52話 共通点を持つ魔王たち、深刻過ぎる反面教師
巨大な竜に咥えられたまま、俺は渓谷を越えて空を飛んでいた。
牙を立てられていないとはいえ、竜の口の中である。生きた心地がしない……はずだったのだが。
(……なんだ、これ)
竜の口内で、巨大でザラザラとした舌が、俺の全身を舐め回していた。
最初は、飲み込んでしまわないように位置を調整しているのかと思った。だが、違う。
味わっているのだ。
飴玉を口の中で転がすように、俺の体をねっとりと、執拗にしゃぶり続けている。
「んっ……や、やめ……!」
分厚い舌が、敏感な肌をこする。
お姉さんに開発されている俺の体は、この絶望的な状況下であっても、物理的な快感に逆らえず反応してしまう。
全身が、竜の粘り気のあるよだれでべたべたになっていく。
(ふざけるなよ……! 俺は食べ物じゃない!)
せめてもの抵抗として、魔力を練り上げ火球を放つ。
「燃えろ!」
至近距離──というか口内での爆発。
だが、やや鈍い音が響いただけで、竜は痛がるそぶりすら見せなかった。
むしろ、ピリッとして美味しいとでも言いたげに、さらに激しくしゃぶられる始末だった。
◇◇◇
一時間か二時間ほど飛んだ先。
南部のどこかの平原に築かれた巨大な砦の中庭に、竜は着地した。
そして俺はペッと地面に吐き出される。
「げほっ、かはっ……!」
全身よだれまみれで、息も絶え絶えだ。快感の余韻で足に力が入らず、その場にへたり込んでしまう。
「おや。君があの、ミアかい?」
頭上から声が降ってきた。
見上げると、人が立っていた。
豊満という表現を通り越して、どこか下品でだらしない肉体を持った女の人だ。パッと見た感じ、二十代半ばから後半辺りに思える。
種族はわからないが、魔族であることは間違いない。
「……誰だよ、あんた」
俺が震える声で尋ねると、相手は面白そうに目を細めた。
「私がルーサーだと言ったら、どうする?」
ルーサー。大陸南部の新たな覇者となりつつある人物で、ディフを追い詰めた敵の総大将。
俺は反射的に手を前に突き出し、魔法を放とうとした。
ドンッ!
「がはっ!?」
だが、その前に背後から巨大な質量に押し潰された。
緑竜の前足が、俺の背中を踏みつけているのだ。
「レア、死んじゃうからやめなさい」
「こいつ、攻撃しようとしてた」
「まあまあ。彼女は大事なお客人だよ」
竜に対してルーサーは苦笑しつつそう言うと、俺を踏みつけていた大きな足をどかし、俺をお姫様抱っこして持ち上げる。
「うーん、ちょっと……これは」
ルーサーは顔をしかめた。
俺の全身にべったりとついた竜のよだれの匂いのせいだろう。
そのまま呆れたようにレアの方を見た。
「そんなに美味しかったのかい?」
「うん。ずっと口の中で転がしていたい」
レアは名残惜しそうに舌なめずりをして、付け加えた。
「多分、すごく強い呪いにかかってる。匂いと味で頭がおかしくなりそうだった」
呪いじゃない……と言いたかったが言えなかった。
正直なところ、同意できる部分があるせいで。
「なるほどねえ。……レア、しばらく休むといい。その怪我、相手にも竜が出てきたようだし。あとで回復魔法が使える術師を送っておくよ」
「うん。あとご飯も」
レアと呼ばれた竜は、ドスンドスンと歩いてその場に寝そべった。
◇◇◇
俺は砦の中へと運ばれ、まず強引にお風呂に入れられた。
とは言っても、服を着たまま巨大な浴槽にドボンと投げ込まれただけだ。
「ぷはっ! な、何すんだ!」
「よだれを落とすためさ。ほら、上がって」
ぬるま湯から上がると、今度は風と熱の魔法で全身を軽く乾かされた。
半分湿った服が肌に張りつき、微妙に気持ち悪い。
そのまま俺は砦の一室へと連行された。
向かい合うように座ると、ルーサーは重々しく切り出した。
「さて。私と魔王ディフとの戦いに介入してきた君が、魔王ミアでいいのかな?」
「……ああ」
「君から、配下に命じて欲しいな。この戦いからは引き下がるようにと」
あっさりとした口調。
予想通り過ぎる内容に、俺は睨み返して答えた。
「できない」
緊張混じりにそう言うと、ルーサーはどこか観察するような視線で、俺の頭の先から足の先までを舐め回すように見つめた。
そして、やれやれとばかりに肩をすくめる。
「拷問、洗脳、調教……どれがいい? 手段を選べるほど、こちらは強くはなくてね」
いきなり物騒な選択肢を出してきた。
