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51話 蹂躙する指揮者と連れ去られる魔王

 「レジエ! 少し離れる!」


 上空で繰り広げられる、赤竜と緑竜の激突。

 互いの爪が鱗を弾き、牙が肉をかすめ、灼熱のブレスと暴風が空中で交錯する。

 巨大な質量同士がもみくちゃになって争うその余波は凄まじく、背中に乗っているだけだった俺は、たまらず自力で飛行して離脱した。

 サキュバスの翼を羽ばたかせ、少し離れた場所に留まる。


 「さすがに凄まじいな……」


 俺は空から火球を放ち、レジエの援護を試みた。

 だが、竜同士のドッグファイトはあまりにも動きが激しく、立体的に軌道を変え続けるため、放った火球は虚しく空を切るばかりだった。


 (くそっ、当たらない。でも、敵の飛行戦力を無力化して釘付けにできてるなら、今はそれでいいか)


 空の脅威が地上に向かわないだけでも、今のところは十分な戦果だ。

 俺は視線を下げ、地上の援護に向かうことにしたが、そこで驚くべき光景を目にすることになる。


 「おいおい……嘘だろ」


 眼下で繰り広げられているのは、お姉さんが指揮するアンデッド部隊と、ルーサー軍との激突だ。

 詳しい数はわからないが、敵軍全体は大まかに四千といったところか。それが要塞を包囲するために分散しており、巨大な渓谷によってさらに陣形が大きく二つに分断されている。

 対するお姉さん側の戦力は、たかだか三百のアンデッドと数十の魔物だけ。


 (数では圧倒的に負けてる)


 だが、戦況は完全にこちらが押し込んでいた。

 アンデッド部隊は、まるで一つの巨大な生き物のように陣形を組み、蠢いていた。

 カーミラが指揮していた時の動きとは明確に違う。

 盾となるスケルトンが隙間なく並んで敵の進軍を止め、その合間から槍を持ったゾンビが正確に急所を突く。

 部隊全体が波のように押しては引き、敵の陣形を少しずつ削り取っていく。

 その光景に戦慄していると、さらに異様な動きに気づいた。


 「チューッ!」


 俺が荒野で配下にした、人間の子どもほどの大きさがあるネズミの魔物たち。

 彼らは前線で砕かれたスケルトンの骨を素早く拾い集め、後方で戦場を眺めているお姉さんの元へ運んでいく。

 そしてお姉さんは、敵陣から見えない死角において、運ばれてきた骨に腕を振り、さらっと魔法をかける。

 するとバラバラだった骨が瞬時に組み上がり、事実上新品のスケルトンとして再び前線へと走っていくではないか。


 (そんなのありかよ……)


 元々、あのアンデッドたちはカーミラが生み出したものだ。それを再構築するだけなので、お姉さんの魔力消費は抑えられているのだろう。

 それにしても、だ。


 (……副魔王イリスの正体がバレないようにっていう縛りありきで、これだ)


 俺は呆れを通り越して、恐怖すら覚えた。

 魔物たちの活躍はネズミだけではない。

 チーターっぽいネコ型の魔物は、数が少ない分、敵の伝令らしき騎兵や指揮官辺りを優先的に狙って飛びかかっていた。

 敵の剣で斬られ、矢を数本受けても、強靭な生命力ですぐには死なない。あの荒野での泥沼の殴り合いを思い出させるしぶとさだ。


 (今さらだけど、素手で戦わせたのひどいと思う)


 そして深手を負ったチーターの魔物はお姉さんの元へ戻る。

 お姉さんが回復魔法をかけると、傷は瞬く間に塞がり、少し休んだあとにはまた戦場へと駆け出していく。


 (……回復魔法がある戦争って、厄介だな)


 アンデッドによる終わらない物量作戦と、回復魔法によって数が減らない少数精鋭。

 ルーサー軍の方にも回復魔法を使える者はいるようだが、生身の兵士が多すぎる上に魔法の効果も弱く、すぐに魔力が尽きてへたり込んでいる様子が見えた。

 対して、生身の魔物だけを回復すればいいお姉さんは、魔力も体力も底なしの余裕に満ちている。


 「おっと、見物してる場合じゃなかった」


 俺は援護がおろそかになっていたことに気づき、敵の密集地帯へ向けて火球を放った。

 狙いはテント。距離があるので威力は弱まるが、燃やすことはできる。

 だが、すぐにお返しとばかりに無数の矢が空へ向けて放たれた。


 「うわっ!」


 俺は慌てて高度を上げ、後退した。やはり単独で空から目立つ攻撃をするのはリスクが高い。

 しばらくすると、この一方的な蹂躙の状況が他の部隊にも伝わったのか、要塞を包囲している敵軍全体に動きが見え始めた。

 だが、要塞からの出撃を警戒して包囲の陣形を完全に崩すわけにもいかないらしく、少数の部隊がこちらの増援に向かってくるだけだ。

 俺は後方を振り返った。


 (味方は……まだ来てないか)


