げ場のない三点同時責め。
「大規模な決戦が近いからね。……ちょっと段階を飛ばして、魔力強化をしてあげる」
そう言って始まった、この強制的なイチャイチャ。
強すぎる快感で意識を飛ばすのではなく、じわじわと、一定の持続的な快感を全身の神経に流し込み続けるという、恐ろしく高度な開発技術だった。
体が熱く、ソワソワして落ち着かない。
なのに、お姉さんの腕の中にいると、不思議と絶対的な安心感に包まれるという矛盾。
(くそ、まずいとわかってるのに……動きたくない)
快感と安心感の板挟みになりながら、俺は少しずつだが確実に、自分の心の中の男としての部分が削り取られ、ただ愛されることだけを望む存在へと作り変えられていく恐怖を感じていた。
「……では、わたくしはこれで失礼します」
これ以上は見ていられないとばかりに、カーミラは早足で退室していった。
パタン、と扉が閉まる。
「さて。カーミラもいなくなったことだし、今のうちに、これからについての話をしましょうか」
お姉さんは、真面目な感じで耳元でささやく。
「なら、解放してくれ……!」
俺が尻尾を口から吐き出し、涙目で訴えると、お姉さんはにっこりと笑って首を横に振った。
「ダメ。……すぐ強くなるためには、強制的に過度なスキンシップをして、私の魔力を注ぎ込み続ける必要があるのよ?」
とはいえ、話の内容が快感のせいで吹き飛んでしまわないように、お姉さんの手の動きと尻尾による刺激は、少しだけ弱まった。
「はぁ……はぁ……それで、これからって?」
多少の余裕ができた。
息を整えながら尋ねる。
「ええ。今回の決戦……負けたら私の愛玩動物ルートへ直行するとして」
「不吉なこと言うなよ!」
「魔王としてルーサーに勝った場合、二つの道があるわ」
お姉さんは、俺のお腹をさすりながら続けた。
「一つ。大陸西部を取りに行く。西方諸国連盟ね。あっちは統一された軍ではないから、付け入る隙はいくらでもあるわ。楽なのはこっちね」
「もう一つは?」
「大陸東部……つまり、竜族の縄張りを取りに行くの」
「竜族? いや、あいつらかなり強いだろ? 集団となれば特に」
単体の竜でも厄介なのに、それが集団となればどれくらい恐ろしいことか。
まず空を飛びながら火を吐ける時点で強い。
「そうね。でも、東部を先に手に入れるのも悪くないわ。東の脅威さえ排除してしまえば、西部への備えは最低限にして、北部の旧魔王軍残党にだけ戦力を集中できるから」
お姉さんの指が、俺の鎖骨をなぞる。
それだけでなく鼻息が首にかかる。
「そして、残党たちを倒してしまえば……西方諸国連盟は、強大になりすぎた私たちに怯え、戦わずして従属を選ぶ。そうすれば、魔界の統一が無事に完了するというわけ」
壮大すぎるビジョンだ。
楽な西を攻めて地盤を固めるか。困難な東を先に叩いて、後々の憂いを絶つか。
お姉さんが提示するのは、どちらも一長一短の難しい選択だった。
「まあ、まだ選ばなくてもいいわ。どちらを選択するか、うんと悩んでほしいもの。まずは、目の前のルーサーに勝利することが最優先よ」
「あ、ああ……そうだな」
俺は生返事をしながら、別のことを考えていた。
(……このままルーサーに勝って、勢力を拡大していったとして)
俺の身に平穏は訪れるのだろうか?
否。お姉さんのこの魔力強化という名目の強制的なイチャイチャがなくなることは、絶対にない。
むしろ魔王として天下を取ったところで、俺はお姉さんの膝の上で、毎晩のように弄られ続けるのだ。
それは少しずつ、だが確実に、男としての自分を完全に失うことを意味している。
(……貞操と尊厳を守るためには、どこかでこのお姉さんと決着をつける必要があるんじゃないか?)
俺を支配しているこの強大すぎる副魔王を、どうにかして俺の配下としてわからせる。
だが、どうやって?
魔法の腕や知識、経験では天地がひっくり返っても勝てない。
あっちは長くこの世界で生きてきた存在。それも底辺の雑魚から副魔王へ成り上がるほど。
こっちは転生してまだそれほど経っておらず、この世界での経験は短い。
根本的に、踏んできた場数が違う。
『……君、サキュバスにしては異常に力が強いね』
ふと、ルーサーの言葉が脳裏をよぎった。
あの時、俺はルーサーの大きな体を、腕力だけで簡単にひっくり返した。
前世では不可能と言いきれるくらい体格の差があったのに。
「んっ……」
俺は、太ももを撫でてくるお姉さんの腕を思わず掴んでみた。
意外と華奢な腕。筋肉に満ちてて太いわけではない。でも痩せ細って骨が浮き出るほどではない。
(こうして見るとお姉さんは……イリスは、少し身長が高くて綺麗な女の人なんだよな)
俺の体は今回の強制的な強化で、さらに内側から湧き上がるような活力を得ている。
もう魔物と殴り合いをしても苦戦する気がしない。
(……もしかして、腕力なら、勝ち目があるんじゃないか?)
お姉さんにとって、この俺の肉体は、数十年もかけて丹念に作り上げた最高傑作だ。
魔力の容量も、身体能力のポテンシャルも、すべてが規格外に設定されているだろう可能性の塊。
近接戦闘に持ち込んで、魔法を使わせる隙を与えずに組み伏せれば……あるいは。
「どうしたの、ミア? 急に私の腕を強く握って。……もっと激しくしてほしいのかしら?」
「あ、いや! なんでもない!」
俺は慌てて手を離し、思考を隠すように俯いた。
今はまだ、その時じゃない。
反逆の意志を悟られれば、徹底的に雌にされるだけだ。
まだ、いやらしいあれこれは手加減されている。それでも快楽でやばいんだが。
もしお姉さんほどのサキュバスが本気を出して堕としにかかれば、前世では一般人の男だった俺は即座に陥落してしまうだろう。
(……この戦いが終わったら)
俺は、お姉さんの指先に弄られ、甘い吐息を漏らしながらも、心の中で固く決意した。
ルーサーとの決戦を生き延びたら、一度、自分のこの作られた体の性能について、真面目に向き合ってみよう。
すべては、男としての尊厳を守るために。
……もう割と手遅れな気もするけど。