前世と違って、この異世界には魔法がある。
どれも成功させやすいことだろう。
「……どれをやっても、俺の副官が怒るだけだぞ」
「だろうね。……うちのレアの翼に、あんな見事な穴を作ることができる威力と精度の魔法。並大抵の存在じゃない」
ルーサーはため息混じりに頬杖をつき、探るように目を細めた。
「君が従えているのか? ……それとも、従わされているのか?」
痛いところを突かれた。
だが、ここでお飾りの魔王ですと言うわけにもいかない。
「俺が……従えてる」
虚勢を張って言うと、ルーサーはくすくすと笑った。
「その分じゃ、ベッドの上とかじゃ負けっぱなしな感じかな?」
「なっ……!?」
図星すぎて言葉に詰まる。なぜ見ず知らずの敵将に、夜の力関係まで見透かされているのか。
その時、ガチャリと部屋の扉が開いた。
「ルーサー様……」
入ってきたのは、妖艶なドレスを着た女だった。ルーサーの配下だろう。
彼女はルーサーの隣に座るなり、いきなりその豊満な体にいやらしく触れ、胸や太ももを揉みしだき始めた。
「ん、こら、お客人がいる前で……」
「いいでしょ? もう、我慢できなくなったの……」
そのまま耳たぶを甘噛みし、熱い吐息を吹きかける。
見てるこっちが気まずくなる。
「……やれやれ、仕方ないね」
ルーサーは俺の方を見て「少し席を外すよ」と言い残し、彼女に引きずられるようにして外へと出ていった。
「……は?」
取り残された俺は呆然とした。
あいつにとって、あの人物はそんなに優先されるべき相手なのか?
まあ監視の目がないのはありがたいので、脱出できないか部屋を軽く探索し始めた。
だが、窓はないし扉には鍵がかかってる。
さらに、どこかから、かすかな喘ぎ声が断片的に漏れ聞こえてくる。
『あ、ぁあっ……だめ、そこは……!』
『ふふっ……可愛いわね、ルーサー……』
俺は壁に耳を当てて、盛大に息を吐く。
(敵の将を捕まえておいて、昼間から情事かよ。どんな神経してるんだ)
数十分後。
ガチャリと扉が開き、ルーサーが戻ってきた。
衣服は乱れ、むせ返るほどに淫靡な雰囲気を振り撒きながら、頬を紅潮させている。
「……待たせたね」
「……いや、別に」
俺がなんとも言えない引きつった表情をしていると、ルーサーは苦笑した。
「不思議そうな顔をしているね。……実は私、元々は男なんだよ」
「えっ」
まさかの事実だ。
いやまあ、魔法がある異世界だしそこまでおかしくはない。そもそも魔法のない前世でも実現できてる。
「強力な性転換の呪い……魔法を受けてね。もう一生、男には戻れない体になってしまった」
ルーサーは自らの豊満でだらしない胸を、無造作に揉み上げた。
「そして、さっきの妻は、生まれついての両性具有でね。……男の機能も、女の機能も持っている」
「……はあ」
情報量が多すぎて頭が追いつかない。
「妻は、ひどいんだよ?」
ルーサーは椅子に座り、恍惚とした表情を浮かべた。
「この体になった私をね、長年に渡って調教し続けたんだ。……そうして、こうなってしまった」
目が、とろりと濁り始める。
まともな者のそれではなくなっていく。
「本当にひどいんだよ……。無理矢理組み伏せて、男としてのプライドを完全に砕いて。私が少しでも男に戻りかけた時に、また強引に砕いて……」
ふう、と熱い吐息を漏らす。
「もう妻に逆らえなくなっちゃった♡ 妻に愛されるためだけのただの雌豚なんだ、私は」
「…………」
俺はドン引きした。
そして背筋に冷たい汗が流れるのを感じていた。
(……笑えない。まったく笑えないぞ、これ)
強大な力を持つ女に逆らえず、男としてのプライドを砕かれ、快楽漬けにされていく。
それはまさに、俺とお姉さんの関係そのものだ。
もし俺が、このままお姉さんの開発を受け入れ続けたら……行き着く先は、このルーサーのように自分の崩壊を嬉々として語るようになるのだろうか?
「……あんた、それでいいのか?」
俺が顔を引きつらせながら尋ねると、ルーサーはとびきりの笑顔を見せた。
「うん、最高だよ。……君も、その副官とやらに同じように愛されているんじゃないのかい?」
見透かされたような言葉に、俺は返す言葉を見つけられなかった。
魔界には、どうしてこうも業の深い変態ばかりが集まるのだろうか。単にそういうのと出会いやすい因果なのか。
俺は心底、この世界に絶望しそうになっていた。