 種族ごちゃ混ぜの歩兵部隊は、まだ姿が見えない。彼らは定期的に食事や睡眠といった休息が必要なため、どうしても進軍速度が遅くなる。

 だが、それでもいい。

 要塞の方を空から見下ろすと、城門のあたりに慌ただしい動きが見えた。


 (よし……ディフの軍も、空からの変化に気づいたな。包囲を崩すために打って出るつもりだ)


 とりあえず、渓谷の片側だけでも突破できれば、状況は劇的に好転する。

 俺は勝ちを確信し、息を吐いた。

 しかし、その油断が命取りだった。

 ふとレジエの方を見ると、彼女と緑色の竜は、互いの鱗を剥がし、血を流しながら激しく睨み合っていた。

 だが、緑の竜は突如としてレジエとの戦闘を切り上げ、一直線にこちらへ向かってきたのだ。


 「なっ……俺を狙って!?」


 慌てて回避しようとしたが、竜の急降下速度が勝った。

 視界が巨大な顎に覆われる。


 「きゃああっ!?」


 竜の巨大な口が、俺の胴体を器用に、しかし鋭い牙を立てないように咥え込んだ。


 「ミア!」


 レジエの悲痛な叫びが聞こえるが、竜はそのまま空高く舞い上がり、戦場からの離脱を図り始めた。


 (連れ去られる……!?)


 俺は慌てながらも、小指の指輪に魔力を込めた。


 「お姉さん! 助けてくれ、敵の竜に咥えられて捕まった!」

 「あらあら、油断したわね。……でも、噛み潰してこないなら安全よ。おそらく、雇い主である魔王ルーサーのところにでも運ぶのでしょうね」


 指輪の向こうから聞こえてきたのは、お茶でも飲んでいるかのような平坦な声だった。


 「なんでそんなに冷静なんだよ。俺、攫われてるんだぞ」

 「魔王ミアの介入によって、追い込まれていた魔王ディフは危機から脱しつつあるわ。……となれば、敵の指揮官にとって、あなたは現状を覆すための人質として最高の価値が出たということ。これくらいは読めるわ」

 「読めるわ、じゃない! 今すぐ撃ち落としてくれ!」

 「ダメよ。……あとで必ず救出に向かうから、安心して運ばれてきなさい」

 「えっ、ちょ──」


 通話が切られた。


 「嘘だろ……」


 俺が呟いた直後だった。

 竜の体が大きく揺れ、苦悶の咆哮を上げた。

 咥えられている状態ではよく見えなかったが、どうやら翼を魔法の弾丸か何かで下から撃たれたようだ。翼の膜に穴ができている。


 (お姉さんの狙撃……!? いや、話した直後に撃つなよ! 恐ろしすぎるだろ!)


 だが、竜は墜落するまでには至らず、バランスを崩しながらも必死に羽ばたき、戦場から遠ざかっていく。

 遠ざかる視界の先、巨大な渓谷の要塞の門が開き、ディフの軍勢が怒涛の勢いで打って出て、ルーサー軍の包囲を背後から突き崩していくのが見えた。

 作戦は成功だ。だが、俺は敵の真っ只中へ連行されていく。

 運ばれた先で、大陸南部の覇者ルーサーと対面することになるのだろう。


 「……やるしかない、か」


 俺は覚悟を決め、拘束されたまま自分の下腹部をそっと撫でた。

 以前、この体の奥深くに、お姉さん特製の魔道具が仕込まれていることを知らされた。

 つまり、俺がどこに連れ去られようと、お姉さんには俺の居場所が完璧にわかっている。


 (ストーカーどころの話じゃないけど、こういう時は助かる。でも助けられたあとが……不安だ)


 俺は自分が攫われた恐怖よりも、今後起きるであろうお姉さんの容赦ないお仕置き……敵に対しても俺に対しても行われるだろうそれを想像し、なんともいえない表情で深いため息をついた。

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